ルリユール (ポプラ文庫ピュアフル)

著者 :
  • ポプラ社
3.75
  • (32)
  • (64)
  • (51)
  • (2)
  • (5)
本棚登録 : 935
感想 : 62
本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています
  • Amazon.co.jp ・本 (399ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784591149362

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • 『本というものは、人間と似ているのよね。こんなに未来の、科学の力で人間が月へも行く時代になったのに、いまだにこんなに柔らかいものでできていて、水や衝撃に弱く、傷つければ壊れてしまい ー 死んでしまう。永遠に生きることはできない存在のまま…』

    電子書籍が普及しつつある現代、それでもその占有率は二割程度と、『本』と言えば『紙』という時代がまだまだ続いています。ブクログのレビューを見せていただいても、電子書籍で買ったけれど、とても気にいったので『紙』の本で買い直したという方もいらっしゃるほどに『紙』の本が持つ価値というものが今の世も存在し続けています。しかし、気に入って読み返せば読み返すほどに、どんなに気をつけていても『紙』の本は傷んでいきます。一方でプレミア価格のついた貴重な学術書、何かしらの初版ものでもない限り、傷めば新たに買いなおせば良いという選択肢もあると思います。また、汚れも破れも含めて、その本を自分が読んだことの裏返しという考えだってあるでしょう。しかし、一方で手にしているその『紙』の本自体に何かしらの思い出がつまっているとしたらどうでしょう。たとえ世の中に同じものが数多く存在するとしても、今手にしている、その『紙』の本に何かしらの意味があると考える場合、それは世の中に多数存在するそれらと同じものとは言えなくなるのではないでしょうか。そんな時、傷んだその本をなんとかしてあげたい、『本の痛がってる声が聞こえる』のであれば、その痛みをとってあげたい、本を愛する人ならではの感覚だと思いますが、そんな感情ってあるように思います。そして、そんな風に考える人は、本の痛みを取ることを職業として成立させるくらいにこの世にはたくさんいるようです。本の痛みを取り、本を生き返らせる仕事、それが”ルリユール”です。この作品はそんな”ルリユール”の工房に弟子入りする少女の物語、そしてそれは読者がそこに魔法を目にする物語です。

    『ほおずき通りは、海のそば、古い大きな商店街の終わりから始まる、小さな細い通りだと聞いていた』という通りを探すのは主人公の江藤瑠璃。『絵がうまい』という『母さんに描いてもらった地図を手に』目的地を探しますが『母さんは方向音痴だった。そういうひとの描いた地図って、あてになるのだろうか?』と『今さらのように思い出し』ます。しかも『手に提げた紙袋が重い』というその中には『近所の書店で売り切れていて買えずにがっかりしていた』のに『駅ナカの書店で見つけ』て思わず買ってしまった『上下巻の分厚い児童書の新刊』が入っていました。そんな時『一瞬、誰かの視線を感じたような気がした』瑠璃。『大きな観葉植物が立っている』のを見て『あれを見間違えたのかな?』と考えます。『この街、風早の辺りには、昔からお化けや妖怪がたくさんいるのだ』と、おばあちゃんが話してくれたことを思い出します。『この街では、ときどき奇跡が起きるんだよ』、『物語のような、不思議が起きるよ』と話してくれた久しぶりに会う『おばあちゃんはこの町でひとり暮らし』。『沖縄で生まれて育』ち、『若い頃、アメリカ兵に恋をし』、『短い結婚生活のあと、おばあちゃんとふたりの小さな女の子を置いて、故郷に帰ってしまった』というアメリカ兵。やむなく『ひとりで子どもたちを育てた』おばあちゃん。『小さな食堂を始め、やがてこの街のひとになった』おばあちゃん。そんなことを考えていると『目の前の、古い小さな喫茶店から、ワイシャツの腕に上着をかけた男』が大きな鞄を持って出てきました。そんなまさにその時、瑠璃が持っていた『書店の紙袋』が『裂けるように破れ』、『鮮やかな赤い表紙の本が二冊、石畳の上に落ちそうにな』りました。『我ながらナイスキャッチ』と『華麗に本をすくい上げた』男の人。お礼を言う瑠璃に『この通りのあたりに、ルリユールの工房があると聞いてきたんだけど、知ってますか?』と聞く男の人。『…るりゆーる?』、『綺麗な響きの言葉。どういう意味だったろう』と思う瑠璃。『本を修復したりする、お仕事のこと、ですか?』と思い出したものの地元民でないのでわからないと答える瑠璃。『そうですか。噂だけ聞いて、急にきてしまったからなあ』と行ってしまいます。『仲良し食堂』の看板をようやく見つけた瑠璃は『がらりと引き戸を開け』ます。しかし『店の中には誰もいない。おばあちゃんも、お客さんも』と言う状況。そんな時『ひょっとして、瑠璃ちゃんかい?』という声に振り返った瑠璃の前に『覚えてないかい?丹羽電器店のじいさんだよ』と語る老人。そして『とみさんねえ、病院なんだよ』という言葉に、『自分の顔からさあっと血の気が引くのを感じ』る瑠璃。そんな瑠璃の風早の街の不思議を体験する夏休みの物語が始まりました。

