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  • Amazon.co.jp ・本 (480ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784596552099

感想・レビュー・書評

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  • 1882年に生まれ、1967年に亡くなった、エドワード・ホッパーというアメリカの画家の17の作品を題材にして、17人の作家が、それぞれの絵に対しての短編物語をつくるというコンセプトの本。要するに、エドワード・ホッパーの17の作品に対して、17編の短編が書かれ、本書はそれを収めた短編集だ。
    アイデアを思いつき、物語をつくることに参加を呼びかけたのは、ローレンス・ブロックである。ローレンス・ブロックは私の最も好きな作家の一人なので、読んでみることにしたのだが、ローレンス・ブロックが書いた短編だけではなく、面白い短編が多かった。ローレンス・ブロック以外にも、マイクル・コナリー、ジェフリー・ディーバー、スティーブン・キングなどの有名な作家が短編を寄せている。
    エドワード・ホッパーという画家は知らなかったが、とても独特なタッチの絵を描く作家だ。アメリカでは名の知れた画家なのだろう。
    また、絵を題材に物語をつくるという試みは成功している。思いもよらない物語を寄せている作家も多い。

  • エドワード・ホッパーという画家がいる。現代アメリカの具象絵画を代表する作家で、いかにもアメリカらしい大都会の一室や田舎の建物を明度差のある色彩で描きあげた作品群には、昼間の明るい陽光の中にあってさえ、深い孤独が感じられる。アメリカに行ったことがないので、本物を目にしたことはないが、アンドリュー・ワイエスと同じくらい好きなので、ミュージアム・ショップでカレンダーを買って部屋の壁にかけている。

    深夜のダイナーでカウンターに座るまばらな客を描いた「ナイトホークス」に限らず、ホッパーの画には、その背後に何らかの物語を感じさせられるものが多い。作家のローレンス・ブロックもそう考えた一人だ。彼は、これはと思う何人かの作家に自分のアイデアを持ちかけた。それに呼応した作家の顔ぶれがすごい。好き嫌いは別として、御大スティーヴン・キングをはじめとする総勢十七人。その中にはジョイス・キャロル・オーツまでいる豪華さ。

    ブロックも序文で書いているように「テーマ型アンソロジーというのはどうしても似通った物語の集合体になる。だから、一気に読まずに一編ずつ時間を空けて読むことが勧められる」ものだが、驚いたことに、ここには様々なジャンルの物語が収められている。だから、一篇終わるたびに、また別の本を手にしているような新鮮な感動が待っているのだ。もっとも、すぐ読み終わってしまうのが惜しくて、結局は時間をおいて読んだのだが。

    ひとつの物語につき一枚のホッパーの画が最初のページを飾る趣向。以外に女性のヌードを描いた画が多いのに驚いた。いわゆる名画のヌードとはちがって、ホッパーの画の中の女性は、神話的な存在でもニンフでもない。都会の孤独を一身に背負ったリアルな女性像である。そこから、物語を紡ごうと考えた作家が多いのも理解できる。しかし、個人的な好みからいうと、少し違和感がある。それで、何篇かを紹介しようと思うが、作品の選択が個人的な好みに偏ることをお断りしておく。

    「海辺の部屋」の冒頭を飾るのは、紺碧というよりは幾分暗さを帯びた海の見える掃き出し窓が開き、正面の壁に斜めに陽が指している無人の部屋を描いた絵だ。作家はニコラス・クリストファー。アメリカに移住してきたバスク人の血を引くカルメンは、母の死で祖母の屋敷を相続した。そこには、ソロモン・ファビウスという料理人が、母の代から邸の専属シェフとして住み込みで雇われていた。

    祖母が書いた『海辺の部屋』のバスク語版と英語版の二冊を抱えてやってきたカルメンは、そこで不思議な経験をする。なんと、その家では部屋が増えていくのだ。初めは一年に一度の頻度で増えていたものが、次第にそれがひと月に一度、週に一度の割合になる。戸惑うカルメンとちがい、ファビウスは、家の奥にある自分の部屋に迷うことなくたどり着けるのも謎だ。バスク人はアトランティス文明の末裔であるという伝説を隠し味に利かした、アンソロジーの中では異色の海洋幻想譚に舌鼓を打った。

