映画とは何か

著者 :
  • みすず書房
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本棚登録 : 53
感想 : 4
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  • Amazon.co.jp ・本 (262ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784622042648

作品紹介・あらすじ

『サイコ』の映像の罠を精緻に分析し、亡命後のフリッツ・ラングの魅力を論じ、ハリウッドの隠れた傑作群を発見する。当代きっての論客による待望の映画論。

感想・レビュー・書評

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  • 映画について書かれた本には、大きく分けて二種類ある。一つは、映画が好きで、映画について語りたいという思いにあふれたものである。今ひとつは、映画をテクストとして読み、分析し、批評しようというものである。もちろん、その二つを兼ねたものもあろうが、力点の置かれ方は、対象に対する眼差しの温度差で分かる。前者は熱く、後者は冷たい。この本は後者に属する。

    全体は二部構成で、前半は映画の文法についての講義。ヒッチコックやフリッツ・ラングの作品をもとに、記号学を駆使して対象を分析していく手際があざやかである。後半は、「列車映画」の歴史やD・W・グリフィス、黒人劇場専用映画についての詳細な研究報告という態をなしている。

    「『サイコ』では不吉なことは二度くり返される。」それが、奇妙な既視感となって観客にやがて襲ってくる恐怖を予兆させている、と著者はいう。たとえば、大金を持ち逃げすることになるヒロインの勤めるオフィスの壁に不動産屋には似つかわしくない荒野の写真がかかっているが、十数時間後、ヒロインは、写真によく似た荒野を車で走っている。また、あまりにも有名なシャワーシーンと、その後に続くナイフを何度も振り下ろすシーンが、モーテル到着前に、しのつく雨の中で車のワイパーが弧を描く運動とダブルイメージになっている点などが著者が示す例である。ヒッチコック自身が自作を語った『映画術』にもこの部分に関しての言及はない。「批評家は主題やストーリーにしか興味を待たない(前掲書)」ことを嘆いていた監督が知ったら喜んだろう、精緻な分析である。

    記号学を援用したフリッツ・ラングの亡命時代の作品の分析も興味深いものがあるが、後半のD・W・グリフィスを素材にした「アメリカ映画のトポグラフィ」は、映画黎明期のアメリカにおいて、グリフィスの果たした役割を知る上で貴重な研究である。それはまた、映画というものが、演劇的なものから解放され、いかに映画自身になっていったかを知るための里程表にもなっている。

    あとがきによれば、本書は、講演用の原稿を改稿して「ハリウッド映画とは何か」という総題の下に『みすず』に長期連載したものであるという。亡命ユダヤ人作家フリッツ・ラング、黒人劇場専用映画、また、グリフィスの初期インディアン映画など、並べてみても分かるように従来のハリウッド映画論とは異質な視点から考察されているのが分かる。それまでの映画論が看過してきた「透明な命題がいかに可視化可能な命題であるかを検証しようとする」著者の目論見は、かなりの部分で成功していると思われる。眼差しはクールだが、語り口は熱いのである。

