i(アイ)

著者 :
  • ポプラ社
3.65
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本棚登録 : 2743
レビュー : 320
  • Amazon.co.jp ・本 (298ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784591153093

感想・レビュー・書評

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  • アイとは“i(私)”であり“identity"なんだろうなと勝手に解釈する。
    西さんの本を読むのは「サラバ」に続いてまだ2冊目だけれど、世界観というか自己肯定感というか共通するテーマが根底に感じられた。他の作品もそうなのだろうか。

    この本を読んで、以前にNYで知り合ったネパール系アメリカ人の女性から聞いた話を思い出した。
    彼女の妹も、もちろん生まれも育ちもアメリカ。医師の資格を持ち、NYで揺るぎない生活を送る未来があった。しかし自分の中にぽっかりと空いた穴(彼女はemptinessと表現した)を埋められずネパールに渡ったと。

    おそらく、多民族国家や、大陸においては養子にかぎらずとも自分の出自、アイデンティティについて考える人は多いのだろう。
    日本が特殊なだけで。

    そう言った意味で、このようなテーマをストレートに投げかける西さんは今までにない新しい作家という気がしてならない。
    ぜひ若い人に読んでほしい。
    自分を見つめることは世界に目を向けること。
    いい作品でした。

  • ワイルド曽田アイ。
    アイはシリアで生まれ、ハイハイを始める前にアメリカ人の父と、
    日本人の母の養子となった。
    小学校卒業まで住んで居たのはニューヨークの高級住宅街。
    「この世界にアイは存在しません。」高校の入学式の翌日、数学教師は言った。
    その言葉は、アイに衝撃を与え、彼女の胸に居座り続ける事になる。
    ある「奇跡」が起こるまではーー。

    アイはシリアからの養子で、裕福なアメリカ人と日本人の夫婦の元で育ち、
    その恵まれた環境にいる自分と世界で起こる事故や事件や天災や紛争の犠牲者の
    ニュースを見聞きしながら、安全な場所に居て自分の身には何も起こらない
    ことへの罪悪感に負い目を感じている。
    「何故私が選ばれずに、彼らが選ばれたの…」どこか後ろめたく思って成長していくアイ。

    子供を子供扱いしないこと、一人の人間として接する事。
    アイを深く深く慈しみ愛してくれる両親なのに自分の意見を言えないアイ…。
    シリアで生まれて、養子という複雑な心境が理解出来ず、
    繊細で聡明なアイの事を何て暗く欝々としてるのだろうかと、最初は反感すら抱いてしまった。
    しかし、何だろう読み進めていくうちに、現実に起こった
    紛争や天災や事件や戦争が沢山登場する。
    その時、自分が何を想い感じたのか…。
    遠い異国で日々起こっているそれらがニュースで報じられると可哀相…痛ましい…。
    それが自分自身に起こったらと考えもせず深く想いを馳せる事も無く忘れていってた。
    日本で起こった東日本大震災を始め、天災の数々は身近に感じられる分
    自身に置き換え、苦しくなって報道や映像を観る事すら出来ず、逃げてしまっていた。
    最初反感すら抱いていたのに、読み進めるにつれ物語に引き込まれていった。

    アイの考え続ける事、想い続けることの凄さ!
    今、世界で起きていることに目を背けないで出来る事はなくても、
    考え続け、想像する事をやめてはいけない。
    自分の存在に感謝しながら生きていきたいって思った。
    誰かを想う事、誰かに想われる事の尊さが詰まっていました。

  • 「この世界にアイは存在しません」
    冒頭の一文から始まるこの本にすっかり飲まれ、一気読みしてしまった

    シリアに生まれ、日本人の母とアメリカ人の父に養子に貰われたアイ
    シリアに生まれたのに、恵まれた環境で育ち恵まれた家庭に選ばれた自分の存在がいつもどこか否定的に捉えてしまう

