1995年1月・神戸――「阪神大震災」下の精神科医たち

制作 : 中井 久夫 
  • みすず書房
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  • レビュー :8
  • Amazon.co.jp ・本 (263ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784622037972

作品紹介・あらすじ

半ば火にあぶられたオリーヴの木、水分をしたたかに含んだこの一本のオリーヴが、火元の病院から風下の家を守った。「この木のおかげで私の家は焼けなかったのですよ」と狭い小路からおばさんが出てきて言った。この病院の47名の患者と院長の母堂とは、当直医1名ナース2名他1名より成る職員の努力で、全員救出された。

感想・レビュー・書評

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  • 所在:紀三井寺館1F 請求記号:WM401||N2
    和医大OPAC→http://opac.wakayama-med.ac.jp/mylimedio/search/book.do?target=local&bibid=16432

    学部生のみなさんは、もう阪神大震災のことを、リアルタイムでは知らない年齢なのですよね。
    でも東日本大震災のことは記憶に新しいと思います。

    学部生のみなさんよりは長く生きているわたしも、あの阪神大震災が、生まれてはじめての大きな災害であったと、鮮明に記憶しています。
    ボランティアやDMATなど、阪神大震災を契機にゆきとどいてきた概念やシステムは多いのではないでしょうか。

    あの地震以降、大きな災害が起こりつづける日本で、読み返すたび学ぶことのある一冊だと思います。

    紀三井寺、三葛の両館で所蔵。

    (スタッフN)

  • 阪神淡路大震災に立ち向かった精神科医による貴重な記録

  • 「指示を待ったものは何ごともなしえなかった。統制、調整、一元化を要求した者は現場の足をしばしば引っ張った」の一文が印象的。

  • 16年前の震災を思いだしながら、むかし読んだ本を再読。東北や関東の震災被害と東電の原子力発電所の事故はもちろん気にかかるが、3/12に起こった長野の地震(かなり大きく、震度6弱の余震もあった)のことが新聞やニュースではほとんどまったく分からず、どうなっているのだろうとずっと思っていた。震度6は、16年前に神戸市や明石市、洲本市で観測された震度と同じだ。

    私は東北にも土地勘がないけれど、広い長野もほとんど知らず(長野市内へ仕事でいちど、Weフォーラムで更埴へいちど、叔母に連れられて軽井沢へいちど、それぞれ行ったことはある)、それでも長野には数人の知人が住んでいたりして、気になっていた。

    こないだ長野出身のiさんにきいたら、地震のあったところ(栄村)は新潟に近いところとのこと(栄村は震度6強、新潟や群馬でも震度5弱を観測している)。被災情報のブログも初めて知った。

    「人間は悲しいことに出会ったとき、悲しみをともに分かってくれる人がいないと本当に悲しむことができないものである」(189ページに引用されていた、土居健郎のことば)

    16年前の震災時に働いた精神科医たちの記録。編者となった中井久夫は、神戸大学医学部附属病院精神科の教授だった。こんな人が科のトップにいてよかったと思う。

    その中井が震災時の経験をふりかえって、自分はボランティアを非常に誤解していた、ボランティアとは「任務が決まっていて、現場に行ったらその任務に奔走するものだと思っていた」、そういうボランティアもあるかもしれないが、災害救援は問題が時々刻々と変化するので「状況がすべてである」、と書いている。

    「状況がすべてである」ことについて、巻頭の「災害がほんとうに襲った時」(これはラファエルの『災害の襲うとき』をもじったタイトル)で、中井はこう書く。

    ▼ 「何ができるかを考えてそれをなせ」は災害時の一般原則である。このことによってその先が見えてくる。たとえ錯誤であっても取り返しのつく錯誤ならばよい。後から咎められる恐れを抱かせるのは、士気の萎縮を招く効果しかない。現実と相渉ることはすべて錯誤の連続である。治療がまさにそうではないか。指示を待った者は何ごともなしえなかった。統制、調整、一元化を要求した者は現場の足をしばしば引っ張った。「何が必要か」と電話あるいはファックスで訪ねてくる偉い方々には答えようがなかった。今必要とされているものは、その人が到達するまでに解決されているかもしれない。そもそも問題が見えてくれば半分解決されたようなものである。(p.23)

    病院の医師・看護師・スタッフも多くが被災者だった。九州や関東から救援に入った人たちも含め、多くの人の記録は、自身の落ち込みや涙、高揚感や興奮も率直に伝えていて、そこには精神科医や病院スタッフ独特の観点もあるけれど、16年前に私もこんな風に感じたなあと思うところも多かった。

    「生きることは本当に大きな贈り物なので、生きられたひとつひとつの生からは、何千という人々が利益を得る」(162ページに引用されていた、管啓次郎のことば)

