冷血(下)

著者 :
  • 毎日新聞社
3.62
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本棚登録 : 947
レビュー : 146
  • Amazon.co.jp ・本 (304ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784620107905

作品紹介・あらすじ

「私たち一人一人にとって、世界を埋めるものは多かれ少なかれ異物なのだ」刻一刻と姿を変えていく殺戮の夜の相貌。容疑者はすでに犯行を認め、事件は容易に「解決」へ向かうと思われたが…。合田刑事の葛藤を描く圧巻の最終章。

感想・レビュー・書評

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  • 下巻は犯人が逮捕されてからその後が語られる。
    警察の取り調べや実況見分の様子、供述調書、起訴状、そして判決文にいたるまで繰り返し繰り返し事件の様子が克明に描かれる様は、上巻のレビューでも書いたとおりまさにノンフィクションの様。
    その間に合田刑事の目線からの語りが挟まれることによって、やっと、ああこれは物語なんだなと我に帰る。

    この本のタイトルは「冷血」であるが、この小説の中で「冷血」と形容されるのは一度きり。それも犯人に対してではない。
    一体誰が冷血なのか、冷血とは何なのか。
    動機もないままに“なんとなく”一家惨殺をする犯人なのか、犯人を前にして職務を放棄した医者なのか、もしくは犯人を絞首台に送りこむ国家なのか・・・。
    読了してもなお自問自答せざるを得ない。

    被害者一家にまつわる記述は実に淡々としたもので、同情心を煽るようなものは一切ない。
    それに引き換え、犯人の一人の井上は人を引き付ける魅力を持った愛すべき人物として描かれている節がある。
    もう一人の犯人戸田についても、最後は壮絶な死様を呈し哀れを誘う。
    自分の気持ちの振り子を戻して公平にならないと思うが、なかなかそこを脱しきれないでいる。
    これは作者にしてやられているのか?

    何とも気持ちの収まりどころのない小説である。
    ただ読んで良かった言うのは間違いない。
    凄惨な事件が続く昨今だからこそ、この小説を読む価値があるのだと思う。

  • 下巻の読みどころは二つ。
    犯人二名の感情と行動。
    そして子供を二人も殺した犯人に対して、合田の心境の変化。

    それを総括するような箇所、「動機や犯意と呼べるものがあったとしても、ばらばらの断片であって、そんなものを一つ二つ拾い出してみたところでほとんど意味は無い。いったい自分たち警察も検察も社会も、この被疑者たちに何を求めているのだろう。欲しいのは、彼らをともかく刑場につるすための理由ではないだろうか」

    結局、ミステリー小説として読んでも、何も分からない状態で本書は終わります。”殺すつもり”はない。でも、”殴る”気持ちはある。これだけ殴れば死ぬかも知れないと思った、でも、何かよく分からない。
    ほぼこの繰り返しの内容、しかしこれが現実なんだろうな。

    この犯罪者に対しての合田刑事がどう向き合おうと決断したか、自分が変わったと思う瞬間、ここに本書のクライマックスがありました。

    自分なりの絶賛言葉でいえば、フィクションがノンフィクションについに追いついた、という感じでしょうか。
    高村文学の最高峰、に間違いないでしょう。

  • 強盗殺人事件の被疑者と向き合い、事件の背景とその素顔を探ろうとする刑事の姿を追う長編小説。

    事件に至るまでを、被害者と犯人の両サイドから描いた上巻は、なかなか動かないストーリーにもどかしさを感じていた。
    が、犯人はあっさり逮捕され、包み隠さず自供するに至り、単純な謎解きのミステリーではないことに気づく。以降、解決はしているのに真の答えの出ない迷宮に苦悩する刑事の視点に同化して、重く根気のいる読書となった。

