その本の物語 上 (ポプラ文庫ピュアフル)

著者 :
  • ポプラ社
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  • Amazon.co.jp ・本 (293ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784591140741

感想・レビュー・書評

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  • あなたは、子どもの頃にどんな本を読んだかを覚えているでしょうか?

    私はある一冊の本のことをずっと覚えています。それは、編み物が得意な一人のおばあさんが登場する物語でした。蝶々の羽の模様を参考に偶然編んだ編み物。それが空にふわっと浮かび上がります。そんな編み物によって飛行機を作り上げ、それに乗って孫の住む街へと飛び立つおばあさん…。学校の図書室で夢中になって読んだ日のことは未だによく覚えています。私は2019年の暮れに恩田陸さんの「蜜蜂と遠雷」を読んで以来今日に至る読書&レビューの日々を送っています。そんな今の私ですが、思い返せば本を読む喜び自体を知ったのは、この佐藤さとるさん「おばあさんの飛行機」に出会った瞬間だったのかもしれません。

    さて、私が子どもの頃に好きだった作品のことをお話しましたが、あなたにだって同様な物語というのは存在するはずです。しかし、大人になった今のあなたはそんな本を読み返す機会はまずないと思います。それは、あなたが大人になったからということもあるでしょうし、今さら感もあると思います。これは、人と人との関係でも言えるかもしれません。『子どもの頃に好きだった友達とは、ずっと友達でいられると思っていた』とかつての子どもの頃のあなたはこんな風に思っていたのではないでしょうか?もちろん、中にはずっと一緒にいるよ!と答える方もいるかもしれません、しかし、多くの方はそんな友だちのことは覚えていても忙しい日常の中で今は連絡を取り合うことはないという方が多いのではないでしょうか?

    『変わらないのは、同じ本をずっと好きだということだけ』。

    それは、友だちに置き換えても言えることだと思います。しかし、人は生きていればいろんなチャンス、機会に巡り合えるものです。そんなかつての友だちとは、同窓会という場を通じて再会を果たせる可能性があります。かつての親交を復活することができる可能性さえあります。では、本はどうでしょう。もちろん、書名さえ覚えていれば今の時代いくらでも読むチャンスはあるでしょう。ただ、実際には今更子ども向けの本を読むなんて…と手にすることはまずないと思います。

    では、そんな本が、一冊の小説の中に挟み込まれるようにしてあなたの目の前に現れたとしたらどうでしょう。さらにそんな小説と一体化して絡み合い、そこに大人のあなたをも虜にする新たなストーリーが、あなたの心が温まるような、そしてあなたの感動が約束された本として目の前に現れたとしたらどうでしょう。

    ここに一冊の物語があります。「その本の物語」というその作品。それは、あなたをかつて虜にした『魔法』が登場する物語。かつてあなたが胸をときめかせて涙した物語。そしてそれは、そんな物語を一冊の本の中に編み込みながら、感動という言葉があなたを待つ物語です。
    
    『やだな。早く着きすぎてしまった。二時まで、まだ二十分もあるよ』と、『腕の時計を見て、軽くため息をつくのは主人公の南波(みなみ)。そんな南波は『二十分なんて半端な時間、どうしたらいいんだろう』、『沙綾(さあや)なら、いくらだって暇つぶしの方法を思いつくんだろうけれど』と病棟を見上げます。そんな空につばめを見つけた南波は、『元気そうでいいねえ』と呟くと、『急に涙がこぼれてき』ました。『小学二年生の頃に、つばめが道路に落ちている』のを見つけた南波は、『片方の翼を轢かれてい』るそんなつばめを助けてあげたいと思うものの『怖かった』とその場を離れ木の陰で一人涙を流します。そんな時、『大丈夫よ』と後ろから沙綾(さあや)が近づいてきました。そして、あわせた手を開くとそこには『血だらけのつばめがい』ました。思わず『目をぎゅっとつぶった』南波に、沙綾は再度『大丈夫よ』と言います。そして再び目を開けた南波の前には『沙綾のてのひらに』ちょこんと座るつばめの姿がありました。そして、ふわりと飛び立ったつばめ。『「魔法」なの?』と訊く南波に『沙綾はにこっと笑』いました。『沙綾は魔女だった。本物の魔女』、『その頃、わたしたちが好きだった本の主人公のように』と思い『「風の丘のルルー」の一巻をバックから取り出し』た今の南波は、『昔と同じ、紙とインクの、本の匂いがする』のを感じます。そんな南波は『ふと腕の時計を見』て、『もう二時になる。面会時間だ』と『木香薔薇』の咲く建物へと入ります。『「佐藤」と書かれた札が下がっ』た部屋をノックするも『なんの返事も』ありません。『軽くため息をつ』いて中に入り、『こんにちは、沙綾。きたよ』と言いながらベッドに向かって話しかける南波。そこには、『白い布団に埋もれるようにして、わたしの友達が眠ってい』ました。『睫毛が長い。頰はやつれてはいるけれど、楽しい夢でもみているのかな』と顔を見ると『口元は』いつものように微笑んでいます。そして、『壁に立てかけてあるパイプいすを広げて、ベッドのそばの床に置』き、『バッグから、本を一冊取り出して、いすに腰をかけ』た南波。そんな南波は、『今日はね、また一巻を最初から読もうかと思うんだ… 一巻がいちばん好きなんだ。沙綾もそういってたよね?』と語りかけます。そして、『ハードカバーの本をゆっくりと開き、物語を朗読』し始めた南波。そして、『遠い昔の、世界の北の方の、どこかの王国にいたという、優しい魔女の子の物語』を南波が朗読していく物語が静かに始まりました。

