弟を殺した彼と、僕。

  • ポプラ社
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  • レビュー :28
  • Amazon.co.jp ・本 (265ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784591082355

作品紹介・あらすじ

「半田保険金殺人事件」で弟を殺された著者が、彷徨する魂の救済を綴った壮大なノンフィクション!苦悩する魂にあふれる愛と涙。真夏の拘置所。アクリル板を挟んで向き合った加害者と、被害者の兄。10年ぶりの邂逅は、さまよう二つの魂に"光"を投げかけた…。

感想・レビュー・書評

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  • 「償う」ということ
    「赦す」ということ 
    「救済」ということ  について深く考えさせられた1冊。

    作者のすごく率直な想いに自分だったら、、、を考えさせられてしまった。「怒り」「憎しみ」のエネルギーというのは本当に本当にやり場のない行き場のない感情だと改めて感じた。死刑=被害者遺族の救済につながるという図式はあまりに単純すぎる。でもこういった図式のようなメディアの煽り方が今もなおあるのが現実ではないかと感じた。
    情報を受け取る側は、鵜呑みにせずに想像する、自身で考える、そのうえでの意見を持つ事をなお強く意識しなければならないと感じた。

    犯罪事件に関わらず、日本の世論やメディアのあり方を深く表していると感じた一言

    ー「被害者遺族の気持ちを考えた事があるのか」と言いますが、彼らもまた考えた事はないのです。

    20041年8月 ポプラ社 装画:山田宣之

  • 死刑賛成の人も,反対の人も,死刑存置論の人も死刑廃止論の人も,死刑のことよく知らない人も,死刑のことなんて考えたことがない人にも,是非とも読んで欲しい一冊です。

    「被害者遺族の気持ちを考えたことがあるのか」と言いますが,彼らもまた考えたことはないのです。一方的に,「被害者遺族は,怒りに凝り固まって,死刑を望んでいる」と決めつけているのだと思います。僕は,彼に「被害者遺族の気持ちに同情するので,死刑に賛成する」と言ってもらうより,被害者遺族の肉声に直接耳を傾け,受け止める時間を少しでも持って欲しい,と思いました。単に「被害者遺族の気持ちを考えて死刑に賛成する」という声に,僕は寂しさや怖さを感じます。そのような人は,僕のような者を,「家族を殺された彼らは、平穏に暮らす自分より気の毒でかわいそうな人」と一段下に見ていると感じます。「言われなくても被害者遺族の気持ちを推し量ることができる自分は,人間らしい情のある者だ」と,心のどこかで考えている気がします。被害者のことなど真剣に考えてはいないのです。(195,196ページ)

    これが全てを物語っている気がします。死刑存廃を語るに,ここのところは一番忘れてはいけないところではないでしょうか。人が100人いれば100人が皆違う考えなのです,被害者もその一人です,被害者が皆同じ考えであるはずがない,そこをしっかりと念頭に置いた上で,これから先も死刑を考えていきたいと思います。

  • 死刑制度に関心を持つきっかけとなった一冊。

    弟を殺され被害者家族となった著者。
    本当の謝罪とは何だろうか。

  • 森達也「死刑」で取り上げられていたので読んでみた。2時間強で一気に読了。
    文章こそ拙いが、訴えてくるものがあまりにも重い。

    ほとんどの国民が、犯罪とも、もちろん死刑とも縁のない暮らしをしていながら、意識するしないにかかわらず「死刑」という刑罰を支援し、表面ばかりの「被害者のために」の懲罰感情で罰を与え、犯罪者を罰してやったからもうOKという、あまりにも身勝手な行動を当たり前のようにしているんだということを思い知らされた。

    部外者がいかに身勝手か。
    国民、マスコミ、警察、検察も弁護士も裁判官も法務省も、結局は部外者でしかない。
    原田氏は、自分の弟を殺害した死刑囚との交流を通し、彼の償いのためにも、何よりも自分自身の思い(弟を返してほしい、できないなら命の限り謝ってほしい、償いの姿勢を一生示し続けてほしい)のために、執行停止を申し立てる。
    著者の思いは、私などには到底理解できる類のものではないだろう。でも、そこに死刑という刑罰をめぐる、重要な鍵が隠されている気がしてならない。
    もちろん、著者のような思いに至らない被害者家族もいるだろう。この死刑囚のように、自分の罪を受け止め回心するような犯人ばかりでもないだろう。死刑をどうするべきだとか、罰をどのようにしたほうがいいとか、一概に言えるものではない。ならばせめて希望する被害者家族には、もっといろいろな権利が認められるべきではないのか。

    原田氏が「犯人を赦すとか赦さないとか、更生しようとしまいと、生きていようといまいと、関係ない。家族を返してほしいだけ」ということ「世間もマスコミも、裁判に関わる人でさえ、結局は犯人を罰してやったぞ、満足だろうと、高みの見物をきめるだけで、谷底に突き落とされた被害者家族を引き上げようとは誰も言ってくれない」ということを繰り返し言っておられたのが胸に突き刺さった。

