- Amazon.co.jp ・本 (400ページ)
- / ISBN・EAN: 9784593535224
作品紹介・あらすじ
いじめっ子のジュリアン、オーガストの幼なじみのクリストファー、優等生のシャーロットの3人の視点から語られる「もうひとつのワンダー・ストーリー」。この本の中ではオギーは脇役であり、オギーとの出会いによってそれぞれがどのように影響を受けて変化していったかを描いている。冒頭には、続編は書かないつもりでいた著者が『ワンダー』刊行後に米国で起こった「ジュリアンになるな」運動に違和感を持ち、本作を書くことにした経緯がつづられている。
感想・レビュー・書評
-
『ワンダー』のスピンオフ的な作品。
いじめっ子のジュリアン、オーガストの幼なじみのクリストファー、中立の立場を通したシャーロットが、オーガストと出会ってどんな日々を過ごしたか、そしてどんな風に変わっていったかの物語。
まずジュリアンの章で、前作の『ワンダー』では描かれていなかった、ジュリアンに対する学校側の対応にとても驚いた。いい意味で。
ジュリアンの両親の言い分を聞いていると胸の奥からムカムカしてイラついてしまう。
だからジュリアンみたいな子になってしまうんだ、と彼らを責めるのは簡単だ。でも同じ子を持つ親として、自分はそうならないと言い切れるだろうか?
「ただただジュリアンに幸せになってほしいからだ。それがすべて。」
全ての親が我が子には幸せになってほしいはず。その方向性を間違えないようにすることが大切なんだと思う。
『ジュリアンになるな』というスローガンがネット上に現れたらしいけれど、大人の私たちには『ジュリアンの親になるな』なのではないかな?
クリストファーの章もシャーロットの章も、友だち関係の難しさを経験して悩み、苦しみ、自分なりの答えを見つけ出す姿が描かれている。
「都合のいいときだけ友だちってわけにはいかない。いい友だちは、ちょっとよけいに苦労するだけの価値がある」
子どもにも大人にも読んでもらいたい本です。
詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
前作「ワンダー」のスピンオフ版。
前作では、語ることがなかった、オギーを取り巻く3人の物語。
それぞれの視点、一人称で書かれている。
前作「ワンダー」では、いじめっ子として登場したジュリアン。
読者達の間で、「冷静を保ち、ジュリアンになるな」というスローガンまで生まれてしまった。
著者のパラシオさんは、これに違和感を抱き、ジュリアンの物語を書こうと思ったそうだ(ジュリアンの行動を正当化するわけではなく)。
ジュリアンは根っからの「悪い子」ではなく、彼が要所要所で道を正すべき時に、適切な支援を両親が出来なかったということが分かってくる。
また、前作ではほとんど出てこなかった、生まれた時からの幼なじみであるクリストファーの物語。
いい子ぶりっ子と言われてしまう、シャーロットの物語。
オギーとは少し距離があった中で、彼らなりに悩み事、辛い経験があった事が分かる。
学校は、ただ勉強をするだけの場所じゃない。
ある意味勉強というのは、学校が果たす役割の本の一部なのかもしれない。
コロナ禍の今、その存在の大きさをより感じる。
学校に行き辛い子ども達を否定するのではない。
誰もがその子自身をありのままに受け入れてもらえ、成長できる場所として、必要とされる学びの場であってほしいと願う。
2020.5.14 -
タイトルどおり、ワンダーの外伝にあたる本。
ワンダーに負けず劣らず面白かった。
ジュリアンが、自分がいじめっ子だという自覚がないことにとても驚いた。それはジュリアンの親が我が子の幸せを求めすぎるあまり正しさを見失っているせいでもあったと思うけど、こういう子って結構いるんだろうなと感じた。でもジュリアンはおばあちゃんの話を聞いてしっかりと自分が悪いことをしたのだ、自分はいじめっ子だっだのだと自覚し強く反省したとき、オギーが前作で晴れ舞台に立った時と同じくらい感動した。
ジュリアンもジュリアンの両親も、自分たちが正しい良い人間だと思っていたんだ。そしてそういう気持ちや意識は、他ならぬ私自身持っているものだろうと思った。反面教師というか、日々価値観が変わるなかで、誰でもジュリアン一家のようになる可能性があるのだと思った。
クリストファーやシャーロットの語りでも読み取れたことだが(こちらもすごく面白かった!)、自分の行いを常に振り返るようにしなくては。 -
大評判のワンダー。
本編を一気に読み、期待を裏切らない良作ではあったものの、そこはオトナの余裕 (笑) で爆涙とはならなかったが。。
スピンオフ編のこちらには、一番気になった子、オギーをいじめた首謀者のジュリアンについての物語があるというので早速読む。
よかったですよ!
いろいろなことが自分の中でつながってぐっと来た。
いじめる側の心理、家庭環境が 掘り下げられているのだが、そこでは 米国ならではの 強欲ともいえるような権利意識が如実に、そして批判的に描き出されている。
対比されているのが 第二次世界大戦中ナチスに痛めつけられたフランス。
ジュリアンの幼さ愚かさを憂いたおばあちゃんは、あまりにも辛くて息子にすら話したことがない体験を、語って聞かせる。 こういう話はたくさんあったのだ。
NYの子たちが必ず読まされる Number the Stars (邦題は”ふたりの星” https://booklog.jp/item/1/4061947206)という作品へのオマージュでもあると思った。
自分がおそれるものに危害を加えないことも、また勇気ではなかろうか?