    ※現在、版元のみすず書房で品切れになっているこの『1995年1月・神戸』と、同じく中井ほかによる『昨日のごとく』は、それぞれから文章を編み直して、『災害がほんとうに襲った時―阪神淡路大震災50日間の記録』、『復興の道なかばで―阪神淡路大震災一年の記録』として近日刊行されるそうです。

  • 東京には平静さが戻り、以前ほどには被災地や原発のニュースに一
    喜一憂しなくなっているのを感じます。ある種の慣れや忘却が始ま
    っているのかもしれません。家や家族や住む土地を失った被災者の
    方々が本当に辛いのはこれからだと考えると、不条理なことです。

    神戸の震災を経験した精神科医の中井久夫氏は、最初の40~50日が
    勝負だ、と言っています。これは、戦場の兵士達が、突然、戦闘を
    継続するのがバカバカしくなり、武器を捨てようとする態度に出る
    「戦闘消耗」のピークが40~50日だからだそうです。

    つまり、今、被災地で頑張っておられる方々も、あと20日もすれば
    疲れきって動けなくなってしまうかもしれない、その前にできるだ
    けのことをしておかないといけない、ということです。

    震災後の50日。実は、神戸については、その記録が残されています。
    題名は『1995年1月・神戸』。中井氏のほか、神戸の精神科医や看
    護士達、それにボランティアで駆けつけた人々の手による最初の50
    日間の活動記録です。阪神大震災が起きたのが1月17日で出版は3月
    14日ですから、驚くべき早さで完成された本です。未曾有の震災に
    居合わせたことに天命を感じ、後学のために生々しい記録を残そう
    とした中井氏の強い意志と祈りを感じます。

    本書は精神科医に向けて書かれたものですが、専門知識は全く必要
    としません。むしろ災害の復旧や支援に関わる人全般に向けた内容
    となっています。花がどれだけ人の心を慰めるかなど、経験者なら
    ではの実践の知恵に満ちているので、ボランティアや取材、調査や
    復旧業務で現地に行かれる方々、また、各地・各組織で震災対応に
    不眠不休で取り組まれている方々には特に役立つことでしょう。有
    事の際のリーダーシップのあり方や人の心の動きについても学べる
    ので、リーダー的立場におられる方は必読だと思います。

    残念ながら、本書は絶版です。古本の入手も困難な状況で、図書館
    で借りて頂くしかない状況です。ただし、本書の白眉である中井氏
    の「災害がほんとうに襲った時」だけは、今回の震災を受け、イン
    ターネット上で無料公開されています(リンク先を参照下さい)。
    http://homepage2.nifty.com/jyuseiran/shin/shin00.html

    なお、出版元のみすず書房は本書の新版を4月20日頃に緊急出版す
    ることを決めたそうです。本来であれば新版の発売を待って紹介す
    べきところですが、一番大事な最初の50日が終る前に読むべき人に
    読んで頂きたいと思ってここに取り上げる次第です。

    直接会ったことはありませんが、20代の頃からずっと中井氏の文章
    を読み、その感覚や思考にはとても影響を受けてきました。秘かに
    師と仰ぐ方です。今回改めて本書を読んで、中井久夫という人物に
    対する尊敬の念が更に深まりました。本書は今こそ読まれるべき名
    著です。是非、読んでみて下さい。

    =====================================================

    ▽ 心に残った文章達(本書からの引用文)

    =====================================================

    一つの問題を解決すれば、次の問題がみえてきた。「状況がすべて
    である」というドゴールの言葉どおりであった。彼らは旧陸軍の言
    葉でいう「独断専行」を行なった。おそらく、「何ができるかを考
    えてそれをなせ」は災害時の一般原則である。このことによってそ
    の先が見えてくる。たとえ錯誤であっても取り返しのつく錯誤なら
    ばよい。後から咎められる恐れを抱かせるのは、士気の萎縮を招く
    効果しかない。現実と相渉ることはすべて錯誤の連続である。治療
    がまさにそうではないか。指示を待った者は何ごともなしえなかっ
    た。統制、調整、一元化を要求した者は現場の足をしばしば引っ張
    った。「何が必要か」と電話あるいはファックスで尋ねてくる偉い
    方々には答えようがなかった。

    結局、日頃、仕事をとおして信頼関係にあるところが実質的な援助
    を与えてくれた。

    改めて思う。日本人の集団指向は事の半面である。いきなり状況の
    中に一人投げ込まれて真価を発揮する人間が存在しているのである。
    (…)組織が崩壊あるいは機能を失った時、このような人が現れ、
    決意と創意工夫とを以て事に当たる。

    総じてロジスティックス(兵站)という概念の欠如がめだった。こ
    のように飲まず食わずでも持ち場を放棄しない日本人の責任感にも
    たれかかって補給を軽視した50年前の日本軍の欠陥は形を変えて
    生き残っていた。

