少年十字軍 (一般書)

著者 :
  • ポプラ社
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感想 : 66
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  • Amazon.co.jp ・本 (382ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784591134214

作品紹介・あらすじ

13世紀、フランス。"天啓"を受けた羊飼いの少年・エティエンヌの下へ集った数多の少年少女。彼らの目的は聖地エルサレムの奪還。だが国家、宗教、大人たちの野心が行く手を次々と阻む-。直木賞作家・皆川博子が作家生活40年余りを経て、ついに辿りついた最高傑作。

感想・レビュー・書評

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  • 天啓を受けた少年・エティエンヌは、仲間たちとともに聖地エルサレムを目指して旅立つが、彼らの行く手には思惑や打算を抱えた人々が現れてきて、道行は波乱含みに進んでいく…
    「開かせていただき…」よりももっとシンプルな文体で、波瀾万丈な十字軍遠征を描きます。さまざまな悪巧みやずるがしこさを含みつつ、天啓、神というものに対してのそれぞれの信望のしかたを描き分け、なかなかに読み応えのあるお話となっていました。
    少年が主人公なので、より読みやすくて、奔放な少年ルーとエティエンヌを慕うアンヌのやりとりなどはコミカルでジュブナイルのような味わいがあって楽しめます。
    天啓が本物かどうかなどというのは信じるものをもたない人には判らない話であり、だからエティエンヌのさまを哀れだと感じてはいけないのでしょうが、「なにかに身をささげるために、なにかを失う」ことの残酷さを感じずにはいられないのでした。
    後日談がありそうでもあるさっぱりとした終わり方でしたので、読み心地はとてもよかったのですが、エティエンヌは幸せなのか?というところだけ、そういうふうに気になったのでした。

  • やっぱり面白い。
    そして、皆川博子氏の作品にしてはとても読み易い。
    難解な暗示を込めた幻想的な描写や、時空を行ったり来たりする複層的な技術をほぼ用いることなく、万人にとって非常に分かりやすい形で、そして若干のミステリーを味付けとして加えて、仕上げてある。
    中世ヨーロッパに生きる登場人物にとって神の実在/非在が為す意味、そしてそこから派生する人間の心のありようといった、興味深いテーマも描かれている。

    面白いんだが、少々物足りなさを感じることもまた事実。
    少年十字軍という史実を土台としているのでやむを得ないところはあるが、「薔薇密室」に見られた、鮮烈な映像を伴うかのような文学性と縦横無尽に張り巡らされた謎が収斂していく緻密性が融合して昇華した何物かがあるわけではなく、「冬の旅人」の如く、まるで永遠に物語は継がれていくんじゃないかと思わせる悠遠かつ壮大な流転が紡がれているわけでもない。
    ラストシーンの描写もまた、あっさりと終わったな、という印象を持った。

    今年で御年83歳。
    これほどのものを書かれるというだけでも敬服の極みだが、今一度彼女のすべての技量を詰め込んだ新しい大作を読んでみたい、という欲もある。

  • 実際の少年十字軍の悲惨を、皆川博子女史の筆はこうも残酷でありながら美しい物語に仕上げてしまう・・・。
    レイモンの見栄から始まった虚言がどんどん自分を浸食していく様とか、堕落した聖職者達とか、ならずものと通じてる貴族とか・・・人間の邪悪さや汚濁をこれでもかこれでもかいやまだだ・・・ってぐらい書き上げていながらもその腐臭をさせない圧倒的筆力・・・これが・・・皆川博子・・・。
    奇跡はない、だが圧倒的な虚無は間違いなく存在するのだ・・・。圧倒的耽美、無惨、そして死。
    翻弄される民衆は、少年たちはエルサレムへ辿り着くのか・・・??
    『少年十字軍』、圧巻です。
    ルーが・・・ルーの萌えがすごい・・・。
    森で暮らしていた自然児だった狼少年が年上の少女に素直になれないながらも気に掛けてるのが・・・こりゃあ萌えだ・・・。
    ドミニクには懐いてるのとかも・・・自分と同じく素直じゃない兄ちゃんには親近感覚えてる少年・・・。
    ジャコブとドミニクっていうかドミニクのジャコブへの気持ち・・・あれは・・・もう言い逃れできねえよ・・・。
    そういう目で読んでしまったことを許してほしい・・・いやだってあれは・・・なあ・・・???普通ただの同僚のために命を捨てられる???違うでしょ???

