先生、物理っておもしろいんですか?

制作 : パリティ編集委員会 
  • 丸善出版
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本棚登録 : 15
レビュー : 3
  • Amazon.co.jp ・本 (216ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784621089248

感想・レビュー・書評

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  • パリティーってのは物理学の雑誌~書いているヒトの年齢と出身大学を調べようと思ったが,wikipediaで出てこないヒトが多いので断念。佐藤文隆先生の問い「昼は夜の何倍明るい?」の答えは10万倍! 東大の早野龍五先生の拳拳服膺という言葉は初耳だった。~色々な先生に聞いてみたけど,決定的な答えはないってこと。小学校までは理科が好きな子がいるけど,中学でだめになったとか,高校で駄目になったとか,受験に必要でないから人気がなくなったとか…みんな言うことは同じね。で,この本自体も大して面白くなかった

  • 請求記号 420/P 23

  • 現役の気鋭の研究者や大御所たちがタイトルの問についてそれぞれ答えているのだが、それは自分の研究を通してだったり、また学生時代の勉強の過程を通してだったり、あるいは自分の不勉強の告白を通してだったりとかして、この本を通してそれぞれが抱いている物理学への態度というか、そういうのも見えてきて確かに面白い。
    面白いのだが、そもそもこの記事が連載されていた雑誌『パリティ』は、物理学を中心にした科学雑誌で『Newton』とかよりも専門度が高い。したがって読者層もまあ、物理学の専門教育をそれなりに受けてきた人たちが中心になるであろうし、書いている人たちに至っては子供の頃からほぼ間違いなくエースで四番で高校とかも地域でトップの学校とかに行っちゃってるような人たちのはずだ。そうじゃなければ東大をはじめとした旧帝軍団に入学するのは難しいし、また研究者として仕事をするにはその中からさらにふるいにかけられるはずなのだ。
    そういう人たちが物理を語ることには間違いなく価値があるはずだが、でもいまいち「なんだかなあ」感もある。
    だいたい高校といってもいろいろで、高校生のうちから留学しちゃうような話もあったりするが、もうこの時点でそれは日本人全体の何割の話なんだろうと思う。
    高校生のうちから留学とかしちゃう環境が当たり前だったりする高校とかだと、他の分野でも図抜けているだろう。私が話を聞く限りでは、多くの進学校はそんな感じだ。また、高校以前について語るにしても、親が研究者だったという話がよくでてきたりする。もうこの時点で色々違うのだというのは、一応知っておいていいと思う。それがいいとか悪いとかじゃあなくて、他の多くの人にとってはもちろんのこと、この本で書いている本人自身にとっても難しかったであろう物理学を身に着けるには、(努力自体は前提としても)やはり努力できる環境というのが必要だということを自ら示してやまないのではないだろうか。
    物理を勉強する努力量が誰にとっても同じであるとしても、それこそスクールウォーズの川浜高校とかカメレオンの霞ヶ浦学園みたいなところでお前らは同じ勉強ができるのかと問いたい。大検→大学という手もないわけではないが、そもそもそういう手に理解がある、もしくは知っているということ自体が一種の格差なんじゃないだろうかとも思う。
    確かに物理自体は誰に対しても平等であるのかもしれないが、物理を学ぶための環境は誰に対しても平等であるとはいえないし、それは物理に限らないはずだ。前後の話を聞いているわけじゃないから正確なことはいえないが、先日もなんとかいうタレントが「自分たちは努力してきたんだ」とかいって叩かれていたが、それはこのタレントが努力してきたことは事実だとしても、この種の努力するための環境は誰に対しても公平に与えられているわけではないということを踏まえていない、少なくとも踏まえないでそういう話をしたととられかねない発言だったんじゃないだろうか。
    また、昨今流行っているビリギャルにしたって、あれは要するにもともとポテンシャルが高かった人がうまいきっかけを掴めたという話だし、オール1先生などは確かにホンモノ感はあるが、この人もポテンシャルのことを別にしても、面倒見のいい仕事場の上司とか大学進学について理解のあるカノジョとか週末に家に呼んで勉強を見てくれる先生とか、確かに不幸も多かったかもしれないが、それに代替する周囲の人の運には恵まれているのだ(運を作った人とはいえるかもしれないが、運を作るとかなんとかって前に、そもそもそういう状況にならないようにするための福祉だろうと)。
    また、この本だととにかく小中高レベルの理科の先生は評判が悪い。実際、授業は彼らの興味を喚起しなかったのだろう。しかしこれはある意味で話し履き違えているとも思う。別に学校の先生を擁護するつもりは一切ない。しかし、そもそも学校に通うということは、(それがよいかどうかは別として)本人の興味に関係なく一定のタスクをある程度強制力を持ってやらせることに意味があるという風にもいえる(少なくとも義務教育制度を運用する側は、それを期待している可能性はある)。だから同種の本を国文学の研究者に書かせても英文学の研究者に書かせても、同じような話が出てくるんじゃあないだろうか、なんて思う。
    結局、この本の最大の難所は、各研究施設の研究者、大学の教員、メーカー研究者などは書き手がたくさんいるのだが、小中高あたりの教育関係者の記事が少ないことなんじゃないだろうか。いちおう、千葉市科学館の館長や大学の理科教育学の教員とかも、まあいるのだが、少ない。大学の教員も教育者には違いないのだが、これに偏りすぎるのはどうなんだろう。ただ、その辺の教育関係者はたぶん普段の仕事が忙しすぎてのんきに物理雑誌の記事なんて書いていられないというのもあるのだろうが。
    読めば確かに物理学への色々な態度を知ることが出来るし、意識高い高校生辺りには有益な本だと思うが、この記事が連載されていたパリティ読むくらい意識が高い高校生なら、背伸びしてファインマン物理学かそれこそパリティの他の記事でも読んじゃったほうがいいんじゃないだろうかとも思う。また物理が苦手で苦手でどうしようもない高校生に読ませたところで何の救いにもならない。そういう高校生にはこんな本読ませている暇に運動方程式の立て方を丁寧に説明しているほうがよい。一体この本、誰に読ませたいんだろう。

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