2番目のクリストファーは オギーの母親 イザベルのママ友つながりの幼馴染。
この子は最初発達障害だろうか?と思ったのだけれど、そうではない。
もともと思いやり深い家庭に育った子で、自己を強く保ち 弱いものを助け続ける難しさも早くから意識している、そういう聡さを持ちながらも、父母の離婚という事態に 自分でもわからない意識下で苦しんでいる。
親が、自分たちのことでいっぱいいっぱいになってしまって、子供へのケア(気持ちの面で)がおろそかになってしまう。 米国ファミリーでは もうこれが多すぎるくらい多い。
自分自分自分!だから。
しんがりはシャーロット
ごく普通の家庭の 3人娘の3番目。
ああ、5th とはいえ、優秀な女子というのはこんなにも成熟しているものでしょうか!
女子同士のもめごと、その中で どう自分を律していくのかシャーロットは考え続けるのだけれど、レベル高いのよね。
またこの章は アメリカのプライド、誇りが通奏低音のように描かれている。
文化を生み出す力、市民を守る者への尊敬、どちらかというと独裁的でもある大きな権限をもつ学校運営者の知性とふところの深さ。
人とつながっていくのは、挨拶をし、名前を呼ぶ、そのイーブンな関係構築の爽やかさ。
さすがです。
Let's shing-a-ling!
God bless America -
『ワンダー』のスピンオフ。『ワンダー』は見た目に障害があるオーガストやオーガストの 周りの人たちが代わる代わるオーガストや自分ことを語っていく、オムニバス形式の物語。
こちらは、オーガストを嫌っていじめていたジュリアン、母親同士が親友で小さい頃から友達のクリストファー、優等生のシャーロットが自分で語る物語。
著者は冒頭で「冷静になれ、ジュリアンになるな」と、読者がインタネットにあげていたことが、この物語を書くきっかけだったと語る。祖母の秘密ご聞くことでジュリアンが過ちを認めていく話。
どの話も思春期にさしかかった子どもたちの人間関係が分かる。こちらは万国共通。それから、アメリカの生活も。
でも、一番感じるのは、著者の思い。色んな人を認める優しさや寛容さの重要性。反省したジュリアンに、寛容に。それぞれの行動にも表れている。クリストファーも変なバンド仲間と続ける。シャーロットも空気を読めない友人と、ずっと同じグループでやっていく。
大人もなんだか最近は、寛容さが欠けてきている。職場でも、ちょっと変な人がいると、皆んなで批判したり。変わった人に厳しい。批判している人たちは皆んな、まともで良い人ばかりだ。だから余計に困る。 -
ワンダーは映画で見たのですが、オギーを巡るストーリーがずっと心に残っていてこの本を手に取りました。
この本ではオギーの周りの子どもたちがオギーから感じとったことや考えたことが率直に描かれています。当たり前だけど、いじめた子や傍観する子にも気持ちがあり、ストーリーがあるんだよねー。
語り手の3人からアメリカの学校生活の様子も生き生きと伝わってきて、日本とは違う学校生活を見せてもらえた気分です。でも親や幼なじみとの関係、友人関係の悩みなんかは共感するところがいっぱいで…。
各章でみんなそれぞれのワンダーがあって、心地よい読後感。読み終えるのがもったいなかった! -
前作に引き続きとても面白かった!あまり触れられていないジュリアン、クリストファー、シャーロットの裏話。ジュリアンの親が、絵に書いたようなモンスターで、面白かった。クリストファーにも友だちがいて、考えさせられた。シャーロットは、少し、自分と似ているところがあって、面白かった。ワンダーのシリーズは大人になるまでに読んだ方がいい1冊です。
-
『ワンダー』を読んだ時はその前向きさに心が奮えました。親切には勇気を伴うことがある。でもその少しの勇気があれば相手も自分も前へと進むことができる。そのことが実に真っ直ぐに書かれていたのです。
オギーは普通の男の子。顔以外は。そんなオギーとオギーを取り巻く人たちの語りで構成されていた『ワンダー』。そこでは語り手とならなかった三人が今作では語り手となります。オギーをいじめたジュリアン、幼なじみのクリストファー、クラスメイトのシャーロット。『ワンダー』ではあくまでオギーの物語として書かれていましたが、ここでは語り手本人の物語として書かれています。だからこそ書ける物語がありました。そしてこの三人もまた普通の少年少女だったのです。
前作ではいじめっ子として登場しそのままフェードアウトしたジュリアン。彼には彼の物語があり、彼の考えがあったのです。しかしその行動や考えは決して良きものではなかったのです。それにとって反省を促されますが彼は納得ができなかったのです。自分こそが被害者であると思っていたのです。異質な存在が自分の世界に紛れ込んだが故に起こった事件に巻き込まれた被害者であるとしか考えられなかったのです。そのことに対して彼の祖母は自分の体験を語ることで諭すのです。そして彼は自分自身で反省することに行き着くのです。そうジュリアンもまた普通の子だった、ただその普通の子が過ちを犯してしまった。その過ちに気付くことは勇気が必要でした。その勇気によってジュリアンは前へと進むことができたのです。
この描き方の巧さに胸が打たれました。これは児童書だからこそ書くことのできることなのかも知れません。問題に対して真っ直ぐ目をそらさず書くことのできるのが児童書の強みでもあるのでしょう。
そしてもちろんクリストファーにもシャーロットにも自分の物語があります。そのことを示すことによって却ってオギーのことが浮き彫りになることもあり、前作に出てきた他の人々にも思いを馳せることができます。そして『ワンダー』の世界が読み手の中で広がっていくのでしょう。 -
『ワンダー』を読んだらこれも読まなきゃダメ。ジュリアンの葛藤や成長が見えて来る。オギーとの関わりだけでない、学校での交友関係やら家族関係やら、心の声が聞ける。2冊セットのワンダー!