アイヌ歳時記: 二風谷のくらしと心 (平凡社新書 54)

著者 :
  • 平凡社
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  • Amazon.co.jp ・本 (231ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784582850543

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  • 日本人がアイヌの人々の主食である鮭を採ることを禁じた・・・というくだりを読み、生きる者がもつ尊厳に対してなんら思考せず優先順位をつける行為が腹立たしく恥ずかしく思った。しかし、日常の中で自分自身の中にそういう部分はないだろうか。第三者的になく自分自身に置き換えてみれば、そういう部分があることを認める人の方が多いだろう。
    命の根源を預け寄り添い従いながら自然の利息のみを頂く生き方は、畏れるということが多い日々だったとしても、命に直に触れる日常の方が豊かに思う。
    そういうことがないため、生きるものに対する尊厳など持てなくなる。

    様々な神々を生き、宝をたくさん持つアイヌ民族の暮らしには心打たれる。
    なかでも、見た宝という話には心打たれた。
    アイヌ社会では宝というのは、手に持っているものに限らず、珍しいことを見たり聞いたりしたことも、心にしまっておく宝として大切にするという。それらを称して「見た宝」という。
    私も真似して、見た宝をたくさんため込もうと思った。しかしアイヌの人々は、心に大切にしまっておき人には話さないという。 

  • 6月の終わりに「べてるまつり」へ行ったとき、二風谷へも行った。

    資料館で、萱野さんがアイヌの暮らしや子どもの遊びを語り、実際にこうしていたのだとやってみせる映像を見ながら、よくおぼえてはるなあと思った。

    この本でも、萱野さんは季節の行事やアイヌの暮らしのさまざまな場面、資料館の映像にもあった子どもの遊びのことなどを縷々綴っている。「自然」を感じる話が多い。

    ▼…アイヌは本当に自然の中に行き、山から、川から食べ物をいただくという感謝の心を忘れなかった。
     川でサケを獲ってもカラスの分、キツネの分など、生き物に食べ物を分け与えた。それらの教えはウウェペケレ(※)という昔話の中で何回も何十回も聞かされたものである。(p.7)

    ※最後の「レ」は小文字表記、母音をともなわない「r」に対応し、直前の音がエ段なら小文字で「レ」と表記するとのこと

    自然と人間は共生するものであると、その長い体験から萱野さんは言い、「アイヌの心」として「天から役目なしに降ろされたものは一つもない」と書く。

    二風谷ダムの建設に萱野さんはアイヌ文化を守るためと最後まで反対したというが、資料館の横にある、かつてのアイヌの復元建物で管理人をつとめているというアイヌのおばあさんは、萱野先生がおられなかったら…と大いなる尊敬を萱野さんに寄せる一方で、ダム建設には賛成派のようだった。二風谷へ向かう道路で、ダム建設に反対する横断幕を一つだけ見た。補助金のこともあるのか、地元の人たちは必ずしもダム反対というわけではないようだった。資料館の奥にあったダムの水際には粘土質の土が積もっていて、このダムどうなんかなーと思いもしたが、一見さんでそこまでの話は聞けずに帰ってきた。

    こんど、萱野さんとともに最後まで二風谷ダムに反対したという貝沢正さんの本『アイヌ わが人生』を読んでみようと思う。

  • 【感想】
    ・昔からアイヌの文化には関心をいだきつついくらかの資料を読んだりしてみたが結局よくわかっていなかったがこの本を読むと暮らしに密着したあれこれを実感できる。とりあえずこれを読んでから他の本を読むといいかも。
    ・日本に組み込まれてしまい失われていきつつある文化の記録。

    【一行目】
     今から七〇年近く前のこと、私が祖母てかってに連れられて近くの沢や山へ山菜を採りに行くと、祖母は独り言のように「隣のばあちゃんも採りにくるといってたから」とつぶやいて、次々と採る場所を移していた。

    【内容】
    ・まだ古い文化がある程度残っていた頃を記憶している著者が、かつてのアイヌの暮らしを描く。

    ▼心覚えのためのメモ(発音は表記が難しいので、基本訳のみで)