    犯人の繰り返す、何となく、何も考えず、勢いでという言葉に裏はなく、これらがすべてを物語っている。
    重い躁鬱や問題の多い家庭環境を背景に、反省は一切なく、かと言って虚勢を張るわけでも自暴自棄になるわけでもない犯人。人間に対して無関心で、自身の生への執着すらないという意味では、「冷血」と言えるだろう。
    だが、タイトルの指す「冷血」は、犯人のみに向けられたものではない。周囲の血縁者や事件後の関係者など、あらゆるところに存在する。目のつけどころはさすが高村薫、文章も男性的で冷血ならぬ冷静沈着だ。
    その分、被害者の女の子視点のはしゃいだ文章には、やや違和感があった。

    好きな作家なのに、なぜか今まで読み落としていたこの作品、近頃は主流となりつつある派手でわかりやすいミステリーとは対極にあるため、万人受けはしないだろう。
    でも、読んでよかった。疲れるので再読はしないだろうけれど。

  • 大好きな高村薫の大好きな合田シリーズ。出た時に真っ先に購入し、じっくり落ち着いて堪能できるタイミングに読もうと待ち続け、ようやく「いまだ!」という事になった次第。そのタイミングが来るまで5年もかかるとは、買った時は思わず笑。さすがに5年も経っていた事にびっくりした。

    そして、期待に違わず堪能できた。相変わらず入り込める文章。「とまれ」「否」の多用が不評のようだが、私にとってはもう、高村さんのリズムに引きずりこませてもらえて大好きでした笑。人物描写も、いつもながら深くて感情移入でき、特に犯人二人の生い立ちになんともリアリティと説得力があった。リアリティと言えば戸田の歯痛の描写も・・。これには自分までもが歯が痛くなりそうだったが、常に歯痛を堪えていると戸田のような思考回路になりそう、とこれも非常に説得力あり。

    出て来る二人のように、誰しもが聞いて納得する動機を犯人が持っていたわけではない、というのは現実世界でもあるのでは、とはっとさせられた。それに気付きつつも、明確な動機を引き出そうとする刑事達の描き方も心に残った。例によって高村作品は単なる警察小説、犯罪小説ではなくて、現実世界で起きている矛盾を読み応えのある物語と魅力的な人物達を通して描いたのだと実感。人は、人の気持ちをどこまで理解できているのだろうか。人の行動には、全てにおいて明確な理由があるのだろうか。いつもはそんな事は意識しなくても良いが、人を裁く時は?もしくは、そもそも動機というものはどれだけ重要なものなのか?

    それにしても、合田刑事・・。大人になってしまったのかちょっと物足りなさが。それに、加納が直接登場しないじゃないか!しかも名前すらちゃんと出て来ずに義兄、義兄、で済ませて。ただ、「自分にとっての異物」という表現でその存在の特別さはしっかり表現されてたので、まあ今回はそれで許す笑。

    読了時の満足感と余韻に浸りながら、5年間暖めておいて良かったと思った。

  • 動機はともかく殺人を犯したという事実は変わらない。被告人も犯行を認めている。検察と弁護人と裁判官が死刑に到る審理をただ粛々と進めていく…。
    ドラマはなく、虚しさだけが募ります。そこには誰にも顧みられない取るに足らない『死』があるだけ。
    でもそれにどうしても納得できない人間が。合田雄一郎です。
    同情ではない。
    たとえ殺人犯であっても、その生には何がしかの意味があったと感じたいのだと思います。
    他人の生死、自分の生死にさえも無関心な死刑囚井上。それでも。
    生の名残が熾火のように昏く燃えている…そんなラストでした。

  • いや~。地平が揺らぐ。

    あの不快な上巻は小説ですらなかったという訳か。
    この小説(下巻)を読むための事前資料。
    あれを我慢して読んだから、この小説を堪能できるんだね。

    「とまれ」=「ともあれ」の音変化を書き言葉に?
    「ものであった」…どこの地点からの回顧?
    の多用が気になったけど…。

    あと、井上の手紙も戸田の手紙も、どちらも高村薫の手紙だった…のも、
    勿体なかったけど。

    でもでも、それやこれやを差っ引いても、いやぁ~色んな意味で、色んな角度で、色んな深さで考えさせられる作品でした~。

  • 果たして井上と戸田は冷血だったのか否か。

    上巻ではあえて一家四人殺しの描写を避けた効果が下巻で生きている。
    取調べで徐々に明らかになる犯人ふたりの過去と犯罪の詳細。
    取調べ過程でこのふたりをなんとか理解しようと苦悩する刑事合田雄一郎。
    合田との手紙のやり取りは井上にとって僅かでも救いになったのだろうか。
    いろいろと考えさせられる結末だった。