    村山早紀さんの作品に、なくてはならない街、『風早(かざはや)』。この作品も『風早の街』を舞台に描かれていきます。そんな街に夏休みをおばあちゃんの家で過ごすために訪れた中学生の瑠璃。小さい頃におばあちゃんから聞かされたとおり、そこは『ときどき奇跡が起きる』街、『物語のような、不思議が起きる』街でした。そんな『風早の街』を舞台にするこの作品。そんな不思議は瑠璃が石造りの大きな門のある洋館の前に立った時から始まりました。『お嬢ちゃん、なぜあんたは、こんな夜中に、裸足で歩いているのかい?』と話しかける声。『青い目が宝石のように光り、揺らめいた』というその声の主は『わあ、猫がしゃべってる』という、門の周りにいた七匹の黒猫でした。それを『お話の世界の出来事みたい』と冷静に思う瑠璃。『とても綺麗な夢を見た』と思っていたら、それは現実になり、そんな七匹の猫と暮らすルリユールのクラウディアの元へと通うことになる瑠璃。猫視点のみならず、猫が『人間の言葉』で話すということに違和感を感じさせない物語が展開していきます。他の作家さんの作品でも、猫視点の物語はたくさんありますが、この作品では、視点だけではなく、猫が普通に瑠璃と会話します。それに違和感を全く感じないのは、包容力のある『風早の街』という不思議世界のなんでもありの世界観がなせる技だと思いました。

    『元は本というものがまだ貴重品だった頃のヨーロッパで』、『オーダーメイドで表紙をつけたり、古くなった本をまた新しく装幀し直したりする仕事のこと』を指す『ルリユール』という言葉。本というものが『とても高価なもの、長い年月ののちも、子孫へと受け継がれる宝物であり財産だった』という時代に生まれたその仕事によって『革の表紙に金箔を押したり、オリジナルの版画を挿入したりと、美しい本が競うように生まれて』いったという歴史。今の時代、その時代同等のニーズというものがどこまであるのかは分かりませんが、『立派な本でも珍しい本で』なかったとしても、『わたしには大切な宝物です』という本はあると思います。範囲を広げて、本ではなくて何かしらの『モノ』だと思えばそれはもう誰もが胸に思い浮かべる何かしらの『モノ』があると思います。例えば、私が大切にしているものは小学生時代に父に買ってもらった誠文堂新光社の「全天恒星図」です。天文少年だったかつての私を証明するその本。手に取ると今でも亡き父の想い出が蘇るその本には、汚れても破れてもただの本という気にはなれない想い出が詰まっているのを感じます。そう、『直せるものなら、どんなにお金がかかってもいい、修復を』という『ルリユール』への需要というのは時代が変わっても今も確かにあるのだと思います。

    この作品でルリユールのクラウディアはその仕事を『儚い命しか持たないはずの本を、読み手と共に生きていけるように作り直すための技術』であると語ります。『未来の、そこに待つかも知れない新しい読み手のもとまで届けるための技術なの。本の命を延ばすために、できるだけのことはしてあげないとね』という本を未来の読み手へと受け継いでいけるようにと願う『ルリユール』のその想い。『世界中の本は、すべからく誰かのために生まれてくるもの』という今もこの世に生まれてくる本たちを未来へ残すために心を込めて一冊ずつに魂を込めていく『ルリユール』の仕事。そこに『風早の街』の不思議世界が絶妙に絡んでいくこの物語には、人それぞれに大切にする色んな本への思いに満ち溢れた物語がありました。

