乱読のセレンディピティ

著者 :
  • 扶桑社
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本棚登録 : 1291
レビュー : 169
  • Amazon.co.jp ・本 (205ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784594069964

感想・レビュー・書評

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  • 乱読大好きなんだけど…書かれていることが近づいたり、遠ざかったり…と読むのに時間がかかり苦しかった。けど途中で投げ出せないのは謎で…自分でもよく分からないけど、読了することが出来た。

    風のごとく、さわやかに読んでこそ、本はおもしろい意味をうち明ける。本は風のごとく読むのがよい。=67ページ=
    とあるので、さっそくやってみる。うん。そうかもしれない。ゆっくり読めばわかりやすい本があるように、この本は早めのテンポで読めばいいのかもしれない。

    だけど一日一章読むのが精いっぱいでした。なぜか部分部分面白いので不思議だ。そして〆はまさかまさかの朝活で終わるという…衝撃。

  • 『思考の整理学』の外山さんによる読書術な一冊。
    題名通りに“乱読”を軸にした読書のススメです。

     “風のごとく、さわやかに読んでこそ、
      本はおもしろい意味をうち明ける。”

    熟読も大事だが、それが全てではない、
    むしろ、熟読では気づけないこともあると、

    雑食かつ粗読が多い身として、なかなかに興味深い内容でした。

    そしてさらに興味深かったのは、次の点。

     “二十五年でさえ、同時代批評はのり越えることができない”

    イギリスの『タイムズ文芸批評』が二十五年前の誌面を再現したところ、
    ほとんどの書評が正当性を欠いていたとのことです。

    近いということはそれだけ、客観的な見方をするのが難しいと。
    逆に、これを乗り越えられるものは“古典”になるのでしょうか。

    ん、三十年くらい前のもの、何か探してみようかなと。
    そんな風に感じた一冊でした。

  • 朝読の話をさせてもらえるとなって、その前に本当は読みたかった本。

    私は、自分が乱読家だとは思っていなかったのだけど、まあいつの間にか量だけはこなすようになってしまった。
    じゃあ、さぞかし良書を沢山知っているのだろうと言われると、思い出せない本や何とも思わなかった本は沢山ある。

    でも、また懲りずに読書をしている。

    ちょうど、私が話したのは、本を読んでいると、読んだことが本に繋がるという奇妙な感覚が生じることがある、いうものだ。

    これを外山流に言うと、乱読のセレンディピティに当てはまるのかもしれない。

    意味は分からなくても、感動しなくても、蓄積するという準備があれば、このセレンディピティは発動する。

    乱読のススメに抵抗を覚える人はいるだろうし、私は熟読することもある場面では非常に大切な力であると思う。

    年齢と共に読み方は変わる。
    ぜひ、若い人にサラッと読みこなしていただきたい。

    • 猫丸(nyancomaru)さん
      「読んだことが本に繋がる」
      ありますよね、、、今まで関心が薄く目に入らなかったモノに、あっと思うコトが(この本は未読)
      「読んだことが本に繋がる」
      ありますよね、、、今まで関心が薄く目に入らなかったモノに、あっと思うコトが(この本は未読)
      2014/05/01
  • 読書術の本は巷にたくさんある。本そのものを読むのではなく、本を読むことについて書かれた本を読むということだ。
    次の自分の読書に活かせればという目的もあれば、読書の達人の読み方が書かれていないかというような好奇心、あるいは面白そうな本を発見するために紹介されている本を求めて読むということもある。

    自身の読書の合間に、定期的にこの種の本を読んでいるような気がする。

    本書は、「思いがけないことを発見するための読書術」となっている。16の章で、著者のいわば持論を展開されているが、この著者の場合、著者の持論も普遍的な要素が含まれていると思う。これまでたくさんの本を出されており、その一覧を眺めてみると、そのエッセンスがこの16のエッセイに込められているようにも思う

    いきなり第一章から、「本は身ゼニを切って買うべし」とか、ご自身は執筆した本を人にはやらないとか、持論が爆発する。確かにおっしゃるとおりだろうと思うが、自分としては本を買って読んでも、図書館で借りて読んでも大差なく読めるタイプなので、これは著者の持論だなと勝手に思っている(笑)。

    しかし、本書のタイトルにもなっている、乱読を勧める章(6章)や、乱談を勧める章(13章)はよかった。
    乱読の章では、二つのタイプ「アルファ読み」と「ベータ読み」を紹介している。なぜこの呼称なのかは書かれていないが、自分は著者の推奨する「ベータ読み」が好きなので、ちょっと嬉しかったりした(笑)。

    お茶大の名誉教授の過去の教師時代の挫折の話があったり、知識ばかり蓄積したってダメだ、それが高じると知的メタボになるなどと辛口展開があったりと、非常に読者に親近感を持たせてくださる話の中に、時々セレンディピティを感じながら楽しませていただきました。

  • 人から乱読をすすめられ、そもそも乱読とは?と手に取ってみました。

    タイトルの「セレンディピティ」とは、「思いがけないことを発見する能力」という意味。目についた色々な本を読んでみる。ときには失敗することもあるが、失敗がセレンディピティにつながる。ある程度の速度で、意味が分からなくてもそのまま読んでいい。とにかく大事なのはセレンディピティ、ということらしい。
    著者は本が溢れている時代だからこその読み方を提案している。

