冷血(上)

著者 :
  • 毎日新聞社
3.63
  • (72)
  • (138)
  • (120)
  • (30)
  • (9)
本棚登録 : 1115
レビュー : 144
  • Amazon.co.jp ・本 (320ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784620107899

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
  •  死刑制度について議論するのに欠かせないというツイ友の勧めで読み始めたものの、殺人事件の加害者と被害者の日常を淡々と描写する最初の50ページで一旦挫折。というのも、一見幸せな歯科医一家の家族が惨殺される筋書きが読め、そのシーンを見たくなかったから、ジェットコースターが坂の頂上に上りきる前に下りようと思ったんです。僕、因みにホラー映画は嫌いです。
     それでも社会学者としての「義務感」で読み直し、殺人もそのプロセスはぼかしてあったので、何とかクリア。
     ただし、死刑廃止論者で知られる著者のポイントは下巻にあるので、この時点でレビューを書くのはとても難しい。犯人2人と被害者の生い立ち、警察内部の確執などがてんこ盛りの印象。
     面白かったのは、犯人が首都圏をぐるっと回る国道16号線に沿って移動し、沿線のコンビニ、ファミレス、スロット店、温泉ランドを利用する様子が、この間読んだ「ファスト風土化する日本―郊外化とその病理」の描写と重なること。地名で言うと、町田、相模原、八王子、福生、入間、川越、春日部、柏、千葉あたり。本の中でも、町田はのっぺらぼうな、個性のない街として描かれている。
     たぶん加速度がつく下巻に期待。

  • とまれ、ってこの作家さん良く使うのな。。
    ともあれの略? 口癖のようで、何回出てくるのか気になるw。
    グタグタした描写が続き、読むのがつらい・・・。
    げ、下巻もがんばるぞー。半ば意地。

  • 高村薫は特別な作家だ。これほど濃密に描写できる作家はいない。
    その作家が「ことば」の限界を問う。

    カポーティの同名作と同様に理由なき殺人事件が舞台。

    捜査の過程で事件が再現されていく。それは調書であったり、論告求刑、弁論要旨、判決文だったりする。
    それらは事実を正確に表しているのか?

    主人公の合田は煩悶する。

    「ことば」で表される動機や犯意はすべてを表現できているのだろうか?
    もちろん裁判では「ことば」で表現できなければ、つまり出来事を文章化できなければ一歩も先に進めない。残された文章だけが事実として記録されていく。
    それは真実なのだろうか?
    敷衍して「人の存在意義」を説明することはできるのか? そも説明する必要があるのか? 説明できなければ存在意義も無いことになるが、そんなことはないはずだ。

    作者はインタビューで「私は人間が言葉ですべて説明できると思いすぎているのが気になっていました。ひとりの人間が罪を犯す、それによって人が死ぬ。それらを言葉で断定して理解した気になることに、もっと慎重になっていい」と語っていた。
    現代は「はじめに言葉ありき」の西洋文明の支配下にある。その根本に向き合う傑作だ。

  • 退屈だった。事件発生後から終わりまでが長い。残念。

  • まるで透明な瓶からアリの巣を観察するような、物事のある断面を書き表す高村節。今回は管轄署に立てられた捜査本部のしくみでしたね。まるで自分がその中の一員になったかのような現実感。そして被害者犯人の人物像の光の当て方。警察物が好きな人にはたまらないんじゃないかと思うんですが?
    長いのが嫌な人にはお勧めできませんが。

  • 歯科医一家殺人事件は、なぜ起こったのか・・・
    歯科医一家の日常や、犯行に及んだ二人の男の行動が淡々と描かれているだけなんだけれど、なんだか迫力がある。
    この、何気なく大した動機も無しにやっちゃうトコが、今時のリアルか。

  •  「合田は無事、日頃の実在的な警察という職務のこちら岸へと帰還することができるのだろうか?」
     と書いたのは、2009年の『太陽を曳く馬』のレビューでのことだ。
     そして、合田は無事、帰還してきた。この『冷血』という新たな高村文学の形を伴って。

     取り扱われるのは一家四人殺し、というどこかで聞いたような事件。しかるに、その事件に至るまでの章が長い。殺人犯となる二人の男の過程と、被害者となる四人の家族の過程とが、併行線を描いたまま、交わることなく語られる。日常というのは、この二つの線が交じるということがない現象のことを言うのだろう。淡々とした無関係な描写が、交互に語られることによって、それらの日常と、異常な事態に至る経緯とが、次第に研ぎ澄まされてゆくスリリングな感覚。

     それは、あくまでも不条理である。不条理そのものと言っていい。しかし、二人の犯罪者が鬼畜の殺人に至る経緯と、彼らと針の穴のような接点でだけ吻合される一家四人の悲劇的な運命とを、読者は歯噛みするような想いで読まされる。これを読まされることが、本作品の最大の意味合いなのかもしれない。

