([お]5-1)食堂かたつむり (ポプラ文庫)

著者 :
  • ポプラ社
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レビュー : 1463
  • Amazon.co.jp ・本 (290ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784591115015

作品紹介・あらすじ

同棲していた恋人にすべてを持ち去られ、恋と同時にあまりに多くのものを失った衝撃から、倫子はさらに声をも失う。山あいのふるさとに戻った倫子は、小さな食堂を始める。それは、一日一組のお客様だけをもてなす、決まったメニューのない食堂だった。巻末に番外編収録。

感想・レビュー・書評

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  • 牛:約3,200頭、豚:約45,000頭、鶏:約175万羽。
    この数が一体何の統計値なのかお分かりになるでしょうか?これは、この国で一日に屠殺される家畜の数です。多いと感じるか、少ないと感じるかは人それぞれかもしれませんが、これだけの家畜が我々が生きていくために毎日犠牲になってくれているという現実があります。そう、生まれた時から食材となることを定められた命がそこにあるのです。でも大半の人は屠殺の現場に関わるわけではありません。なので、なかなかにそのことに普段思い至ることはありませんし、そもそもそんな時間も心の余裕もないでしょう。一方で、この国には『いただきます』という言葉があります。英語には適当な訳がないこの言葉。二つの意味があるそうです。一つには、目の前にある料理ができる過程に携わってくださった人々への感謝の気持ちを口にすることにあります。そして、もう一つは、すべての食材にも命があると考え、それらを『私の命にさせていただきます』と食材となった命に感謝の気持ちをこめる、その言葉から生まれたものだとも言われています。『命をいただく』ということ、そしてそのことに感謝するということ。忙しく慌ただしい毎日の中で一時でもそのことを感じる時間が持てれば、明日からの食事はもっと味わい深いものになるかもしれません。

    『トルコ料理店でのアルバイトを終えて家に戻ると、部屋の中が空っぽになっていた。もぬけの殻だった』という主人公・倫子。『部屋には、恋人とともに暮らした三年分の思い出と貴重な財産が、ぎゅっと濃密に詰まっていた』とインド人の恋人がいなくなり、『いつか恋人と共同で飲食店を開く資金』を含め何もなくなっていることにショックを受けます。そんな中『無事でよかった。私は思わず両手で壺を抱きかかえ、胸の中に包容した。私にはもう、このぬか床しか、寄る辺がない』と、『祖母の大切な形見』という『ぬか床』が残されていたことに安堵します。『私はそのままマンションを後にして、大家さん宅に立ち寄り、部屋の鍵を返却した』という倫子。そして、『十五歳の春に背中を向けて以来、一度も足を踏み入れることのなかった私のふるさとへ向かうバス』に乗り故郷へと向かうのでした。倫子は過去を振り返ります。『中学の卒業式を終えたその夜、私はひとりで家を出た。今と同じように、深夜高速バスに乗って』と、仲の悪かった母親から逃れ、都会に住む祖母の元に身を寄せて生きてきた倫子。『私は将来、プロの料理人になろうと決めていた。料理をすることは、私の人生にとって、薄暗闇に浮かぶ儚げな虹のようなものだった』というかつての夢が頭に蘇ります。そして、ふるさとに降り立った倫子。『とにかく私は、無一文なのだ。一応おかんに借金の申し入れをしてみたものの、案の定、きっぱりと断られた』という大ピンチに陥ります。しかし『ホームレスの生活をさせるわけにはいかない』と、『私が家に戻ってくることをしぶしぶだが承諾してくれた』母親からは、エルメスという名の豚の世話と生活費を払うよう条件をつけられます。そんな時『この家の物置小屋を借りてちいさな食堂をオープンさせてはどうかしら?』とひらめきます。『お願いします。精一杯がんばるから、物置小屋をかしてもらえませんか?』と乞う倫子に『途中であきらめずに最後までやりなさい』と答える母。こうして食堂オープンへ向けた倫子の慌ただしい日々が始まりました。

