冷血 (上)

  • 毎日新聞社 (2012年11月30日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (312ページ) / ISBN・EAN: 9784620107899

感想・レビュー・書評

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  • フィクションでありながらノンフィクションを読んでいるような気分にさせられる小説である。
    とにかく描写が細かくリアリティにあふれる。
    これだけ事細かく書くためにはどれほどの綿密な取材をしているのだろう。想像するだけで気が遠くなる。

    高村薫の作品は「李歐」以来で本作が2作目。
    「李歐」はもっとドラマティックで息をつかせぬ展開だったような記憶があるが、本作はどちらかと言うと淡々と語られる。
    犯人側になった事件の顛末と警察側の捜査状況が事細かに描かれている。上下二段組みのうんざりするほどの長さだが、決して飽きさせるようなことはなく気づけば上巻が終わっていた。

    資産家のエリート歯科医師夫婦とその子供たちの生活と、底辺を生きている犯人達の生きざまの対比が印象的。
    本来ならば全く交差するはずのない両者が、惨殺事件の被害者と犯人と言う形になって交わる。
    犯人の動機は一体何なのか、疑問を呈する形で上巻は終わっている。

    早くも下巻を読み始めた。
    ☆5つにするか最後まで迷ったけれど、最終的な結論は下巻にて。

  • 上下ニ段組みの本である。
    故に、長い。読み応えがあり過ぎる。
    ニ段組みの本なんて、いつ以来だろう?
    高校時代に読んだカッパノベルズの高木彬光以来か? 
    はたまた祥伝社ノンノベルズの平井和正ウルフガイシリーズであろうか。
    いずれにせよ、文字の小ささとページ一杯に詰まった字の多さで読むのに最初苦労した。
    が──。
    この本、評判どおりに面白い。

    冒頭は中学生女子高梨あゆみ目線での語り口で始まる。
    その彼女が十三歳、子ども以上、メス未満になった誕生日の朝の感想である。
    そこから場面は一転して、彼女とは全く関係のない前科者、戸田ヨシオの語り口になる。
    冗長すぎるほど、細かい日常や心理描写が続くのだが、この記述が何故かけっこう飽きない。
    この男はいったいなんなのだ? と興味が湧いてくる。
    これからどうなるの? って感じだ。
    そしてもう一人の男、井上カツミの登場。
    こやつがまた、得体が知れない。やることなすこと何も考えていない。
    これをしたらどうなるのか? なんて全く意に介さない。
    ヤクでもやっているのか? 本能のまま行動する。
    ひょんなことで、戸田と井上が合流し、ハチャメチャな犯罪をし始める。
    その延長線上に、最初の登場人物である高梨あゆみが突如引っ掛かってくる。
    三人の視点が容赦なくあちらこちらへと飛ぶので、少し読みにくい。
    で、そこから悲劇が起こる。一家強盗殺人事件。
    強盗殺人事件なわけだから、単純に面白いなどと書いてはいけないのかもしれないけれど、面白い。
    ページをめくる手がどんどん早くなる。
    しかも殺人には深い動機などなく、「いやあ邪魔だったからついみんな殺しちゃってよお」てな按配なのだ。
    いったいどうなっていくのだ、この物語は?
    というところで、上巻は終了してしまう。

    まったくもって、罪作りな本だ。
    私の予約ミスのせいで、上下巻の連携がうまくいかず、下巻はなんと50人マチである。
    何ヶ月先になることやら……。
    頼むから20冊ぐらい購入してくれよなあ図書館どの、と祈るような気持ちだ。
    本屋で思わず新刊を買いたくなるほど、早く続きが読みたい。

    • vilureefさん
      え~、上下二段組みなんですか・・・(^_^;)
      私も図書館予約中ですが上下セットで予約してしまいました。
      ソロモンの偽証はバラバラで予約...
      え~、上下二段組みなんですか・・・(^_^;)
      私も図書館予約中ですが上下セットで予約してしまいました。
      ソロモンの偽証はバラバラで予約してくださいと言われましたが、この本はお咎めなし。
      あー、でも読み切るかな。
      ちょっと不安になってきました。
      でも楽しみです(^_-)-☆

