語り伝えよ、子どもたちに ホロコーストを知る

  • みすず書房 (2002年2月22日発売)
3.50
  • (2)
  • (4)
  • (7)
  • (1)
  • (0)
本棚登録 : 41
感想 : 4
サイトに貼り付ける

本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています

本 ・本 (184ページ) / ISBN・EAN: 9784622038481

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  •  非常に良くできたホロコーストに関する概説書である。発行の過程が特異で、スウェーデン首相の発案により、若者のためのホロコースト入門書的性格を持つ書籍として作成された。スウェーデンの当時の子供のいる家庭に、注文書が配布され希望する家庭には供与された。その数は26万部に達し、初版から8ヶ国語で出されドイツでは教育用に30万部、フランスでも5万部が採用された実績がある。

     スウェーデンは第二次世界大戦において中立国だが、その意識におぼれることなくユダヤ人を特にハンガリーのブダペストで助けながらナチ・ドイツとも鉄鋼を輸出し続ける等の「都合の悪い」事実も併記している。日本の若者にはしかし、基礎的な第二次世界大戦のヨーロッパ方面の概略や大まかな流れの知識すら殆ど浸透していないため、主に「若者のため、若者との対話のため」作成された本書の前提知識すらないのでネットでもいいので最低限年表を第二次世界大戦の6年間については、全く知識がないと思う人は読んでおくべきだろう。

     更に特筆すべきは、ホロコーストにおいては専らユダヤ人、ユダヤ系にのみ焦点が当たりがちである(と感じる)のだが、本書ではことあるごとにシンティ・ロマ(いわゆるかつての別称的響きを当事者には与えるという「ジプシー」、ポーランド人、ソ連兵捕虜、同性愛者、そして身体・精神障がい者などの犠牲者数や、かれらへの弾圧と虐殺の始まりなども長くはないページ数の中でバランス良く記述されている点だ。特にシンティ・ロマに関しては本格的な犠牲者の研究が圧倒的に少なく、彼らの生存者や遺族はどこの政府からも補償金の類を受け取っておらず、「今日のヨーロッパにおいて最も差別的扱いをなおも受け続けている民族」と明記している点などであろう。

     画像やイラスト、現存しない建物などの生存者の証言に基づく復元図版やその解説なども1ページにまとまっている事が多くわかりやすい。既に中級程度のホロコーストや第二次世界大戦におけるヨーロッパ方面の知識を得たなあ、と思っている方にも新たな知見があるだろう。例えばボクサーで、ジプシーとされチャンピオンを剥奪された挙句頑健な肉体は独ソ戦で消耗させられ最後は劣悪な栄養状態と衛生環境でかつての面影が亡くなってしまった彼を、収容所の連中が殴っていたぶり楽しみ、それに飽きると処刑される…など信じがたい人間性の放棄の犠牲となったヨハン・トロールマンという青年のことなどをご存知だろうか?その他大きな規模より小さな視点での犠牲者の証言や日常を破壊される様子なども多く引用され、また執筆者二人(ともにウプサラ大学の歴史学の教員。当時)、S・ブッフフェルドとP・A・レヴィーンは読者に断定ではなく(「断言」をする輩は危険であり、しばしば信念という名で思考停止をぬり固めるため基本的に信用のできない人物と私は常に考えている)、読者自らこれまで読んできた中で考えるよう促す筆致をとる。権威主義的目線とは真逆に近く、ともに考えよう、理解不能かもしれない、実体験者もそう言っているが、しかし考えることをやめることは同種の似た悲劇を引き起こしかねないと寄り添ってくれる慈愛にも似た文章。

    第二次世界大戦全般の中でも特に大量虐殺の代名詞であるホロコースト、ジェノサイドとも、ショアーともポライモスともいうが、これらに興味がある日本の読者に十分におすすめできる推奨図書。しかし本当に最低限の前提知識は必要である事も、特にヨーロッパの近現代史を中高でやらないこの国の歪んだ歴史教育の中で育ち自覚のある場合1冊程度類書を読んだ上で読むのがいいかも知れない、と付記しておきます。

  • 空腹は人々の目をぎらつかせ、喉の渇きは目をうつろにする
    人は朝に死を願い、夕べには死を恐れる
    1日は一年より長く、1分は一生より長い
    苦しみはとどまるところを知らず、恐怖は果てしない

  • 1998年に発行されたスウェーデン政府によるプロジェクト「生きている歴史」の叢書の一冊に日本語版のために一章追加されたもの。
    書店販売ではなく、ペールソン首相の書簡を添えて注文書とともに配布されたが、26万部の注文があったという。



    前に読んだ『ぼくらはそこに居合わせた』にあった絵本毒きのこが掲載されていた。
    そのエピソードは、子ども時代に見たものが刷り込まれることの怖さを物語っている。

    非常事態下ということで、すべてがまかり通るこの事態のことは覚えておかなければならないと思う。
    こうしてなし崩しに起こっていくことを止めるためには、日ごろからすべてのことを慎重にすすめるように訓練していなければいけない。

    悲しかったのこと、そして気をつけなければいけないのだと思ったのがここ。
    P45ドイツの図書館司書たちは早い時期から、知識人たちの人種属性を系統的に調査し、記録を始めていた。
    彼らは自分たちの技能や知識を国民社会主義システムに捧げることを当然と考えていた。このような「準備」のおかげでユダヤ人作家、出版人、学者の「排除」が可能になった。

  • スウェーデン政府の公共教育プロジェクト「Living History(生きている歴史)」の一環として、1998年に出版されたホロコーストの”教科書”。71万の家庭に、首相の手紙をつけて、注文書が配布されたところ、26万部の注文があった(スウェーデンの人口は約900万)。移民労働者など多言語社会のスウェーデンの現状を考慮し、8ヶ国語で出版された。本書はその日本語訳版。

    共著者の1人、Paul Levineは、スウェーデンのウプサラ大学史学部上級講師および同大学のホロコースト・ジェノサイド研究プログラム代表。

全4件中 1 - 4件を表示

中村綾乃の作品

  • 話題の本に出会えて、蔵書管理を手軽にできる!ブクログのアプリ AppStoreからダウンロード GooglePlayで手に入れよう
ツイートする
×