(116)死に逝く人は何を想うのか 遺される家族にできること (ポプラ新書)

著者 :
  • ポプラ社
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感想 : 14
  • Amazon.co.jp ・本 (251ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784591153215

作品紹介・あらすじ

一回しかない「最期のお別れ」を、
かけがえのない時間にするために――。

大切な人との死別はつらい。
あまりのつらさに誰もが打ちひしがれるだろう。
そもそも私たちは死に逝く人の気持ちがわからない。
だからこそ遺される家族は途方に暮れてしまう。

「何を考えているかわからない」
「一緒にいるのがつらい」

私たちは、どうすれば末期の患者さんに寄り添い、
サポートすることができるのだろう?

本書は、1200人以上の人生を見届けた
ホスピス音楽療法士が、24の実話を紹介しながら、
穏やかな「見送り」のあり方を提案する希望の書だ。

■本書の構成
はじめに
第一章 死に直面した人の心の変化
第二章 大切な人のために家族ができること
第三章 グリーフについて――悲しいのは、当たり前のこと
おわりに

■24のケース
トム――誰にもわかってもらえない気持ち
池田さん――あきらめたわけじゃない
ローラ――信じられないし、信じたくない
エリカ――なんでこんなことになったの?
清水さん――「老人ホームに入れるなんて親不孝な娘だ!」
大嶋さん――「頑張って」「元気になってね」の言葉がつらい
ジェーン――明日、目が覚めなければいい
川井さん――心配なのは、いつまで生きるかわからないこと
北田さん――もしかしたら治るかもしれない
白鳥さん――まだ死にたくないけど、もう近いと思う
アレン――娘の成長を見届けたい
坂口さん――あなたのために唄うワルツ
チャールズ――母のロザリオを探して
月舘さん――「治ったら、また会えるから」
小原さん――姉との電話
荒井さん――戦火を生き延びて
岡本さん――伝えたいのは「ありがとう」だけ
千葉さん――「ごめんなさい」
井出さん――母ちゃんのおかげで幸せだった
伊藤さん――私がここにいる理由
ユージーン――「そろそろ部屋を片づけるとき」
平野さん――明日、家に帰らないといけない
前田さん――死んだ母さんが見える
早川さん――音楽が最期の贈り物

■著者情報
ホスピス緩和ケア専門の米国認定音楽療法士。アメリカのホスピスで10年間音楽療法を実践。13年に帰国、15年から青森慈恵会病院緩和ケア病棟でセッションを提供。著書に『ラスト・ソング』(ポプラ社)がある。

感想・レビュー・書評

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  • 死に逝く人は何を想うのか | 佐藤由美子の音楽療法日記
    https://yumikosato.com/book/%E6%AD%BB%E3%81%AB%E9%80%9D%E3%81%8F%E4%BA%BA%E3%81%AF%E4%BD%95%E3%82%92%E6%83%B3%E3%81%86%E3%81%AE%E3%81%8B/

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    • 猫丸(nyancomaru)さん
      佐藤由美子さんの「日本語版ウィキペディアで「歴史修正主義」が広がる理由と解決策」について - Commentarius Saevus
      ht...
      佐藤由美子さんの「日本語版ウィキペディアで「歴史修正主義」が広がる理由と解決策」について - Commentarius Saevus
      https://saebou.hatenablog.com/entry/2021/01/17/000000

      日本語版ウィキペディアで「歴史修正主義」が広がる理由と解決策   | 佐藤由美子の音楽療法日記
      https://yumikosato.com/2021/01/09/japanese-wikipedia/
      2021/02/09
  • 《この世に何を残したか、というのは多くの患者さんが人生の最期に考えることであり、そしてふと気づくことでもある。これもまた、スピリチュアリティの重要な側面だ。私たちは死ぬときに、人生で得たものを持ってはいけない。死んだあとに残るのは、自分が他人に与えたものだけだ。他者といい関係を築き、満足した人生を送った人ほど後悔は少ない。そして、そういう人ほど死を恐れないものだ。「やり残したこと」を解決することが、患者さんの不安や恐怖を軽減する上でとても大切になる。》p.94