      ちなみに私の利用図書館、田舎のせいなのか、ネット予約不可のせいなのかこの本も予約5人位しか待ってません(^_^;)
      2013/02/04
    • koshoujiさん
      vilureefさん、コメントありがとうございます。
      上下二段組みで、かなり文字数が多いです。
      最初のほうは視点がポンポン変わるので誰の...
      vilureefさん、コメントありがとうございます。
      上下二段組みで、かなり文字数が多いです。
      最初のほうは視点がポンポン変わるので誰の話か分かりにくい面もありますが、
      途中から悪役二人のキャラと行動が興味深くて引き込まれます。
      ですので、二巻同時でも読みきれると思いますよ。
      とにかく、上巻を読み終え、犯人も事件の詳細も呈示されているのに、この後、分厚い下巻でどうやって話をつないでいくのかが気になって仕方ありません。
      ああ、早く下巻が読みたい!!
      2013/02/05
  • 「むしゃくしゃしてやった。誰でもよかった」という言い回しを、近ごろ犯罪報道などで時々耳にする。

    これはある程度(警察側の)決まり文句で、被疑者がその通りの単語をしゃべったとも思えないのだが、犯行の動機としてわかるような、わからないような、宙ぶらりんな印象を受ける。

    この小説は、その辺の曖昧さをえぐろうとする。

    ネットを通じて相方となった見知らぬ同士の2人組が、歯科医夫婦と子供の4人を強殺する。

    (最初は犯人像そのものがつかめない、ネット社会の闇を描くのかと思ったら違った)

    2人は、犯行およびその後のずさんな行動のゆえほどなく逮捕されることになるが、調べが進んでも動機や殺意が一向に明らかにならないのだ。

    小説は、調べの様子や調書をたんねんに描き出して行くが(その特異な文体を思う存分書こうというのが、例によって作者のもう一つの動機かも)、犯人の答えは「わからない」とか「なにも考えていなかった」に終始する。はぐらかしたり嘘を言っているのではなく、そうとしか説明しようがないらしかった。

    犯罪(起訴事実)を構成するためには、明確な動機や殺意の有無が必要だという。確かに我々も、なにか事件報道があった時にそういうストーリーがあれば安心する面がある。

    しかし、言語がそもそも意志や感情のごくわずかの部分をシミュレートしたものにすぎない以上、それが動機や殺意すべてを表せるはずがない。

    ある動機があったとして、それをたとえば「α」とする。

    だが言語に引き写した時点で、それは「α」辺縁のもやもやしたものが削り落とされ、結果的に「a」や「A」という、少し違った形しか表していないかも知れない。

    「α」を「α」と表しうる、外形的な明確さというものが果たして存在するのか? その辺をあぶり出そうというのが小説の主題のようである。

    これは例の合田雄一郎シリーズの最新刊。

    犯人に相対する主人公は、例によって「考え過ぎの虫」のキライはあるが(刑事には向いていないのでは、と思われる(笑))、突き詰めて考え過ぎると答えがなくなる、ある意味人間存在の不如意をよく表現していると思う。

    後半は地味な問答が続くが、面白かった。

  • 犯罪者たちの思考にあいた穴ぼこと、国道沿いのすかすかの風景。人々の暮らしを隔てる階層格差と、警察という組織の行動。作者が膨大な言葉をつくしてこれらを描写するのは、これら荒涼や不毛というものを、「要点をまとめて」表現してしまうことで、その実体から外れてしまうということなのだろうか? 下巻の犯行動機をめぐる章への助走であり、どこにたどりつこうとしているのかわからない犯罪者たちの行き当たりばったりの彷徨や、通報から始まる捜査手順の一部始終を精密にただただ追っていく描写が続くのだが、圧倒的なディテールが面白く飽きない。

  • 前半の登場人物ひとりひとりの細かすぎるくらいの心理描写の積み重ね。
    一転して後半の合田雄一郎を始めとする刑事たちの捜査状況の時系列を追った丹念な書き込み。
    一見ムダにも思える描写の積み重ねが物語にリアリティを感じさせる。
    これぞ高村薫の真骨頂。
    今はただ早く下巻を読みたいっ!!

