私にとってオウムとは何だったのか

  • ポプラ社
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本棚登録 : 73
感想 : 10
  • Amazon.co.jp ・本 (339ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784591086001

作品紹介・あらすじ

本書では、教団幹部として様々な事件に関わった早川紀代秀被告が、幼い頃の生い立ちから自らを振り返り、麻原彰晃とオウム真理教との関係を、慙愧の念を持ってとらえ返している。また宗教学者・川村邦光は、日本宗教史から宗教弾圧と宗教的テロリズムを概観し、オウム真理教およびその事件を、早川被告に焦点を絞って論じている。

感想・レビュー・書評

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  • オウム事件の幹部元受刑者による回想録と、宗教学者である大阪大学教授川村先生の共著です。共著とはいえ、前段が元受刑者回想で、後段が川村先生による事件の宗教学的解析、時代的背景との関連説明と解説になっています。量刑確定前の著作であり、その真偽はわかりませんが、川村先生との共著であり、真摯に記述されているものと推察されます。普通の生活をしていた人がふとしたきっかけで悪事に引き込まれ抜け出せない理由が、元受刑者の視点で記述されています。行為は許されることではなく、同情の余地はありませんが、自分自身に照らしたとき、自分の考えで行動できるのであろうかと感じるところです。そういう面で川村先生の解説中にあるまさしく「オウムは我が隣人」であり、自分の中にもあると考えてしまいます。

  • オウム真理教で幹部として、数々の事件に関わった、早川紀代秀死刑囚が2005年に書いた本。

    早川氏が生まれてからどのような考え方をしていて、そしてオウムに出会い殺人にまで手を染めるようになったのか。その流れが詳細に記されているのでとても興味深く読みました。

    人はそれぞれ人生に何かを求めるものだと思いますが、この人が求めたのはヨガや瞑想による「本当の自分探し」でした。林郁夫氏の『オウムと私』を読んだ時も思いましたが、2人とも理想主義的な傾向があるように思いました。

  • 彼からもっと知りたいことはたくさんあった。

  • オウムの死刑囚が全員処刑され、結局オウムの起こした事件の真相までも闇に消えてしまい、これからオウムの事件がどういう事件であったかが永遠に当事者から解明することが絶たれてしまいました。
    その中で死刑となったオウム信者であった早川紀代秀死刑囚が自身とオウムとの繋がりの初まった経緯から入信しそして事件へとすすんで行った経緯を真摯に書いた本です。

    本は早川紀代秀死刑囚(以下早川)とその裁判で宗教に関して証言した宗教学者の川村邦光氏が二人で書いた一冊で、二部構成になっている。

    年表がでているので早川の生い立ちを見ると私が大学を卒業した時と彼が大学院を卒業した年が1975年で同じなので時代の背景が自分の時代背景に重なるので彼の生きてきたあの時代が近い感覚で感じられた。

    彼は元々オカルトとか超能力に特に興味があったわけでは無くヨガなどの瞑想や精神的なものにひかれ、オウムのヨガ道場に通い始めたのがきっかけでオウムと関係を持っていく。

    あの時代ノストラダムスの大予言で世界の終わりがやって来るようなことが色々報じられ、多くの人が大なり小なりそういう事が起こるかもしれないと思うようなことが時代の背景にあったことを私も思いだした。そして、ユリゲイラーなどの超能力など、ある意味オカルト的な神秘な力などが半々の人たちが信じたり疑問に思っていたと思う。

    その時代に、早川はヨガから入り、ヨガによる瞑想や麻原教祖に直接声をかけられながら、徐々にオウムという団体の中にのめり込んでいく。麻原から直接電話をもらったり声を聴いたりして彼は教団に好印象を持っていく。この麻原の一本釣りのような勧誘方法は彼だけでは無かったのではないかと思われるが、そういった経過はオウムに関連した死刑囚が処刑された今はもう検証することも出来ないだろう。

