文学者たちの大逆事件と韓国併合 (平凡社新書)

著者 :
  • 平凡社
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本棚登録 : 49
感想 : 8
  • Amazon.co.jp ・本 (240ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784582855555

作品紹介・あらすじ

1910年、大日本帝国自立の犠牲として同時並行的に生起した大逆事件と韓国併合。天皇制国家の理想は植民地主義的想像力と結びつき、日本人の境界を規定する排除/内包の構造を創出した。その衝撃から産み落とされた「日本語文学」を再読し、事件から百年の今、国民国家のフィクションを暴き出す。日本人、在日朝鮮人、被差別部落民、引揚者たち-「日本人」とは誰なのか。

感想・レビュー・書評

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  • 文学者たちの大逆事件と韓国併合 (平凡社新書)
    (和書)2011年08月11日 14:38
    高澤 秀次 平凡社 2010年11月16日


    高澤秀次さんには朝日カルチャーセンターと長池講義でお目にかかったこともあり、この本の題名にも興味を覚えて手にとってみました。

    なかなか興味深く、この主題なら新書ではなくて大書に書き上げても良かったとも思うけど、普及版として読みやすくこれでも良かったのかもしれない。

    高澤さんの本で吉本隆明さんのことを書いた本を、朝日カルチャーセンターの講義後のサイン会と書籍販売で見かけたので、その本も読んでみようと思います。

  • 新書文庫

  • 2012/12/11購入
    2013/3/15読了

  • 1910年、大逆事件と韓国併合、同時平行的に起こった内外の政治的事件―
    大逆罪の法的根拠となったのは、実に事件の2年前に改訂された刑法第73条、
    「天皇、太皇太后、皇太后、皇后、皇太子又ハ皇太孫ニ対シ危害ヲ加ヘ又ハ加ヘントシタル者ハ死刑ニ処ス」
    であった、という符合。
    また、朝鮮半島では、初代統監の伊藤博文がハルピンで安重根に暗殺されたのが前年の10月であった。

    これらの血なまぐさい事件とは、まったく関わりないことのようだが、
    この年、柳田国男の「遠野物語」が刊行された。
    新たなる国学としての柳田民俗学、黎明の名著だが、
    350部の自費出版からスタートしたこの初版本の扉には、
    「此書を外国に在る人々に呈す」と記されていた。
    「外国に在る人々」とは、日本人以外の外国人ではなく、海外にいる日本人のことである、というが、その真意は奈辺にあったか‥。
    ともあれ、農政官僚でもあった柳田が「朝鮮」や「台湾」の植民地経営に、いかにコミットしたかについては、村井紀の「南東イデオロギーの発生―柳田国男と植民地主義」なる批判的考察がある、という。

  •  本書は、大逆事件が文学者に与えた影響を概観する一冊だが、射程の広さと考察の深さで度肝をぬく労作だ。事件のインパクトは、1910年の前後だけでなく、昭和・平成の「御代」にまで続いている。そして日本人の作家だけでなく、朝鮮半島の作家にも、そして当時の日本の植民地化のひとびとに対しても影響を及ぼしていることを追跡する。石川啄木から村上春樹までだ。
     まず、大逆事件とは、天皇制帝国主義であると著者は基本的視座を明確にする。事件によって天皇制帝国主義は確立される。歴史を振り返るならば、その確立は、それに否を唱える「見えるもの」への対処へと起動する。しかし、対処が存在するということは「配慮」を必然させ、言及に対して遠慮するという心情も醸成させるのは不可避である。それがまさに文学者たちに「枷」として重圧となるのである。そして、大逆事件とは文学者に対する「文学的後遺症」をもたらすことになると同時に、贖罪意識は戦後日本文学の限界として表象されることとなる。
     奇しくも大逆事件と同じ年、韓国併合が行われている。両者が同じ年に起きたことは必然なのだろう。国家に優位な国民という標準の設定、そして、植民地の獲得……。共通するのは「特定のコード」の創造とそれに違反するものへの「暴力」の設定だ。それが「書く」という行為にどのような影響を与えたのか振り返ることは決して無益ではない。
     二つの事件以降、創業時代としての「明治」は「美化」の一歩を辿ることとなる。文学者のみならず、21世紀に生きる私たちも、その影響かにあるのかもしれない。
    明治は確かに「成長」の時代であったのだろう。しかし成長のもつ「暴力」と「暗部」を引き受けない限り、呪縛はそのままなのであろう。

