ひそやかな花園

著者 :
  • 毎日新聞社
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  • Amazon.co.jp ・本 (296ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784620107561

感想・レビュー・書評

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  • 輪郭の淡くなった父の
    姿がとつぜんくっきり
    よみがえりました。

    それも見たはずのない
    私が産まれたそのとき、

    病院の待合に座るまだ
    若かりし父の姿が。

    ちょっと頼りないその
    懐かしい目元に、

    その喜びと緊張の入り
    混じった表情に、

    涙が溢れて止まらなく
    なりました。

    記憶の底に沈んでいた
    優しかった父の記憶が
    数珠繫ぎで思い出され、

    なんでいままで忘れて
    いたのか不思議なほど
    思い出され、

    きっと父が亡くなって
    一番泣いたと思います。

    愛情表現の不器用な父
    でしたが私はやっぱり
    愛されていたんだなと。

    私は雪の降る日の早朝
    に産声をあげました。

    病院の待合でそのとき
    を待つ父の姿なんて、

    実際にはなかったかも
    しれません。

    でも確かに見えました。

    若かりし父が私の誕生
    をいまかいまかと待つ
    姿が・・・

    文句なしの星五つです。

  • 面白過ぎて一気読み。
    精子バンクのドナーを頼って生まれた七人の子どもたちとその親の、葛藤とそこからの再生を描いたお話。
    何の情報もなく本を手に取ったからこそ、あのキャンプは何だったのか、ということがわかった時は驚いた。途中途中で重いシーンもあるのだけど、最後の読後感はスッキリで、読んでよかった。
    将来子を持ちたい、と私自身思っている以上、子供ができないという焦燥感や切実な思いというのはどうしても人ごとに思えなかった。

    読んでいる時ずっと、イライラしてしまっていた紗有美が書いた精子のドナー(DNA上の父親)への手紙が忘れられない。
    下はその一部、自分の記録として残しておきます。

    「ねえ、おとうさん。波留はもしかして、あのスピーチを私にしてくれたのかもしれない。自意識過剰だけど、でも、私、波留に言われたように思ったんです。『サーちゃん、ホテルに閉じこもっているのはもうやめて、そろそろ出ていったら?』って。
    『そこに居続けたら、明日も、世界も、ずっとこわいまんまだよ。怖くなくしてくれる素晴らしいものに、会う機会すらないんだよ』って。それでねお父さん、私昨日、思ったんです。
    もし私が居なければ、あの美しい歌も、素敵な式も、聴けなかったし見られなかった。私が居なければ存在しなかったことになります。だから、私、私が居てよかったって初めて思った。だって昨日見たものは存在したのだから。だから、あなたにはやっぱり、お礼を言いたい。
    会ったことのないあなた、私の世界を創ってくれて、ありがとう。おとうさんって、もう二度と呼びません。呼ばなくても、もう大丈夫だから。」

  • これ、何となく読み始めただけだったのに、予想外におもしろかった。

    大事なのは、どう生まれたかではなく、どう生きるか、なんだな。

  • 幼い頃の夏のキャンプの記憶。
    AID(非配偶者間人工授精)で生まれた7人の子ども達と家族のその後の人生。
    <樹里 弾 賢人 紀子 紗有美 雄一郎 波留>

    AIDは、そこに至るまでの事情は人それぞれに異なるし、当事者にとっては、ものすごくデリケートな問題。

    川上未映子さんの「夏物語」も素晴らしかったけれど、角田光代さんも、子どもの立場、妻の立場、夫の立場、第三者(医療従事者や作家や精子提供者)、たくさんの視点を集めて、ただの悲劇にならないように、誰もに希望が持てるように、よくここまで巧くまとめたなと拍手を送りたい。

    賛否両論あるけれど、本当に子供が欲しい人にとっては、AIDは救いの神であることには間違いない。
    また、こういう特殊な境遇の出自を抱えた家族同士でないと、理解し合えないこともある。
    子ども達と輝かしい夏のキャンプを手にした幸せは、本当に楽園そのものだったと思う。
    次第にその楽園が形を変え、幻となっていったとしても。

    中盤では、もう出口が見つからないような、救いようのないようなくだりもあったけれど、そこから、光の糸口を手繰り寄せてくる感じが本当に素晴らしい。

    始終、紗有美に対する描写がとても悪意に満ちていて、とてもぞっとさせられたけれど。
    でも、きっとこの紗有美こそが一番の主人公で、彼女のこれからの運命こそが、”救われる”存在なのかもしれない。

    「(略)どれも子どもがいないからできることだけど、でも、子どもがいても同じ充実は得られたとは思う。だから、おんなじだよ。いたとしても、いなかったとしても、ただ、生きなくちゃならない自分の人生がある、ってだけ」