  • 死、看取り(見送りと言ったほうがいいのかも)、そしてグリーフ。
    これらは今の私に身近なキーワードであり、興味深く読ませていただきました。
    グリーフに関しては、サラっと記述されているだけだったので、もう少し深く学びたいと思った次第。これは死だけではなく、人生の中で数多く遭遇する喪失に向かい合うのに非常に有用な知識となるでしょう。
    悲しみというのは、人を病に、そして死にさえ至らしめる。だからこそ、より研究されるべきであり、人々は多くを知るべきなんじゃないでしょうか。

  • <本から>
    点滴することで体内が水分過剰な状態となり、むくみや痰原因となることがある。むくみは痛みを伴うし、多難の吸引も大きな苦痛だ(末期患者への点滴は苦痛を増強する場合があることは、多くの研究から明らかになっている)。

    死の過程において、「正しい方法」も「間違った方法」もない。大切なのは、その人にとって自然な形で、その人なりのペースで歩むということだろう。そして、そのとき、患者さんたちが私たちに求めているのは「理解しようとする努力」だ。彼らの気持ちは根本的にはわからなくても、わかろうとする姿勢さえあれば、彼らは驚くほど正直に気持ちを語ってくれる。

    声を大にして言いたい。本人には、本当のことを伝えた方がいい。なぜなら、あなたが言わなくても患者さんは自らの死が近いことに気づくからだ。末期の患者さんたちは、周りの態度や治療の焦点が変わったこと、家族の表情の変化などから自分の状況を敏感に察する。人間は、自分の死を直観的に感じるものなのだ。

    「穏やかな死」とひと言で言っても、そこには個人差があり、それに必要な条件は本人にしかわからない。だから万人に共通する「見送りマニュアル」などはなく、患者さんひとりひとりの言葉や想いに耳を傾けることが重要なのだ。

    アメリカ人の作家、ウィラ・キャザーが言うように、他人の心は、それがどんなに自分の近くにあったとしても、「暗い森(dark forest)」のようなものなのだ。人の心は根本的にはわからない。どんな優れたセラピストであっても、である。

    患者さんに限らず、危機において私たちに最も必要なのは、共感して話を聞いてくれる人の存在と現実に役立つ知識だ。それがあればこそ、人間が本来持っている力は引き出されるし、困難を乗り越えることもできる。その過程を英語ではエンパワーメント(empowerment)というが、それはセラピーにおいて重要なプロセスとなる。

    患者さんが私たちに何より求めているものーそれは、ありのままの自分を受け入れてもらうことだろう。もちろん、家族にとって必ずしも簡単なことではない。私たちにできるのは、患者さんの立場に立ってその気持ちをわかろうとする努力、それだけである。えも、それこそが本来の意味での「寄り添う」ということなのではないだろうか。

  • おそらく準備ができることというのはなさそうだし、うまくいくということも。
    許すことは過去が変えられないと認め受け入れること

  • ガンを宣告されてから、なんで私がこんな病気にならないといけないの?なぜ、私じゃぁいけないの?自分だけはそうならないと思っているだけ、

    やり残したことを、もう会えないあの人に会いたい、助けたい、解決したい、患者さんのニーズとは限らない、無力でもいい、寄り添うこと、

    グリーフ、悲嘆、死別によって起こる深い悲しみ、ショック、否定、怒り、後悔、深い悲しみ、不安、孤立感、身体的認知的な影響が出る、

  • 人を見送ること、自分も見送られることについて考えさせられた。色んなエピソードも載っていて、分かりやすかった。とにかく、今は自分の人生を大切にしよう。

  • 読んでみて、遺された家族が患者にできることは、シンプルなことだった。
    読みながら、ホスピスで亡くなった伯母を思い出しながら、自分のやったことは間違っていなかったのだなと、安堵している自分がいた。