    それにしても…
    他の作品でも感じたことだけど、どうやって取材していくんだろう。
    井上のパチスロ打つシーンや戸田のとっさにGT-Rを値踏みするところとかリアル過ぎる。
    毎度のことながら隅から隅まで手抜きの無さに感服。
    さすがは高村薫としかいいようがないわ。すごい。

  • 高村さんといえば、その昔「マークスの山」「レディージョーカー」で「このミス」第1位になり、私の作品をミステリーという枠で、ひとくくりにしてもらいたくないとかなんとかで、その後はその選定に合わないように作品の発表の時期をずらしたり、また本当にミステリー要素のない、哲学的な作品になっていき、しばらく遠ざかっていた・・・

    今回は私の好きな高村作品で、しかも合田雄一郎シリーズだ。
    私は「レディージョーカー」以来、15年ぶりだそうだ。
    15年たつと人間も、変わるし合田の変化もおもしろい。
    その当時は、いつも真っ白のスニーカーで、家庭も顧みない事件一筋の男だったのに、今回の合田はなんと、野菜作りが趣味なのだ。
    早朝4時に起きて、共同農場の作物の収穫などを手伝ってから、仕事に行く。
    時には、肥料のにおいが手に染みついていたりする。びっくり! 定年後の趣味のためという普通のその辺のサラリーマンと同じじゃない。人間くさい合田さんである。



    とまれ、話は進んで、後半「下」に続くのでありますが、段取りが悪くまだ順番が回ってこないのです(しくしく)

  • 第一部は三者の視点で語られる。
    多感な少女と、何かが麻痺している若い男二人。

    どちらも互いの人生が交錯することなど想像もしていない。いや、上流家庭の少女にとって「不良」とはせいぜい大人ぶった同級生くらいで、本当に刑務所を出た男のことなど認識の外だろうし、底辺の男たちにとっても実際の上流家庭は「階層が違う」世界の話である。

    読者には両者が事件の「被害者」と「加害者」として遭遇するとすぐにわかるのだが、初めは何も考えていなかった加害者が「偶然」被害者を認識し、不幸な結末へのカウントダウンが刻々と進んでいく緊張感が息苦しい。

    事件は第二部で決着したように見えるが、下巻がある。
    何が出てくるのか、事件に対してぼんやりと抱いている安堵感が根底から崩壊させられる不安感しかないのだが、読みたくないのに読まざるを得ない気持ちになっている。

  • 虫歯のこととか、暴走族、パチスロ、健康ランド、コンビニ、躁鬱、もちろん警察の捜査の仕方とか組織。あいかわらず細かく取材や調査をしている。
    第一章 事件
    前科者の二人が出会い、衝動的にATM強盗(失敗)、コンビニ強盗(成功したがはした金)、空き巣(失敗)を繰り返していく様が時系列に。
    最終的に皆殺しにされる一家の日常が13歳の長女の視点で書かれる。13歳少女、所詮たいしたことないと思いつつ、未来への希望と恐れ。まだまだ子供な弟。親にも気を遣う(私は使ってなかったが)。
    ここで一家惨殺の詳細が書かれるのかと、びくびくしながら読み進めたが、そんな作家さんではない。
    第二章 警察
    時間になっても出勤しない歯医者を不審に思い、関係者が自宅まで。事件発覚。合田さん登場。野菜作ってて朝4時起きの毎日らしい。野菜すか。
    夫妻はダイニングあたりで待ち伏せされて鈍器で殴られ(音はしなかった模様)、子供たちは寝ているところを鈍器で殴られ、電気毛布にくるまれ。警察が見た事実のみ語られる。
    緻密な捜査により、犯人にたどり着く。で軽く自供する二人。

    読む前は冷血ってさ、この二人のことなんだと思ってたのよ。そんなタイトルをつける作家さんではない。
    恐ろし気な下巻を読み進める。

  • 他の作家さんの長い話は割と好きな方なのだけれどこれはダメでした
    ストーリーとは直接関係なくても物語が膨らむような人物の内面とかはいつもは面白く読むんだけど今回に関してはこの部分必要?っと考えてしまって入り込めなかったです

