食堂かたつむり

著者 :
  • ポプラ社
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  • Amazon.co.jp ・本 (234ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784591100639

感想・レビュー・書評

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  • 主人公は中学の卒業式を終えた15歳のその夜に自宅を出てから25歳になるまでの10年間、一度も家に戻っていない。
    中学卒業と同時と知り、その設定にびっくりした。本文には詳細は記載されていないが、生きて行くのにかなりの苦労をしたと思う。それだけの決心だったのに、10年ぶりに実家に帰ろうと思いたった理由に少し矛盾を感じたことは否めない。頭では理解できない人間の感情があったのであろう。(でないと、物語が進まない)

    ペットのブタにエルメス(Lメス)と名前をつけ、根岸恒夫コンクリート建設社長(ネオコン)の愛人で、スナック・アムールを経営するおかん(母親)・瑠璃子は、エキセントリックで、主人公・倫子は昔からそんな母親が嫌いだった。同棲していたインド人がある日、家財道具一式を持って逃げてしまった。失恋のショックで声が出なくなった倫子は、実家に戻り、近所で小さな『食堂かたつむり』を熊吉(熊さん)の協力のもと始める。愛情溢れる美味しいオリジナルメニューでお客さんの心を掴み、やがて評判の食堂となる。

    熊さんへのイチヂクのカレーであったり、お妾さんのフルコース、桃ちゃんとサトル君の野菜スープであったりと、『食堂かたつむり』で食事をする誰に対しても、その人のことを考えて愛情を込めて作る。
    描写されているメニューは、どれも細かくて、読んでいるだけでそのメニューを想像できる。私の貧相な想像力では、食べ物の画像に留まるが、きっと倫子から出される一皿は、一皿ごとにキラキラ輝いているに違いない。その一皿を見ているお客さんが、誰しも口に運びたくなるくらいに。

    そう、だから飼い主からの愛情がなくなり拒食症になってしまったウサギでさえも、倫子手作りのクッキーを平らげ、元気になった。

    エルメスの解体は流石にショックで、今まで、育てていた動物を食べるなんて、考えるだけでも恐ろしいことである。ただ、よくよく考えると、家畜は愛玩動物ではないため当然のことである。逆にいつか家畜としての運命をたどるのであれば、自分たちの血肉となり、自分たちの中で生き続けると考え、良い考えかもしれない。ただ、もし自分がその立場にいる時に、こんなふうに考えることは難しいと思う。

    お腹が満たされるような食べ方でなく、身体が喜ぶ食べ方を心がけたいと思う。

    いつもながらふわっとした優しい物語であった。

    • やすりんさん
      沢山の種類、様々な国の料理が出てきて、私の貧弱な経験からは想像の域を超える料理に感嘆した。

      さすがにエルメスを食べることになったことには驚...
      沢山の種類、様々な国の料理が出てきて、私の貧弱な経験からは想像の域を超える料理に感嘆した。

      さすがにエルメスを食べることになったことには驚きと嫌悪感が湧いたが、人間が生きていく上で食べ物を食べる、生あるものの命を絶って食べるという行為について改めて考えさせられた。
      スーパーで売られている肉を普段食べているが、その肉が生きていた豚や牛であることに頭では理解しているが、心では感じていない。
      人との繋がりの大切さ、生きていく上で避けられない他のものの命をいただくことに思いを馳せて、作ることにもたべることにも、食事を大切にしたいと思った。
      2020/11/19
    • kurumicookiesさん
      やすりんさん、

      生きていくための食事、食事のための料理、料理のための食材、ループのように食べること、食べれる幸せを感じる作品でした。
      生き...
      やすりんさん、

      生きていくための食事、食事のための料理、料理のための食材、ループのように食べること、食べれる幸せを感じる作品でした。
      生きていた時の姿を思い出すと、いつも食べることが出来なります。
      2020/11/19
  • 帯に草野マサムネと岡野昭仁の言葉。

    かもめ食堂と共に、父親の9時間にわたる心臓の手術を待っている間読破した1冊で、
    そういう意味でも思い出深い本です。
    窓も無い狭い部屋で叔母とふたり、まるで現実逃避のように本を読みこんでいました。暑かった…。

    声の出ない若い女性の料理人がたった1日1組のために腕によりをかけて、おもてなしをするお店。
    お客様から見たらとても不思議な空間だと思う。
    お客様視点のこの物語も読んでみたい。

    比内地鶏のサムゲタン、食べてみたい。
    同じ牛から採れた牛乳と生クリームとマスカルポーネチーズを使ったティラミスだなんて、最高の贅沢だろう。
    フルーツサンドは、Eテレ『グレーテルのかまど』で取り上げられてたっけ。

    詩のような、絵画のような文章も素敵。

    「地球をそのまま巨大なはちみつのビンに沈めたい。」
    「恋をかなえるために派遣された妖精みたいだ。」
    「ささやかだけど幸せのお手伝いができて、私の胸にも蜜蠟キャンドルの明かりが灯る。」

    後半は、食べることを突き詰めていくと、どうしてもそこに行かざるをえないのかなという。
    ただ、残酷な内容なのに、どこか現実味が無くて、そこが不思議。
    将来はやっぱり熊さんとゆっくりゆっくり一緒になっていくのかな?

