サンデルの政治哲学-<正義>とは何か (平凡社新書)

著者 :
  • 平凡社
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本棚登録 : 764
レビュー : 56
  • Amazon.co.jp ・本 (376ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784582855531

作品紹介・あらすじ

「ハーバード白熱教室」での鮮やかな講義と、核心を衝く哲学の議論で、一大旋風を巻き起こした政治哲学者マイケル・J.サンデル。彼自身の思想と「コミュニタリアニズム」について、サンデルがもっとも信頼を寄せる著者が、その全貌を余すところなく記した。

感想・レビュー・書評

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  • 白熱教室や「正義の話」から少し距離を置いて、サンデル先生の正義論や哲学を解説した好著。胚細胞の議論がとくに興味深かった。しかし、どのような正義論も根底には自分の価値観があり、そこから逃れられず、したがって絶対的な正当性は保証できない。今年考察したい医療倫理についても大変示唆的な本だった。

  • 「白熱教室」「これからの正義の話をしよう」などで話題になっている、
    政治哲学者マイケル・サンデルの思想について書いた本。

    サンデルの書いた内容を噛み砕いて説明した入門書かと思っていたが、
    実際にはサンデルの著作ひとつひとつの内容を丁寧に解説し、
    政治哲学という学問の歴史や発展の経緯も含めて、
    「サンデルとは何者か」「どんな主張をしてきた人か」というのが、
    門外漢の素人にもわかるようにしてくれている、
    非常に内容の濃いものだった。

    僕は、サンデル本人の著作を読む前に、
    読んでみるべきかどうか、ざっくりとした感触を知りたいな、と、
    軽い気持ちでこの本を買ったのだが、
    むしろ本人の著作を読む前に、サンデルがどういう人なのかを知ることができて、
    とても有意義だった気がしている。
    つまりこの本のおかげで、このあとにサンデル本人の著作を読むに当たって、
    その主張するところを冷静に受け止めることができる下地を、
    先につくることができたように思うのだ。

    サンデルには興味がある。
    その主張も、ざっと聞いたところでは何やらかなり正しそうに見える。
    でも、「白熱教室」に見られるような、あの巧みな会話法は、
    逆に、そうでないことでも正しいような気持ちにさせられるような気がして、
    逆に読んでしまうのが怖いような気もしていた。
    冷静に受け止めるのではなく、魔法にかけられたように
    信奉者になってしまうのはいやだなぁ、とかそんな気持ちがあったのだ。

    でも、この本を読んでわずかとはいえ予備知識を仕入れた後ならば、
    少しは冷静に読むことができそうだ。
    この本の中で整理されたサンデル自身のコミュニタリアニズム、
    あるいは共和主義というような思想について、だいぶ共感しつつも、
    まだ半信半疑なところが僕にはある。
    サンデルの著作で、それぞれの思想の具体的な実践例を見て行きつつ、
    僕自身のこの思想に対する態度を考えていきたい、と思っている。

  • 105円購入2014-03-30

  • それでも難しい『サンデル教授』。なぜあんなに売れたんだろう?どれだけ理解できたんだろう?

  • マイケル・サンデルの主要著作を読み解き、彼の政治哲学の全体像を示している入門書です。

    著者は、『正義論』におけるロールズのリベラリズムが「負荷なき自己」という考えに立脚していることを批判した、サンデルの『リベラリズムと正義の限界』の内容を解説している章で、この著作によってサンデルは「ロールズの魔術を解く」ことに成功したと述べています。ロールズの『正義論』は、功利主義的な政治・経済思想が社会に浸透しつつあった20世紀において、「善」と「正義」を切り離すことによって政治哲学を一挙に活性化させることに成功しました。ところがサンデルは、こうしたロールズの戦略の背景に目的論的な「善」がひそかに前提されていることを指摘しました。そのような観点からロールズの「無知のベール」の仮説をみなおしてみると、それは私たちのコミュニティにおいて当然あるべき「公正な正義」を認知し発見していくプロセスだったと考えることができると著者は言います。そして、このような見方を可能にしたサンデルのロールズ批判を、「ロールズの魔術を解く」ことに成功したと表現しています。