    「夜鷹」(ナイトホークス)は、刑事ハリー・ボッシュ・シリーズで有名なマイクル・コナリーが選んだ。画から物語を作るのではなく、ハリー・ボッシュを探偵役とするミステリの中にホッパー描く「ナイトホークス」が登場する。シカゴの冬は寒い。監視対象者がその画の前で熱心にノートに何かを書いている。突然「あなたはだれ」と話しかけられる。観察眼の鋭い娘は作家志望だった。話を聞くうちにボッシュは考えを改める。短い中にもシリーズ物の探偵の人間性をきっちり生かしたストーリー展開はさすがだ。

    正面入り口に低い角度で陽が指している、海岸段丘の上に建つ素朴な教会をわずかに見上げるような角度で描いた画は<South Truro Church>。「アダムズ牧師とクジラ」を書いたのはクレイグ・ファーガソン。八十歳をこえた長老派教会員牧師のジェファーソン・アダムズは末期癌だった。妻を亡くしてから頻繁に顔を出すようになった友人のビリーが仕入れてきた、ジャマイカ風にシガレット・ペーパーで巻いた細いマリファナ煙草をやるようになってしばらくたつ。もはやハイになることはないがそれは二人だけの儀式になっていた。

    渚に打ち上げられて次第に腐敗してゆくタイセイヨウセミクジラの死骸を前に、実子ではなく養父母を喜ばせるために牧師職を継いだ、実は無神論者だというジェファーソンの死後を憂うビリー。彼はミイラのように痩せこけたジェファーソンを乗せ船をこぎ出す。そんな二人の前に巨大なクジラが現れる。クジラの眼に見つめられた二人は共にある決意を抱く。本当にアメリカ人は、プレスリーの双子の兄弟の話が好きなんだな、と実感される一篇。

    開いた窓から見えるのは、肘掛椅子に腰を下ろし新聞を読む男と壁際に置かれたピアノを戯れに弾く女。その間には天井まで届く暑いドアがある。スティーヴン・キングは、これだけの材料からいかにもモダン・ホラーの巨匠らしい、淡々として怖いホラーを仕上げてみせる。ドアの向こうから「どすん」という音が聞こえてくる。それを嫌がる妻に対し、夫の方は新聞のマンガの話で気をそらせる。ディック・トレイシーだ。そのうち泣き声が混じる。夫は妻にピアノを弾くよう勧める。「音楽室」には何があるのだろう。

    粒よりの佳作が目白押しのアンソロジー。人によって好みはちがうだろうが、誰でもお気に入りの作品が必ず入っている。エドワード・ホッパーを知らない読者は、きっとこれを機会にファンになるはずだ。「コッド岬の朝」という一枚の画には物語がついていない。高名な作家が書けなくて返してきたらしい。物語は「読者に書いてもらいましょう」と担当者は言う。あなたなら、どんな物語を書くだろう?

    • sifareさん
      abraxasさん、こんにちは~
      いつもレビューを楽しく読ませて頂いております。その中で特に自分にとっての色んなきっかけになったレビューに...
      abraxasさん、こんにちは~
      いつもレビューを楽しく読ませて頂いております。その中で特に自分にとっての色んなきっかけになったレビューにいいねさせていただいておりますが、例えばこの「短編画廊」は購入決め手となりましたw私はレビューはそんなに書かない(書けない)タイプですので、どうぞお気遣いなくお願い致します。お時間を取って頂き恐縮しておりますので(^^)有難うございました。
      2019/10/03
    • abraxasさん
      sifareさん、こんにちは。
      コメントありがとうございました。いつも読んでいただいてありがとうございます。
      エドワード・ホッパーの画が...
      sifareさん、こんにちは。
      コメントありがとうございました。いつも読んでいただいてありがとうございます。
      エドワード・ホッパーの画が気に入ってもらえるとうれしいのですが。レビューで紹介しきれなかったものの中にも、いい作品が多かったので、きっとお愉しみになれたものと思います。これからもよろしくお付き合いください。
      2019/10/03
  • エドワード・ホッパーの絵をテーマにしたアンソロジー。著者によって作風が全く異なるが、ミステリ多めの17篇。