     となると主役は合田であって合田でなくても構わない。殺人者たちは、他のもっと殺人にふさわしい理由を持った人間たちであってもいい。被害者家族は、もっと殺されるべき理由のある人たちであってもいい。しかし、それらの不適合要素で成立してしまうのが、事件のリアリズムというものなのかもしれない。今までの虚構よりもずっと遥かにドキュメンタリー的な描写で通される本作品のすべてが、それらのあってはならない不適合を、そしてそれゆえに激しい爆発的要素を、際立たせる。

     もちろんトルーマン・カポーティの『冷血』”Cold Blood”に想を得た作品であり、オマージュでもあろう。高村があの傑作ノンフィクションに、小説家としてのこだわりをもってフィクションの側から挑んだこれは小説作りであったに違いない。小説家はときに現実に材を取り、ノンフィクションというジャンルへの挑戦を表明することがある。一方で、ノンフィクションでは描くことのできない何かを水面に浮上させるために、敢えて現実に素材を取りながらも小説という脳内作業による加工を経て、フィクションとして紡いでゆく、そんな流れで生成される作品も後を絶たない。

     高村薫は、ノンフィクションを描く手法により、この作品『冷血』というフィクションを作り出したのである。前作までの福澤家サーガに見られた文学志向をかなぐり捨て、あくまで具体の描写に徹する。人間という、解明できない謎をいくらでも含み得る存在を、抽象ではなく、不条理ではあっても、敢えて行為の表現によってのみ、描き出す。

     被害者側はシンプルに見える。加害者側は生きて追求される。それが、犯罪ノンフィクションの構造になるのかもしれない。少なくとも、まるで何かの偶然な事故のような、この手の出会い頭的な犯罪に関しては。事件も冷血そのものだが、この具象を連ねた小説作法こそが、何よりも冷血そのものである。

     神の視点によって睥睨される事件の全貌、といった究極の冷血さ。ノンフィクションの手法。高村らしからぬ具現描写による作法。それらの新機軸こそが、本作品の読みどころであり、高村ファンの新しい当惑でもある。そうしたいくつもの不穏な要素を孕みながらシンプルかつ、バイオレンスの極北が示される本書。まさに衝撃の力作と言えよう。

  • 読み始めは『マークスの山』のような路線に戻ったのかと思ったが、
    そんなことはなく、『冷血』というタイトルが似合う作品だと感じ入った。

    犯人は、所謂ありがちな道を外した若者で、「なんとなく」で生きている。
    被害者家族は、才能に溢れ、裕福で恵まれた幸せな家族である。
    ふたつの道は交わらないはずであった。
    犯人の場面でパチスロについて長々描写したかと思えば、
    被害者の場面で世界の違いを見せつける。
    この丁寧に描写される生活圏の比較に胸が痛くなる。

    後半の捜査の場面になると、合田が出てくる。
    福澤三部作を経て、諦めを抱き、それでも葛藤している姿が哀しい。
    警察内部も権力闘争なども緻密に描かれ、圧巻だった。
    下巻も楽しみである。

  • 予約していた本が届くまでのつなぎに借りた本。

    のっけから死亡フラグ満載の中学生が出てきて気が滅入る。

    (これ、胸糞じゃね?)と思ったら案の定一家皆殺しになったし・・・。

    読むのやめようかなーと思ったら、合田が出てきたのでしぶしぶ読む進めている。

    合田といえば、義理の兄とホモの人だよね?(違

    ここまで2014-04-20

    「とまれ」「一寸」「隠微」「捨象」
    気になった用語言い回し。一般的にあまり使わない言葉遣いだなあと思った。特に、「一寸」を中学生に使わせたのには興ざめだった。そんな中学生はいないよ・・・。

    合田にも、不惑を超えたとはいえ、おばあさんみたいな言い回しをさせると歳より老けて感じる。現在下巻半分くらい。合田が中間管理職やってて、大変だなあと思う。

    ここまで2014-04-23

  • なぜか現実のような気もしてしまうリアル感。後半はどう進行して行くのだろう。難しい話になるのかな?

全144件中 11 - 20件を表示

著者プロフィール

高村 薫(たかむら かおる)
1953年大阪市東住吉区生まれ、現在大阪府吹田市在住。国際基督教大学教養学部人文学科(フランス文学専攻)卒業。外資系商社の勤務を経て、作家活動に入る。
1990年『黄金を抱いて翔べ』で日本推理サスペンス大賞、1993年『マークスの山』で直木三十五賞、1998年『レディ・ジョーカー』で毎日出版文化賞、2016年刊行の『土の記』では大佛次郎賞、野間文芸賞、毎日芸術賞をそれぞれ受賞し、新たな代表作となった。
『レディ・ジョーカー』を境として、重厚な社会派ミステリーから純文学に転向。織田作之助賞選考委員を務める。

冷血(上)のその他の作品

高村薫の作品

ツイートする