    目からうろこだったのは、読書から得るものは知識ではなく思考力だから内容は忘れてもいい、といった考え。
    本書も乱読のつもりで読んだので、勿体ない気持ちだがメモなどすることなく、内容は忘れるに任せてしまおうと思う。

    ちゃんと理解しなきゃ、血肉にしなきゃ、と囚われていた心を解放してくれた、私にとってのセレンディピティにつながる一冊でした。

  • いつの間にか散歩と朝活の話になってた。

  • いろいろな本を読んで自分の糧にしたい、という思いを後押ししてくれそうなタイトルに惹かれて読んでみました。
    読書術、というよりも、著者の経験と読書や本のことを織り交ぜて、ひらめきという観点から綴った文章といった感。

    本を読むことで知識は得られるけれど、それは人の考えた借り物である。
    知識を貯めこむことに躍起になるのではなく、思考する力、すなわちよりよく生きるための力に結びつく読書をすべし。
    ショーペンハウアーの『読書について』(光文社)を読んだときと同じく、耳に痛いけれど、自分の読書を改めて見直す気付きを与えてくれるお言葉でした。

    また、読んで忘れることの大切さを強調しています。
    著者は「大事なことをノートしておこう、というのは欲張りである」と書かれていますが、私の場合、何もしないと本当にきれいに忘れてしまうので、ブクログでアウトプットしてから忘れるにまかせよう…。

  • 本を読み、こんなものを書いているくらいだから、私はそれなりの本読みだと思っている。
    読書のおかげで、幼い頃から、頭がいい、とか大人びた考えだと褒められることも多かったし、論文の試験やコンテストだって、それなりの成績を残している。
    それが私の自尊心、誇りだったのだ。
    しかし、その一方で、どうも自分の考えが他人からの借用に過ぎない気もしていた。
    もっとも、知識は誰かの発明や発見があって手に入れられるものだし、全く新しいものを生み出すことは現代では難しい。
    また、真似をしなければ、型が作れず、型がなくては型破りなどできない。
    とはいえ、この袋小路、一体どうやって出たら良いのだろうか?
    答えは、「忘れること」。
    いやいや、忘れるなとは人からも言われるし、自分だってよく言っているじゃないか!
    それをなぜ?
    著者は排泄が大事なのだという。
    食べたら出るのが自然の摂理、でなければ体の中で腐ってしまって、健康を害するのだから。
    毎日沢山食べて、沢山出してスッキリさせることで、新しいものが生まれる。
    新陳代謝だ。
    変化を恐れるな。忘れることを忘れるな!

    セレンディピティとは思いがけないことを発見する、の意で、イギリスの作家であるH・ウォルポールの造語である。
    この言葉の元となるセレンディップはセイロン、スリランカのことだそうだ。
    造語がこんなに有名になるとは、まさにセレンディピティ!

    著者は本書の中で、次々と新しい価値観を提示する。
    今まで劣等とされてきたものの良さを説き、優等とされてきたものの害を説く。
    乱読よりも精読、話すより書く、忘却よりも記憶、朝よりも夜。
    机の上で、無言で夜遅くまで細々と、という「ガリ勉」はもうやめよう。
    時代が降り、また、研究も進み、朝活だ、プレゼン能力だ、そんなことがもてはやされるようになってきたが、根元はあまり変わっていない。
    それを見直してみることで、今までになかったものが現れてくるかもしれない。

    本書は読書に限らず、様々なことに言及する。
    もしかしたら、自分の価値観と違うことも多いかもしれない。
    けれども、新しいことは必ずしも恐ろしいことではない。
    新しいものに出会えることこそ、人生の喜び、楽しみだ。
    さて、本書を通して、私はセレンディピティと巡り会えるだろうか?

  • 乱読≒速読。
    セレンディピティ=思いがけないことを発見する能力。

    本を読んで得られる知識は多けれど、今の世の中「本」が溢れている。悪書も溢れている。そのなかでより多くの良書と出逢うためには、とにかく速くたくさん読むしかないということ。

    「風のごとく読む」

    速く読むことで頭が活性化される感じは分かる。机に向かってじっくり読もうとすると眠くなってしまうような本でも、本屋さんで手に取ってパラパラ立ち読みするとびっくりするほど内容が入ってくることがある。

    知識や、新たな発想のヒントを得たい時。浴びるように読むことで頭脳がビュンビュン回転して、思いがけない着想が生まれる。

    小説には向かない読み方だろう。読むスピードが速いと感情がついてこない。物語にはゆっくり味わう遅読が向いていると思う。

  • 普段はあまりエッセイや評論を読まないのですが、この本は読みやすく、通読する事が出来ました。

    話の中心は、今までの常識を覆す様な「乱読のススメ」なのですが、その他にも読書論や編集者論、朝型生活のススメなどなど読書や書籍、思考全般に関する事が豊富な具体例と共に論じられていて、「知の巨匠」がどうやって出来上がったのか気になる方にも勧めたい一冊になりました。

     記憶の新陳代謝、忘却によって変化する記憶の美しさ=自然忘却の重要性というのに、忘れっぽい私は励まされました(笑)。

     難しい言葉で難しく論じなくても、高度な事を論じられるのだなあと思った一冊。

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著者プロフィール

お茶の水女子大学名誉教授

「2019年 『やわらかく、考える。』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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