茗荷谷の猫

著者 :
  • 平凡社
3.56
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本棚登録 : 426
感想 : 114
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  • Amazon.co.jp ・本 (240ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784582834062

作品紹介・あらすじ

新種の桜造りに心傾ける植木職人、乱歩に惹かれ、世間から逃れ続ける四十男、開戦前の浅草で新しい映画を夢みる青年-。幕末の江戸から昭和の東京を舞台に、百年の時を超えて、名もなき9人の夢や挫折が交錯し、廻り合う。切なくも不思議な連作物語集。

感想・レビュー・書評

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  • 以前から気になっていた作品。

    第一話「染井の桜」は武士の身分を捨て植木職人として様々な新種を生み出す男と、武家の女としての生き方を頑なに守る妻との歪みが描かれていく。
    てっきり二人の間に決定的な溝が…と思いきや意外な結末。しかしこういう天才肌の人間と生きるのは大変そうだ。

    第二話「黒焼道話」は様々な生き物の黒焼に人生を掛ける男の孤独。端から見れば滑稽なような、ちょっと引いてしまうような、でも本人は真剣。

    第三話の表題作は女性画家と絵を引き取り画商に売る仲介屋の男、そして物置に住み着いた猫の親子の話。
    タイトルほど猫が何かをするわけではなく、むしろ仲介屋の男の謎めいた感じに興味を引かれ、さらに十年前に亡くなったという画家の夫の二重生活にも興味を持つ。
    しかしここで?という幕切れ。

    これは微妙な作品か?と思っていたら、第四話「仲之町の大入道」からこれが連作集であることに気付く。
    東京に出て来て職人として働いている青年が、下宿の大家に頼まれ借金取りに行くのだが、その相手である大入道はかなりのくせ者。一年通っても返す気配なし。

    第五話「隠れる」は誰にも干渉されない自由な生活を手にした筈の男が、彼の思惑と反対にどんどん周囲に取り込まれていく。

    江戸時代~昭和にかけて、東京の様々な場所を舞台にゆるく繋がった物語が展開していく。
    掴み所のない怖さと切なさと可笑しさが交錯していくこの物語をどう評すれば良いのかと悩んでいたら、第六話「庄助さん」に第四話の主人公が『見事に踏み外さなかった』とかつての大家に言われているのを読んでなるほど、と腑に落ちた。

    つまりこれは『踏み外した』人々の物語だった。自らの意志であったり仕方なくであったり、その状況は様々だが何かしらを『踏み外した』話。
    そんな中で度々踏み外しそうになる機会がありながら『見事に踏み外さなかった』彼は確かに見事。

    先の尻切れトンボのような話も後の話でその後の顛末が語られたりするのでスッキリしたい私には満足。
    しかし最終話に出てくる老人は?まさかあの人?

  • 江戸時代から戦後まで、東京で暮らした市井の人々の身に起きた不思議な出来事を紡いだ連作短篇集です。
    武士の身を捨て、変わり咲きの桜作りに精魂注いだ植木職人。
    世の人々を幸福にするために、究極の黒焼きを生み出すことに没頭した男。
    戦争の気配が立ち込める中、輝く目で映画監督の夢を語る青年。
    そんな人々の物語がどこかで緩いつながりを持ちながら流れていきます。
    私たちが生きている時代は、連綿と続く一人一人の人生の積み重ねなのだということを意識させる物語でした。

    本作の中によく知られる文豪が登場しますが、各連作短篇はその文豪の作品を意識して書かれたのかも…と思いました。
    醸し出されるぞっとした怖さ、気配だけを残して終わる物語…。
    結末がはっきりと見えない分、自分の中で増幅される不気味さと不思議さが本作の味わいを深めているように感じるのです。

  • 「幕末の青嵐」を読んで大ファンになった木内さんの作品。

    誠実さがにじむ地の文や人の情を丁寧に描き出すところが気に入って追いかけていこうと手に取ったのだが、少しばかり様子が違って・・・。

    第一話「染井の桜」。
    染井吉野を作出した職人気質の男の身に起こるあれこれ。武士であった男がその身分を捨てて植木職人となり生真面目に生きていく様は、今まで読んだ本に最も近い。

    第三話の表題作「茗荷谷の猫」。
    極力感情移入することを避けられているような、実体のなさが漂っているような・・・。
    でも、不思議と読むのをやめようとは思わず・・・。

    そして、第五話「隠れる」
    これは不気味だった!
    普通は「一見ひどい人のように思えた人が実はいい人だったり魅力のある人だった」か「親切に見えた人の裏側に悪意が潜んでいた」というのが、ありがちで慣れたストーリーだと思うのだが、これは違う。
    人の気持ちのつかみどころのなさが、とにかく気持ちが悪い!
    親の残した金で、人と関わることなくひっそりと生きていこうとする主人公になぜだか周りの人たちが、関わりを持とうとする。主人公は迷惑がっているのに謙遜していると勝手に勘違いしたり、悪意を見せつけようとした主人公の振る舞いが却って役に立てしまったりと裏目に出てしまう。どれもこれも主人公の話を聞こうとしない、自分の言い分を押し付けるまるでストーカーのような人たちに振り回されるさまが、とにかく怖い。
    まったく自分の言い分が通らない恐怖。
    恐怖にもいろいろあるなあ・・・。
    状況は違うが誤解を受けて、あれこれ説明してもその疑いが晴れずに追い込まれていくような孤独感と似ている。
    主人公がバイブルのように、繰り返し読む江戸川乱歩の「赤い部屋」が気になる。どうやら自分の手を汚すことなく、巧みな話術や心理作戦により他者を追い詰め死に至らしめる話のようだが・・・。