    しかしレズビアンであるも、自分をしっかりと持つミナとの出会いや、東日本大震災での被災、またデモで出会った伴侶との出会いの中で、自分の存在意義を見出していく

    大きな災害や内乱、戦争など時事問題を織り交ぜて主人公であるアイが落ち込んだり、深く考える場面が多く出てくるため、すごく当事者意識の持てる本だった

    自分が恵まれた環境におり、本当の苦しみを味わったことがなくても、その人のくるしみを想像するだけでも意味のあること

    内面的でとても繊細な本だと感じた

  • 2017年59冊目。

    非当事者は、当事者のことをどう想い、想像し、考えるべきなのか。
    そんなテーマを考えさせられた。

    罪悪感を持つと、罪悪感を持ってしまっていること自体にまた罪悪感を持ってしまう、というメタな苦しみ。
    世界のあらゆる痛みに対して、「それらに対して心を痛めていないといけない」という脅迫感。
    だから幸せを心から享受することに躊躇ってしまう。
    (読みながら天童荒太さんの『悼む人』を思い返した)
    「自分も苦しい立場にいないと」、というのはとてもわかる気持ちでありつつ、同時に、それは自分を納得・安堵させたいだけの手段になっていないか、という疑念も起こる。
    大きな世界の中であれ、身近な人間関係の中であれ、様々な痛みと、どう共存していくべきなのか。

    西加奈子さんの作品はこれが初めてだったが、文体がすごくシンプルで、読みやすさに驚いた(最近昔だったり海外の作家さんの本を読む機会が多かったのもあるかもしれない)。
    仕草含めた心情描写もよくて、肌感覚で伝わってきた。
    あと、数々のセリフの、優しくもありつつの、「潔さ」がよかった。

  • 西加奈子の小説は花火大会のようだ。
    打ち上げ仕掛けと趣向を凝らした演出で場を盛り上げいよいよのラストはこれでもか!と言わんばかりの音と光の百花繚乱、後に残るは昂ぶる心と懐かしさにも似た感動…サラバ以来すっかりこれが癖になっている。
    本作もそれに違わぬ作り込みで数学哲学果ては民族問題やらマイノリティやら色とりどりのてんこ盛り、こんなのどうしてまとめるの?の心配はよそに力技で壮大なクライマックスに仕上げる手腕は見事と言うしかないだろう。
    閉塞感漂う今日、「生きること」「愛すること」をテレることなく叫べる西加奈子はやはり素敵でありひょっとしたら惚れてまうかもの存在なのである

  • 後半から深みを増してるようなストーリー展開になっているが、どうもチャラい感じが。40代のバツイチのオトコにナンパされて結婚してしまうところや同性愛の女性がなりゆきで昔の高校の同級生のオトコとニューヨークで関係もってしまうところや。

  • 今の私は、もう随分目を閉じて耳を塞ぐことが上手になってしまった。

    日本ではコンビニの食べ物がたくさん捨てられ、肥満人口が増え、ダイエットが盛んになる。一方、何処かの国では食べ物がなく、餓死で死んでいく子供たちがいる。
    日本では義務教育でお勉強をし、受験、進学、就職、そして鬱になって自ら命を絶つ人がいる。一方、何処かの国では鉛筆ではなく銃を持たされ、無作為に殺される子供たちがいる。
    思春期の私は、そんな世界の矛盾に頭痛がし、どうしようもなく不安になり、それでもどうにもできず、己の事しか考えない自分が情けなくて仕方がなかった。

    でも

    平和な日本の幸せな子供なりに色々なことを経験し学び、時に傷ついて挫折し乗り越えて、むき出しだった「心」を守る鎧を身に付けてきた。
    結果、26歳の私は、テレビで垂れ流しにされる悲しいニュースに涙を流すことも、とてつもなく不安になることもなくなってしまった。

    この本を読んで、ひんやり冷えている「心」に気付かされた。しかしだからといって、己を守る鎧を脱ぐことはないだろう。私は私の毎日を必死に戦って生きているのだから。

  • 両親が出来過ぎなくらいいい人たちだと、子供が窮屈かもなぁ。本当の両親のことを考えてもいいのよ、と言われてもどうしていいのか悩んでしまいそう。
    小さい頃から、隠すことなく色々なことを教えてもらえるのは理想だと思う。最終的な判断は自分がすること、というのがよくわかりそう。