    「食堂かたつむり」という書名そのままに作品全体が食の表現で溢れています。冒頭から出てくる『おばあちゃんのぬか床』も独特な存在感をもちますが、他にも『スープ』を作るシーンを『月経樹を入れたスープストックでコトコト煮込み、最後にバーミックスで攪拌すると、淡い色彩のとろりとしたスープが完成する。味付けは塩だけ』と短い表現の中に美味しそうなスープのイメージを見事に表現します。そして『ふたを開けた瞬間、ほんわかとした湯気が立ち上る。こぼさないように慎重に木の器にスープを注ぐ』、次に『出来立てのスープを、私はハート型の赤い鍋に入れてテーブルへと急いで運ぶ』、となんだか自分の目の前にリアルにスープが運ばれて来て給仕されているかのような表現がとても食をそそります。さらに『赤い鍋の中には、まだおかわり用のスープがたくさん残っている』とダメ押しします。スープひとつとってもこの表現です。この作品が如何に食を意識して作られているかよくわかります。だからこそ、『私の中で、野菜に対する見方が大きく変化した。今までは自分がすべて料理を作っているような気持ちになっていたけれど、私は、単に素材と素材を組み合わせているに過ぎないのだ』と料理人である倫子が気づく過程が、とても説得力を持って伝わってくるように感じました。

    前半の幾分軽い、もしくは明るい展開が後半になって一変します。前半に意味ありげに張られた伏線が後半に順に回収されていきますが、後半はとても重いテーマへと場面が急展開します。生きるために我々は毎日何かしらの生き物の命をいただいています。作品後半では、『命をいただく』というそのことを包み隠さずリアルに描写するまさにその場面が登場します。これには嫌悪感を抱く人も確実にいるであろうその場面のリアルな描写。料理人は、その命を食材としてテーブルに運ぶ中立ちをする仕事でもあります。扱い方によっては反感も生みかねないこの微妙なテーマに小川さんがきちんと向き合い、『いただくことは、命をいただく』ことでもあるということについてとても納得感のある描き方をされていたと感じました。また、このシーンの重さはこの作品の一種の軽さがあってこそ生きるものであり、これ以上作品自体が重い描き方をされていると恐らく読者の心が持たないということもあると思います。そういう意味でもファンタジーかの如くふんわりと描かれる前半の軽さがあってこその後半の重さが生きる、とても上手く構成された作品だと思いました。私たちは普段の食事では、目の前にある調理された料理そのものにしか目がいきません。しかし、その料理を食するということの裏側には命をいただいているという事実があること、そして、『自分にできる最大限のことをするのが義務』と、食材にきちんと向き合ってくださっている方がいることは、毎日の食事においてしっかり意識したいと思いました。

    『イライラしたり悲しい気持ちで作ったりしたお料理は、必ず味や盛り付けに現れますからね。食事を作る時は、必ずいいことを想像して、明るく穏やかな気持ちで台所に立つのですよ』と語ってくれた祖母の言葉を忘れずに、『誰かのために料理を作れるだけで、本当に、心の底から幸せなのだ。ありがとう。ありがとう』と料理人としての仕事を続ける倫子。食材に誠実に向き合い、食べる人の幸せに向き合い、そして自分の生き方にきちんと向き合っていく倫子。思った以上にいろんな感情に心が揺れ動かされるストーリー展開にとても夢中になり、思った以上に余韻の残る深い読後感が待っていました。ああ、この作品いいなあ、と美味しかった料理を食べ終えた瞬間に似た感情に素直に包まれた、そんな読後感でした。

  • 本書の主人公が作る料理は、「私が考えたステキ」か「私のためのステキ」で出来ています。
    一事が万事「私」で味付けされた料理からは、こんなお店ステキでしょ、こんな料理ステキでしょ、料理は私の祈りなの!という、独りよがりなエグみばかりが感じられ、恋人の喪失や家族の死といった大事件さえ、その主張の前では単なる付け合せに過ぎません。