  • 感想は下巻で

  •  死刑制度について議論するのに欠かせないというツイ友の勧めで読み始めたものの、殺人事件の加害者と被害者の日常を淡々と描写する最初の50ページで一旦挫折。というのも、一見幸せな歯科医一家の家族が惨殺される筋書きが読め、そのシーンを見たくなかったから、ジェットコースターが坂の頂上に上りきる前に下りようと思ったんです。僕、因みにホラー映画は嫌いです。
     それでも社会学者としての「義務感」で読み直し、殺人もそのプロセスはぼかしてあったので、何とかクリア。
     ただし、死刑廃止論者で知られる著者のポイントは下巻にあるので、この時点でレビューを書くのはとても難しい。犯人2人と被害者の生い立ち、警察内部の確執などがてんこ盛りの印象。
     面白かったのは、犯人が首都圏をぐるっと回る国道16号線に沿って移動し、沿線のコンビニ、ファミレス、スロット店、温泉ランドを利用する様子が、この間読んだ「ファスト風土化する日本―郊外化とその病理」の描写と重なること。地名で言うと、町田、相模原、八王子、福生、入間、川越、春日部、柏、千葉あたり。本の中でも、町田はのっぺらぼうな、個性のない街として描かれている。
     たぶん加速度がつく下巻に期待。

  • とまれ、ってこの作家さん良く使うのな。。
    ともあれの略? 口癖のようで、何回出てくるのか気になるw。
    グタグタした描写が続き、読むのがつらい・・・。
    げ、下巻もがんばるぞー。半ば意地。

  • 高村薫は特別な作家だ。これほど濃密に描写できる作家はいない。
    その作家が「ことば」の限界を問う。

    カポーティの同名作と同様に理由なき殺人事件が舞台。

    捜査の過程で事件が再現されていく。それは調書であったり、論告求刑、弁論要旨、判決文だったりする。
    それらは事実を正確に表しているのか?

    主人公の合田は煩悶する。

    「ことば」で表される動機や犯意はすべてを表現できているのだろうか?
    もちろん裁判では「ことば」で表現できなければ、つまり出来事を文章化できなければ一歩も先に進めない。残された文章だけが事実として記録されていく。
    それは真実なのだろうか?
    敷衍して「人の存在意義」を説明することはできるのか? そも説明する必要があるのか? 説明できなければ存在意義も無いことになるが、そんなことはないはずだ。

    作者はインタビューで「私は人間が言葉ですべて説明できると思いすぎているのが気になっていました。ひとりの人間が罪を犯す、それによって人が死ぬ。それらを言葉で断定して理解した気になることに、もっと慎重になっていい」と語っていた。
    現代は「はじめに言葉ありき」の西洋文明の支配下にある。その根本に向き合う傑作だ。

  • 退屈だった。事件発生後から終わりまでが長い。残念。

  • まるで透明な瓶からアリの巣を観察するような、物事のある断面を書き表す高村節。今回は管轄署に立てられた捜査本部のしくみでしたね。まるで自分がその中の一員になったかのような現実感。そして被害者犯人の人物像の光の当て方。警察物が好きな人にはたまらないんじゃないかと思うんですが?
    長いのが嫌な人にはお勧めできませんが。

  • 歯科医一家殺人事件は、なぜ起こったのか・・・
    歯科医一家の日常や、犯行に及んだ二人の男の行動が淡々と描かれているだけなんだけれど、なんだか迫力がある。
    この、何気なく大した動機も無しにやっちゃうトコが、今時のリアルか。

  •  「合田は無事、日頃の実在的な警察という職務のこちら岸へと帰還することができるのだろうか?」
     と書いたのは、2009年の『太陽を曳く馬』のレビューでのことだ。
     そして、合田は無事、帰還してきた。この『冷血』という新たな高村文学の形を伴って。

     取り扱われるのは一家四人殺し、というどこかで聞いたような事件。しかるに、その事件に至るまでの章が長い。殺人犯となる二人の男の過程と、被害者となる四人の家族の過程とが、併行線を描いたまま、交わることなく語られる。日常というのは、この二つの線が交じるということがない現象のことを言うのだろう。淡々とした無関係な描写が、交互に語られることによって、それらの日常と、異常な事態に至る経緯とが、次第に研ぎ澄まされてゆくスリリングな感覚。

     それは、あくまでも不条理である。不条理そのものと言っていい。しかし、二人の犯罪者が鬼畜の殺人に至る経緯と、彼らと針の穴のような接点でだけ吻合される一家四人の悲劇的な運命とを、読者は歯噛みするような想いで読まされる。これを読まされることが、本作品の最大の意味合いなのかもしれない。

