経済で読み解く織田信長 「貨幣量」の変化から宗教と戦争の関係を考察する

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  • Amazon.co.jp ・本 (272ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784584137789

感想・レビュー・書評

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  • 織田信長が 出てくる背景説明が とても 詳しく
    楽しく読めました。

    残念なのは 信長の部分が 少なかった。

    でも その分野は いろいろな方が 書いているので。

    作者の ほかの 本も 読んでみようと思います。

  • 戦国時代を経済的視点から読み直すというのは面白かった。各時代で書けるという1粒で2度も3度もおいしいネタだ。

  • この本、著者曰くシリーズの中では最速でタイトルに合った人物が出てきたらしいけど、シリーズのコンセプトとしてそこに行きつくまでの周囲の事象と経済的な流れを丹念に描こうとしているってな事なので、なんだかんだで織田信長の登場は最終章です。

    そうは言っても、そこまでの流れが面白い。 寺社勢力の強大さや怖さ、どのようにして経済的にそれまでの権力に関わってきたかがよくわかる。 教科書読んでるだけじゃこの時代の面白さは判らないね。 経済だけがすべてではないけど、各勢力の行動原理の中に確実に経済問題は関わっていたのだろう。 

    意図的に信長を盲目的に称賛するのを避けているので、信長の有名エピソードも理論的に何がよくて何がダメだったかを解説しているので新鮮味がある。

    あぁおもしろい。

  • 金は天下の回りもの。
    宗教は金が集まりやすい構図で室町時代はそれが顕著だった。
    景気が悪いからいくさが絶えないと考えると納得。
    なかなか面白い歴史考察。
    人は常に歴史に学びを得るべきだと改めて感じる。

  • 室町時代から金融ビジネスは基本的には変わらずそれを寺社勢力が担っていたというのが興味深かった。貨幣量の変化が景気を左右するというのは今の金融理論からすると当然のことであるがそれをこの時代に読み解ける能力はまさに創業者の資質があったという事なのだろう。

  • 経済で読み解く『室町時代後期』くらいの方が相応しい内容

    織田信長について、経済という切り口での深い考察があるかというと、それはありません。

    単純に、第三者の信長評価を引っ張ってきて、それを経済という切り口で評価しているだけ。

    読んでいて正直、前半は寺社勢力とマネーと中国大陸などの関係などが解説されていて、それはそれで新しい知識となるのですが、その前提を使って、織田信長に対しての深い洞察があるかというと、既存のフレームワークに織田信長の所業を乗せただけ、という感じ。

    織田信長について学びを深めたいという人には、殆ど読む価値のない書物です。

    ちなみに、織田信長について、書籍の本当に最後のほうに出てきますが、途中が、室町時代後期から信長登場に至るまでの事実をツラツラ書いているだけで、読むのに本当に疲れました。

    そして繰り返しますが、著者の洞察らしきものはないと思います。経済のフレームワークに当てはめてオワリ。

  •  織田信長に関する本は何度も読んだことがありますが、どれも政治だったり軍事の視点が多かったように思います。考えてみれば、同じ歴史でも、庶民や経済、宗教にスポットを当てれば、全く違う景色が見えるはずです。

     この本はタイトルのとおり、織田信長を経済で読み解こうという意欲的な本です。ただし、織田信長の話はほとんど出てきません(笑)。室町から戦国時代の経済を詳しく説明することで、織田信長の経済的活動の意味を浮き彫りにしようとしていますので、1~6章までは、織田信長前の時代が描かれています。

     7~8章は、さすがに織田信長について書かれていますが、この章だけ読んだのでは、残念ながら織田信長を本当に理解することはできません。ですので、織田信長の登場を待ちながら、6章までしっかり読み通すことをお勧めいたします。

     この本を読み終わると、奇異に映った信長の行動が、実は緻密に計算されたものだということが分かります。世の中を変えてしまうほどの力を持っていた信長のことです、単に奇異で終わるはずがありません。歴史好きの方はもちろん、経済にお詳しい方もぜひ一読をお勧めいたします。

  • 「経済で読み解く」シリーズの 戦国時代編
    前2作と同様に 全くブレずに
    経済理論に基づいて
    定量的にアプローチしながら 歴史事象を分析評価している

    歴史ロマン のような楽しみ方は一切無し、
    な姿勢なんだけど、とても面白い!

    ワルラスの法則に基づいて、
    当日の貨幣量の如何を考察しつつ デフレ~インフレの状態を推量して 人々の暮らしの程度を紐解く、という斬新さ! 
    斬新だけど論理的でとても腹落ちできた。

    当時の寺社勢力の説明のくだりは圧巻!
    現代のインテリヤクザ・経済マフィアを連想してしまうほど。

    比叡山や京都五山のエグさたるや 凄まじい。
    「死都ゴモラ」で描かれていたカモーラさえも
    軽く超える巨大パワーで、その記述に圧倒されて一気に読了した

  • 上念氏による「経済で読み解く歴史シリーズ」の第三弾です。今回は私が長年興味を持ち続けている「織田信長」を経済の面から解説しています。

    中高で学習した、かすかな記憶では彼は先駆けて、楽市楽座の導入(既得組織の座の解体)、関所の廃止等があったと思いますが、この本ではなぜそのような政策をとったのか、また果たしてそれに独自性はあったのかが事実とともに解説されています。

