- Amazon.co.jp ・本 (176ページ)
- / ISBN・EAN: 9784621052365
作品紹介・あらすじ
1882(明治15)年3月20日、文明開化とともに生まれた上野動物園は、明治、大正、昭和、平成と、時代の移り変わりの中で、世間をさまざまな話題で賑わせてきた。そして、その時どきの世情と関わりのある事件もあった。人と動物とが絡み合った事件もあった。そのような「事件」を通して上野動物園の歴史をたどってみると、そこにはまた、違った姿の動物園を知ることができる。
感想・レビュー・書評
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上野動物園創世期からパンダに湧くころまで、動物園で起こった「事件」(著者の言葉)をたどりながら、上野動物園の歴史を振り返る本である。動物のエピソードがそのままその当時の世相を反映していて、連作短編小説を読むような味わいで読める、大変内容豊かな本である。
クロヒョウが逃げ出し、住民が恐怖におびえた事件(後に無事捕獲)、お猿電車導入と廃止の裏話、平和の使者としての象など、どれも興味深い話題ばかりだが、私には、有名な「戦時猛獣処分」と「サルの生き胆事件」が特に印象的だった。
戦時中、空襲で檻が壊れ、猛獣が街中に逃げ出しては危険という理由で、ライオン、ヘビ、ゾウなど、多くの動物が処分された。この悲劇を童話化した土家由岐雄の「かわいそうなぞう」が小学校の教科書に載ったことで、ゾウが餓死させられたことについては、特に世に知られることとなった。その「かわいそなぞう」には、以下の記述がある。
「せんそうがだんだんはげしくなって、東京のまちには、朝もばんも、ばくだんが、雨のようにおとされました -中略― それで、ぐんたいのめいれいで、らいおんも、とらも、ひょうも、くまも、だいじゃも、どくやくをのませて、ころしたのです」
児童文学者の長谷川潮は、これは史実と違うと異を唱える。東京に実際に爆弾が「雨のようにおとされる」のは、猛獣が処分された1年以上も後のことだし、軍が猛獣を処分せよという命令を出したという記録もない。それでは、動物たちは、誰の命令で、何のために殺されたのか。詳しくは、本書と、併せて長谷川潮の「戦争児童文学は真実をつたえてきたか」を読んでほしい。
1943年9月2日、動物慰霊碑の前で慰霊法要が行われた。象舎は幕で覆われ中が見えないようになっていたが、実はワンジー、トンキーの2頭は、このときまだ生きていた。慰霊法要は、2頭の生存を隠して強行されたのだった。戦争を遂行しようとする人間はかくも残酷で、醜いものなのかと思う。また、戦争は、人間の持つ、平時は隠れていた暗黒を表面化させ、人を危険な「猛獣」に変えてしまうものなのだろう。
「サルの生き胆事件」は多摩動物公園で起こったことだが、重い腎臓病患者のため、チンパンジーの腎臓を提供してほしいという依頼が動物園に来る。人助けだし、チンパンジーも生きて帰ってくるということなので、当時多摩動物公園に勤めていた著者は協力することにする。しかし、手術を担当する某医科大学教授の意外な言葉に著者は激昂し、手術反対を表明、辞表を書くまでに至る。これも詳しくは本書を読んでほしいが、長いものに易々と巻かれることが「賢い」だとか「大人」だとかとするこの国の無様な姿を毎日見せられている私としては、著者のように誇りを持って生きている人間には、一人で万雷の拍手をおくりたい。
冒頭にも書いたが、本書は連作短編小説のように楽しんで読め、命について、生きることについて考えるきっかけを与えてくれる。絶版のようだが、古書店や図書館を探して、ぜひ読んでほしい本である。、 -
記念的大著『上野動物園百年史』を手がけた小森厚が語る、明治から平成、動物園で起こるヒトと動物の34の物語。
明治~戦中は記録文調ですが、著者が勤務し始めてからの戦後の出来事を描く文章はどこか温かく、どこか切ない。
随所に「へぇ、そんなことが」と思わされる事実もたくさん盛り込まれていて、読み物として面白い。
来日したゾウの調教師の正体。
花やしきに売られたオスゾウ。
猛獣殺処分の真相。 ←本来は常識レベル。知らない奴は…
上野動物園とGHQ。
上野動物園と吉田茂。
などなど。
もうひとつの上野動物園史であるとともに、ひとつの現代史としておもしろい本です。 -
百年の歴史があると色んな事件が起きていたんですね。知らない話ばかりでした。戦時中に猛獣たちを殺せと命じたのは、実は軍部ではなかったという話。今は井の頭動物園にいる象のはな子さんが、移動動物園に参加して大島まで”出張していた”話等々。お猿の電車、当初は本当に猿が運転(操縦)していたなんてもの初耳でした。
久しぶりに上野動物園に行きたくなってしまいましたよ。