     となると主役は合田であって合田でなくても構わない。殺人者たちは、他のもっと殺人にふさわしい理由を持った人間たちであってもいい。被害者家族は、もっと殺されるべき理由のある人たちであってもいい。しかし、それらの不適合要素で成立してしまうのが、事件のリアリズムというものなのかもしれない。今までの虚構よりもずっと遥かにドキュメンタリー的な描写で通される本作品のすべてが、それらのあってはならない不適合を、そしてそれゆえに激しい爆発的要素を、際立たせる。

     もちろんトルーマン・カポーティの『冷血』”Cold Blood”に想を得た作品であり、オマージュでもあろう。高村があの傑作ノンフィクションに、小説家としてのこだわりをもってフィクションの側から挑んだこれは小説作りであったに違いない。小説家はときに現実に材を取り、ノンフィクションというジャンルへの挑戦を表明することがある。一方で、ノンフィクションでは描くことのできない何かを水面に浮上させるために、敢えて現実に素材を取りながらも小説という脳内作業による加工を経て、フィクションとして紡いでゆく、そんな流れで生成される作品も後を絶たない。

     高村薫は、ノンフィクションを描く手法により、この作品『冷血』というフィクションを作り出したのである。前作までの福澤家サーガに見られた文学志向をかなぐり捨て、あくまで具体の描写に徹する。人間という、解明できない謎をいくらでも含み得る存在を、抽象ではなく、不条理ではあっても、敢えて行為の表現によってのみ、描き出す。

     被害者側はシンプルに見える。加害者側は生きて追求される。それが、犯罪ノンフィクションの構造になるのかもしれない。少なくとも、まるで何かの偶然な事故のような、この手の出会い頭的な犯罪に関しては。事件も冷血そのものだが、この具象を連ねた小説作法こそが、何よりも冷血そのものである。

     神の視点によって睥睨される事件の全貌、といった究極の冷血さ。ノンフィクションの手法。高村らしからぬ具現描写による作法。それらの新機軸こそが、本作品の読みどころであり、高村ファンの新しい当惑でもある。そうしたいくつもの不穏な要素を孕みながらシンプルかつ、バイオレンスの極北が示される本書。まさに衝撃の力作と言えよう。

  • 読み始めは『マークスの山』のような路線に戻ったのかと思ったが、
    そんなことはなく、『冷血』というタイトルが似合う作品だと感じ入った。

    犯人は、所謂ありがちな道を外した若者で、「なんとなく」で生きている。
    被害者家族は、才能に溢れ、裕福で恵まれた幸せな家族である。
    ふたつの道は交わらないはずであった。
    犯人の場面でパチスロについて長々描写したかと思えば、
    被害者の場面で世界の違いを見せつける。
    この丁寧に描写される生活圏の比較に胸が痛くなる。

    後半の捜査の場面になると、合田が出てくる。
    福澤三部作を経て、諦めを抱き、それでも葛藤している姿が哀しい。
    警察内部も権力闘争なども緻密に描かれ、圧巻だった。
    下巻も楽しみである。

  • かなりシンプルで読みやすい。現時点ではちょっと読みやすすぎ、あんまり取っ掛かりがない。犯人の(ある種誇張された)軽薄さにも影響されてるが。下巻でどう展開していくか。

    大晦日、合田も含めてボブサップvs高山善廣戦見てるシーンめちゃくちゃ平和。

  • 久しぶりの高村薫先生。
    1章で普通の人の幸せな暮らしと、対極にいる利己的で暴力的な人間が交わりそうな気配を見せつつ、2章に入るところはワクワクしたなぁ。しかし2章に入ると、書きぶりが合田の目線はかなり少なめで、捜査報告書のように淡々と状況を描写するようになったので、動かされないんだよなぁ。これ、状況描写だから読み飛ばそー、と言うところが多かった。前編でここまで片付いて残があまり無いようだけど、後編に新たな何が出てくるのかしら?

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著者プロフィール

(たかむら・かおる)作家。『銃を置け、戦争を終わらせよう』(毎日新聞出版)、最近著『墳墓記』(新潮社)、『我らが少女A』(毎日文庫)など。

「2025年 『核と原子力の非人間性』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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