    グリーフケアとしては、自分は、死を否定していた人である。
    伯母のためにしっかりと葬儀をやってあげなくてはならない。その想いだけで突っ走り、初めのうちは、悲しむ機会を自分は持たなかった。
    そして、伯母の妹である母も。
    それを改めて思い至った本だった気がする。

    ターミナルケアの学習の中で、キューブラー・ロスの「死ぬ瞬間」について学んだことがある。
    でも、伯母をみていた時、その通りのプロセスではなかったのを覚えている。
    著者が、その段階通りのプロセスを全ての人がいくのではなく、行きつ戻りつ、個人それぞれのパターンがあると書いていて、納得した。
    ああ、確かにと。
    プロセスは、一直線上ではないのだ。

    遺されるものができること。
    それは、「聴く」こと。
    カウンセリングと同様、その人が何を考え、どう思い、どうしたいのか。という答えは、他人が分かるものではなく、答えを持っているのはその人本人だけなのだ。

    でも、実際、近しい人だと、自分の恐怖、不安で「聴く」ことが難しくなるのだけれど。。
    頭でわかっても、行動に移すことは容易ではない。。

  • 本来の意味での癒やしが実現するためには、その人自身が問題と向き合い、取り組む必要がある。なぜなら、心が回復したり成長したりするために必要な力は、その人の中にしかない。死に直面した人の場合も同じで、癒やすことが出来るのは、本人だけ。
    死に近づいている人への点滴は、赤ちゃんに栄養を与えたり、健康な家族に食事を出したりすることとは根本的に違う。口の乾きを癒して上げたいのであれば、氷片やかき氷を少しだけあげたり。乾いた唇にクリームを塗って保湿してあげたりするだけで、患者さんの安らぎにつながる。点滴は、あくまでも医療行為であり、副作用や合併症が起こる可能性があることを忘れないで欲しい。
    死に際したとき、人は、今まで命を維持してきた様々なものを必要しなくなる。身体のエネルギーもどんどんなくなっていく。
    聴覚は最期まで残る感覚。
    人間が抱く最も古く強い感情は恐怖であり、その中で最も古く強い恐怖は、不確かさの恐怖である。
    死そのものをコントロールできないにしても、患者がなるべく、他の面で選択出来る事を増やす。それで不安を軽減できる。誰がいつ面会に来るのかなど、患者の一日の出来事において、彼らの意思をできるだけ尊重する。末期の患者さんは日々体調が変わるので、本人に選択権があることが重要。患者が好きな食べ物を選べるようにする。
    感謝や謝罪、承認の気持ち ありがとう・ごめんね・許すよ 大切な人と共有することが家族から、患者さんへ、最期の贈り物になる。
    会いたい人が来るまで待っていて、その直後に亡くなる。
    音楽には普通さを取り戻す力がある。QQLと言う言葉:Quality of Life 質:数や量を表すQuantity
    末期の病気とともに生きるというのは、今まで当たり前にやってきたことができなくなる事。音楽は、リラックスするために効果的
    最愛の人を失うことは、人生において最もつらいこと。喪失が人生で誰もが一度経験することだが、それといかに向き合うかは誰も教えてくれない。
    大切な人を失ったあとは、人生は大きく変わっていまう。それでも地球は回り続けるし、人生も続く、グリーフはつらく長い道のりだが、どんなに長い夜も明けることは知っておくこと。
    グリーフとは、直訳すれば深い悲しみや悲嘆を意味する。大切な人を失ったときに起こる身体上・精神上の変化を指す。死別はもちろん、離婚などに寄って関係が切れるとき、引っ越しで慣れ親しんだ場所から離れるとき、職を失ったとき、さまざまな状況で経験する。
    最初の一年は大きな決断をしない。遺品をどうするかという決断もすぐには行わない。物を処分することはあとからいくらでも出来る。
    自分に優しくする。肉体的にも精神的にも疲れる過程なので、セルフケア(自分を思いやること)を忘れないようにする。健康的な食事・十分な睡眠、適度な運動を心がける。

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