    そのほか、『リベラリズムと正義の限界』におけるロールズの立場の変化に対応し、サンデルが『民主政への不満』において「負荷なき自己」に対する批判から、「善に対する正(ないし権利)の優位性」に対する批判へと焦点を変えていった経緯を説明しています。また、コミュニタリアニズムの代表的論客とされるサンデルの立場とは、ウォルツァーのように共同体の内部における基準を絶対的なものとみなすのではなく、「負荷ありし自己」の立場から目的論的な政治倫理をめざす立場だということを解説しています。

    私自身は、現代アメリカの政治哲学ではローティのプラグマティズムにもっとも親近感を抱いているので、本書で紹介されている具体的な問題に対するサンデルの主張には違和感を覚えることも少なくなかったのですが、コミュニタリアニズムとして一括されるサンデルの思想の具体的な中身について知ることができたという意味では有益だったように思います。

  • サンデルの著書を翻訳し、白熱教室等の解説をされている方の著作です。一見難解な言葉も、とてもわかりやすく理解できます。ボリュームがあるため、新書としてはヘビーですが、やさしめの専門書ととらえると値打ちがあります。

  • サンデルの正義論とジョン・ロールズの正義論の批判の理由

    この本が出版された2010年12月までのサンデルの全出版書籍を取り上げ,その内容を解説しながら,サンデルの考えについて説明している。
    サンデル自身の考えに焦点があてられており,「白熱教室」や「これからの正義の話をしよう」よりも,難しい内容となっている。自分としては,pp. 100-200あたりが特に複雑な内容で理解が難しかった。

    書籍の構成としては,全6講となっている。
    第1講で「白熱教室」や「これからの正義」で取り上げられた内容を順番にたどり,サンデルの考えや二つの書籍での違いなどについて触れている。これはおさらいとしてよかった。
    第2講で,サンデルが有名になったとされるジョン・ロールズの正義論についての批判が展開されている。
    残りで,ジョン・ロールズのさらなる批判,コミュニタリアン的議論として,改造人間や政治について議論されていた。

    個人的には,ジョン・ロールズの正義論やリベラリズムは多くのことが説明でき,共感していたので何が問題なのかが気になっていた。
    ロールズの無知のベールという考え方自体が,周囲のコミュニティを前提とした考え方になっている。これが一番大きかった。この他に,適価の存在,負荷ありし自己というキーワードがポイントとなることがわかった。

    その他,改造人間の話題では,ドーピングや遺伝子工学などは努力の究極的な考え方となってくる。スポーツなどでこれを導入するとそれはただの見世物になってくるのではないかという美徳の問題の提議。ES細胞では,胚をどう考えるかについて,髪のある人とはげの人との違いはどこになるかという例をあげ,はっきりと人間か人間でないかにわけることが困難であることを主張し,人間ではないものの,人間になる過渡的な存在として考慮すべきだろうというあげていた。これらの考え方は新鮮で参考になった。

    「白熱教室」や「これからの正義」と比べ,踏み込んでやや難し目の内容となっているため,万人にはおすすめしがたい。しかし,ジョン・ロールズの正義論の問題点とサンデルの考えを知るにはおそらく一番よい本だと思った。

  • 善・正・義・公・共……
    ある場面において旧来の論理が通用しなくなると新しい概念を構築する必要に迫られる。
    理論とはそういうものであり、また社会の指標たる理論はその正しさにおいて充分に説得的でなければならず、こうしたブラッシュアップは不可欠ではあるが、正義は善を含有したものでなくてはならないという主張は、批判においては具体性に富み説得力があるが、論理構築においてはいかにも頼りない。
    普遍的であることを目指していないとこのことだけれど、どこかに一貫したものがなければ論理は完成しないのではないだろうか?
    哲学だからそれでよいのもしれないけれど、どうにも消化不良感が残る読後となった。

  • これだけ読み応えがあるのに、より分かりやすく解説してあって、著者の力量の凄さがよく分かります。『これからの「正義」の話をしよう』を読んでいなくても、本書で十分です。
    読むだけでも随分時間がかかりました……

