夜と昼 (ヴァージニア・ウルフ著作集 I)

  • みすず書房 (1977年1月1日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (586ページ) / ISBN・EAN: 9784622006619

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  • 対立する二つの世界「夜と昼」については内と外、社会と個人、義務と自由、色々なものを表しているが、それらをまとめて詩的な力、散文的な力、と表すことも出来るだろう。
    主人公キャサリンは有名詩人の孫であり詩の中に暮らす家庭の中に居るが故に、言わば詩に体制的・散文的に縛られている存在であり、彼女が真に自由に詩的にあろうとするならば、隠れて数学をしなければならない、という皮肉。それはまた、愛が自由と束縛の両面性を持つ事を表してもいる。(愛と束縛、これもまた対立する夜と昼だ!)

    家族にせよ仕事にせよ恋愛関係にせよ、ひとたび人が社会的な関係を持てば、そこには必ず義務や責任、社会的な縛りが生じ、人は個的な自由を損ない、それが自らに、或いは他者に対して完全に誠実であることを不可能にさせる。

    完全に誠実で自由でありながら他者と関係を持つには?
    家庭の束縛から逃げたいが為に打算的に婚約してしまったキャサリンは突如現れた夢見過ぎな男デナムの問いかけに応じる形で周りの男女を巻き込み、スワッピング的な恋愛実験へと突入する。

    結局、それは愛が全ての答えになる、という普通といえば普通であるが、誰もが必ずしも実感を以てそこへ到達し暮らしている訳ではない、究極的な答えにたどり着く。

    実はその反制度的・反因習的恋愛こそ、シェイクスピア的なものの再演とも言え、その精神であり、愛であり、詩そのものであるという事を、母親がシェイクスピアの墓から勝手に採ってきた花の束によって彼女たちの恋愛を祝福する、という行為によって示している(これは見事な展開)。

    フェミニズムが花開く裏主役的なメアリーはかなり重要な役割の割には後半尻すぼみになってしまっているのが残念。
    あと、カサンドラは要らない男を押し付けるに丁度良いような都合良すぎるキャラでもある。

    で、正直、小説としては焦れったくて頭が変になったがウルフととことんまで顔を突き合わせたのは確か。傑作ではないが重要作。

  • 長編2作目でぐっと面白くなった。月報でネタバレされてしまったにもかかわらず(だからこそか)、どうやってまとめをつけるのかそわそわしながら読んだ。複数の男女が両想いになっていく過程が克明に描かれているのだけれど、当事者全員恋で頭がおかしくなっているのでそれはもうころころ気持ちが変わる。急に好きじゃないと思ってみたり、もう無理って思った瞬間相手を見つけて世界が輝いて見えたり、惚れた腫れたにお馴染みの感情ながら全員分それをみっちり読まされると、最後に「好き」と「好きじゃない」のどちらの札が出るのかわからなくて気が抜けない。決着がついたときには本当にほっとした。読んでただけですけど。恋は疲れますね。さっさと両想いになって楽しくしたらいいよ。

    それにしても本作に登場する男女はお上品だけどみなさん肉食系で、「一緒にいたい」「相手を手に入れたい」はごりごり念じるのに、「相手によく思われたい」「甘やかしたい」はあまりないみたいだった。どうしてこんなに自分ばっかりで恋が成り立つのかしらと不思議な気がしたのだけれど、これはウルフ的なのか英国的なのか。あまり恋愛ものを読まないからマッピングできないんだけど、日本の小説を読みながら「この作品における恋愛がどれだけ標準から離れているか」みたいなことは考えないから、やっぱり『嵐が丘』の国の恋物語ということなんだろうか。

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著者プロフィール

1882年ロンドン生まれ。1915年に小説『船出』でデビューし、その後『昼と夜』『ジェイコブの部屋』『ダロウェイ夫人』『灯台へ』『オーランドー』『波』『歳月』『幕間』と書き継ぐ。エッセイ『自分ひとりの部屋』『三ギニー』でも知られる。著作のほとんどは、夫とともに設立したホガース・プレス社から刊行された。10代以降、たびたび心身の不調に苦しめられ、1941年に自死。

「2024年 『月曜か火曜』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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