    「その本の物語」という書名に含まれた指示代名詞が何を指すのかがとても気になるこの作品。そんな指示代名詞が示す『その本』とは村山早紀さんが1999年から2004年にかけて7巻に渡って発表された「風の丘のルルー」という作品を指しています。この「その本の物語」という作品は上下巻で構成されていますが、そのそれぞれにこの「風の丘のルルー」から二巻づつその内容がそのままに収録されているという構成になっています。分かりやすく上巻の構成を見てみましょう。

    ・〈プロローグ 〜つばめ〉
    → この作品の序章です。主人公である南波が、眠りから目覚めない友達の沙綾の病室へと訪れ、持参した本の朗読を始めます。

    ・〈第1話 風の丘のルルー〉
    → 「風の丘のルルー」の第一巻「魔女と友だちになりませんか?」が収録されています。

    ・〈★頁の間の物語1〉
    → 『沙綾の目が開くことはない』、『眠り姫みたいに、沙綾は眠り続ける。眠りの世界から、帰ってこない』と友達のことを思う南波は、『沙綾の魔法は、わたし達ふたりだけの間の秘密だった』という過去を振り返ります。

    ・〈第2話 時の魔法〉
    → 「風の丘のルルー」の第三巻「魔女のルルーと時の魔法」が収録されています。

    ・〈★頁の間の物語2〉
    → 『魔法も魔女も、存在しないのかも知れない』と沙綾のことを思い、『もしこのまま沙綾が目覚めないとしたら、やっぱり神様なんてこの世にはいないんだろうと思う』という南波の沙綾への思いが描かれていきます。

    上巻は上記のように、この作品オリジナルの物語が、「風の丘のルルー」の二つの物語をまさしく”サンドイッチ”のように挟み込む構成となっています。そう、「その本の物語」という小説の中に「風の丘のルルー」の中から二つの物語が含まれるという、”小説内小説”が展開するのがこの作品ということになります。”小説内小説”が含まれる作品はこの世に数多あり、私も今までに数多くの作品を読んできました。しかし、それらとこの作品は根本的に異なります。何故なら中に含まれる小説は既にリアル世界に刊行されているものだからです。では、この作品はそんな既刊を単にダイジェスト的に収録しただけかというと全く異なります。村山さんがこの作品で行ったのは、既刊の「風の丘のルルー」の世界観を、外側に新たに用意した物語で包み込んだ上で、今回新たに創造したストーリーとの融合によって新たな一つの物語として構築し直すというとても大胆な試みです。前記した構成イメージを見ると単純に「風の丘のルルー」が挟まれているだけにも見えますが、実際に読んでいくとこの上巻一冊を持って一つの新たな世界観が形作られていて、元からこういう構成の作品だったのではないか?と思うほどです。これにはとても驚くと共に、その作品世界にどんどん引き込まれていく自分自身にも驚きました。今このレビューを読んでくださっている方の中には「風の丘のルルー」を子供の頃に読んだことがあるという方もいらっしゃるかもしれません。この作品は児童文学だからです。しかし、この外側の物語が包み込むことで、児童文学を読んでいるという感覚が薄れていくのを感じました。というより、はからずも涙ぐんでしまった私。そう、村山さんのこの大胆な試みによって児童文学を大人も楽しむことができるようになったのがこの作品。長くなりましたが、児童文学なんて…とそれだけで否定される方がいたらあまりにもったいないと感じましたのでまずはこの点を補足させていただきました。