    樹の倒壊は実に一本も目撃していない。落葉樹は今は冬木であるに
    かかわらず、幹さえ焦げていなかった。(…)それより著しいこと
    は、そこで火が止まっていることであった。

    冬の神戸の晴れで、山なみは青く、生みは鏡のように輝いていた。
    近くに見える山と海とは私に大きな精神的な安定感を与えた。

    数十万の避難民の医療ということは誰も想像していなかった事態で
    ある。(…)80代、90代の老人が避難所で息を引き取る例を一
    人ならず耳にした。

    時とともに貧富の差が次第にその顔を見せはじめた。第一日にはひ
    としなみに運動場の避難民であった被災者も、豊かな人、遠くに親
    戚のある人、大企業に勤めて寮や社宅に入れる人から、櫛の歯を引
    くように避難所を去っていった。

    災害においては柔らかい頭はますます柔らかく、硬い頭はますます
    硬くなることが一般法則なのであろう。心身の余裕のない状態にお
    いてそうなることは容易に理解されることである。

    「花」が大事だという発想は皇后陛下と福井県の一精神科医とがそ
    れぞれ独立にいだかれたものだという。「花がいちばん喜ばれる」
    ということを私は土居先生からの電話で知った。

    コミュニティが崩壊しなかった証拠はいくつもある。街の物価は突
    然安くなった。隣の店が崩壊している時に商売していて暴利をむさ
    ぼるなんてとんでもないと言った人もいる。

    人間集団はある臨界点を越えると突然「液状化」して「群集」と化
    し、個人では全く考えられないような掠奪、暴行、放火などを行う
    という。「神戸ではそれがみられなかった」ということは日露戦争
    以後はじめて日本が世界からほめられた事態であった。

    店を開いた人たちが争って値下げしたということは「私はよい商人
    である I am a good merchant」という態度表明である。これは町の
    将来、人々との交流の将来を信じているからである。それに加えて、
    倒壊した隣の店に対する「すまない」という意思の表明でもある。
    この事実から出発して考えれば、「暴利」とは現在しか信じない絶
    望の所産であり、「掠奪」もまた絶望の所産である。

    この三週間、私はたしかに「共同体感情」というものが手に触れう
    る具体物であることを味わった。(…)
    このような「共同体感情」が永続しないことは誰しもひそかに感じ
    ている。先の運転手は「いつまでもこうだと仕事をしやすいのだけ
    れど、そう続くもんではないんだろうなあ、どんな形で終ってゆく
    のだろう」と言った。それこそ私の問題であり、私の中に住む精神
    科医の問題であった。

    一般に、神戸人は、自分たちも神戸に地震はまさかこないと思って
    いたことを棚に上げて行政を罵倒しない。

    今の神戸市民の話題は、今度はどんな街になるかというほうに向か
    っている。「老人、障害者など弱者が今までのように中心部におれ
    る街」というのが、私の聞いたもっとも大きな願いである。

    「終ったという感じが流れているね、まだ不通の電車も避難所もあ
    るのに」「4、50日しかスタミナは続かぬだよ、生理的に」「そ
    の間に主なことをやってしまう必要がありますね。」われわれはや
    りおおせたのだろうか。

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    ●[2]編集後記

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    先週、東京の水道水に放射性物質が検出されて以来、ミネラルウォ
    ーターの売り切れが続いています。

    そのニュースを見て心配した地方に住む友人やお世話になった方々
    が、水を送ろうかと電話をくれたり、実際に送ってきてくれたりし
    ています。本当に有り難く、人の心の温かさが身に沁みると共に、
    自分はこれまで彼らに何をしてきてあげたのだろうと、恥ずかしく
    もなりました。

    昨日、水を運んできてくれた宅急便の運転手は、同じように地方か
    ら水を送る人達の荷物で車のサスペンションがきしんでいると笑っ
    ていました。今、凄い勢いで東京にはミネラルウォーターが集まっ
    ています。有り難いことですが、被災地も水を必要としているだろ
    うに、大丈夫なのだろうかと心配にもなってしまいます。いざとな
    ると被災地よりも東京のことが優先されてしまうところに原発事故
    を伴う震災の真の恐さがありますね。

    電気から水から食糧から、あらゆるものの供給を東京は地方に頼っ
    ています。地方が東京を支えているという当たり前の事実に今更な
    がらに気づかされます。そして、東京は今まで地方に対して何をし
    てきたのだろうかと考えてしまうのです。

  • 本書所蔵「災害がほんとうに襲った時」(中井久夫)が、最相葉月氏により全文電子公開

  • 阪神・淡路大震災の直後から2月初めまでの神戸における精神科医の活動記録。ずっと積ん読本だったのだが、311を機会にようやく開いた。難解な文章もあり、読み切るのに1週間かかった。だが、地震における被災者や支援者の精神状態の移り変わり、ボランティア活動の在り方など、今に活きる内容である。

  • 本に読まれて/須賀敦子より

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