    …で
    この作品で一番の冷血は友納検事でしょう。
    次点は戸田が搬送された病院の医師。
    井上の親族や高梨家の遺族もかなりのもんだ。
    結局人は自分に関係ない、あるいは関係したくない人間に対しては
    いくらでも冷血になれるということだよねー

    それにしても
    合田刑事モノを読む度に思うこと。
    雄ちゃんってばもうちょっと肩の力抜いて生きようよーっ!!

  • 「こいつはどうせこういうやつだ」、「こいつは何も考えていない」、そういうふうにハナから人を切り捨ててしまえる人物たちを著者は本作にたくさん登場させる。そして、回数を重ねるごとに変幻する供述書、自分の主張に都合よく事実を述べることが当然の論告と弁論という犯罪物にありふれた素材から著者が引き出して見せるのは「嘘ではないが真実とも違う≪おきかえられた真実≫」の姿。誰にでも通じることのできる言葉で説明できないからといって、都合のいい作文で代用したり、説明を放棄してしまってよいのか、という主人公の自問は、複雑な事象や心象は、かんたんに説明がつかないのが当然で、それでも人は言葉以外にそれを表現することはできないのだから、とにかく考えて言葉を尽くすしかないのだ、という著者の一貫した姿勢につながっていく。著者のいう冷血とは、人を人として尊厳しない心性や行為を指すのではないか。そして人を尊厳するということは、その一人の他人のことをきちんと正しく理解することぬきには始まらないのではないだろうか、そういうことを言いたかったのかと思う。

  • 誰かに待たれている感じってわかる?と言う男と、人にも自分にも興味がない男、どこか律儀で本当のクズではない二人がなぜ冷血の所業を?最後まで結論があるわけじゃないけど。迷い立ちすくみながらも二人に向き合い、一瞬の改心を待ち望む合田に、銀竜草の傍線と、「マジで感謝してます」、何かが通じたんだ。穴を穿ったんだ。"人間が生きることの大変さに言葉を失う"、"問答無用で生きよと教えられているような気がします"。本家カポーティは読んでないし、深いとこまでわかってないかもしれない。でも、まちがいなく今年のマイベストだ。

  • 合田さんが登場する作品の中でいちばん陰惨な事件を扱っているのが今作だと思うが、ならずものが行った善行エピソードにときめくような思考回路を一切持ち合わせていない私ですら、人を裁くことの意味や、それこそ生の不条理さや歩む道の不安定さを考えずにはいられなかった。形がなくても、目的や理由が曖昧でも、確実に存在しうるものの大きさ。

    1月にあったトークショーで高村先生が「冷血」は「生きている人間の存在の大きさや重みを前に、合田に立ちすくんでほしいと思って書いた」と仰っていた。「冷血」を読み、読者もまた合田同様立ちすくみ、思考し、答えのない世界に生きているということを実感するのかもしれない。

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著者プロフィール

高村 薫(たかむら かおる)
1953年大阪市東住吉区生まれ、現在大阪府吹田市在住。国際基督教大学教養学部人文学科(フランス文学専攻)卒業。外資系商社の勤務を経て、作家活動に入る。
1990年『黄金を抱いて翔べ』で日本推理サスペンス大賞、1993年『マークスの山』で直木三十五賞、1998年『レディ・ジョーカー』で毎日出版文化賞、2016年刊行の『土の記』では大佛次郎賞、野間文芸賞、毎日芸術賞をそれぞれ受賞し、新たな代表作となった。
『レディ・ジョーカー』を境として、重厚な社会派ミステリーから純文学に転向。織田作之助賞選考委員を務める。

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