    〝キャロラインの話〟、〝海辺の部屋〟、〝夜のオフィスで〟が好み。
    ボッシュシリーズのマイクル・コナリー、ジェフリー・ディーヴァーやスティーブン・キングの短篇を読めたのもミステリ好きとしては嬉しい。

  • 恥ずかしながら私自身は本書を読むまで作品と名前が一致していなかったのだけれど、米国では誰もが知る巨匠エドワード・ホッパー。
    様々な作家の作品からなる『短編回廊』とは違って、一冊丸ごとエドワード・ホッパーの絵画から紡がれた物語はどこか懐かしく、登場人物とはこれまでもドラマや映画、小説などで出会っていたような不思議な既視感と絵そのものから漂う危うい気配にゾクゾクした。おもしろかった!

  • 編集者ローレンス・ブロックが選んだエドワード・ホッパーの絵について、旧知の作家に短編を依頼。作品はどれも2016年に書かれている。

    「夜鷹ナイトホークス」マイクル・コナリー 
    シカゴ美術館にある「NIGHTHAWKS」(1942作)という絵についての「夜鷹ナイトホークス」という短編。ボッシュが出てくる。ここに出てくるボッシュは1人で少女を見張って、雰囲気がフィリップ・マーロウみたいだった。なかなかよかった。

    シカゴ美術館にある「NIGHTHAWKS」の絵の前でしきりにメモをとる少女をボッシュは見張っている。絵の前にある長椅子の端に少女は座り、一方の端にボッシュが座ると、その間に引率された日本人高校生3人がすわる、などという場面がある。
    少女に気づかれ、あなたはこの絵の中の誰? と問われ、一人奥を向いてる男かな、と答える。
    シカゴの寒さに慣れていないボッシュ、少女、そして依頼人は少女の父であることなどが明かされる。

    後半でボッシュの現在の立場が明かされ、私立探偵になってまだ日が浅く、ロス市警をやめてから1年にもなっていなかった、とある。

    フランク・モーガンが「ララバイ」を演奏しているのを聴くと仕事がはかどる、というか所もあり、「ヒーローの作り方」で明かされた、マイクル・コナリーの言葉を思い出し、ああ、出て来たとうなずいた。

    コナリーはボッシュ・シリーズ第1作を書いている途中で、この「ナイトホークス」の絵を知り、作品の最後にこの絵を登場させた、とある。
     
    表紙は「HOTEL LOBY」1942
    「その出来事の真実」リー・チャイルドが書く。


    「ROOM IN NEW YORK]1932作 では
    スティーブン・キングが「THE MUSIC ROOM」を書く。
    これはキングらしい、残酷ホラー。 部屋の一室で男は新聞を読み、女はピアノに手をあてている。奥には別な部屋に通じるドアがみえる絵。このドアの奥からドスンという音が聞こえてくるのだ。

    2019.6.17第1刷 図書館

  • 20世紀を代表するアメリカ人画家の一人であるエドワード・ホッパーの作品は、写実的だが郷愁を感じさせるタッチ。現代的な孤独感。描かれる人物の物憂げな表情。ありふれた構図なのだが何故か惹かれるものがある。
    そんな魅力に惹かれる作家も多く、この本の編者であり著者の一人が、これまたアメリカ探偵小説の雄ローレンス・ブロック。ホッパーの作品から発想された短篇小説を創り出すというアンソロジーの企画に賛同したのは、彼と交友関係のある多彩なアメリカ人文筆家達。
    18枚のホッパーの作品に、ブロックを含め、17人の作家が描く17編の短編は、ミステリー、サスペンス、ハードボイルド、スパイモノ、ホラー、ヒューマンドラマ、コンゲーム、ラブロマンスと幅広いジャンルの作品が揃う。
    翻訳陣もニクイ。スティーブン・キングには白石朗、マイケル・コナリーには古沢嘉道と、過去に夫々の作家の翻訳を手掛けた人を起用している。
    贅沢な一冊。
    個人的にはロス市警を退職し私立探偵となったハリー・ボッシュが登場するマイケル・コナリーの『夜鷹 ナイトホークス』が一押し。