    そして、修行が進むうちにその瞑想の深さや体験する精神的な諸々が心地よくなり解脱というステージが見えてきた頃に出家しないとそれが出来ないと麻原にい渡され、どうしても高いステージ(精神的に)に上がりたかった早川は全てを捨て、家族を捨て財産は全てオウムに寄進しさて出家していく。

    こういった気持ちになっていった時の麻原のその時その時の声がけや新たなステージという教団ないでの階層システムが競争心や心の掌握、洗脳という形で麻原が最高の地位にある神のような存在となっていき、麻原のために修行をしたり命令されることを達成してく事が世界のためであり全ての人類のためだと擦り込まれていく。

    集団生活で地位の階層を作り、麻原の言う事こそが正しいことでそれぞれが競い合いそれを達せしいて麻原から褒められることが最上の喜びという洗脳に陥っていく。
    ある意味、軍隊であったり小さな集団で言えば私たちの時代の運動部が上下関係が一歳違えば絶対服従というような精神構造となってあたりまえという感覚にもなっていったのではないだろうか。

    そういう洗脳をされ精神状態の時に麻原から殺人の命令を受け、その時にいた信者たちと一緒にそれをポアという救済だと麻原に教え込まされ躊躇しながらもそれを実行してしまう。

    実行した後はすでに共犯者であり、それを拒む状態ではなくなっていき、本来常識も知識もしっかりあった早川を含めその周りにいた信者たちも共犯者として立ち止まることも断ることも出来なくなって行ったようである。

    早川はサリン事件には直接関与していないが坂本弁護士家族殺害など数件の殺人事件に関与して、その行動力で建設大臣やロシア、チベットの交渉など重要な仕事に携わっており、オウムの中でも幹部として様々な交渉などに携わっていた。

    もしオウムに入っていなければ有能な技術者であり優しい父親になっていたかもしれない、しかし、オウムと出会ったことで様々な洗脳により正しい判断を出来ない状況に入り込んでいったのではないだろうか?

    この本に書かれている早川の懐古には懺悔や自分の甘さ判断の間違いを悔いている。そして、このオウムの全容を麻原を含めた全死刑囚たちとの繋がりや経緯を本当はもっともっと調べ証言をしてもらっていれば、オウム事件がどうして起きたか、その背景には何があったかを究明出来たのではないかと悔やまれる。

    全死刑囚があっという間に全員処刑されオウムの事件やその宗教がどういう形で進んできたかが闇の中に閉ざされたのでは無いかと思う。

    川村氏が書かれた明治以降の数々の新興宗教がたどった様々な経緯を見ても色々な形で破綻をしたり弾圧を受けたりとオウムにも近い道をたどっているのが見えてくる。

    そして、川村氏が見た早川のオウムとの繋がりなどを解説して、同じように彼は全てのことを公にして、オウム事件がどういう事件であったかを公にし被害者への懺悔を続けるべきだと書いている。

    しかし、今の政権はオウム死刑囚全員の処刑という形で事件を終わらせたという結論にしたかったのか、真相は闇のままで幕引きをしてしまった。

    被害者家族などの思いを考えると死刑という日本の制度がある以上、それが決着なのかもしれないが終身刑などの新たな法律もこれから日本が考えないといけないのではないかと思った。

    早川がオウムに入って麻原に洗脳されていなければと彼の人生と犠牲になった人たちの人生を思い悔しく悲しい。

  • 何とレビュー数の少ないこと。つくづく、どうしてオウム何かにはまるのか、と思う。でも、他人事ではないのだ。You tubeにもオウムの特集はたくさんのっているのが分かった。今更だけど。世の中の人がYou tubeにはまるわけだ。最後の年表を見て、ようやく早川が松本智津夫より年上だったと知る。ますます、なぜ、と思う。30も後半になって、まだ真理が知りたいなんて思うなんて。しかし、よく覚えてるよなー。年代とか。You tube見てみようかな。今更ながら、オウム調べよう。

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