老いの才覚 (ベスト新書)

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  • ベストセラーズ
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レビュー : 147
  • Amazon.co.jp ・本 (176ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784584122952

作品紹介・あらすじ

年の取り方を知らない老人が急増してきた!超高齢化の時代を迎える今、わがままな年寄こそ大問題。自立した老人になり人生を面白く生きるための7つの才覚の持ち方。

感想・レビュー・書評

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  • =積本・やっつけ月間=
    取っつきにくかった。最初こそは「おおー」と思ったけどね。

    うちの実母は日々、私に「お前は何にもしてくれない。お前は恐ろしい」と、嫌味言いつつも、自分のことは全部自分でやる。才覚があるタイプ。

    その一方でオットの祖母は才覚ゼロ。困ったことがあると親類中の職場にまで泣きながら電話をかけてくるw …恐ろしい。

    面倒見てもらって当たり前。○○してくれない。「くれない族」。いつからこうなちゃったんだろう…ね。物事はほどほどに不自由なくらいがちょうどいい。世の中、便利になり過ぎちゃったのかな…と。色々と読んで考えたけど、内容に納得できたのは2章まででした。


    我が強くって飛躍し過ぎて…「国が滅ぶ」と何回、作中で国を滅ぼせば気が済むの。考え方が極端でついていけなかった。私には合わなかった。偉そうにすみませんー。

  • 自立し,かつ自律した老人になるための指南書。
    「それは曾野さんだからできるんでしょ」という気持ちにならず,「自分もやってみよう」と思えるかどうかがカギ。

  • ◆結論 ~ 星の数 ~
    ★★★:暇な時間で読めば良い、読書の「費用と時間」と「内容」のバランスが釣り合っている

    ◆感想文 ~ 読む前、読んだ後 ~

    ◇読む前の感想
     NHKの朝のニュースで取り上げられているのを見て、興味が湧いたので買いました。
     「目上を敬う」というのは当然のことと納得していますが、私自身、経験として「この老人、甘え過ぎとちゃう?」とか、「なんかカッコ悪いで」とか思うことがありましたので、どうすればカッコイイ老人になれるか、と思い買いました。

    ◇読んだ後の感想
     著者は経験も経歴も人生観も凄い方です。そのため、老人に対して「こうするべき!」という内容が、キツイですね。
     しかし、この根拠は納得できるものばかりですし、オブラートをくるんだ様な曖昧な言い方ではありませんでしたので、竹を割ったような爽快な本です。

     私が、自分の行動で今すぐ見直したいと思った内容がありました。
     それは「受けられるサービスを受けないと、損をしたと考えていないか」ということです。
     本の中では病院の「洗髪」を紹介していました。
     (以下、私なりの要約です。)

     何かを受ける権利があるとする。
     その権利を受けることが当然で、受けなかったら「損をした」と考えている人が余りに多い。
     昔の人は「自分はそんなに困っていません、私はその権利を使いませんから、もっと必要としている人に回してあげてください」という考えがあった。
     その心を失った老人が、今、多過ぎる。

     ・・・すみません、私もそうです。
     素敵な老人になるため、今後も精進します。

    (参考:評価基準)
    ★★★★★:自分の知り合い、友人、家族全員が読んで欲しい(5%)
    ★★★★:「費用と時間」をかけても読んで欲しい、「内容」が非常に良い(30%)
    ★★★:暇な時間で読めば良い、読書の「費用と時間」と「内容」のバランスが釣り合っている(35%)
    ★★:読んでも良いが強く薦めない、他にもっと良い本がある(20%)
    ★:「費用と時間」の無駄、全く読む必要無し(10%)

  • 嫌い。
    胸焼けする。
    しかもブレてる。
    言葉の端々からビシバシ「わたしすごいでしょ」が伝わってくる。
    これこそ著者が嫌っている"自己中心な老人"の典型ではないのか。

    言ってることはそれなりに正鵠を射ていると思うけれど、
    これでは納得はできない。

    けれど、なにが嫌いなんだろうと思ったら、
    ただの近親憎悪だった。

    なかなか良い読書体験をしたと思う。

  • 自らを老人と認め、さらに老人のあり方をハッキリ厳しく提言しているところに惜しみない賞賛と尊敬を送りたい。してもらって当たり前というサイテーな感情を捨てて、自立した老後を送りたいと強く思わせる一冊。読みやすい文体と、理解しやすい展開に、すんなりと受け入れられる主張。素直な気分で読める。