  • 面白い!と言ってしまうにはあまりに不敬、不遜かもしれない。

    実在した少年十字軍のエルサレムへの悲劇的な遠征を。

    少年たちの無垢と大人の汚なさと、信仰と虚無と、仲間。

    「エティエンヌがいるから大丈夫!」
    ああこの言葉の残酷さに気づかない無垢さは正義なのか?
    信仰は美しい、けれどそれは何かを失うことと引き換えのような気もする。

    全然関係ないけど、ドミニクとジャコブにもやっとしたものを感じたのはわたしだけじゃないはず…だよね…。

    彼らの未来に、神のご加護がありますように。

  • 子供たちはエルサレムへ行けるのか?という好奇心と、旅の途中で起きるちょっとした出来事にわくわくしながらの読書。ページを繰る手が止まりません。子供たちがみんな可愛い! 聖も俗もカンケーねえよな狼少年ルー、頭の回転が早くてちょっと大人びている助修士ドミニク、世俗にまみれつつもお馬鹿すぎて逆に可愛らしいレイモン。神の啓示を受けたエティエンヌは守ってあげたくなるほど純粋すぎて眩しい。
    文章は三人称が中心ですが、昔の記憶を失っているガブリエル(成人)のみがときおり一人称で現れ、独特な色を添えています。
    装丁も可愛らしく、児童文学なのかなと思いました。児童劇団の脚本が元になったというあとがきに納得です。とくに十字軍について知っていなくても小学校高学年くらいから十分に楽しめる内容だと思います。

  • 神の啓示を受けた少年エティエンヌを中心に、子供達がぞろぞろと聖地エルサレムを目指すというものがたり

    参加しているのはいずれも身寄りがなく、不幸な境遇にある子供達
    集団の合い言葉は「エティエンヌがいるから大丈夫」というからかわいらしい
    事実エティエンヌという少年は病気を治したりする特殊能力を有する

    行く先々でこの噂を聞きつけた子供や大人までもが行列に加わったりする
    重税にあえぐ人民、腐敗した聖職者、欲の皮のつっぱた金持ち、はてはエティエンヌの名前を乗っ取る金持ちの息子などが登場して物語に彩りを添える

    少年達が活き活きと書かれていて、とてもおもしろい十字軍狂想曲です
    本書はハッピーエンドを匂わせながらもまだまだ波乱がありそう
    ルーが主人公になりそうな続きが読みたいなぁ

  • 皆川さんの作品の中ではかなりあっさりした文章でさくさく読めます。
    昔児童劇団の脚本として応募したものを元に書かれた作品ということで納得。

    天啓を受けたエティエンヌは聖地エルサレムへと旅に出る。数々の奇跡を起こし、旅の仲間はどんどん増えていく。

    作中でカドックとガブリエルは「神はいない」と口にしている。実際に道中起こる「サン・レミの奇跡」も「雷光を呼ぶ奇跡」も人の手によるもの。史実をベースにした旅物語のようだけどエティエンヌだけがファンタジーの世界から出てきたように不思議な存在。
    しかも主人公であるはずのエティエンヌ視点で物語が進むシーンが一つもない。アンヌ視点によって苦悩している描写はあるけれどそのアンヌにも「何を思っているのかわからない」と言われる。モノローグがないことで、エティエンヌの不思議さに拍車がかかっている。

    エティエンヌは奇跡の子なのかカドックの言うところの「狂人」なのか。
    死の向こうにあるのは虚無か命の海か。神はいるのかいないのか。
    あえてはっきりさせないラストはかなり前向きなものになっています。