    読んでいるときに思っちゃった事を書いてみます。
    アリストテレスの適合性正議論は、得手不得手と好き嫌い、どちらを優先させるのでしょうか?
    サンデルによると、『最高のフルートは最高のフルート奏者が持つべき』と言っているので、得手不得手を優先させると思うのですが、好き嫌いよりもそちらを優先させるというのは、言ってみれば自分の感情を押し殺して充実感を犠牲にし、より良く生きようとする自分自身の目的を蔑ろにするのではないか?と言えます。
    また、身近な例で言うと、中学生の部活動の問題があります。才能があるのに練習しない生徒と、彼より能力が劣るが真面目に練習に取り組む子がいて、より上位の試合に出場させるのはどちらが良いのか。これは部活動の根本目的を問いています。つまり部活動とは『能力至上主義』なのか『努力至上主義』なのかです。
    中学生の部活動と考えるならば後者の方が教育的見地からしても妥当ですが、一方で『現実の厳しさを教えるべき』『練習に来なくても、高い実力を持った子を試合に出場させる方が大会実績を残せる可能性が高いし、そうなれば色々なところから練習の誘いが来て、結果的には全体のレベルアップに繋がるのでは?』『努力してもダメなものはダメだと今のうちから教えた方が後学のためになるのでは』と言われれば反論し辛いです。
    だけど、『中学生は義務教育である。その一環である部活動は結果を求めるのではなく、仲間と連帯して一つの目標に向かって切磋琢磨するところだから、ちょっと実力が高いからといってレギュラーメンバーにするのはいかがなものか』『中学生に社会の現実を突き付けるのは酷な話だ』と再反論も出来ますが、こうなってくると、もはや部活動の目的に沿って考えるのは難しく、先生個人の考えがどちらに重きを置いているかによります。実際にこのジレンマで頭を悩ませている人は多いのではないでしょうか。

    また、目的論的正義論になると、需給ミスマッチ問題が生じる恐れ(極端な話、全員が奴隷に向いていたらどうするのか?)があります。
    サッカーを例にすると、フォワード向きが多すぎるとバランスが悪くなって試合になりません。『もっと外部から選手を勧誘して増やせれば、その中でキーパーが得意な人やディフェンダーが向いている人も出てくるはず』となれば、全体の定義が定まらず、得手不得手のバランスが整うまで永遠に適者を探さないといけなくなります。
    共通善の構築は現実的ではないように思えます。だからこそ実際には多様な考え方があって、それを制度的に保証し、多様な中から自分に合ったものを選択できるようになれば良いと思うのです。

    あとチラッと思ったのが、
    公務員も民間並みに→民間も公務員並みに→ブラック企業の対策等、共通善を考えるとコミュニタリアニズムは今の時代に一定の成果が期待できるのでは?

    『これからの『正義』の話をしよう』では、サンデルの思想の立ち位置がよくわからず、「で、サンデルは何主義者なのか?」と思いましたが、本書ではっきりと立場を明かしていてすっきりしました。なるほど(大雑把言うと)コミュニタリアニズムかぁ~。
    個人的にはロールズの格差原理にある「恵まれた者は、恵まれない者の状況を改善するという条件でのみその幸運から便益を得ることが許される」というのが好きです。サンデルも言っているのですが、この思想から助け合いの精神みたいなのが見え隠れしていて、リベラリズムは決して個人主義ではないように思います。
    功利主義、リベラリズム、リバタリアニズム、コミュニタリアニズム……色々と主義主張がありますが、僕自身は割とリベラリズムかなぁ~なんて思います。やっぱりしがらみに束縛されたくない(笑)
    僕の評価はSにします。

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著者プロフィール

1963年東京都生まれ。千葉大学大学院人文社会科学研究科教授、同大地球環境福祉研究センター長、慶応義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科特別招聘教授。東京大学法学部卒業後、同大助手、千葉大学教授、ケンブリッジ大学客員研究員などを歴任。専門は政治哲学、公共哲学、比較哲学。マイケル・サンデル教授と交流が深く、NHKの「ハーバード白熱教室」では解説もつとめた。

「2016年 『神社と政治』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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