その話は今日はやめておきましょう

  • 毎日新聞出版 (2018年5月16日発売)
3.50
  • (13)
  • (65)
  • (69)
  • (12)
  • (0)
本棚登録 : 498
感想 : 76
サイトに貼り付ける

本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています

本 ・本 (256ページ) / ISBN・EAN: 9784620325194

作品紹介・あらすじ

定年後の誤算。
一人の青年の出現で揺らぎはじめる夫婦の日常――。 「老いゆく者」の心境に迫る、著者の新境地!

趣味のクロスバイクを楽しみながら、定年後の穏やかな日々を過ごす昌平とゆり子。ある日、昌平が交通事故で骨折し、「家事手伝い」の青年・一樹が通うようになる。息子のように頼もしく思っていたが、ゆり子は、家の中の異変に気づく......

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • 第35回織田作之助賞受賞作。

    72歳の大楠昌平と69歳のゆり子の老夫婦。
    昌平が事故に遭い怪我をして、通院のためにサイクルショップで偶然出会った26歳の青年石川一樹に、お金を払い、車で送迎を頼むことに。
    ついでに、家の中の掃除や庭の手入れなども頼みますが、一時は隣家の住人に勝手に切られた植木に対して文句を言ってくれた一樹に対して頼もしい気持ちや親しみを覚えますが、次第に一樹によって家の中は不穏な空気に包まれていきます。その時のゆり子や昌平の不安感が上手く描かれていました。

    人は老いてくると若さというものを頼りにしていたのが、形勢が変わってしまえばすぐにも恐怖にさえなってしまうのですね。老いは誰もが避けられない道だし非常に怖いことだと思いました。
    もしかしたら、一樹の側に立って、鼻持ちならない老夫婦だと解釈する読者がいるとしたら、もの凄く怖いと思いました。

    一樹のいいかげんさに途中までなんだか気持ちの悪い話を読んだ気持ちにさせられましたが、最後はハッピーエンドとはいえませんが、一樹も人間らしい一面がうかがえました。
    ただ、これはお話ですから、実際にこのようなことが起きたら、それではすまされないような気がしました。

  • 表紙の不穏なイメージとは違い、
    日常的な描写が細かく丁寧で分かりやすかった。

    主人公の老夫婦が日常感じている細かな心情描写など、ストーリーに大きな展開はないけれど、昨今頻発している闇バイトなどを考えると実際にもありそうな展開で続きが気になり読み進められた。

     ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
    主人公は、ゆり子60代と昌平70代の老夫婦。
    昌平の誘いで始めたクロスバイク。
    ある日、その夫がクロスバイクで事故になってから日常が変わってくる。

    病院で出会った若者の一樹。
    定職についておらず、バイト先をクビになったばかり。老夫婦も手が足りず困っていたので、週に一度自宅に手伝いに来て貰うことに…。

    いい子だと信用していた一樹に変化が。

    生まれ持った環境、些細な価値観の違いで同じことでも良くも悪くもなるなと思った。
    感謝の気持ちで渡したお金も、受け取り手にとっては嬉しくない時もある。

    年齢的なものの考え方、価値観のギャップなど
    客観的にみるとどちらも分かるなと思った。

    一樹が悪人になりきれなかったのが救いかな。

  • なかなか良い人情話だった井上荒野(アレノ)作品。夫婦二人住まいになった昌平72ゆり子69は健康の為に始めたクロスバイクに嵌まり日々楽しんでいたがパンクした時に立ち寄った自転車店で好感度の青年に修理して貰った。その後、昌平が交通事故に遭い不便な生活を余儀なくされていた時に偶然の出逢いで家政夫まがいの通い仕事をくだんの青年にして貰うことになるのだが......
    人を信じること信じられることの機微が語られる作品。
    寸前に読んだエッセイ集「夢のなかの魚屋の地図」の余韻が残っているので随所に"なるほど部分"があるのも納得でき楽しく読めた♪

  • 面白くてあっという間に読んでしまった。
    穏やかな老夫婦のもとに、人を殴るのが気持ちいいというヤバめの若者が家事手伝いに来る段階で、どうか相互に良き影響を与える話であってくれ…と祈った。
    実際はどうだろう、若者は詐欺まがいのことをし関係は崩壊するが、老夫婦は困難を解決できたことで自分に自信を取り戻し生活は活性化した。
    若者の方も、たまたま気持ちがそっちに振れて悪事をしてしてしまっただけで、多分もうああいうことはしないんじゃないか。

    老夫婦、50万円を詐欺られそうになった時に子供に相談しないし若者の身元を調べようともしないし悪手を打ってばかりで、これを回避できたのは本当に運がよかっただけなんだけど、
    でもこれは詐欺だという結論を2人で話し合って出せた、その点がすごく良かったな。
    きっとこれまでもそうして知恵を絞って支え合ってきたからこの穏やかな老後があるんだろうなと思った。

    しかし老夫婦がロードバイクで走る描写、普段電動自転車に乗っている身として肩身狭かったな〜。

  • 人生の終盤、老いの現実に揺らぐ夫婦と、身の振り方が定まらず迷える20代半ばの青年との関わり。

    どの年代もそれぞれの葛藤がありますね。

    会う度に小さくなる私の父母が、肩寄せあってふたりで暮らしていることを想いながら読みました。

    穏やかな老後の生活につむじ風がたったくらいの、何気ないストーリーです。それをこんなにも豊かに描きあげているのは素晴らしい。

    老夫婦の心の機微、その形容しがたい心の細やかな動きを、身を置く場所、会話、見るもので表現しています。
    丁寧な書き筋に、品の良さを感じる作品でした。

  • 子どもたちが独立し、勤め上げた製薬会社の仕事からも離れ夫婦二人でのゆとりある生活。安寧の日々に、突然の怪我による不自由と、見知らぬ若者が入り込む。

    荒野さん流の老いを描く細やかな筆致が、まさに50代半ばの私自身の心に横たわる漠然とした不安を形あるものにしていく。言葉に落とし込むことのできない些細な感情の積み重なりや、意図しない相反する感覚の両立を本当に上手に言葉にしてくれる荒野さんの作品に今回も首肯する。ああ、こういう作品を読みたいんだ、私。