  • この本を読了した日、父が亡くなった。秋頃から寝たきりになり、介護が必要だったとはいえ、当日の夕方までは容態も安定し、往診にいらしたドクターや看護士さんに「いっしょにお正月を迎えられそうです」と云って送り出したあとの急変だった。わたしも前日には心斎橋に暢気に買い物に出かけたりしていたし、弟一家は翌日戻ってくることになっていたから、ほんとうに唐突だった。平成22年12月31日のことだ。

    父の体調がどんどん悪くなっていくのをみるうちに、いつの頃からか、死にどき、死にかたはみずから決められるのではないかと考えるようになった。みんな「そればっかりはわからない」というが、ほんとうにそうだろうか。よほど居心地がいいのか、誰もあっちから帰ってきたことがないので、それこそ確認しようもないが、生前「ぼくの一生も80年だったな」と云ってキッチリ年内にカタをつけ、四十九日は自分の誕生日という逝きかたをした父をみていると、望んでこの日を選んだのではないかという気がしてならない。

    個人的には「このまま死んでしまうかもしれない」とおもったことが、これまでに二度ある。そのせいかどうか、あまり死を怖いとおもわない。いま死んだら部屋がごったがえしていて遺品整理するひとに申し訳ないとか、その割には『断捨離』とか『片付け』の本がいっぱいあってちょっとカッコ悪いな、とはおもうけれど。
    だからわたしにとって死について考えることは、とてもふつうであたりまえのことだ。むしろ日々、考えているといっていい。万物が変化する世のなかで、たったひとつだけ変わらないのは、うまれてきたら必ず死ぬということ。これほど明確な答えはない。だからそこに向けてどう走っていけば自分にとっていい感じなのか、そのためにはどうすればいいのか。誰もが進学したりしなかったり、仕事についたりつかなかったり、結婚したりしなかったり、子どもを持ったり持たなかったり、会社を辞めたり、起業したり、独立したり、引きこもったりと、もろもろしたりしなかったりを望んで(たとえそれが消極的だったとしても)してきたように、死にぎわについても自分なりの選択肢を持っておきたいわけだ。となるともう、達者でポックリに限る。だからそうなるように生きたい。結局どう死ぬかについて考えることは、どう生きるかについて考えることなのだ。

    国家には品格が必要だし、老いるにも才覚が必要とは、めんどくさい世のなかになったものだ。自分にそんな才覚があるかどうかはわからないが、老いるのは自然のなりゆきでも、老いぼれたくはない。お迎えが来るそのときまで、たとえどんな境遇にあろうとも活力は失うまいとおもう一方で、いざとなれば機嫌よく呼ばれたほうに向かいたいとおもっている。

    死ぬまで生きます。

  • 参考になる話しもあるが、あまりにも考え方が固執しすぎていて反感を買いそうな内容もあり。一人の人の人生(生き方)を参考にするにはいいけれど、手本となる生き方かどうかは疑問だ。

  • 潔い老人になりましょう。そして潔く死を受け入れましょう。そういうことです。進められて読んだんですが、もうちょっと上の年代の方々に読んでいただきたい感じです。
    凛々しく、潔く老いを受け入れるには、それなりの後ろ盾、ていうか財産?が必要なんです。
    曽野さんはそちらの方は、ご心配が全くないんでしょうね。

