第10章 労働と公共性(田中智彦)
• 日本人の「勤勉さ」は何に由来するのか(157)
-速水融:江戸時代の「勤勉革命」(industrious revoulution)
-イギリスの農業革命が「土地利用頻度の増大+投下資本量の増大」によったのとは対照的に、日本のそれは「土地利用頻度の増大+投下労働量の増大」によるものであった
-市場経済の浸透に対応して世帯規模の縮小=家族経営の一般化が進んだこととあいまって、「勤勉さ」が農業経営の維持・発展を支え、またそれゆえ生活水準の向上につながるようなシステムを成立させることとなった。そしてそのことが「勤勉さ」を美徳とし、怠惰を悪徳とする考え方を庶民レベルにまで広く浸透させることへとつながってゆく。こうしてプロテスタンティズムとは無縁の日本に「勤労のエトス」が醸成されていった
-江戸時代のこうした社会的・経済的変化の景観が、後の日本の「産業革命=近代化」に大きな貢献:資源にも資本にも乏しい当時(いつ?)の日本にあって「政府や指導者にとっては、農民の勤労的な性格を温存しつつ、それを工業化に際して全国的なスケールで利用することによって、脆弱な工業化の初期段階をなんとか乗り切ることができたのではないか
-「労働力」と「技術力」:職人の勤労的な性格に裏打ちされ、ものをつくり、さらによいものを作ろうとする職人・職工のレベルの高さ
-多数の中小・零細企業:「世界に冠たる町工場」:下請けとして国際的な競争力をもつ大企業の生産体制を支えてきた
• イリイチ(Ivan Illich)(166)
-「発展=開発」:労働が「人間生活の自立と自存」のためにではなく、もっぱら消費のために、あるいは単なる生存のために行われるものとへと変容させられてきたプロセスでもある
• 日本人の「勤勉さ」が高々この数百年の歴史の所産である(167)