    誰しも大切な想い出を胸にして毎日を生きています。そんな想い出を呼び起こしてくれるキーとなるものを大切に想う気持ちは誰にでもあります。そしてその大切なものが傷んだ時、それを魂のこもった仕事で蘇らせてくれる人が今の時代にもいました。『わたしの仕事は、この地上に一冊でも多くの美しい本を作り出すこと、一冊でも多くの壊れた本を修理し、はるかな未来へと送り出すこと』と笑顔で語るクラウディア。そして『それはきっと、魔法みたいなものだ。魔法使いでなくても、ものを作れるひとたちは、そのとき不思議な技を使っている』というその仕事。

    本を愛する人たちの想いが魔法へと結実する不思議な物語、そこに起きる奇跡の数々を見せてくれた、そんな作品でした。

  • 学生時代に何度となく読み返してボロボロになった本を独学で修復していた頃を思い出しながら...。
    様々なテーマが詰め込まれていますが、「黄昏のアルバム」が一番刺さりました。猫に弱いんですね...。どのような形でもいいから看取った愛猫に再会したいと感涙。
    ぜひ続編を読みたいファンタジー作品でした!

    • アールグレイさん
      kamitakoさん
      初めまして!
      ゆうママと申します!
      突然に失礼致します。
      ルリユール、レビューを読ませて頂きました。
      もう、随分昔のこ...
      kamitakoさん
      初めまして!
      ゆうママと申します!
      突然に失礼致します。
      ルリユール、レビューを読ませて頂きました。
      もう、随分昔のことですが、まだ嫁入り前に実家で猫を飼っていました。オスのゴン、茶トラ。うちに居ついてしまい、飼っていました。・・・・ある日何も食べなくなり、医者に連れて行きましたが、亡くなって・・・。kamitakoさんは昭和天皇崩御をご存知ですか?ゴンは昭和天皇と数時間の差で旅立ったのです。凄い子でした。話が暗くなり、ごめんなさい(^-^;
      ・・・では、聞き流して頂ければと・・・明日6/10は結婚記念日です。
      だからといって、何もありません。もう26年ですから(笑)
      大変失礼致しました。
      ♪良い読書を(^_^)/♪
      2021/06/09
    • kamitakoさん
      ゆうママさん、コメントありがとうございます。
      こちらもいい年のおっさんなので昭和天皇崩御時も生きていました(笑)
      私の愛猫長男も茶トラで...
      ゆうママさん、コメントありがとうございます。
      こちらもいい年のおっさんなので昭和天皇崩御時も生きていました(笑)
      私の愛猫長男も茶トラでした。奇遇ですね!
      もう4匹も看取ったのでもういいかな、と思っています。
      読書の世界に浸りながら、あの子たちを忘れないでいようとも思っています。
      2021/06/10
  • ファンタジー小説
    本の修理する仕事にまつわる
    1冊の本への思い出を紡ぐ短編
    魔法のような幻のように消えてしまう

  • 風早が舞台の幻想的でたまらなく可愛らしいお話(о´∀`о)
    村山早紀センセのお話は毎回毎回、なんとも暮らしたくなる素敵な空間が頭に思い浮かびます。
    今回の本の修復師、ルリユールのお館もそんな感じ。
    7匹の猫も、犬の次郎さんの描写も全部可愛い!
    あと、おばあちゃんが素敵!
    沖縄のユタだった設定のようで、不思議なことも怖いこともみんなおおらかに受け止めて、美味しいもので人をもてなすのが好きで、豪快で人情深いのが伝わってきます。
    瑠璃やあかねがすごく良い子なのもよくて、何より奔放だけど職人なクラウディアが外見的にも魅力的!
    この物語に出てくる女性は老いも若きもみなさん素敵です。
    街が可愛らしくて、動物たちが愛らしくて、そして食べ物が美味しそう。
    スパムサンドもフレンチトーストもレモンバターパスタも、食べたくなります(*´꒳`*)
    終盤に向かうところでルリユールの正体がわかり、あれ、お別れの状態になるのかな?と思ったら続いたので、嬉しいハッピーエンドでした。
    瑠璃にはぜひクラウディアの跡を継いでほしいし、大人になってルリユールとして一本立ちする瑠璃の物語も読んでみたいです。