    そんな物語の中に含まれた「風の丘のルルー」は、”ひとりぼっちの魔女の子ルルーの願いは、人間と友だちになること”とあらすじにも紹介される通り、魔女としてこの世を生きる主人公のルルーが活躍する物語です。そんな二つの物語は次のような内容です。

    ・〈第1話〉: 『カイは薬草が手にはいれば、きっと、助けられる』と一緒に暮らすことになったホルト一家の息子・カイの病を治す力を持ちながらも、それを明かすことによって自分が魔女だと知られてしまうことに苦悩するルルーの姿が描かれていきます。そんな物語には、苦悩するルルーに『自分から信じようとしなければ、永遠に誰かを信じることはできない。それが、すべての始まりなんじゃないの?』といった気づきの言葉も登場します。

    ・〈第2話〉: 章題からも予想される通り『わたし…たぶん過去の世界にきちゃったんだ。ここは、百五十年前の世界なんだわ』と、まさかのタイムスリップで過去の世界へと訪れたルルーの姿が描かれていきます。そして、ここで登場するのが『魔女狩りは、百年も昔に、なくなったはずじゃ』というまさにその『魔女狩り』がリアルに行われている時代に来てしまったルルーが苦悩する姿でした。中世ヨーロッパで実際に行われていたとされる『魔女狩り』をも意識させるその描写。後半の物語を盛り上げるこのストーリーはまさにグッとくるものがありました。

    そして、そんな二つの物語を挟み込みながら新たに展開していく南波が主人公となる外側の物語は、病院のベッドで目覚めることなく眠り続ける親友のことを思いながら『その本』、つまり二人が子供の頃に夢中になった「風の丘のルルー」の物語を朗読する南波の姿が描かれていきます。上記の通り、つばめを回復させる力を見せた沙綾、まさしく『魔法』を思わせるそんな力を持つ沙綾がいつまでも目覚めない理由は上巻では分かりません。しかし、健気なまでにそんな親友のことを思い朗読を続ける南波。『やっぱり、神様なんて、この世界にはいないのかも知れない』と、弱気にもなる南波。そんな物語は内と外の物語が見事な融合を見せていくことで、内と外とは切っても切れない一つの物語になっていく、そんなとても読み応えのある作品だと感じました。

    村山早紀さんというと『神様の話やら妖怪の話やら、不思議な話が妙に多かったりする』という『風早の街』を舞台にしたファンタジー作品が何よりもの魅力です。この作品では、そんな『風早の街』の代わりに登場する『風の丘』を舞台にした究極の不思議世界とも言える『魔女』が活躍する既刊の物語を”サンドイッチ”にしながら新たな物語が描かれていました。

    ”魔法使いの話なんて子供じゃあるまいし…”と切り捨てることは簡単です。しかし、そんなあなたにも『魔法』と聞いて心をときめかせた時代があったはずです。そして、そんな時代のあなたは未来にどんなことを思っていたのでしょうか?未来というものに何を見ていたのでしょうか?大人の私たちは忙しい毎日の中でどうしても心の余裕を失いがちです。そんな中ではかつて見えていたものがいつの間にか見えなくなってしまっている、そんなこともあるのではないでしょうか?あの頃、そう『魔法』という言葉に心ときめかせたあの時代のあなた、この作品はそんなあの時代のあなたが思っていたこと、感じていたこと、そして夢見ていたことを思い出すためのきっかけとなってくれる、そんな作品ではないかと思います。

    村山早紀さんの優しい眼差しに心があたためられていくのを感じるこの作品。引き続き下巻も読み進めていきたいと感じた、人の心の優しさに触れることのできる素晴らしい作品でした。

  • 私が幼い頃に図書館で出会った『風の丘のルルー』を同じように触れて育った女の子が主人公のお話。
    ルルーに触れたことある人はルルーに再会した気分になるし、初めてルルーと出会った人はきっと新たな友達になれる。そんな本。

    本文中の「子供の頃に好きだった本は、おとなになってもずっと本屋さんにあると思ってた」って一文は刺さる。私もそう思ってました……

  • 上下2巻、600ページのファンタジーは読みごたえがありました。

    もともとは子供向けのお話し「風の丘のルルー」があるのですが、こちらは読む機会はなかった。本書では二人の少女、南波と沙綾のストーリーの中に”その本”として登場してきます。

    本の中のファンタジーの世界が、やがて現実の世界へと織り込まれ、繋がっていく展開。ネバーエンディングストーリーやナルニア国物語にも似た雰囲気。大人でも楽しめる物語として上手く構成されています。