    信長といえば「比叡山の焼討」が有名で、宗教弾圧を行ったイメージがありましたが、その時代に比叡山をはじめとする宗教勢力の既得権益を保持する体制が世の中にどのような影響を与えていたかもこの本では解説されています。現代人の感覚からすれば、私たちが目にする宗教はすべて歴史のあるものですが、歴史の浅い宗教を「新興宗教」といって色眼鏡をかけて見てしまうように、当時も同様だったようですね。

    信長の時代には、本願寺の一向宗や親鸞の浄土真宗も新興宗教と見なされていたということに、この本を読んで気づきました。歴史を振り返る時には、現在の常識や考え方、さらには気候や地形も含めて、当時のことを思い浮かべる大切さを感じました。

    以下は気になったポイントです。

    ・財源には、1)増税、2)予算の組み替え、3)国債発行がある、国債発行には、中央銀行による買い取りと、民間金融機関による買い取りがある、トランプは減税と、巨額の財政支出を公約としたので、市場は民間金融機関による国債買取を予測して、ドル高が進んだ(p7)

    ・室町時代から戦国時代にかけて戦乱が多かったのは、経済がデフレであったから、デフレは景気悪化、停滞により人々を困窮させる(p12)

    ・ワルラスの法則と言われるマクロ経済学の恒等式によれば、モノとお金のバランスで経済の先行きが決まるというもの。お金が不足すると物価が下がる、さらにモノは毎年自然に増えていく、そのレベルは2%程度(p25、26)

    ・世の中全体にあふれるお金を「マネーストック」と称するのに対して、その根幹をなす日銀がコントロールするお金を「マネタリーベース」という、マネーストックが断然大きい(p31)

    ・室町時代においても、土倉(とくら)や酒屋が金融業に勤しみ、その元手となる資金は自社勢力が提供、そして支那との貿易をしていた(p32)

    ・平均的な金利は月利8%、年率96%と高いが、農民は種籾1粒から、米粒を何十倍も収穫できることを考えるとそれほど無理な金利でもなかった(p32、117)

    ・室町時代が始まる300年も前の987年11月に、国産貨幣は利用停止となり市場から消えた、そして物納(米、絹)で決済するようになった。国産貨幣が登場するのは、1588年(天正16)の、秀吉による「天正菱大判」から、流通の観点では1601年(慶長6)の慶長小判である(p34)

    ・鎌倉時代の、米との交換レートについて、支那では銅銭1貫文(=1000文)当たり、米0.5石で交換されていたが、日本では1石という固定レートを採用していた。当時の日本は国際貨幣を発行せず、実体経済の発達に比べて貨幣が不足気味であったため、銅銭の価値を7倍くらいに調整しないと国内のモノとお金のバランスが取れなかった、これが危険な航海も顧みず支那と交易した理由(p38)

    ・支那では1368年、元朝がモンゴル高原まで撤退し、代わって明朝が成立する。紙幣発行による激しいインフレが原因(p41、49)

    ・明朝は国際貿易秩序を通じて自国で鋳造した銭貨を大量にアジア地区へばらまいた(基軸通貨)、2016年のSDR入りを果たしたが、明朝は自国通貨をそのレベルのポジションに押し上げていた(p44)

    ・朝貢貿易において、従属国から宗主国への朝貢であったから関税は無し、使節・商人の滞在費など一切の費用は明朝の負担、朝貢品に対しては、賜与という名目で価格以上の代価が払われた(p45)

    ・応仁の乱(1467)は寒冷化の大底、織田信長が台頭する1500半ばも寒冷化が進み、江戸時代が始まる前まで続いている(p46)

    ・足利義満の時代に北山文化が栄えたのは、日明貿易により大量の銭貨が流入するマネタリーベースの増加があったから、日便貿易を押さえるとは、貨幣の発行権を把握すること(p67、68)

    ・足利6代将軍(義教:1428)のころは、天台宗(比叡山)は当時の日本の政治、経済、学問におけるスーパーパワーであった、これに立ち向かったのが五山(臨済宗)、日明貿易を再開するものの、1433年から宣徳要約という条約で貿易に制限(頻度、人員、船数、積載量)が加えられた(p71、92)

    ・箱崎は朝廷直轄の神社のある貿易拠点であったので、刀伊入寇、文永の役では攻撃目標となった、博多は平清盛や新興貴族勢力の拠点であり、民営港湾であった(p99)

    ・栄西や臨済宗の僧達は仏教を学びに行くついでに、支那で交易してたんまり儲けてきた。そこから幕府に銭貨を献上し彼らの政治闘争を経済面で支えていた(p100)

    ・沈没した船が属した船団が、80-160億円の銭貨を持っていた、14世紀当時の日本のGDPは724億円程度であり莫大である(p104)

    ・興福寺のすごいところは、藤原氏が政治力を失ったのちも領地支配システムを継続した、鎌倉・室町時代を通して、幕府は守護をおけなかった、宗教団体というより地方軍閥であった、鎌倉幕府の発展と臨済宗の発展は両輪であった(p110、112)