  • 小川糸さんの初期の頃の作品。

    展開が突飛だなと感じる部分はあったが、さすが食べ物の描写はこの頃から洗練されている。

    一日一組、お客様に合わせて献立を考える。
    自然に恵まれた土地の素材に倫子の料理に対する真剣さがのって、特別なご飯ができあがる。

    とても穏やかで、だけど本当に大切なことも教えてくれるそんな一冊でした。

    We eat many kinds of food to live.
    It’s not just eating.
    We receiving their lives.

  • 感想を書く前にいろんなレビューを見たら、極端に二分していた。
    すごく良かったっていう人と最悪だったって言う人。映画にもなっていたから、面白い本ではあると思う。
    私は、結構好きだったけどw
    一気に読んでしまったしw
    人の気持ちは、毎日変わっちゃうし、受け取り方も今日と明日でも違ったりするのかな。
    倫子の生き方は嫌いじゃないし、おかんの不器用さも受け入れ慣れる。エルメスの食されるところもありかもしれないけど、嫌な人もいる。
    人って難しいなw

  • ラストです泣けました。生きていくって命を繋いでいくこと。エルメスがささげた命、大事にして食の大切さを噛みしめていこう。
    おかん素敵です。

  • 食事をするということは、命を頂くということを、改めて考えさせられた。
    生きるということは、食べること。美味しい料理を食べた時の喜びは、何物にも変え難い。

  • こんな食堂にゆっくりとのんびりと行って過ごしてみたいですね。季節の野菜や地元の食材を満遍なく使用した地域密着の食堂で、さらに世界の料理も食べれる。食事をおろそかにしてはダメですね。
    最後の展開は感動しました。子供が嫌いな親なんていないですね。どんな事があってもどんな事を言っても最後は家族が大事で大好きですね。ほっこりしました。

  • 「トルコ料理店でのアルバイトを終えて家に戻ると、部屋の中が空っぽになっていた。もぬけの殻だった。」(3ページ)

    ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
    主人公の倫子は、バイトを終えて帰宅した。

    ところがその部屋は、インド人の恋人の姿どころか、愛用品も貯金もなにもない空間へと変わっていた。

    そんな部屋にただ1つ、置きざりにされていたのは、祖母の大切な“形見”だった。

    倫子は祖母の形見を抱え、故郷へのバスに飛び乗った。
    そのとき倫子の体にはすでに、“ある変化”が起きていた。

    昔から倫子と母の関係は、うまくいっていなかった。
    しかし財産すべてを持ち去られ、無一文になった倫子には故郷に戻り、料理を作って生きる道しかなかった。

    母から借りた物件を改装し、「食堂かたつむり」をオープンさせるのだが…

    ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
    家に帰ったらなんにもなくなってた、なんて始まり方なものですから、「はっ!?なにがあった?!」と思ったときにはすでに遅し。
    「食堂かたつむり」というこの小説に、がっちりと心をつかまれていました。

    倫子の母という人も、なかなかの人生を歩んできた方でしたが、倫子も倫子で、さらにここからなかなかの人生を歩んでいきます。

    幸せってなんなんだろう。
    生きるってなんだろう。
    食べるってなんだろう。

    お互いを思いやるってなんなんだろう。

    読みながら、そんな問いが、頭の中に響きました。
    倫子と「食堂かたつむり」のお客さんとのやりとりや、倫子の母の気持ちのなかに、その「こたえ」はちゃんとあって、読み終わったときには、胸がじんわりしていました。

    きっと倫子の作る料理も、お腹だけでなく胸もじんわりして、自分のすべてがぽかぽか暖かくなる料理です。
    それは倫子が「食べること」「人が生きること」を、「本当に」知っているからです。
    だから、倫子の料理は「暖かい」のです。

    人は、木の実だけでは生きられない。
    人は、身体だけ無事でも生きられない。
    命は命をつないでいくし、心は心をつないでいく。
    だから人は生きていけるのだなと、感じました。

  • 大人のためのメルヘンなのかな、と感じました。
    少し現実離れした部分はあるけれど、こんなふうに生きていける世界があるといいなと思える物語。
    おかんのような女性、素敵だと思います。

  • 2020(R2)2/17-2/20

    恋人に捨てられ、家財道具も全て盗まれた女性が行き着いた先は、中学校卒業以来、一度も足を踏み入れなかった彼女のふるさと。
    その場所で始めた食堂での人々との出会い、大事な人との邂逅と別れ、そして「食べることは命をいただくこと」の再認識を通して、彼女は自分の生きる意味を見出していく。

    手間暇をかけ、食材の持ち味を最大限引き出し、それをじっくり味わっていただくことは、その食材が私たちに与える「命」への恩返しなのではないか。

    一つ一つの食材の持ち味をじっくり味わえる人は、きっと他者への思いやりも濃やかになるのではないかと思えてきた。
    「不寛容」になりつつある日本社会の変化の要因は、濃やかさが持ち味の日本の伝統的な料理を、食べることも作ることも少なくなってきているからではないか?
    そんな大きなところまで思いが至らせてしまう物語だった。

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著者プロフィール

作家。デビュー作『食堂かたつむり』が、大ベストセラーとなる。その他に、『喋々喃々』『にじいろガーデン』『サーカスの夜に』『ツバキ文具店』『キラキラ共和国』『ミ・ト・ン』『ライオンのおやつ』『とわの庭』など著書多数。

「2023年 『昨日のパスタ』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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