  • アイは存在しません。愛、私(I)、アイデンティティー、色々な意味を込めたアイ。
    インナースペース、胡蝶の夢。古今東西あらゆる人が自分の存在を定義する為に頭を振り絞ってきましたが、追えば追うほど逃げていくような気がします。
    複雑な出自の人が求める自我の拠り所がどれだけ重要なのかは、頭では理解しても心の中では他人事です。でも大概の人はそうではないでしょうか。
    本書は世間で恵まれないと言われている人から見れば、金持ちの暇に飽かせた戯言であると一刀両断する事も出来る。でもそういう余裕が有るからこその足元の不安定感が有るのではないかと思いました。
    自己で確立した以外の物は本来不当であると羞恥を覚えるというのは、考えとしては分かるし共感は難しくとも、そうなのかな?と想像する事は出来る。

    アイちゃんがシリアという戦乱の地から、図らずも救い出され優しい両親の元で何不自由なく成長していく。選ばれなかったシリアの子供たちと自分、一体何がその明暗を分けたのか。何かが違っていたら彼らは自分だったかもしれないと考える心。それは前に読んだいとうせいこうさんの「国境なき医師団を見に行く」で彼が至った結論と酷似しています。それが純粋な共感から発生することか、自らの出自によって否応なしに開かれてしまう扉だったのかで、苦しみと共感に分かれてしまうと言うのが皮肉といえば皮肉です。

    何のために生まれてきたのか悩み中の人にはクリティカルヒットするかもしれません。僕は悩んでいないので純粋に応援しながら読みました。

  • 「いつでも自分たちは恵まれているんだということを自覚して生きなさい」。それが、裕福な家庭で育ったアイが養父母から刷り込まれてきた「道徳」だった。

    世界で苦しむ人たちを想い、自分の言動すべてを忌ましめる。アイのように、私はそこまで究極的に自分を苦しめる行為はしない。けれど、「なぜ私は生きているのだろうか」という消せぬ想いをどこか抱えながら生きてきた。

    「あなたは存在しているだけで価値があるんだよ」という言葉は、最近の女性向け自己啓発書にあふれている。

    満たされない承認欲求を抱えて生きる不器用な女たちに向けられた、心地いいだけで空っぽの言葉。

    どんなにステキな人に話を聞いても、どんなに感銘を受ける小説を読んでも、誰も生きていていい「理由」を教えてはくれなかった。そんな私に、この小説は答えをくれた。

    「愛されている(あるいは愛する人がいる)」から生きていていいのではない。「仕事の担い手として必要」だから、生きていいのでもない。究極的に言えば、愛がなくともあなたは生きていていいのだ。アイは親友と出会い、愛する人と愛し合い、絶望し、人生の目標を見失いかけたとき、その結論にたどり着く。

    真夏のカリフォルニアのビーチで、彼女が自らのチカラで背負っていた苦しさをすべて脱ぎ捨てたとき、私もすべての重荷を解放できた気がした。ありがとう、アイ。

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著者プロフィール

1977年、イランのテヘラン生まれ。エジプトのカイロ、大阪府堺市で育つ。関西大学法学部卒業。雑誌「ぴあ」のライターを経て、2004年『あおい』でデビュー。
2007年『通天閣』で織田作之助賞大賞、2011年咲くやこの花賞、2013年『ふくわらい』で第1回河合隼雄物語賞、2015年『サラバ!』で第152回直木三十五賞を受賞。
その他代表作として、宮崎あおい・向井理出演で映画化された絵本『きいろいゾウ』、同じく映画化された『円卓』、20万部を超えるベストセラー『さくら』、本屋大賞ノミネート作『i』など。
プロレス好きとして知られる。お気に入りの本は『アントニオ猪木詩集』。

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