- Amazon.co.jp ・本 (256ページ)
- / ISBN・EAN: 9784620107714
感想・レビュー・書評
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海の人になりなさい。そしたらもう自由に世界を見る事が出来るのです。貴方のお父さんが愛した、あの海に。
感情を白で表すと、そこには一点の穢れも色もつけさせぬ神秘がありました。貴女は確かに強き母であり続け、小さきものは高みを目指す。私は。私は何で在り続ければいい。
一切の濁りの無き感情に、透明な涙が真珠の様に産まれては消える。風が生命を攫っていく。お逝きなさい。何処までも、空高く。風に乗り、白き雲になり、赤い鳥となって。貴方がそう、望んだ世界へ。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
ミトンさんは黒髪のおかっぱと書いてあったけど、私の頭の中には常にムーミンのミィがイメージされていた。
最後のほうに出てきたミトンさんの仲間?はお団子頭って書いてあって、やっぱりミィじゃん!って思った。 -
現実とも言い切れない不思議な世界観のお話。
普通の感覚で言えば”幸せ”とは言えない人が多くでてきますが
ただ悲しい、辛い、では終わらないお話です。
読んでいくと直接的に励ましたり元気つけたりする
言葉はないように思えるのになぜか心にじんわりしみるような気がします。
感想もずいぶん抽象的になってしましましたが
私の解釈ではここまでが限界です。 -
大切な“小さい人”。離れてゆく恋人。眠り続ける赤ん坊。迷える私たちの前にあらわれた、身長50センチのおばあさん。今日も幸せでありますように―東直子が贈る、愛しい人々の物語(「BOOK」データベースより)
やわらかくあたたかく、大きなものを描くお話。
とっても東さんらしくて、これ、好きだなぁ。
「放り出すのも、勇気がいるよ。目の前で、息してるんだから」
「そうよね、目の前で息してたらね」
「ミトンさん、すてきー。すてきに重いー。すてきに抱きつくー」
「今、ここにいてほしいのに、いない。いないと、いいも悪いもなくて、ただ、いない人」
ただ、じりじりと待つばかりの日々。自分ではさわれない場所で変化は起こっている。核心にさわれない苦しみ。
「世界は目に見えてるものたった一つじゃないよ。一人の人間の感覚で捉えられる世界っていうのは、世界のほんの一部なんだ。人によって感受できるものが違うから、一人ひとりの世界は違うんだ。一人の人でも、どんどん世界は変わるんだ。感受できるものが、生きているうちにどんどん変わるから」
「愛は、声に、出さないとね」
今の自分の心に響く言葉もたくさんありました。
今、この時に、この本に出会えてよかった。
ミトンさんたちの歌もステキだったので覚書。
はだしのそこにしらせをうけて
まいまいかぶりあたまにかぶり
おもいのたけはひとりのもので
ひとりのものはきえてなくなる
うまれてくるよおなじからだで
みてきたことをはなしておくれ
しってることをもやしておくれ
ひとりのみずはぜんぶながれる
ほのおのいろははじめてのいろ
くらいけしきでみみをひらいて
おまえのくちはほしをつなげる
ねむらないかおゆびにからまる -
ものであふれ返った一人暮らしのアパートから、親戚のミキヒコ叔父が海外に行っている間に暮らしてもよいと引き渡された大きな一戸建てに引っ越した茜は、その家の床下で「ミトンさん」に出会う。
ミトンさんは身長50cm、赤い服を着ている老婆だ。果物が大好物で、すぐに眠ってしまう。
奇妙な存在のミトンさんに、なぜだか茜はすんなりと慣れてしまい、不思議な共同生活がはじまる。
ミトンさんと暮らすことによって、頼りない彼氏との関係がぎくしゃくしはじめたり、ずっと連絡をとっていなかった友人との関係が再びはじまったりと、茜の生活は今までと異なった顔を見せる。
ミトンさんは役に立つわけでも癒されるわけでもない存在だけれど、憎めず、愛らしい。 -
『薬屋のタバサ』ほどの衝撃はないけれども、
和やかに不思議で良い読書でした。
(タバサを衝撃的とか受け止めるのもおかしいのかもしれないけど・・・) -
まるでスタジオジブリの映画のようなお話。床下に住む体長50センチほどのおばあさんのミトンさん。タイトルだけではよもやこのような話だとは想像も出来なかったけど、ほっこり心暖かくなるなかなか素敵な本だった。ただ、庄司君だけは嫌いだなぁ。なんであんな酷い事されてより戻しちゃうんだよアカネ!って主人公にも苛々。みほさんのふわふわしているように見えて心に大きな悲しみを抱え込んでいる感じが何だか好きだった。アカネはまたいつかミトンさんに会えるかな。2011/495
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ミトンさんが頭のなかで
ムーミンのミィだった(。・・。)ノ
いらいら、ふわふわ