    あとがきでは皆川さんのお人柄が垣間見えます。「インノサン少年十字軍 」も読みたい。

    表紙も素敵です。天を仰ぐエティエンヌ、羊(エティエンヌ)を抱くアンヌ、最後尾で別の方向を見ているルー

  • 『聖餐城』をジュヴナイル化したような印象。
    先が気になって読み進めながら、読了してしまうのがとても惜しかった。そういう意味では確かに物足りない。
    先のことを考えると本当にハッピーエンドなのか?という疑問はありつつ、こういう形で(とりあえずの)決着がついたことは良かったと思う。
    ラストの4行がとても好き。

  • 歴史の中の一コマではあるが、ファンタジーと言ってもいい作品。身勝手な人間の中にあって無垢な魂とはこういう物だと見せられた。大天使ガブリエルの名前をもつ記憶をなくした僕の見る青い蝶が神秘的で、最後はあまりにも上手く行き過ぎたような気もするが、すべからく物語はハッピーエンドは望ましいので★5。
    それより、『開かせて‥」の続きがあるなら、早く読ませていただきたいです。

  • まず表紙に惹かれます。
    散りばめられた寓意がとても素敵です。
    百合はガブリエルのアトリビュートです。
    羊は人々を導く者、羊飼いのエティエンヌを示しているのでしょう。
    その他に、子羊は無垢であり無邪気であるがゆえに惑わされる存在ですが、
    無垢は最終的に悪魔に打ち克つシンボルにもなっています。
    物語の終盤でもアブラハムと息子イサクの話で出てきます。
    この作品において、「羊」がとても重要なものなのだと感じました。
    また、ルーは「狼」であり、羊と対になっているとも考えられます。
    左を向いた左端の子がエティエンヌで、右を向いた右端の子がルーなら、
    とても素敵だと思います。
    エティエンヌが持つ杖は牧羊杖で、羊飼いのアトリビュートです。
    そして、その杖から続く崖の狭間には、
    金と銀の交差した鍵が描かれています。天国の鍵でしょう。
    髑髏は何を意味しているのでしょうか。
    私は、平凡だが穏やかに生きる力を失った、エティエンヌを浮かべました。
    読了後に眺めると、色々考えるのが楽しい表紙です。

    いつも皆川先生は、
    死は虚無であるということを描かれています。
    個人的に『冬の旅人』で死を透明と表現したところが好きでした。
    今回は、〈無〉の中にいのちが満ちていると、最後に描かれていました。
    虚無は、いのちで充たされていたのです。
    とても穏やかで、強い意志を持った前向きな最後に、感動しました。
    ガブリエルははっきりと死ぬことが怖いと発言しており、
    何だか博子先生の作品では少し珍しい気がします。
    彼が一番好きです。
    死の影が生なのです。
    生は醜いものであるがゆえに美しいのだと感じました。

    悪の存在として、カドックを登場させ、子供らに選択させますが、
    その行為を直接的に描います。
    本当に悪魔と対決しているような、その部分で、
    いつもよりエンターテインメント感が増している気がします。

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著者プロフィール

皆川博子(みながわ・ひろこ)
1930年旧朝鮮京城市生まれ。東京女子大学英文科中退。73年に「アルカディアの夏」で小説現代新人賞を受賞し、その後は、ミステリ、幻想小説、歴史小説、時代小説を主に創作を続ける。『壁 旅芝居殺人事件』で第38回日本推理作家協会賞を、『恋紅』で第95回直木賞を、『薔薇忌』で第3回柴田錬三郎賞を、『死の泉』で第32回吉川英治文学賞を、『開かせていただき光栄です―DILATED TO MEET YOU―』で第12回本格ミステリ大賞を受賞。2013年にはその功績を認められ、第16回日本ミステリー文学大賞に輝き、2015年には文化功労者に選出されるなど、第一線で活躍し続けている。

「2023年 『天涯図書館』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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