精神医学的面接

  • みすず書房
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レビュー : 5
  • Amazon.co.jp ・本 (336ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784622021964

作品紹介・あらすじ

「対人的」「関与しながらの観察」「他者の評価の反映としての自己」等々、サリヴァン精神医学の特徴が臨床の場面場面に鮮やかに生きられている本書は、サリヴァンの遺著のなかでもっとも実践的な書であり、著者の人間理解を掛値なしの具体性をもって示す。

感想・レビュー・書評

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  • カウンセリングの大家サリヴァンの実践に向けた、特に姿勢や心構えを多く含む論集。断片集のようになっていて、パンセみたい。
    対人のサービス業全般に示唆的だと感じる。いや、社会で人と接する時全てに。

    ・われわれは何々の「アート」ということばをよく使う。たとえば、セールスマンシップの、医学の、生活の、面接の「アート」(技芸)という。こういう形で、「アート」ということばが使われるということは、仕事や専門職の重要な部分には対人関係があって、対人関係の達人であるということが仕事の成否に大きくかかわるということを示唆しているのではあるまいか。
    …サリヴァンの考えは、対人関係の場の研究に科学的方法が適用可能であるということであり、また面接における行動パターンも同定、観察、定義可能であって、しかもこれらをとおして面接過程全体をある程度芸術の晦渋から科学の明晰に移動させようということであった。彼がもたらしたこの方向の進歩は、面接の場の非言語的な構成因子に相当量の注意を払う事によるものである。非言語的構成分とは、声の調子、喋り方、顔の表情、身体のジェスチャーなどである。…サリヴァンはまた、関与者同士がおたがいに相手に不安を抱いていると、面接の初過程は曖昧模糊としたままでありつづけるということを発見した。

    ・「精神医学的面接は生の特徴的パターンを明らかにする目的のためにある」。人格というものは、いかなる場においても例外なく、過去の消えない傷跡をくっきりと示しているものである。

    ・些細なこと、どうでもよいこと、精神科医を楽しませるための優雅なお世辞、前に聞いたことの繰り返しなどは、話し続ける気をなくさせる技術の腕を振るってもよい。
    その人が対人関係の専門家ならば、人生に残された時間がありあまる程かどうかをつらつら思いみて、時間をできるだけ有効に使おうとするのがよい。
    そうしておくと、精神科医と別れた後に訪れるしんと寂かなひとときに患者は深い感銘を覚えるのだ。
    患者には理解が沁み通ってくる。「精神科医は自分をナンセンスに陥らないようにしてくれていたのだな。だからこちらが同じことを繰り返し繰り返し言い出すと、せんせいはこう言ったのだな、『うんうん、それはそうと、こっちのほうを当たるようにしようじゃないか』と―」

    ・「母親固着」という言葉はなるほど美しい抽象概念だ。精神科医の仲間うちでぺちゃくちゃ同じことの繰り返しをするためには実に使えそうだ。
    しかし、「母親固着」なるものにほんとうに苦しんでいる人にとっては、この言葉は、からっぽの、無意味の、人にパチパチと拍手をされたいために言う言葉、いやそれ以下だ。だから精神科医は、無意味なコメントは精神医学のくだらない決まり文句を避けなければならない。それは、自分と患者とがとにかく何事かを学ぶ邪魔になるからである。

    ・「お前は今日しょげているみたいだな、ジョー。何かあったのか。昨日のよくない便りかな」と言って「はあ、私のガールフレンドを別の男にとられたらしいのです」と言ったことを聞くとしばらく話し込んでやるような中隊長がよいのである。

    ・「面接のデータ」の発生源は対人関係的な事象であり、また、その事象が辿る奇跡のパターンである。だから、面接者は「どのような順序と形式で対人関係的な事象が継起しているのか」「事象の相互関係はどういうものである確率が高そうか」「どういう顕著な不整合性が生じているか」などを実際に味わうのである。
    そこから「面接のデータ」が発生するわけであるが、得るところの多いのは、問答それ自体よりも、話のタイミングや、「どこを強く発音したか」や、そこここに散らばっている些細な取り違えや、「非面接者が何時その話題を降りたか」や、尋ねられていないのに患者が持ち出した話に含まれる非常に重大な事実のほうである。

