美徳なき時代

  • みすず書房
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本棚登録 : 155
レビュー : 8
  • Amazon.co.jp ・本 (379ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784622037927

感想・レビュー・書評

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  • 怖い本。再読するたびに発見がある。読みにくいのに面白いのでつい読み進めてしまう。
    学生時代の思い出。

  • アリストテレス哲学に関しての前提知識に乏しい人は序盤読むのに難儀する。後半の議論は普通に読める

  • 途中で終わってる感があるが、それは原書では続きがあるが邦訳されてないためか?
    有名な本だと思うけど、それなり。

  • 倫理的概念を自然的命題から導くことはできない、というムーアの自然主義的誤謬の議論の反駁を試みる。人間を目的論的存在として捉える。目的論があるならば、現状を記述する自然的命題から何をすべきという規範を導出できる。この目的論を与えるのが伝統、ということかな。
    とは言っても、アリストテレスのその観念には時代的限界があるから、どう現代的に乗り越えようかという話になる。問題は①アリストテレスの形而上学的生物学②都市国家という前提③価値の多元性と衝突という現実への無視。この三点を書き換えてアリストテレス主義を復活させられないか?
    マッキンタイアは人生に物語という構造を見出し、その人生を通じて何かを成就することで善を実現できると考える。しかし、それに対して目標それ自体を裁くことはできないのか? という問い。優秀なナチ党員も有徳ではないかという問題。
    さまざまな徳が歴史的に提起されていることについてはどう考えられるのか? 諸々の徳が共有する核心的価値はあるのか? 徳の三類型。個人に社会的役割を与える力、個人に人間特有のテロスへの推進力を与える、成功への功利的性質。
    二番目と三番目の違いは? 功利的性質であるならば、目標の達成と快楽は別物となる。アリストテレス的観点では両者は不可分となる(でもなんで?)。
    徳を構成する核は、①実践②一人の人間の生の物語的秩序③一つの道徳伝統の説明、を背景にしてのみ説明される。
    最後は「すでに到来している新たな暗黒時代を乗り越えて、礼節と知的・道徳的生活を内部で支えられる地域的形態の共同体を建設」を提示。
    共同体主義より徳倫理学として強く読みたい。「伝統」なるものの分析がいまいち分からなかったのと、情動主義批判とか、行為の倫理を批判しているのがどのようにしてなのか、読み返して考えたい。

  • 野中郁次郎『経営は哲学なり』では、現場のあり方において美徳の問題を議論展開。

  • 重厚な哲学書。しかし良質のミステリーとしても味わうこともできる。道徳についてかくも解決不可能な論争に陥るのはなぜか?それは、論争にあかわる両陣営の話がまったくかみあわない(共約不能である)からだ。歴史上のどこで、この「話のかみあわなさ」はおこってしまったのか?キェルケゴール、カント、ディドロ、捜査線上に浮かぶ様々な容疑者たち(思想家たち)。著者の名推理が道徳観の歴史というもつれた糸をときほぐしていく過程は実に見事。そしてロールズとノージックを同じ刃でばっさり斬った後、ラスボスはやはりニーチェ!?知的興奮まちがいなしの一冊である。

  • この本については、中世から現代までの「徳」に対する概念の変遷を解説をしている。面白いことに一昔前までは「諸徳」という複合的表現であったのに、現代では「徳」という単一的概念しかない。そもそも現代は「徳のある人」と表現するが、誰か正確に概念を説明できますか。私はできかねますね。この本では「美徳なき時代」の意味を明確に記載してなかったような気がする。で私の捉え方だが、言葉は時代によって変遷している。明確には表現しにくいが、そもそもA時代にはあってB時代には無い言葉があるのではないか。それ故にその言葉の示す概念の存在も無い。現代社会においては、「美徳」という言葉の概念もしくは定義自体ないのではないか。故に「美徳なき時代」と呼ぶのではないか。そんな気がしてならない。

  • 読みどころが、たくさんある本。
    人間が物語る動物であり、各人の人生は各人の物語を生きているという主張は、まさに私がこれまで考え続けていたこと。

    この主張の帰結は、希望と絶望が同時に存在すると思う。
    希望(個々人が善・正義を得て、”良い”人生を追求可能となる可能性)
    絶望(主体の消失)

    是非、再読したい。

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著者プロフィール

(Alasdair MacIntyre)
1929年イギリス・スコットランドのグラスゴーに生まれる。ロンドン大学で古典学や哲学を学んだ後、1951年にマンチェスター大学で、また1961年にオックスフォード大学で修士号を取得。マンチェスター大学、エセックス大学などイギリスの諸大学で教鞭をとった後、1970年にアメリカに移住。以降、ボストン大学、ノートルダム大学、デューク大学等で哲学科教授を歴任。現在はロンドン・メトロポリタン大学の現代アリストテレス主義倫理学・政治学研究センター等で上級研究員を務めている。1981年に『美徳なき時代』(篠崎榮訳、みすず書房、1993)を発表。本書はいわゆる「リベラル・コミュニタリアン論争」の火付け役となるなど、道徳哲学や政治哲学の世界を中心に大きな反響を呼んだ。その他の著書として、『西洋倫理学史』(1966)(深谷昭三訳、以文社、1986/菅豊彦・井上義彦他訳、九州大学出版会、1985–1986)、『世俗化と道徳的変化』(1967)、『誰の正義? どの合理性?』(1988)、『道徳的探究の競合する三形態』(1990)、『近代の諸対立の中の倫理学』(2016)などがある。

「2018年 『依存的な理性的動物』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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