死ぬほどいい女

  • 扶桑社
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感想 : 8
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  • Amazon.co.jp ・本 (259ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784594034665

感想・レビュー・書評

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  • 皮肉にも死後になって評価が高まり、米国ノワール界の代名詞的存在となったトンプスン。異端であり前衛でもあった不世出の作家は、半世紀以上を経て今も〝発掘〟の途上にあるのだが、この異才を受け容れる環境がようやく整ったということか。だが、書評家らは口を揃えて〝警告〟する。昨今のノワール・ブームに煽られて、耐性の無い読者が手にすれば、拒否感を示しかねないと。特に、1954年発表の本作は、B級/パルプ小説調のタイトルからトンプスン入門に適したイメージを受けるが、油断すれば暗鬱なトランス状態へと陥りかねない。下手なサイコスリラーやホラーを凌駕する狂気。これまでの読み方を一変させる究極の犯罪小説。トンプスンの真価は、紛れもなく本作で知ることができる。誰にも真似出来ないノワールの底知れない力を体感したいならば、恐れず挑むべきだろう。

    ストーリーは拍子抜けするほどシンプルだ。語り手(一人称は〝おれ〟)は、三流雑貨チェーンの訪問販売員フランク・ディロン。月賦支払いの滞ったヘンドリクスンという男から取り立てるため、連絡先となっていた家を訪ねる。だが、雑用を請け負っていた男は既に仕事を辞め、姿を消していた。おれは機会を逃さず、家主の老婆に売り込みをかけた。不潔で卑しいその老女は商品を買うそぶりを見せ、家に招き入れた。姪が代金を支払うと言う。寝室に通されたおれを待っていたのは、器量は人並みだが魅力的な若い女で、いきなり裸になった。身体は傷だらけだった。おれは動揺しながらも、なんとか理性を保って女に話し掛けた。事情を知り、怒りがこみ上げる。さっきの醜いババアは伯母で、この娘モナの体を商品の対価として差し出す鬼畜だった。今回が初めてではなく、虐待は続いていた。おれはモナを救おうと決めた。どうやらババアは相当のカネを隠し持っているらしい。仲違いしていた出来の悪い妻とは別れ、おれは自由の身となった。つまらないセールスマンを続けつつ、徐々に計画を練っていく。ヘンドリクスンを捜し出したおれは、ババア殺しにこのチンピラを利用することを思い付く。すべては「死ぬほどいい女」との幸せな生活を手に入れるに。

    しばらくは通俗的な展開が続くが、中盤辺りで一気に様相を変える。ディロンの別人格が突如登場するのである。クンラフ・ンロィテ。主人公の名を逆さまにした〝わたし〟。「万難を排してーー大きな不平等と、ちっぽけな女たちを相手に戦いぬいた男の真実の物語」と題した章を、何の前触れなく挿入していく。粗野な〝おれ〟に対して、極めて理知的に物事を判断できると自負する〝わたし〟は、事態の〝真相〟を「親愛なる読者」に語り始めるのである。この異様な構成は、まだ序盤に過ぎない。

    老婆を殺し、カネを奪う。そして、鈍い音を響かせて軋み、破綻をきたしていく完全犯罪。追い詰められていく男は、常に読み手に同意を求め、共犯関係を強いる。おれとお前に違いなどない。カネと女。お前も本当は欲しいんだろう、と。正常と異常の境界を叩き斬り、どこまでも粗暴で、限りなく虚無的な世界。
    ラスト数ページの衝撃的な体験は、恐らく前例がないだろう。主人公の分裂した人格を文体、フォントを駆使して刻印する破滅の有り様。この終局での技法には度肝を抜かれる。狂気の表現が小説の枠を軽く超えているのである。一人称の限界を突破した実験的作品であり、作家としての類稀なる技巧をクライムノベル界の片隅で披露していたアグレッシブなトンプスンには畏怖さえ覚える。物語は敢えて破綻を前提にしているが、極めて精巧に組み立てられており、その構成美に魅了される。しかも勧善懲悪を決して軽視しない作家としての姿勢も潔く硬派だ。
    1950年代、一方でチャンドラー流のハードボイルドが隆盛を極めていた時代に、闇の中に生き、気取った文学を一網打尽にする危険な種子を蒔いていたトンプスン。その徒花の美しさはあまりにも強烈で、観賞するには何もかもが早過ぎた。

  • ジムトンプスンの傑作。話の筋自体は大したことはなく、この手の小説としてはごくありふれた内容だが、独特のチリチリとした不安と焦燥感、そして終盤に差し掛かるにつれ、現実と妄想が渾然一体となって転がるように堕ちていくさまは見事と言うしかない。この読後感は、他の作家ではちょっと味わえないかもしれない。

  • ジム・トンプソンばっかり読んでいる。どれも後半たたみかけるようにぐちゃぐちゃと崩れていってしまう迫力がすごい。

  • 2007/02/21購入

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