    第六話「庄助さん」、第七話「ぽけっとの、深く」は、よかった。本当は続きが読みたかったんだけれど、まるでひととき一緒に過ごした人の行方をすべて知ることができないように、あるところから先は想像するしかない。辛うじて、短編がゆるくつながっていることが嬉しい。

    そして第八話「てのひら」
    ほんの10ページしかない作品であるが、泣ける。
    涙がでなくても、心の奥がひりひりする。
    重松さんっぽいかもしれない。
    中学・高校の国語の教科書に載りそうなどと思いながらあっという間に読みおわる。
    しばらく前に結婚して東京に住む娘のところに田舎から母親がでてきて数日を過ごす。娘は久しぶりに会えた母親を喜ばせたいと東京見物や少々贅沢な食事を予約してもてなそうとするのだが、母親は申し訳なさそうに遠慮する。
    母親はいつまでも母親であって「娘に甘える」ということは全く頭の中にない。娘は今できる精一杯の贅沢によって今までの恩返しをしようと焦っているかのようで。
    息子が父親の身長を越してしまう日が来たり、
    腕っぷしが強くなるような表面的なわかりやすさで追い抜いてしまうより、
    経済的社会的に、また精神的に並び追い抜いていくことを受け入れるのは難しいのかもしれないし、認めたくないのかもしれないね、お互いに・・・。

    やっぱり★4つにすればよかったかなあ・・・。

    幕末から昭和の高度経済成長期にかけての時代を上手く背景にしながら狂気やら、もの哀しさやらを描き出した木内さん。今回、妙に心にひっかかりました。
    いろいろ描ける作家さんなんだと再認識しました。

  • 2014.03.09読了。
    今年11冊目。

    江戸末期からのそれぞれ時代の違う東京に住む人々の話。
    短編集だけど少しずつ話が重なる部分があり、一つの物語のように思えた。
    それぞれの物語の中で引っかかっていたことがあとの物語で明らかになるけれど、それは読んでいる私たちにだけわかることで...
    それがなんとも儚く、切ない気持ちになった。

    一番好きなのはてのひら。
    私もあんな風に母に対して思ったことがあったし、みんな経験する気持ちなんじゃないかな。

    そしてこの短編集に共通しているのは
    自分にしても他人にしても、見る人によって見え方は異なるということなのかなと。
    自分にはわからない自分のこと。
    他人にはわからない自分のこと。
    それが時代を越えて、それぞれの人たちが交錯していく中で見えてきて面白かった。

  • 短編はなかなか感情移入しにくくて苦手だから遠ざけていた。
    この本は、開いて1ページ目からぐっと引き込まれた。
    どの話もひどく心をつかまれた。
    木内さんの作品を読むのは5回目だけど、外れがないなー

    御一新の少しあとから、高度経済成長期まで、少しずつ重なりながら連なっている短編集。
    哀れなのや、恐ろしいのや、おかしいのや、あたたかいのや、悲しいのや、愛しいのがたくさん詰まっている。

    図書館で借りたのだけど、これは買って手元に置いておきたい。
    木内さんの作品は装丁がいいのも特徴のひとつです。

  • 【収録作品】一 染井の桜-巣鴨染井/二 黒焼道話-品川/三 茗荷谷の猫-茗荷谷町/四 仲之町の大入道-市谷仲之町/五 隠れる-本郷菊坂/六 庄助さん-浅草/七 ぽけっとの、深く-池袋/八 てのひら-池之端/九 スペインタイルの家-千駄ヶ谷

  • 時代設定が異なる九つの作品でありながら、登場人物やエピソードが入れ子細工のように重なる箇所が出てくる。実在の人物や書物を連想させる一編やなんとも言えない幻想的な余韻を残すものなど様々な味わいを楽しめる贅沢な短編集。

  • この作家さんは魅力的な
    人をたくさん書く。

    胸をぐっと掴まれて、
    一つ一つを読み終えたら
    余韻に浸りたくなる。

    黒焼道話、茗荷谷の猫、庄助さん
    が好きだった。
    内田百閒好きなので、
    仲之町の大入道もたまらん。

  • 一話一話が閉じていない。ゆるーくうしろに繋がっていく。
    え、これで終わり?と思っていると、ずーーーっと後になって回収される伏線だったりする。それも、ものすごーーーくさりげなく。

    私は、第一話の結末が第六話に繋がったのが嬉しかった。

    どうぞ途中で止めないで、最後まで読んでください。

  • 「ぽけっとの、深く」と「てのひら」が好き。「てのひら」は、過去の高3進研模試で出ていたような?

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著者プロフィール

1967年生まれ。出版社勤務を経て、2004年『新選組 幕末の青嵐』で小説家デビュー。08年『茗荷谷の猫』が話題となり、09年回早稲田大学坪内逍遙大賞奨励賞、11年『漂砂のうたう』で直木賞、14年『櫛挽道守』で中央公論文芸賞、柴田錬三郎賞、親鸞賞を受賞。他の小説作品に『浮世女房洒落日記』『笑い三年、泣き三月。』『ある男』『よこまち余話』、エッセイに『みちくさ道中』などがある。

「2019年 『光炎の人 下』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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