  • 風早の街の港のそばの丘の上、ほおずき通りという古い商店街の近くに、美しい本を作る謎めいたルリユール工房があると。
    そこではどんなに古く傷んだ本でも、元通りに直してくれるのだと。
    その工房にたどりつくことさえできたならば、きっと直してくれると。

    ルリユールという仕事・技術についてや、瑠璃や智史の複雑な家族の事情や、謎めいたクラウディアや黒猫たちなど、盛りだくさんで悪くない雰囲気の話ではあるが、話のテンポといい内容といい、私にはあまりピンと来なかった。
    おばあちゃんの見舞いや頼まれた家事を放っておいて工房に行ってばかりで良いのかなどと気になるんだな。

    ルリユールという仕事・技術について初めて知ったが、そのディテールがもっと物語の中に組み込まれて描かれていたらと思った。
    そんなことは他の専門的な本で読めと言われそうだが、せっかくの主題の技術が魔法の結果というのはちょっと残念。

  • じーんとくる場面や、心温まる場面、沢山の感動がある作品だった。
    ルリユールについても勉強になった!

  • ルリユールという仕事を初めて知った。不思議な物語、だけど、私はこれ好きだなぁ、好きだ。瑠璃の不思議な体験をみんな否定しない、クラウディアさんも瑠璃の側にいてくれて(それ不思議だけど!)良かったぁ。本当の母と父の話も、いつか読みたいなぁ。

  • 村山早紀は「その本の物語」から2タイトル目。…と思ったら、遠い昔にシェエラザードひめのぼうけんシリーズを読んでました。佐竹美保の挿絵も大好きだった。

    ルリユール、という語感、響きの良さに惹かれて購入したけれど、この年になってこれを楽しむのは少し厳しいな、と感じてしまった。もしかしたら自分にもこんな不思議な出来事が、なんて、そんな想像が出来る年齢の頃に読みたかったな。

  • ルリユールという仕事がまず素敵。手作業で製本装填を行うことを指すんやけどほんまに良いよね。本好きとしては憧れの職業!そしていつものことながら出てくる人全員好き。どの話も好きやけど、黄昏のアルバムが1番胸にじんと来た。

  • 「秋のアリア ~宝島」
    本の中に隠された手紙。
    ぼろぼろになっていたからこそ躊躇われたが、しっかりと読み返していれば気付くことが出来たのだろうな。

    「星に続く道」
    退化してしまった記憶。
    大手の商業施設が出来てしまえば、どれだけ腕のいい職人や魅力的な店があったとしても存続は危ういだろ。

    「黄昏のアルバム」
    見てきた景色を残して。
    偶然が重なったとはいえ誰も死なない未来があったかもしれないと思うと、自身を攻め続けてしまうだろう。

    「魔人の夢 ~ボスポラスの人魚」
    焼け落ち荒れた場所に。
    何かを望む人には見つける事が出来るのだろうが、お礼をと後日訪れた時に目に映るのは何なのだろうか。

    「春の小函」
    魔女に弟子入りした妹。
    素人が試行錯誤し作ったものだとしても、世界に一つしかないものは誰かの心を射止めることもあるだろう。

全62件中 1 - 10件を表示

著者プロフィール

1963年長崎県生まれ。『ちいさいえりちゃん』で毎日童話新人賞最優秀賞、第4回椋鳩十児童文学賞を受賞。著書に『シェーラ姫の冒険』(童心社)、『コンビニたそがれ堂』『百貨の魔法』(以上、ポプラ社)、『アカネヒメ物語』『花咲家の人々』『竜宮ホテル』(以上、徳間書店)、『桜風堂ものがたり』『星をつなぐ手』『かなりや荘浪漫』(以上、PHP研究所)、げみ氏との共著に『春の旅人』『トロイメライ』(以上、立東舎)、エッセイ『心にいつも猫をかかえて』(エクスナレッジ)などがある。

「2022年 『魔女たちは眠りを守る』 で使われていた紹介文から引用しています。」

村山早紀の作品

この本を読んでいる人は、こんな本も本棚に登録しています。

有効な左矢印 無効な左矢印
辻村 深月
恩田 陸
村山 早紀
有効な右矢印 無効な右矢印
  • 話題の本に出会えて、蔵書管理を手軽にできる!ブクログのアプリ AppStoreからダウンロード GooglePlayで手に入れよう
ツイートする
×