乱談のセレンディピティ

著者 :
  • 扶桑社
3.10
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本棚登録 : 101
レビュー : 10
  • Amazon.co.jp ・本 (221ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784594074968

作品紹介・あらすじ

「話すより、読むほうが高級であり、書くのはもっとも高度の知的活動であるように考えるのは近代の迷信である」

201万部突破!『思考の整理学』おしゃべり版!
「知の巨星」が導く、誰もができる創造力の原点!

《知の探究者に大反響!『乱読のセレンディピティ』待望の続編!》
 話すことは、読むことより容易であるように考えるのも、教育のつくり上げた迷信である。何でも話せるわけではないが、文章にするよりはるかに多くの深いことを伝えることができる。もちろん、愚にもつかぬ〝おしゃべり〟が多いけれども、本当の心は、文字ではなく、声のことばにあらわれる、ということを理解するのは、いわゆる教養以上の知性を必要とする。――本書より

感想・レビュー・書評

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  • 読了。読みやすかった。一気に読んだ。本を読んでるだけでは、ダメで、人と交わり話をしようとのことのようである。納得できる。でも実践するのは、タイミングなどがあって難しいかなと思った。ラジオなどでしゃべっているのが相当するのではと思った。

  • 「乱談のセレンディピティ」
    外山滋比古のエッセイ集である。
    3人集まって雑談をすると思いがけないことを発見できるという(セレンディピティ)。必ずしも3人でなくても良いが2人ではダメで、多くても数人までのようである。それもなるべく分野の少し違う人がいいと言うことである。
    確かに自由闊達な異業種交流はいい刺激になるだろうし、新しいことが生まれるかも知れない。あまり狭い世界に閉じこもっていては、ろくなことはないだろう。
    しかし、乱談が知的な会話にまでたどり着くかというとこれがまた難しい。趣味や興味が近くないと話も弾まないだろうし、我々凡人はつまらないことを話して終わるだけかも知れない。
    「ウサギとかけっこをするカメがいるだろうか」というウサギとカメの競争の話から、攻撃的競走から調和的競走の考え方までたどり着くのはなかなか難しそうだ。

  • 専門の違う人たちとの何気ない雑談から、新しいものが生まれることがある。だから乱談をすすめるよという。ただ、ここでいう乱談は、知識人的な人たちのことを想定してるね。ははは。でも、人と話すことで目から鱗が落ちることはあるよね。

  • いろいろおもしろかった

  • 話す事は、余分ことより容易であるように考えるのも、教育の作り上げた迷信である。何でも話せるわけではないが、文章にするよりはるかに多くの深いことを伝えることができる。

  • セレンディピティとは「偶然とか予想外に発見や幸運をつかむ」というような意味。

    乱談というのは著者の造語で、単純に言えば雑談やおしゃべりのようなもの。

    つまり一見無駄のようなおしゃべりや雑談から新たな発見、気づきが生まれますよ、という話。

    中身は結構大真面目だが砕けた文調なので読みやすくて面白かったです。

  • セレンディピティとは「意図しない偶然の発見の事」。著者は前著「乱読のセレンディピティ」で、乱読をすることでセレンディピティが得られると主張したが、本書では、読書のような一方通行でそれを得ることは難しく、専門分野の異なる3人以上の人間の雑談がセレンディピティを生むとしている。
    言われてみれば、自分も会社の昼食休憩時に自分も含めた3人でバカ話をしていると、思わぬ発見があったり、発見はないまでもストレス解消になったりと「乱談」の効用を実感していたことに気付いた。
    著者は1923年生まれとの事だが、90歳を過ぎてもこのような発見ができることに驚愕。

  • セレンディピティとは思いがけないことを発見する力だそう。
    読み書きが高尚だと捉えられているが、話すことの大切さを解いている。

  • 『乱読のセレンディピティ」の続編。セレンディピティ=思いがけないことを発見する力。二人より多数で会話することで生まれる発見。著者の体験を踏まえて活性化する知の探求。

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プロフィール

お茶の水女子大学名誉教授

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