    「(略)きみが見るもの、きみが触るもの、きみが味わうもの、ぜんぶ人と違う。きれいごと言ってるんじゃなくてさ、事実。聖職者には彼の世界があって、犯罪者にだって彼の世界がある。ぜんぶ違うから、面倒もあれば悲劇もある。きみがいなければ、きみの見る世界はなかった。それだけのこと。(略)だれの世界とくらべて欠落なんだ?」

  • 登場人物達の出生の悩み、子供が出来ないことへの悩み、自分が普通とは違っていることへの悩みにいろいろ共感しました。
    “きみが見るもの、きみが触るもの、きみが味わうもの、全部人と違う。きみがいなければ、きみの見る世界はなかった。だれの世界とくらべて欠落なんだ?”
    セリフは省略して書きましたが、当時
    人間関係がうまくいかず、自分も周りと比べて欠落しているんじゃないかと思っていた時にこの本と出会い、このセリフに泣いてしまいました。私は私のままで生きていていいんだと後押しされた気分でした。

  • 一歩踏み出すこと。
    そしてその結果を引き受け、乗り越えてゆくことの大切さ。
    そんなメッセージが込められた本です。

  • イッキ読みでした。

    小さい頃、親たちが連れて行ってくれたキャンプ。
    ある日突然行かなくなり……。

    最初は、そのキャンプに来ていた子達一人一人の話で展開していき、成長してみんなに会いたいとなるのですが、それと同時にそのキャンプの謎も解明されていきます。

    テーマは、どう生まれたかより、どう生きるか?

    じゃないかなと思います。

    どんな方法であれ生まれたからには生きなければいけない。

    そんな話だと思います。

  • 自分とは全く重なるところのない登場人物たちの気持ちを、これ程強く感じる事ができたのは角田光代さんの筆力だなぁ…
    いい話ではないけど、読んで良かったと思える話。

  • 毎年の夏、高原の別荘に子供たちとその親が集まっていた。大人になった子供たちはうっすらとその記憶を持っている。とても楽しかった数日間のキャンプ。なんであのように集まっていたのだろう。そして、なんであのときから、そのキャンプにいかなくなったのだろう。それを探すうちに思いもしなかった過去が現れてくる。

  • 非配偶者間人工授精(AID)で生まれた子どもたちと、生んだ親たちのアイデンティティの物語。恐らくメインテーマは家族の在り方だけれど、私には以下のように響いた。

    AIDで生まれたという特別な環境の子どもを描写しているけれど、そこに描かれる心情はどんな生まれ育ちの人でも同じく持つものだと感じた。自分を空っぽに思う気持ちや、相手との不幸比べを心の中で繰り広げ安堵を探す気持ち、人と違って何かが自分には欠如しているのかと疑う気持ち…ネガティブな気持ちを彼らは特別な出自のせいにする。でもそれは違うと、同じく特別な出自の旧友の存在や発言から気づかされる。
    読者も同じく気づかされる。ネガティブな気持ちを何かのせいにして、身動きが取れなくなっている自分に。AIDを主題としながらも、人間に共通した心の弱さを学ぶことに重きを置くべき作品。

    これを効果的にしているのは、章毎にクローズアップする登場人物を変え、多角的な視野で読者に物語を見せている点だけではなく、その登場人物たちを自分を律している人とそうでない人に、明確に分けている点だろう。それぞれの登場人物みんなに陰と陽が内包されているのではなく、波留は陽寄り、紗有美は陰寄りといったように、人物に役割がある。読者は自分の中の紗有美的な部分を直視させられ、波留の歌に救われる。

    重たいテーマに加え、僻みや意地悪な心も見えどっしりとしているが、ラストは救いに向かって進み、温かみも感じる気持ちの良い作品です。

著者プロフィール

1967年神奈川県生まれ。早稲田大学第一文学部文芸科卒業。90年『幸福な遊戯』で「海燕新人文学賞」を受賞し、デビュー。96年『まどろむ夜のUFO』で、「野間文芸新人賞」、2003年『空中庭園』で「婦人公論文芸賞」、05年『対岸の彼女』で「直木賞」、07年『八日目の蝉』で「中央公論文芸賞」、11年『ツリーハウス』で「伊藤整文学賞」、12年『かなたの子』で「泉鏡花文学賞」、『紙の月』で「柴田錬三郎賞」、14年『私のなかの彼女』で「河合隼雄物語賞」、21年『源氏物語』の完全新訳で「読売文学賞」を受賞する。他の著書に、『月と雷』『坂の途中の家』『銀の夜』『タラント』、エッセイ集『世界は終わりそうにない』『月夜の散歩』等がある。

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