  • エドワードエドワード・ホッパーの絵を題材にした短編集。
    絵と物語を楽しめる。
    「オートマットの秋」「牧師のコレクション」「音楽室」が面白かった。

  • アメリカのホッパーの17枚の絵画にインスパイアされた物語を17人の作家が其々紡ぐと言うアンソロジー。一編が短いので、どこからでもすぐ読めるし、絵を見ながらどのように物語を膨らませるか、どんなストーリーになるか想像するのもワクワクする。一石三鳥くらいに楽しめた。

  • 作家17人による「画家エドワード・ホッパーの作品を主題にした短編」アンソロジーなので、さまざまな文体・内容の作品がおさめられているのだが、全体として強烈に【アメリカ】を感じた。
    行ったことのない国だが、長く暮らして骨を埋めるのはつらいかもしれないな・・

    それぞれに印象的でしたが、なかでも『海辺の部屋』『夜のオフィスで』が好きです。どちらも本質として慈愛をかんじる美しい話でした。
    好き、とは違うのですが『音楽室』はぎゅっとつまって短く、きりりと怖く、よかった。

  • エドワード・ホッパーの絵画から生まれた十七の短編。
    それぞれ全て異なる作家の手によって物語が編み出されており、短編好きも、絵画好きも、うまく取り込まれてしまう。
    正直なところ、絵画を眺めているだけでも楽しい。
    絵画は、18枚修められている。一枚は、読者が自分で話を作ってみてね、という序文の心憎さよ。
    翻訳物なので、独特のクセがある。
    決して変な日本語ではないし、つまらないわけでもない。
    翻訳者も12人(贅沢!)いるので、この翻訳者だと合わない、といったことがあるわけでもないのだが、やはり「ニュアンス」「空気」という見えないものを取り入れることは、難しいのだろうか。

    「キャロラインの話」はある老婦人の物語だ。
    視点が変わっていくところ、また、老婦人の秘密がポイントだ。
    老婦人の心の中にあったしこりは解消されただろうか。また新たなしこりを生んだだろうか。
    願わくば、ハッピーエンドに、と思うが。
    家族の問題は近しいだけに問題も起こりやすいことも、必ずしも皆が幸せにはならないだろうという、ざらついた余韻の残る物語であった。

    「映写技師ヒーロー」
    映写室にいる、少し引っ込み思案な男性の物語。
    いかにもアメリカらしい展開だ。
    小さな映画館にみかじめ料を求めてやってきた男たちから映画館と、経営者と、受付嬢を守るため、映写技師は立ち上がる。
    でも、その「誰かのため」は表に出ることなく、消える。
    そしてまた日常に戻る。
    アメリカらしい解決方法だが、アメリカンヒーローらしからぬヒーロー。
    いや、スーパーマンも普段は冴えない、んじゃなかったっけ。
    だとすれば古典的なヒーローがここにいる、のかもしれない。

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著者プロフィール

ローレンス・ブロック Lawrence Block
1938年、ニューヨーク州生まれ。20代初めの頃から小説を発表し、100冊を超える書籍を出版している。
『過去からの弔鐘』より始まったマット・スカダー・シリーズでは、第9作『倒錯の舞踏』がMWA(アメリカ探偵作家クラブ)最優秀長篇賞、
第11作『死者との誓い』がPWA(アメリカ私立探偵作家クラブ)最優秀長篇賞を受賞した(邦訳はいずれも二見文庫)。
1994年には、MWAグランド・マスター賞を授与され、名実ともにミステリ界の巨匠としていまも精力的に活動している。

「2020年 『石を放つとき』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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