    【アワ】穀物。収穫がなかなかしんどいようだ。
    【家】「チセ」と言う。蜂の巣にも、カラスの巣にも、クマの穴にも、仕掛け矢をおおう筒にも、月の暈にも「チセ」という語がつく。
    【イタヤカエデの樹液】甘い。うまく凍らせれば天然のアイスキャンデーとなる。
    【イナウ】神に祈るときささげる棒のような神具。神の力を数倍に上げる。
    【イナキビ】穀物。煮たら量が増える。イナキビで、つくった団子を「シト」というがアイヌ語を知らないと「人」と聞こえ、いらぬ誤解を受ける。
    【イヌ】狩猟の大事な相棒のわりに言葉ではなかなかひどい扱い。それは和人世界でも同じやけど。
    【イヨマンテ】有名だがどんなものかは知らなかったことに気づいた。クマを神本来の姿に戻した後、神の国に送る。また来てね、、と。嫁探しのイベントでもある。
    【ウグイ】保存には向かないが春の旬として待ち望んで食べる魚。
    【ウサギ】脂肪がほとんどないが、ウサギの神に恥ずかしい思いをさせないために前足の付け根にある小指の先ほどの脂肪を大げさに押しいただく。干し肉にする。皮は売り物にならないので子どものソリ遊びの尻の下に敷くなどした。
    【ウド】焼いて食べる。
    【ウバユリ】根をデンプンにしたり発酵させたりして食す。
    【エンピッキ/山蚕】アイヌが嫌う虫。
    【カエル踊り】鳥や獣や虫の動きをまねた踊りがたくさんあった。
    【ガマ】貪欲な植物なので後ろ向きにまじないを唱えながら蒔かないと子孫まで食い尽くされてしまう。
    【神】役に立ってくれるものはすべて神。役に立たなかったら解任する。
    【神のささやき】小屋がキツネに荒らされたりする。祈りをささげねばならない。
    【木の鍋】どうやら焼けた石を放り込んで煮たたせるのに使うようだ。
    【器物送り】木でつくった器物にも神がやどるので古くなって使えなくなったら器物送りをする。
    【ギョウジャニンニク】山菜として食べていた。まだ食べたことがないけど興味はある。においご強烈だが、それほどにおいのしない食べ方もある。
    【クマ】大事な獣だが、それほど捕れるわけではなく食としてアテにできるものではない。
    【結婚】嫁はもらうものではなく借り物なのだとか。だから大切にしなければならない。また、一軒の家に二組の夫婦がいないようにした。また、結婚という言葉の意味はアイヌ語では「お互いの方を見つめる」なのだとか。
    【サケ】「神の魚」とか「本当に食べるもの」と呼ばれ、主食だった。サケ関係の言葉も料理法も多い。しかし和人がやってきて採ったら逮捕すると勝手に禁じてしまった。それほどの理不尽は世界でも類例がないらしい。この著書が書かれたときにはまだ残っていたようだが、今は?
    【山川草木】食糧庫とか近所の商店街の感覚。必要なとき入手にいく。アイヌがひもじい思いをしないですむほどに神さまが用意してくれていた。
    【死後の世界】ここで死んでも死後にはまったく同じ世界が待っていて先祖たちが待っている。そのためたくさんのおみやげが必要になる。
    【敷居】イヤな話などを聞くとそれを浄化するために「これは敷居の下をくぐらせて聞く話だよ」というまじないを唱える。
    【地震】大地の下に大きな魚がいて寝返りを打つときに地震が起きる。
    【正月】元々そういう風習はなかったが和人が移住してきてから取り入れられた。
    【生態系】「天から役目なしに降ろされたものは一つもない」という言い方があるそうだ。p.228
    【先祖供養】一月二日からそれぞれの家で行われる。
    【ゼンマイ】熱湯にくぐらせ毛を取って乾かし、食すときもう一度湯がく。
    【葬儀】ここまではやったけど、後は神さまお願いね、だて感じ。
    【大地を司る神】樹木のこと。両腕で大地を支えている。
    【チャランケ】神との話し合い。文句をつけるときには文句のチャランケ。
    【弔問】アイヌ語では噂の方角に行くたいう意味らしく、死んだという噂のを聞きつけ、自らの意志で行くということだとか。
    【つぶれイモ】収穫されなかった小さなジャガイモは子どもたちのおやつになったようだ。
    【名前】名前の表記が男は片仮名で、女が平仮名になっているがこれは明治になって戸籍ができたとき、名前だけだと役所の人には男か女かわからないので便宜上そうしたのが習慣になったらしい。
    【二月の雨】その後、雪の表面が凍って堅くなるので目を付けておいたクマの洞穴に子グマを捕獲しにいく。この子グマはイヨマンテのために一年間太らせる。
    【ニリンソウ】お母さんたちが誘い合わせて採りにいく。保存に手間がいらず、山菜として食べていた。
    【ヒエ】主食のサケの口直しにヒエの粥を食べる。
    【火棚】囲炉裏の上にほぼ囲炉裏と同サイズの板を吊るし屋根裏に火の粉がつかないようにするもの。ものを暖めたり乾燥させたりするための棚でもある。
    【火のばあさん神/アペフチコムイ】暖を取り、煮炊きに欠かせない神。大事に扱わないと家財をあっという間に灰にする。他の神々への仲介役でもある。「口の速い神」とも呼ばれ狩りの相談などを火のそばですると森の動物たちに知らせてしまう。
    【フキ】「屋根のないところで泊まるものではない」そうで(p.72)、フキを使い簡単に屋根をつくることができる。
    【フクジュソウ】純金の色と呼ばれるきれいな黄色。
    【便所の神】緊急時に役に立ってくれる神。今は水洗便所になったのでいなくなったもよう。出産の神でもある。
    【墓参】和人が来てからの風習で、それまでは、魂はすでに神の国で暮らしておりこちらにはいないと考えられていたようだ。
    【干し筋子】一粒ずつ食べないと歯にくっついて口が開けられなくなる。キツネが人間に化けてきたとき食べさせると正体を現す。
    【マス】夏の食べ物として当てにしていた。ダムのために遡上できなくなった。
    【水の神】位の高い神で直接お願いするのではなく川ガニの神を仲介する。
    【見た宝】モノだけでなく、見たものも宝であり心のどこかにしまいこむ。他者に話してはいけない。「聞いた宝」というものもある。
    【村おさの選び方】器量のいいこと。度胸のいいこと。雄弁であること。の三つ。
    【メノコイナウ】女性の作るイナウ。身体の弱い年下の女性のためにつくってあげる。
    【ヤブマメ】ご飯に混ぜると栗のようで美味しい。
    【夢】神からアイヌへ知らせるのは夢を通す。
    【ヨモギ】はじまりの草であり、強い。魔物を殺せる剣になる。ヨモギの神には心臓が五つある。
    【利息】《アイヌは自然の摂理にしたがって利息だけを食べて、その日その日の食べ物に不自由がないことを幸せとしていたのである。》p.86
    【六】大きい数字の意。
    【和人】日本人。