    「あらゆる『理想』と『虚構』の『不可能性』を歴史的に隠蔽する『坂の上の雲』のような作品に、国民が熱狂していることが、おぞましく感じられた」と著者はいう。この「おぞましさ」の理解を促す一冊だ。しかもこれが「新書」というから驚きは2倍だ。

    因みに司馬遼太郎『坂の上の雲』が連載開始となるのは明治百年となる1968年のことである。

  • この新書のタイトルにもある「大逆事件」、俺が持っている山川出版の「日本史用語集」によると
    1910年、無政府主義者の明治天皇暗殺計画という理由で、幸徳秋水・管野スガら社会主義者26名を起訴。翌年全員有罪とされ、幸徳・管野ら12名が死刑となった。以後社会主義運動は不振となり、「冬の時代」と呼ばれた。また石川啄木は「スバル」の詩人で事件担当弁護士の平出修から情報を得て深い関心を持った。

    とある。俺は、幸徳秋水、「大逆事件」について、さらに突っ込んだ事を知る目的で、この新書を取ったが、ここに書かれているのは、「大逆事件」そのものより、「大逆事件と韓国併合が与えた影響」(ちなみに共に1910年に起こった)を当時の文学者(夏目漱石、永井荷風、与謝野鉄幹など)や後の文学者(三島由紀夫、大江健三郎、開高健など)に与えた影響をそれらの作品の文中から汲み取り、高澤秀次の解釈を読む本であった。目的から外れてしまった。

    俺はこの間ベトナム戦争について知りたくなり、開高健の「ベトナム戦記」を読んだが、似たような失敗だった。「この一冊で、手っ取り早く知ろう」的な目的で情報を得ようとすると、ろくな事にはならない。ちょっと反省(けど、また繰り返すだろう)。

    しかし、たまにこの手の本を読むと関心させられるのが、無意識に読んでいた小説が、持っていた構造である。

    筆者の高澤秀次は文芸評論家、

    夏目漱石「坊ちゃん」の構造を、「坊ちゃん」は、生粋の江戸っ子、パートナーの「山嵐」の出身が会津、で敵対する赤シャツが山の手弁を使う事から(赤シャツの出身はあかされていない)事から、赤シャツは、維新政府の高位高官の子と推定、幕末の旧官軍と旧賊軍の、幕府と新政府の末裔の対決という構造

    と指摘。漱石が実際そう意図したかはわからない(けど、この指摘は事実だと思う)。俺は「坊ちゃん」を読んだのは、中学の時だから、そんな事、考えもしなかった。そして、その解釈にグッと読み応えを感じた。

    この新書で取り上げられた様々な作品のうち、俺が読んでいたのは、金石範「雅の死」、開高健「日本三文オペラ」、三島由紀夫「英霊の声」、ぐらいであったが、高澤秀次の解釈、ウンチクは楽しく読めた。で、この新書で取り上げられた小林勝の「蹄の割れたもの」、井上光晴の「地の群れ」を読もうと新たな意欲が湧いた。

    一方で高澤秀次の日本の韓国併合に対する、植民地主義が全てとする、考え方(少なくとも俺にはそう思えた)には、違和感を覚えた。日本は、当時、韓国が自前で、近代化する事を願っていたとする情報は、多々読んだ事がある。決して綺麗事ではなく、日本にとってその方が、安上がりで、侵略される可能性も低くなるから、というのがおおざっぱに俺の知っている事だが、その辺の事情を高澤秀次は、目を背けているように感じた。

    しかし、また、俺がまだ当時をよくわかっていないのかもしれない。まあ、じっくりとこの疑問を今後、読書で解明できればと思えた。

  • 4/9
    全編通して面白かったし、特に大逆事件と文学者のかかわりについてこれまで頻繁に語られてきた鷗外や啄木だけでなかったのはよかった。
    ただ、安易に「ゼロ年代」とか使わないほうがいいと思いますよ。

  • 整合性よりも熱がある

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