死と滅亡のパンセ

著者 :
  • 毎日新聞社
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本棚登録 : 85
レビュー : 7
  • Amazon.co.jp ・本 (192ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784620321066

感想・レビュー・書評

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  • 著者がぐいぐいと、読者の手を引く力は強い。

    過去へ来てみろ、
    あの地に再び戻ってみろ。

    2011年3月11日。
    海が全てを飲み込み、壊滅させてしまったその地は
    著者の故郷でもあった。

    未だ瓦礫がそのまま残る被災地を訪れた著者は
    あの日と今を隔てている時の狭間の中にいて、
    物言わぬ死の欠片を拾い集めている。

    ぶつぶつ、と低くくぐもった声の様に
    連ねた言葉を辿っていると、

    (あ、これはまるで、僧侶が唱えるお経の様だ。)

    と、思えてしまった。

    それは
    哀しみとも、怒りとも、諦めとも違う、
    まるで「詩(うた)」の様な。

    生き残った者の、今もざわつく心を鎮める
    「詩(うた)」の様な言葉だな、
    と、感じた。

  • 著者の故郷は宮城県石巻市で、大震災に関する内容でした。
    震災後に発行した詩集も読んでみようと思います。
    ここで語られていることは、体験していない僕には想像がなかなかできない。
    吉本隆明「転向論」も気になります。

  • 先日、一緒に飲んだ大手メディアの記者が「辺見庸の本を読むと自分が嫌になる」と吐露した。共同通信社出身の辺見庸さんは、かつて自身が身を置いたメディアに容赦ない。容赦ないどころか「ファシズムはメディアがつくる」と言って憚らない。3・11後、それはよりはっきりとした形で顕現するようになった。メディアは「国難」の二字を浸透させる一方、言論を自己規制し、肯定的な思惟を強いるようになった。関東大震災や広島・長崎への原爆のときの言語空間の方がまだ開かれていていたという。著者はこうした状況を嘆き、怒り、「言語表現上の単独犯」として発言を続けている。「ファシズムの端緒には悪意があるのではないね。善意、至誠がある。善意の塊がファシズムをたちあげる」。その言葉を何度も反芻してみる。思い当ることは大いにある。本書は大半が3・11後に各媒体で発表した随想を1冊にまとめたもの。現下の言論状況の中では、あまりにも不穏かつ挑発的で、何度も胸に疼くものを感じた。恐らく冒頭の記者も感じるだろう。

  • ちょっと欝な雰囲気。この人の本初めて読んだけど。

    石巻市出身。出版が大震災後…とくれば半分は地震に関する内容でした。薄ら寒いファシズムと人々の内側から来る自己言論統制…に継承を鳴らす話。

    私はいいことだとおもうんですよね。ファシズムが戦争になっちゃったらもちろんまずいんだろうけど、人間弱いし、文献もない時代からより暑なって暮らさなきゃいけない弱い生き物なんだから、そうやって自分たちで圧力をかけてまで生き残ろうとするのはむしろいじましくて健気なんじゃないかな。遺伝子残したいなっていう遺伝子に書き込まれてることに従って自分たちで暮らしにくくしてる姿ってかえって人間臭くて切ないんじゃないかな。

    むしろ辺見さんがそうやってファシズムを糾弾するのは、個人主義的にすぎるんじゃないかなーと思うんです。社会の流れに逆らって言いたいこというのって、いいと思うけど(必要なことですらあるかもしれないけど)集まらなきゃ人間じゃない、みたいな側面だってあるんじゃないかしらー。

    ”正しい”ものがどこにもないんだったら、世間に迎合して結果的に自滅するのさえアリな行き方なんじゃないかなーー

    いかんいかん中二病が…


    「かつてあったことはこれからもある
    かつて起こったことはこれからも起こる

    太陽の下、新しいものは何一つない」
    …っていうのはもっと本質的な話であって、この震災ぐらいのことは「太陽の下…」で語ってしまうと何回もあったことなんではないかな。

  • あらためておもうけれど、
    辺見庸の本を第三者として読んではいけないとおもう。

    今回ひとつ思ったのは、
    彼はアマルティアセンを読んだろうかということ。
    資本主義に対するマスクスの反命題、そして(私の解釈では)そのジンテーゼとしてのセンのアイデアがあるとおもう。
    すなわち、資本主義のなかで人々はかならずしも合理的に行動してはいない。コミットメントやシンパシー、その主体としてのエージェンシーの存在を認めたい。

    そう考えると、畢竟、問題の核心は、
    制度が、社会が、経済システムが、そんなものではなくて、
    どういうシステムであろうと、「私」であり「個」であるということだとおもう。単純なことであるが。

    だから私は本著の
    「人間存在の根源的な無責任さ」について
    がもっともスッっと自分のなかに入ってきた。
    その他のところも大変示唆的で、もっと読み込みたい。

  • 3冊目。

    地元素敵本屋で発見→ちょっと立ち読み→購入。
    読んでいると、するどく削った硬い芯の鉛筆で画用紙が引っ掻かれている様子が思い浮ぶ。
    柔らかい紙の繊維を痛めつける音がする。
    がりがり、がりがり。
    この擬音を言葉に置き換える術も語彙も知識も私にはまるで持ち合わせがない。
    引っかかるのは言葉、もしくは丸ごと。

    まだとちゅう。よむよむ



    読み終わった。
    もっと読む。

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著者プロフィール

1944年宮城県石巻市生まれ。早稲田大学文学部卒。70年、共同通信社入社。北京特派員、ハノイ支局長、編集委員などを経て96年、退社。この間、78年、中国報道で日本新聞協会賞、91年、『自動起床装置』で芥川賞、94年、『もの食う人びと』で講談社ノンフィクション賞受賞。2011年『生首』で中原中也賞、翌年『眼の海』で高見順賞、16年『増補版1★9★3★7』で城山三郎賞を受賞。

「2021年 『月』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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