    作中に登場する料理の種類は豊富です。
    けれど、こだわりの食材紹介や調理手順については事細かに描かれる一方、肝心な筈のお客の食事描写があまりに乏しく、殆ど印象に残りません。
    食べる、料理の出来を褒め称える、料理のおかげで奇跡が起こる、この流れが当然のように繰り返されるだけなので、まるで空っぽのお皿を前に、おしゃれな料理写真を延々見せられているような気分になります。

    主人公の料理に対する信条にも疑問が残ります。
    完全予約制、おまけに事前に面接日まで設けて相手の好みやプライベートを事細かに調べ上げるとしておきながら、店作りの恩人に振る舞うカレーは、結局自分と恋人との思い出にまつわる一品であったり、長年喪に服しているお妾さんに対しても勝手な献立を立て、「万が一料理を残されたら自分が食べればいいのだから」と開き直る主人公からは、お妾さんの食事の時間を台無しにするかもしれない事への罪悪感が微塵も感じられません。
    食材の生産者に対して直接お礼を伝えたり、家畜に対する感謝を語る場面もありますが、食育的な思想だけが上滑りしているように思えました。

    後半は家族の絆と哀しみからの再生が主軸となりますが、それまでの物語があまりに貧弱なため主人公に感情移入できず、唐突に差し挟まれる下品な表現に顔をしかめつつ、台本通りに事が進むのを見守る他ありませんでした。

    おとぎばなしの食卓にしては生々しく、現実の食卓にしては胡散臭い。
    小説としても、お世辞にも上質とは言えないように思います。

  • 「食堂かたつむり」 小川糸(著)

    2008年 1月 (株)ポプラ社

    2010年 1/15 文庫 第1刷
    2019年 11/5 第38刷

    2020年 9/23 読了

    「ライオンのおやつ」で散々泣かせてくれた
    小川糸のデビュー作。

    そして今回も散々泣きました^^;

    生きて行く事は食べて行く事。
    料理には愛と正義しかないのだ!

    いつも行くカフェのマダムにも心から感謝。
    (じつはこの本を紹介してくださった方でもあります)

    悲しみはけして不幸なことではない。
    人生を豊かにするスパイスなんだ。

    巻末の番外編にもジーン…

    2011年 イタリアの文学賞 バンカレッラ賞
    料理部門賞受賞作。

  • インド人の恋人に振られ、
    部屋の物を持っていかれ、
    お金もなくなった主人公の倫子。

    ストレスで声も出なくなってしまった。

    そんな倫子は、畑に埋めてあるお金を盗むために
    疎遠になった『おかん』のもとへ
    夜行バスに乗って向かう。
    しかし、
    おかんに帰ってきたことがバレてしまい、
    その家で居候させてもらうことになるとともに
    空いている母屋でやりたかった食堂を
    経営させてもらうことになる。

    1日1組限定の食堂『かたつむり』。

    お客様とは事前に面談を行い、
    その人にあったオリジナルのメニューを提供する。

    そこでご飯を食べたお客さんは、
    幸せなことが起こるというジンクスが広まり…

    ----

    物語の前半は、食堂かたつむりを訪れたお客の
    ほのぼのエピソードかと思っていたが
    中盤頃から、
    おかんがガン?飼い豚のエルメスを殺してしまう?
    と、物語が急変した。

    エルメスの解体シーンは悲しく、酷かったが
    おかんの望みということもあって
    エルメスも本望だったんだろうなと思うと
    切なかったが、命の大事さを改めて感じた。

    小川糸さんの小説は読みやすいし深みもあり、
    私に合っているような気がする。

    番外編の、チョコムーンも
    ほっこり温かい気持ちになれた。

  • あらゆるものを失っても力強く生きている倫子、何かかっこいいなぁ。
    ゼロからの出発。再生の物語。
    言葉を発しなくても、自分を表現する方法がいくらでもあるのだ。
    生きるってこういうことだったんだ。
    まわりのせいにすることなく、一人で立ち上がること。