  • 小学生のときに図書館で読んだ、ルルーのお話が、入れ子になっている本。
    あの頃を思い出し、懐かしくなった。

  • タイトルと表紙の絵(上下巻とも)に
    呼ばれるようにして購入。
    物語の中に物語があって、フシギな感覚になる。
    なのに話がごちゃ混ぜにならないところが凄い。
    ルルーの気持ちの揺れは、決して楽しいものばかりでは
    ありませんでしたが、
    あたたかい気持ちになる出来事も
    切なくなる出来事も、全てルルーを通して
    私自身の心を育ててくれるような読書時間でした。
    ポプラ文庫はちょっと厚めの紙を使っているのか、
    本の厚みの割にすすっと読めてしまうので
    読書気分も同時に満たしてくれる気がします。
    ルルーのお話はもっと沢山知りたいし
    続けて下巻を読んでこの物語の世界に浸りたいです。

  • 作品の在り方としては、斬新な構成だと思う。

    新編でも、スピンオフでもない。

    同じ著者が書いた『風の丘のルルー』を再構成し、この本を読んでいるという体の南波と沙綾が存在する世界が描かれる。

    普通は、書かれる順番としては逆だ。
    ルルーの世界が形作られた後だからこそ、「その本」を読んでいる我々読者と似た時間軸を生きる人たちに現実味が出てくる。これってものすごく、面白い!

    上巻では、まだ南波と沙綾の世界よりもルルーたちの世界の方が色濃く感じられる。

    ルルーの物語は、タイムパラドックスを利用した過去と現在の因果が上手いなぁと思うし、それ自体として完成度が高い。
    ここに敢えて外側の世界を作ることで、村山早紀は何を伝えたかったのだろう。

    急いで下巻に向かおうと思う。

  • 本屋さんでアルバイトをする18歳の南波(みなみ)が主人公。
    入院している沙綾に、昔から好きだった『風の丘のルルー』という魔女の物語を読み聞かせる、というお話。

    上巻の8割以上がルルーの物語。
    ファンタジーかと思いきや、魔女狩りを生き延びたルルーという見た目年齢11歳の魔女が、旅をしながら、人間との付き合い方、生きる意味を考えながら、成長していく物語。
    人間から恐れられ、偏見の目に怯え、魔法の薬で治療した人たちが戦争に行くという選択をし、魔法や自分の存在価値に悩むというなかなかシビアな物語。

    なぜ、作中作という手法なのか、沙綾はなぜ入院しているのか、二人に何があったのか、上巻ではまだ色々と謎が解決しない。

    読みやすい文章ながらも、時代背景になかなか感情移入がしにくい。
    下巻に期待。

  • 児童書の「風の丘のルルー」は読んだことがなかったのですが、それでもルルーの世界にすぐに惹き込まれました❁⃘*.゚
    相棒のペルタが可愛過ぎて…♡
    下巻を読むのが楽しみです‪(*´꒳​`*)

  • 魔女ルルーの話と、現実の美波の体験が重なっていくストーリー。
    魔女ルルーの話が多めなので、児童書を読んでいる気分になる。ルルーの話は意外と人が死んだり、戦争をテーマにしていたりと綺麗なところだけじゃないところが好感。
    主人公の大剣と重なり合うところは下巻がメインだろうか。楽しみ。

  • ずっと友達でいられると思っていた。なのに、約束を破ったのはわたし―。病院のベッドで眠り続ける、かつての親友・沙綾のために、きょうも朗読を続ける南波。それは二人が子どもの頃に好きだった魔女の子のお話だった。遠ざけられても、裏切られても、なお魔法の薬で人々を癒そうとした風の丘のルルー―。大好きだったこの物語が、あなたを呼び戻してくれたら…。今を生きる十代の女の子と、本の中の冒険が響きあう、遙かなる魂の物語!

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著者プロフィール

1963年長崎県生まれ。『ちいさいえりちゃん』で毎日童話新人賞最優秀賞、第4回椋鳩十児童文学賞を受賞。著書に『シェーラ姫の冒険』(童心社)、『コンビニたそがれ堂』『百貨の魔法』(以上、ポプラ社)、『アカネヒメ物語』『花咲家の人々』『竜宮ホテル』(以上、徳間書店)、『桜風堂ものがたり』『星をつなぐ手』『かなりや荘浪漫』(以上、PHP研究所)、げみ氏との共著に『春の旅人』『トロイメライ』(以上、立東舎)、エッセイ『心にいつも猫をかかえて』(エクスナレッジ)などがある。

「2022年 『魔女たちは眠りを守る』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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