    ・京都五山(臨済宗)のヒエラルキーは、トップが南禅寺、五山は、天龍・相国・建仁・東福・万寿寺、その下に十刹などがある。13世紀には鎌倉五山が建てられている(p111)

    ・比叡山(天台宗)の主な収入源は、関所と金融、荘園であった(p115)

    ・当時の寺院では、宗教活動をメインにする禅僧集団を西班、自社の経理・財務・荘園経営をする禅僧集団を東班と呼んでいた。(p129)寺社の持つ荘園は、基本的に幕府からの徴税は免除されている、その代わりいざという時には幕府の財布として財政面をバックアップしていた(p130)

    ・信長の136年前に比叡山延暦寺を焼いた足利義教、事実上室町幕府を取り仕切った細川政元、信長よりも先に天下人となった三好長慶など、信長の先駆者はいた(p146)

    ・足利義満自身は五山(臨済宗)とべったりだったが、子供は比叡山に二人、高野山にひとり、五山にひとりとバランス良く配置している(p151)

    ・経済的に困窮した人々は普段は見向きもしない狂った考え方に憑りつかれる。(p161)

    ・応仁の乱の勝ち組は、細川氏と大内氏である、本国で内紛が絶えなかった四職家(山名、一色、赤松、京極)とは異なり、細川氏は堺商人、大内氏は博多商人の利益代表であり、支那との交易を通じて力を蓄えられた(p164)

    ・応仁の乱により幕府による畿内支配に変化はなかったが、幕府の保護を受けて経済的な栄華を誇っていた京都五山が壊滅的な打撃を受けた、これは荘園の解体につながり、これと入れ替わりに北陸地方に本願寺が浸透した(p165)

    ・本願寺は比叡山や京都五山と異なり、荘園を持たずに信徒からの喜捨によって資金を集めた。領地を支配して年貢をとるのではなく、関所を設けて通行税をとるのではなく、経済成長に合わせて寄付金を集めた(p190)

    ・奈良は比叡山と並ぶ寺社勢力の老舗で、興福寺が平安時代から統治していたが、一向一揆(本願寺)の攻撃で興福寺は全焼した、三好討伐に本願寺を利用した細川晴元は、対抗するために日蓮宗を利用した(p204)

    ・日蓮宗は、地方で食べていけなくなって都会へ流れてきた京都の新住民たちに受け入れられた、これは地方出身者を中心とした都市の新住民に創価学会が爆発的に広まったのと似ている(p207)

    ・信長は歴史上の大きな存在ではあるが、信長の短い生涯のうち大半は中小企業の経営者、大企業になったのは本能寺の変の3年前くらいから(p230)

    ・中央銀行と不動産デベロッパーと、商工ファンドを兼任して巨大な力を持っていた寺社勢力から経済政策の主導権を奪い返した点は信長の高く評価できる点である(p232)

    ・信長は義昭を将軍に任官させ、義昭側近らを巧みに三好三人衆の旧領国に配置、ただ、大津・草津・堺を直轄都市としては一大名の管轄から切り離した(p236)

    ・楽市楽座令を最初に出したのは、六角氏(1549、近江石寺)、次は今川氏真(1566、駿河富士大宮)信長はその次で1567に美濃加茂において、またこれは本願寺の寺内町と同じ政策でもある(p241、243)

    ・織田信長は多くの焼き討ちを行っているが、対象は天台宗・浄土真宗本願寺派・日蓮宗・真言宗・臨済宗と多岐に渡っている。(p256)

    ・悪銭の実勢レートを幕府や大名が追加で公認することを「撰銭令」という、信長も上洛後に盛んに発令した、これは貨幣量全体が縮小することになりデフレを招くことになった(p268、272)

    ・信長は比叡山を焼き討ちし、石山本願寺包囲戦を戦ったことで、結果的に物流の主導権を寺社勢力から武家勢力に取り戻すことになった(p282)

    ・信長の凄いところは、歴史に学び同じ過ちを繰り返すことなく、徹底的に成功事例を取り入れることに徹底したことである(p288)

    2017年3月19日作成

  • 歴史を動かす世の中の経済状態
    大前提が理解できれば歴史は読み解ける

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著者プロフィール

上念司(じょうねん・つかさ)1969年、東京都生まれ。経済評論家。中央大学法学部法律学科卒業。在学中は創立1901年の弁論部・辞達学会に所属。日本長期信用銀行、臨海セミナーを経て独立。2007年、経済評論家・勝間和代氏と株式会社「監査と分析」を設立。取締役・共同事業パートナーに就任(現在は代表取締役)。2010年、米国イェール大学経済学部の浜田宏一名誉教授に師事し、薫陶を受ける。リフレ派の論客として、『経済で読み解く日本史 全6巻』(飛鳥新社)、『財務省と大新聞が隠す本当は世界一の日本経済』(講談社+α新書)など著書多数。テレビ、ラジオなどで活躍中。

「2020年 『誰も教えてくれなかった 金持ちになるための濃ゆい理論』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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