    心を込めて料理をすること。
    そうすると、自分も幸せになる。
    まわりも幸せになれる。

  • 妻からの推薦本。ある日突然家の物がすっからかんで途方に暮れる倫子。10年ぶりに実家に戻り、プロの料理家として成長してゆく。その中で母との確執を浄化してゆく。内容としてはゆる~いお話しのはずが、随所にエキセントリックな内容で、雰囲気がグロテスク(おーエルメスよ!)な印象でした。あまり物語に入り込めなかったのですが、理由として、1つ1つのイベントが少し未完結な感じだったからかな?ジェットコースター的で急展開でありつつ、全体的に暗くて、自分には合わなかった。もう少しメリハリの利いた内容だと良かったかな。

  • ずっと読もうか悩んで読まず、『蝶々南々』を先に読んで、
    割と良かったのでこちらも読んでみました。

    たぶん、こっちを先に読んでいたら『蝶々〜』は読んでなかったかも。

    『蝶々〜』にも感じましたが、この作家さんは、美しく書いた物を、
    わざと汚す…と言うか、リアリティを出そうとしてなのか、理解できない表現をするところがあります。
    それが唐突でわざとらしく、違和感があり、私には受け付けない部分で、
    『食堂かたつむり』の方によりそれを強く感じました。
    こんな方法を取らなくても、いくらでも雰囲気を壊さずにリアリティのある、素敵な作品を作れるだろうに。
    その最たるものがエルメスの下りであり、また食堂に嫌がらせをする客であり、
    ネオコンのセリフだったりするのです。

    おかんとりんごちゃんの関係を、もっと掘り下げるか、お客さんとのやり取りに重点を置くか、熊さんとの関係を発展させるか、
    しぼって書いて欲しかったです。
    この食堂に来たお客さんがどんな風に幸せになったか、伝わって来たのはお見合いカップルの部分だけでした。
    残念。
    勝手に高田郁さんのような物語を想像した私がいけないんでしょうけど。

  • 3冊目の著者の本。
    前2冊が良かったので、期待して読んだら後半…なんか違った…こういうこともある。

    命をいただくことの大切さが描きたかったのだろうか?それがペットの豚を食べること、偶然死んでた野鳩を食べること??途中ホラーだったのかと思ってもしかしておかんまで食べるんじゃないだろうな、っておもってしまったよ。。

    後半の部分で、前半は楽しめた気分も上塗りされてしまった。でも振り返ると所々、ギョッとするような心理的に不潔な描写もあったなぁ…

    人によって感想、好き嫌いも割れているようなので、面白いと思うけど。私の感覚には合わないなぁ。

    2020.7.12

  • とても 優しいお話でした

     一生懸命生きてきた 主人公の倫子は 突然すべてのものを失いその衝撃から 声をも失ってしまう しかたなく 大っ嫌いな母親のいる田舎へ帰る・・・ 

    食べ物への 真摯な姿勢 料理に対する厳しさ 食べる人への愛情 溢れるほどの 想いが 詰まったお話でした 

    自分料理がほんっとに苦手なのですが 誰かに食べてもらいたいという想いが湧き上がってきたら料理上手になれるのかなとw 

    自分の心も解きほぐしてもらいに 食堂かたつむりにいきたいです

  • 失恋のショックからしゃべれなくなった倫子は、新規一転、実家でこだわりの食堂を始めることに。母親との確執と和解、頼れる近所のおっさん(熊さん)との交流、感動を呼ぶ素晴らしい料理の数々。

    どぎついことは起こらない。田舎を舞台としたほのぼの系の作品だった。こういうのも嫌いじゃないな。

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著者プロフィール

作家。デビュー作『食堂かたつむり』が、大ベストセラーとなる。その他に、『喋々喃々』『にじいろガーデン』『サーカスの夜に』『ツバキ文具店』『キラキラ共和国』『ミ・ト・ン』『ライオンのおやつ』『とわの庭』など著書多数。

「2021年 『グリーンピースの秘密』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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