    死刑は必要なのだろうか。
    昨今の傾向「厳罰化」は、一体誰のためなのか。
    被害者か、その家族か、それとも犯罪抑止か、我々国民なのか。
    原田氏のように、「生きて償いを示し続けてほしい」というのも罰の在り方なのではないか。
    だが、この死刑囚のように罪を心から受け止められたのは、「死刑」という命をもってしか償いはできない、という罰をつきつけられたからこそだった、という考え方も同時に成り立つだろう。

    難しい。本当に難しいと思う。

  • ハッキリ言って、文章力は拙いし、たどたどしく、筆致も未熟。
    構成はまだしも、ほとんどが作文の域を出ない力量である。
    それでもなお、この書籍の伝える内容はあまりに生々しい。

    著者は弟を殺害した犯人を心底憎悪する。
    実際、殺人事件の被害者遺族となったことで、数多の不幸が彼を襲う。
    容赦ないマスコミ取材や事故として支払われた保険の返還騒動、
    それを返すためにサラ金への借金、逃避行動としてキャバクラ通い、また借金などなど。

    まっさらの自分と強制的に対峙させられた彼は、
    その過程の中で、加害者の極刑を望まなくなる。

    その心性は、正直、理解しがたい。

    矛盾に満ち満ちた、論理的に破綻を来たしている、彼のその心情こそが、
    本当の被害者感情なのだ。
    加害者を極刑に処して収まる程度の感情ではない。

    何度も何度も出てくる「わからない」「しらない」ということばは、
    徹底した一人称単数のときのみ、現出しうることばだと思う。

  • とても重い内容なのにとても読みやすい本でした構成をされた前川ヨウさんがお上手なんですね。被害者家族の気持ちを考えて死刑に賛成する という人は被害者家族を家族を殺された彼らは平穏に暮らす自分より気の毒でかわいそうな人と 見下していると感じます一度新聞記者から原田さんはこれほど残虐な殺され方をしても死刑でなくて赦せますか といわれたがこの記者は明男の殺され方は楽な死に方だというのでしょうか控訴せず死刑になった人について彼は反省しているのではなく自分の人生に虚無と絶望感を感じていたのだと思います自分の人生から逃れたいだけなのだと感じました第三者だから何の痛みもなく「被害者の気持ちを考えて」などと呑気に言えるのだと思いました僕は、ひとりぼっちです。

  • (2014-12-26)

  • 配置場所:広1図書
    資料ID:93040284
    請求記号:916||H

  • 図書館で借りてきた本。

    著者は弟を殺された遺族だが、弟を殺した死刑囚に対して「死刑執行をしないで欲しい」という上申書を法務大臣に送った人。その後、著者の願いは受け入れららず、死刑囚は死刑が執行された。

    第三者のわたしには何も言葉がない。
    ただ、こういう人も中にはいるのだ、死刑を執行することと人を赦すということは全く違うことでもある、という考えをしている人もいるのだ。死刑囚と言葉を交わしたい被害者遺族もいるのだ。

    「その頃、僕は、こんなことをイメージしていました。明男と僕ら家族が長谷川君たちの手で崖から突き落とされたイメージです。僕らは全身傷だらけで、明男は死んでいます。崖の上から、司法関係者やマスコミや世間の人々が、僕らを高みの見物です。彼らは、崖の上の平らで広々としたところから、「痛いだろう。かわいそうに」そう言いながら、長谷川君たちとその家族を突き落とそうとしています。僕も最初は長谷川君たちを明男たちと同じ目に遭わせたいと思っていました。しかし、ふと気がつくと、僕が本当に望んでいることは違うことのようなのです。僕も僕たち家族も、大勢の人が平穏に暮らしている崖の上の平らな土地にもう一度のぼりたい、そう思っていることに気がついたのです。ところが、崖の上にいる人たちは、誰一人として「おーい、ひきあげてやるぞー」とは言ってくれません。代わりに「おまえのいるがけの下に、こいつらも落としてやるからなー。それで気がすむだろう」被害者と加害者をともにがけの下に放り出して、崖の上では、何もなかったように、平和なときが流れているのです。」

    「仮に平凡な暮らしをしている人たちがゼロ地点にいるとしたら、僕たち家族は明男を殺されてマイナス地点に落とされました。ゼロに戻りたいのに、誰も引き上げてくれません。しかし、長谷川君には、大きなマイナスに落ち込まないように支えてくれるよき友だちがいるのです。僕が長谷川君を自分よりも大きなマイナス地点に落としても、僕の方はちっともゼロには近づけず、同じマイナス地点にいるに過ぎません。僕が望んでいることは、事件前のように人を心底憎むこともなく、明るく平穏な生活に戻ることです。その望みが叶うかどうかは、長谷川君を死刑にしてもしなくても関係ないように思いました。(中略)しかし、僕は、彼と面会したことが、自分にとって快復への道につながる予感を感じました。」

  • (随分前に読んだ本なので大雑把に覚えていること)

    弟を保険金殺人で殺害された著者と死刑囚となった加害者との関わり。
    加害者は事件のことは反省する。
    被害者の兄は、なんとか死刑執行をやめてもらおうとするのだが、結局死刑は執行されてしまった。

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