極限メシ!: あの人が生き抜くために食べたもの (ポプラ新書)

著者 :
  • ポプラ社
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レビュー : 4
  • Amazon.co.jp ・本 (181ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784591164471

作品紹介・あらすじ

光のない北極、命がけの紛争地帯、
水も食糧も尽きた太平洋上、-40℃のシベリア……
死ぬ気で食わなきゃ、ほんとに死ぬ!

あらゆる「極限」を嘗め尽くした者たちに、
「何を食べ、どのように生き抜いたか」を聞くことを通して、
生きることと食べることの意味を問い直す。

災害やテロなど、いつ極限に陥るかも知れない私たちにとって、
彼らの経験を読み、追体験することは有益なはずだ。
想像を絶するサバイバル・インタビュー集が誕生!

■目次
まえがき

第1部 極限への挑戦

第1章 角幡唯介
光のない世界を歩く四カ月にわたる極夜行。
探検家の胃袋を満たした〝ごちそう?とは?

第2章 白川優子
どんな極限状態でも人は食に喜びを見いだす。
国境なき医師団の看護師に聞いた「紛争地の知られざる食事情」 

第3章 服部文祥
捕れたてのザリガニを頬張りながら、
アーバンサバイバルの実践者に「自然」との付き合い方を聞いてみた

第2部 極限からの生還

第4章 齊藤正明
「吐くとわかっていても食う」
船酔い地獄のマグロ船から生還するため、死ぬ気で食べた四十三日間

第5章 佐野三治
たったひとりの生還。
わずかな水とビスケットだけで太平洋を漂流した二十七日間

第6章 中島 裕
マイナス四〇℃超のシベリア。
黒パンをかじりながら、祖国へ戻る希望をひたすら抱き続けた男

巻末インタビュー 角田光代
東北、インド、サラエボ――。
旅とメシを愛する作家が語る、
食べること、笑うことが生きるための保障になる理由

あとがき

■著者
西牟田 靖
ノンフィクション作家。1970年大阪府生まれ。神戸学院大学卒業。等身大のニュートラルな視点を持ち味に、「歴史と記憶」「国境と国家」「家族」といったテーマに真摯に向き合っている。旧日本領のその後を訪ね歩いた『僕の見た「大日本帝国」』が2005年度の新潮ドキュメント賞候補作となる。2014年の離婚をきっかけに親権問題、虚偽DV、“逆DV”、シングルマザーなど家族問題へとテーマを広げている。著書に『本で床は抜けるのか』(中公文庫)、『わが子に会えない』(PHP研究所)、『ニッポンの国境』(光文社新書)、『〈日本國〉から来た日本人』(春秋社)など。

感想・レビュー・書評

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  • 【令和元年度第4回備前地区司書部会/フリーテーマ】
    インタビューされているのは、「極夜行」の角幡唯介さん、「紛争地の看護師」の白川優子さん、「たった一人の生還」の佐野三治さんなど、図書館にある!という本の著者ばかり。通常とは違う自然環境の中や、紛争地帯、太平洋上の漂流…という状況で、「何を食べ、どのように生き抜いたか」聞き取った本。
    (NDC:281.04/情報入手先:e-slip新刊案内)

  • 角幡唯介氏へのインタビューが興味深かった。
    極寒の中での活動には5000キロカロリー摂っても足りないということに驚いた。
    今どきのヘルシーなインスタント麵じゃなくてジャンクで高カロリーな辛ラーメンが適しているというのにも納得するやら驚愕するやら。

    佐野三治氏の話も凄まじい。
    タカ号遭難事件、久しぶりに思い出した。ただ一人奇跡的に生還した佐野氏が元の会社で元気に働いているのを知って感慨深い。

    やっぱり生物は食べることが一番大切なのだなーとあらためて思い知らされる一冊。

  • 凄く疲れた時や、何か頑張った後の、メシはなぜか、いつもより美味しいと感じる。また、何かやり遂げた後のメシは、いつまでも、記憶に残っていることがある。人は、「情況」によって、食べるモノの味を、変化させているのだろう。これは、他の動物にはない。