  • 卒論等で大変お世話に…。マジ付箋ばっかやわ…。

  • アイヌのくらしを
    きちんと記録しています

    最後に 原子力 は人間を自滅させる
    予感が絶対に当たらないことを念じる
    でもそのとおりになってしまいました

  • 新書とは思えないくらい広く深い本。
    国会議員とは思えないくらい押し付けがましくない著者の記述。

    二風谷に生まれて
    四季のくらし
    神々とともに生きて
    動物たちとアイヌ
    生きることと死ぬこと
    アイヌの心をつづる
    あとがき

    後書きの言葉が身にしみる。
    「私はここ十数年,次のようなことを講演の終わりに口癖のようにいってきた。
     チェルノブイリ原子力発電所事故の二ヶ月後,私はスウェーデンのヨックモックという町へ行って,その被害の恐ろしさを見聞きした。日本のことわざに身に降りかかる火の粉ははらわなばならない、というのがある。しかし、色も形もにおいもない死の灰をはらうことはできないであろう。神は人間を創ったが、死に至る病を創ることも忘れなかった。病は現代の医学で克服してきたかに見えるけれども、最後に神は人間を自らのおろかさで自滅させようとしているのではないだろうか。それが原子力なのである。
     これは私も含めて人間が天に唾するということであり、吐いた唾は必ず自分の顔へ戻ってくるであろう。」

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著者プロフィール

1926─2006年。北海道生まれ。アイヌ文化研究者。学術博士。長年アイヌの民具や伝承を精力的に収集・記録し、1972年には二風谷アイヌ文化資料館を開設、館長を務める。1994年、アイヌ出身者としてはじめて国会議員となり、北海道旧土人保護法撤廃・アイヌ文化振興法制定などに尽力。主な著書に、『ウエペケレ集大成』(アルドオ、菊池寛賞)、『萱野茂のアイヌ神話集成』(ビクターエンタテインメント、毎日出版文化賞)、『萱野茂のアイヌ語辞典』(三省堂)がある。

「2017年 『アイヌ歳時記 二風谷のくらしと心』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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