    私も貯金をできるだけしておかないと・・と思います。
    老後を楽しく潔く生きるために。

  • 老いの才覚。
    その言葉の意味、重さがわかる一冊

  • 曽野綾子氏の著書にしては語り口が丁寧で、雑誌に連載されているエッセイのような皮肉めいた強烈な批判がなかったように思うが、日頃から述べられている意見の中から老人に関する点に焦点を当て、わかりやすく論述している。私は無宗教なので、宗教に対する意見が異なることを除けば、著者の意見には全く同意できる。利己的でわがままな人たちがいなくなるよう、教育を改めていくべきなのだろう。外国からの日本人に対する評価は、今より戦前の方がずっと高かったと思われる。したがって、戦前のような、日本人の心としてのつつましやかさや、人や自然に対する敬意と感謝、奉仕の精神をはじめ、大和魂に代表される、長い歴史に培われた純粋でさわやかな心意気について、もっと勉強すべきなのではないか。
    印象的な記述を記す。
    「日本は経済大国なのに、どうして豊かさを感じられないのだろうかと言われますが、答えは簡単です。貧しさを知らないから豊かさがわからないのです。今日も明日も食べ物があって当然。水道の栓をひねれば、水が飲める。飲める水を使ってお風呂に入り、トイレを流している。昔は日本人も水を汲みに行ったり薪を取りに行ったりしましたが、今ではそういう生活が当たり前になった。もともと人間が生きるということはどういうことかを全然知らない、おめでたい人が増えたのです」
    「日本人の多くは、人は皆いい人という性善説が好きですが、私のように性悪説だと、人と付き合っても感動することばかりです。だれでも嘘をつくだろうと思っていると、騙されなかったり、むしろ救ってもらったりする。その時、自分の性格の嫌らしさに苦しむことはあっても、いい人に会えてよかった、という喜びは大きい」
    「たとえば財団などの会長や理事長がなかなか辞めず、そのうち急に体力が衰えたり惚けたりする。会議中に一言も発言しなくてお茶だけ飲んで帰る人もいれば、居眠りをしている人もいます。前の日にどんなことがあろうとも、会議の時ぐらいは我慢して起きている力のない人は、そのような任務に就いてはいけません。少なくとも、しゃべらない、耳が遠くなって話が聞けない、居眠りをする人は、理事や評議委員を辞任すべきだと思います」
    「「何をしてもらうか」ではなく、「何ができるか」を考えて、その任務をただ遂行する。それが「老人」というものの高貴な魂だと思います」
    「今の日本人の間違いは、古くから「備えあれば憂いなし」と言われているのに、備えもしない人が、かなり増えたことだと思います」
    「あからさまな悪徳商法に引っかかったり、途方もない儲け話にころりと騙されたりするのは、多くの場合、強欲な年寄りです。何十年も生きてきて、どうしてそんなばかな話に引っかかったのか、と思うことがよくありますが、楽して儲けたい、という気持ちが整理されていないのでしょうね」
    「アフリカでは、お金がなかったら病気になっても治療が受けられずに死にます。痛みも止めてもらえません。しかし日本では、ホームレスも治療を受けられます。自治体や病院によっては、扱いが悪いところもあるでしょう。どこの国とくらべて、そう言わねばならないのか、よくわかりませんが、それはもう納得するよりしょうがありません。老年のよさは、それほど長く生きていなくて済む、ということでもあるのです」
    「目が見えなくなったら、死ぬべき運命なんですよ。なぜなら、動物としては、餌を取れなくなれば死ぬよりしょうがないから」
    「一生の間に、ともかく雨露を凌ぐ家に住んで、毎日食べるものがあった、という生活をできたのなら、その人の人生は基本的に「成功」だと思います。もしその家に風呂やトイレがあり、健康を害するほどの暑さや寒さからも守られ、毎日乾いた布団に寝られて、ボロでもない衣服を身につけて暮らすことができ、毎日、おいしい食事をとり、戦乱に巻き込まれず、病気の時には医療を受けられるような生活ができたなら、その人の人生は地球レベルでも「かなり幸運」です。もしその人が、自分の好きな勉強をし、社会の一部に組み込まれて働き、愛も知り、人生の一部を選ぶことができ、自由に旅行し、好きな読書をし、趣味に生きる面も許され、家庭や友だちから信頼や尊敬、好意を受けたなら、もうそれだけで、その人の人生は文句なしに「大成功」だった、と言えます」

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著者プロフィール

一九三一年東京都生まれ。作家。聖心女子大学卒。一九七九年ローマ法王よりヴァチカン有功十字勲章を受章、二〇〇三年に文化功労者、一九九五年から二〇〇五年まで日本財団会長を務めた。一九七二年にNGO活動「海外邦人宣教者活動援助後援会」(通称JOMAS)を始め、二〇一二年代表を退任。『老いの才覚』(KKベストセラーズ)、『人間にとって成熟とは何か』『人間の分際』(ともに幻冬舎新書)など著書多数。

「2019年 『不惑の老後』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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