    仕事や家族の中での役割を持ち、年齢を重ね、仕事や父母の役割を終えた先に一体何があるのだろうか。できる・わかることへの誇り、役に立つこと、求められることの喜びは、生活の不自由さと反比例しながら、次第に低下していく。生産が減り、認知や記憶に不確実さが増す。他人や社会から求められることがなくなり、自分たちが軽んじられ、重荷になることも認めたくない。老いへの不安や焦燥感が生活感を伴う場面で描かれる。

    知人の病や死から、死が身近なものとなり、いずれ向き合わなければならない伴侶の死による喪失感への恐怖も避けられない。

    そんな気持ちの隙間に入り込んだ若者一樹。不自由な生活を家政夫の立場で援助してくれつつも、疑似親子関係で面倒を見てやれる親の立場も与えてくれる。

    寂しさに付け込んだ一樹、頼りになる一樹をある時は母親のように気遣うことに充足を感じる妻ゆり子、交通事故で体の不自由に自分の不甲斐なさを認めざるを得ない夫昌平。三者三様の立場で物語が進み、飽きさせない。

    長年連れ添った夫婦でも、お互い不機嫌になりたくない、させたくないものだ。だから夫婦でも一番重要な問題を双方避けてしまう様や、子どもに迷惑をかけたくなくて遠慮する様子。子離れできずに子どもを自分の傍に置いておきたい気持ちの有り様などなど、身近にあるなあと痛くもあり…。

    辛い作業ではあるけれど、自分の弱さや脆さを認め、それを夫婦で補って年齢を重ねていきたいなあと、つくづく。これ、本当に難しいんだよなあ。

  • 相手のことを想って、あるいは自分のエゴのために、またあるいはただ面倒臭いことから目を背けたくて、後回し後回しにしていた問題が最終的に爆発して、取り返しのつかないことになる。そんなお話。あらすじにするとなんてことないけど、なんてことのないテーマでこんな豊かな一冊の本が書けてしまう井上荒野さんはやっぱりすごいなぁと思う。奇を衒うわけでも、目立とうとするわけでもなく、日常性の静寂の中からじっくりと時間をかけて人間の本性が炙り出されてくるような作品。

  • 人は必ず老いる。どのように人生を経て、老い、それを受け入れて生きてゆくのか。若さはズルイ。ずるくて弱い。それでも純粋な部分を解ってくれる大人がいれば少しは変わるものだ。老夫婦と若者の出会いが彼らの心と生き方をすこしだけ動かすストーリーは、なんだか春の陽射しのようで暖かい気持ちになった。

  • 意外な結末だった。
    タイトルやジャケットも謎めいていて、怪しい雰囲気だったからだ。
    作品は登場人物のゆり子、昌平、一樹のそれぞれの視点から描かれており、描写が丁寧で気持ちやその変化が読み取りやすかった。

    老人=弱い立場=憐みのイメージが最後にはいい意味で払拭されて清々しい気持ちになった。

  • 70代前半の夫と60代後半の妻が老夫婦といえるのか微妙なところだが、若者から常に憐れまれ、蔑まれてると半ば自意識過剰になってるのが寂しい。

    「その話は今日はやめておきましょう」と怖いこと不安なことから目を背け、後回しにして、気にしないと決めて問題に蓋をしてしまうと、小さな綻びがそのうち取り返しのつかない問題に発展してしまうという内容。

    若者に引け目を感じている夫の昌平が、何かを吹っ切ったかのように3人の若者に話しかけに行き、結果的に何も恐れることはなかったのだと、3人と楽しく話ができたシーンと、
    自分たち夫婦を騙した一樹に、妻のゆり子が最後の電話をかけるシーン。
    これをきっかけにこの夫婦は何かが変わっていくんだろうな。

    盛り上がる部分は無いけど、登場人物の心情が丁寧に表現されていて、こちらも感情移入したり、第三者目線で傍観したりしながら一気に読めました。


全76件中 1 - 10件を表示

著者プロフィール

1961年東京生まれ。成蹊大学文学部卒。1989年「わたしのヌレエフ」でフェミナ賞、2004年『潤一』で島清恋愛文学賞、2008年『切羽へ』で直木賞、2011年『そこへ行くな』で中央公論文芸賞、2016年『赤へ』で柴田錬三郎賞、2018年『その話は今日はやめておきましょう』で織田作之助賞を受賞。他の作品に『もう切るわ』『ひどい感じ 父・井上光晴』『夜を着る』『リストランテ アモーレ』『あちらにいる鬼』『あたしたち、海へ』『そこにはいない男たちについて』『百合中毒』『生皮 あるセクシャルハラスメントの光景』『小説家の一日』『僕の女を探しているんだ』『照子と瑠衣』『猛獣ども』『しずかなパレード』などがある。

「2025年 『私たちが轢かなかった鹿』 で使われていた紹介文から引用しています。」

井上荒野の作品

  • 話題の本に出会えて、蔵書管理を手軽にできる!ブクログのアプリ AppStoreからダウンロード GooglePlayで手に入れよう
ツイートする
×