    メシを、自ら、探すか、作り出すかしか、選択肢がなかった時代から、
    現在は、交換するだけのモノに変わってしまった。この変化が、
    極限的に進んでいる現代で、人は、ただ、ただ、メシを
    、数多くの選択肢から選ぶだけになってしまっている。
    これは、人類の歴史の中で、ここ数十年で訪れたもので、
    実際、この変化が、私たちにとって、「良いこと」なのか、
    わからない。

    現在、都会に暮らしていれば、生死に関わるような「状況」というのは、
    中々訪れない。日本に住んでいれば、飢餓を伴う、生命に危険を及ぼす状況に出会うことは非常に少ない。だから「極限状況」に置かれてしまった時、人はメシにどのように向き合うのかという問いは、わりかし重要な視点だと思う。
    なぜなら、極限状況というのは、程度の差こそあれ、決して、訪れないわけではないからだ。


    極限状態に置かれた(もしくは、意図的に作り出した)人は何を食べたのか、
    これは、非常に有意義な視点を与えてくれる。例えば探検家の角幡氏の極限メシのエピソードは、たった一人で、ずっと暗闇の極寒地域での単独横断というものだ。なぜ、好き好んでこんな極限状況の場所に行くのか、理解出来なくはないが、真似したいとは、思えない。

    このエピソードからはこれから更に孤食が進み、ずっと1人でご飯を食べなければいけない少なくない個人にとって、せめて内面ぐらいは、豊かにしようと思って、一口、一口の意味を考えるきっかけになるかもしれない。

    飢えや寒さを感じないで、誰かと、ご飯を食べれることは、かなり幸せだということが、氏の話しから、よくわかるのではないか。

    そして、漂流27日後に奇跡的に生還した佐野氏のエピソードからは、備えあれば憂いなしという、当たり前の対策術が、現代人には出来ていないんだなとわかる。もし何か起こったら、どうしようではなく、起こる可能性を吟味し、生き残る上で何が必要かを帰納的に考える視点である。

    氏は、運悪く極限状態に置かれてしまった。それも、極限度は、ほぼ死と隣りあわせである。ここで、記述できないほどの内容と表現だ。

    だから、万全の準備をしなくちゃ、やはり対策、対策だよと、安易な思考法に陥ってしまうが、氏のエピソードからは、仮に準備をしても、それが生き残ることに繋がるか、わからない。結果として、一ヶ月近く、ほぼ何も食わず、飲まずで生き残ったいう事実があるからだ。

    この著作の極限メシのエピソードは、
    どれも非日常から始まっている。
    日常からの延長線では、繋がっていない。
    朝飯、昼飯、極限メシとはならない。

    ただ、誰しもが、極限メシの状況に陥ることはある。それは、災害がきっかけかもしれないし、
    ふとした出来事が、極限状況を作るかもしれない。

    それは、成功者という方の伝記や話しを見聞きすれば、よくわかる。どの偉人も極限状態を経験している。ちなみに長征に参加した10万ほどの解放軍は、1万2500キロ、山手線約300周を完了後、生き残りは、僅か1000人ほど、生き残る確率は、1000分の1だ。この中から、後にいい意味でも、悪い意味でも、世界中に影響を与える人物が、わんさか出てきた。

    私は個人に「革命メシ」を研究していたことがある。具体的には、新中国を建設する上で歴史的にもっとも過酷とされた長征(1934〜36年)時に、人民解放軍は何を食べていたかというものである。詳細は述べないが、人間は極限状態で何を食べたのかを知ることは、非常に価値あることだと思う。
    それは、その時の強烈や経験が、後に魔法のように効果を示すからだ。

    さて、レビューしようと思う。
    「極限メシ」である。

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著者プロフィール

西牟田靖(にしむた・やすし)
ノンフィクション作家。1970年大阪府生まれ。神戸学院大学卒業。等身大のニュートラルな視点を持ち味に、「歴史と記憶」「国境と国家」「家族」といったテーマに真摯に向き合っている。旧日本領のその後を訪ね歩いた『僕の見た「大日本帝国」』が2005年度の新潮ドキュメント賞候補作となる。著書に『極限メシ!』(ポプラ社)『本で床は抜けるのか』(中央公論新社)、『わが子に会えない』(PHP研究所)、『ニッポンの国境』(光文社)、『〈日本國〉から来た日本人』(春秋社)など。

「2020年 『中国の「爆速」成長を歩く』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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