    ・面接者が面接の各段階を追って「各段階で得られる見込みのデータがどういう種類のものか」を覚えておく訓練をするのは実際に有効だといわれているし、これは「自分が捜し求めている対象をわきまえている」ということもできるが、こういうふうに表現するのを私はちゅうちょする。こういう言葉で思考すると「一つの孤立観測点から自分がただの観察者であるというかんけいにあるところの営みを眺めている」と思い込む危険が大きい。面接者というものはそういうわけには行かない。対人作戦に全然巻き込まれずにいる者が離れた位置から観察して得られるような精神医学的データはない。

    ・「精神科医たるものは、初対面の人の中に起こる自分についての第一印象をできるだけ目ざとく知るようにしなければならない」と言ったが、実はそれは精神科医の(究極的には)知りえないものであることをも同時に言っておかなければならない。
    …一つしか仮説を持っていない人はいわば信仰を実践しているのである。「五分間も話せば相手に関することがすべてわかる能力を天から授かった」と信じて、片時も疑ってみようとしない連中のする行為の特徴だ。

    ・一部の精神科医は、ある人が末っ子で男の子は独りで、すぐ上のきょうだいから何年も後に生まれたことを知ると「おそらく甘やかされている」ということを、確率的に高いというよりも、確実な事態だと考える。こういう連中は自然科学をやるべき輩で、生きた人間などを扱ってはいけない。

    ・断言するが、積極的精神療法と世間で思い込んでいるものに患者が人生の無際限な期間を費やしてしまう理由がごく単純な場合があって、それは精神科医が「その患者がどういうふうにして診察室にやって来たかそのヒントさえ全然持っていない」という事実のためである。

    ・面接の経過中に患者を無視したり、けなしたり、卑下したり、恥をかかせたりする。このような行動はほんとうはまず例外なしに面接者の自分が重要だという自信を得たいという欲求をあらわすものである。

    ・ところで、魔法以外にはある人を安堵させられる方法がない時はどうするか。正解は「安堵させようとするな」である。特に言うべきことばがない時は、言うな。

    ・いかなる力動態勢によって人が変わるのか。それはこうである。障壁が除去され、自分がいる地点を知覚し、自分が直面している状況を認識し、これまでそれらの認識が至難だった理由が見えれば、人は必ず変化する。

    ・これだけは絶対に確かなのは、邪魔者を除去しさえすれば後は放って置いてもうまく行くということだ。実にほんとうにそうだよ。だからこそ二十五年もこの仕事をやっているが、”何とか治せ”とは誰一人にも強要されなかったんだ。患者たちは、私が必要な掃除をしておきさえすれば後のことは引き受けてくれたのだ。(困った障害を引き起こしている)存在理由が明らかになるといろんなことが舞台から消え失せた。気味が悪いくらいだった。

  • 途中で読むことを挫折してしまった。
    印象として残ったのは、信頼しうる精神科医というのは、自分が面白くないと思うことでも食べる糧のために仕事をしているということをちゃんとわかっていることだという文章。

  •  精神医学の大家H・S・サリヴァンが精神医学における面接のあり方についてまとめた有名な一冊。

     講演やノートをまとめたものなので文章が頻繁に区切ってあり冒頭に小見出しがついているので非常に読み易い。
     間主観的などの言葉に表されるサリヴァンの面接思考。自分や相手の関わりを慎重に考察しながら何をどう聞くべきかを考えていく過程はロジャーズのパーソンセンタードに通じるものがあるように感じた。
      
     精神科医に限らず関係職種の人は手元に置いておき繰り返し読みたい一冊。

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