  • ベタなタイトルである。しかし,1998年の『映画のメロドラマ的想像力』から,毎年のように著書を発表している著者だから,正直なところタイトルに困ったのかもしれない。本書は,みすず書房の出版案内を兼ねた月刊誌『みすず』に掲載されたものを集めたものである。1994年の第1回から,最後の第6回は1998年。『みすず』に掲載されたものを私はいくつか読んでいたので,本書を購入するのは後回しにしていたのだが,最近加藤氏の著書を中古で買うことが難しくなっていて,たまたま本書を2000円で見つけたために購入した。
    加藤氏の著書は今まで,
    『映画ジャンル論』(1996年,平凡社)からはじまり,
    『鏡の迷宮』(1993年,みすず書房)
    『ヒッチコック『裏窓』ミステリの映画学』(2005年,みすず書房)
    『映画館と観客の文化史』(2006年,中公新書)
    と読み進めてきた。まだまだ執筆の勢いに追いついていない。ここ数年は出版のペースが落ちたものの,1996年から,ウェブの映画批評サイトも管理しているのだから,その執筆量には驚くしかない。そして,量だけでなく,個人的には彼の文章は今私が一番刺激を与えられる内容を持っている。
    http://www.cmn.hs.h.kyoto-u.ac.jp/NO1/NO1HOME.HTM
    基本的に彼の研究は映画史であり,いくら映画好きといっても古典作品をあまり観ていない私にとっては彼が取り上げる映画は観たことがないものが多い。しかし,彼の文章はそれでも十分読ませてくれる魅力を持っているのだ。批評というのはその書き方が意外に難しい。割り切って,その批評対象になっている作品を読んで(観て)いるものだということを前提にするのが一番楽。もう一つの割り切りは懇切丁寧に作品を紹介すること。でも,後者はその冗長な説明が時に読者を興ざめさせる。特に映画は,分析対象が物語りだけではないので,文章で説明してもたかがしれてるし,もし観ている作品であっても,分析されているシーンをきちんと映像として記憶しているとは限らない。まあ,ともかくその辺は批評家にとって難しい問題ではあるのだが,加藤氏はその辺りのバランス感覚が素晴らしい。また,分析方法に関しても,単なるテクスト内分析でも,テクスト間分析でもない。かといって,テクスト分析を軽んじるような政治・社会分析一辺倒でもない。表現の内容と,作品の成立する社会状況の両方に目を配り,さらにその両者をうまく結びつけるために,映画の技術史に細心の注意を払うのだ。といっても,単純な映画の撮影技術や編集技術だけではない。映画における編集手法の歴史を最重要視しているところに彼の特徴がある。
    本書では第1章で,ヒッチコックの『サイコ』が取り上げられる。この映画は私も観ているし,問題のシーンが絵コンテで再現されていて,非常に分かりやすい。第2章では,『メトロポリス』(1926年)で有名なドイツの監督,フリッツ・ラングの渡米以降の作品が詳細に分析される。戦前にドイツで名を成したラング監督は自らにユダヤ人の血が入っていることを理由に合衆国に亡命する。亡命後の作品はほとんど注目されてない,という前提が本章にはある。私は『メトロポリス』すら観ていないが,その論理的説明には妙に納得させられる。第3章は『みすず』の段階で読んでいた。ホロコーストを描いた映画『ショアー』が取り上げられる。ホロコーストを生き延びた人たちへのインタビュー映像をつなげただけの9時間半に及ぶドキュメンタリー映画だが,それは同時に『シンドラーのリスト』のような,ホロコーストをスペクタクル映画へと仕立て上げたスピルバーグ批判でもあるという。しかし,映画技術史を踏まえた著者の分析によれば,この2つの作品は似たり寄ったりなところもあり,ホロコーストの表象可能性という問題の根本については解決されていないという。続く第4章は結構面白い。映画と列車の関係についての考察だ。もちろん,初期のフィルムが単なる列車の到着場面を撮影しただけのものだったということから始まり,この両者には直接的な関係がある。しかし,本章ではその両者の関係をもっと広く捉え,場合によってはゆるやかなつながりや,強引な関係付けなどで論が展開していくところが面白い。つまり,厳密な直接的関係だけを積み重ねていっても批評というのは面白くはならない。大いなる想像力を働かせた大胆な論というものも期待したいところ。加藤氏の研究が魅力的なのはその辺も豊かだからだ。さて,この第4章から第2部「映画史を書く」に入っているが,最後の2章は私には少々難しい。第5章はD.W.グリフィスという合衆国の監督による,1908年から1913年までに撮影された400本以上もの短編というのが対象となる(実際にはうち20本)。そののちの1915年の『国民の創生』という長編でグリフィスは有名になったそうだが,すっかり忘れ去られた膨大な短編西部劇のなかで,その表現手法を急速に進化させた,というのが映画史上での発見。最後の第6章で取り上げられるのは,1910年代から1950年代にかけて存在していたという,黒人劇場専用映画である。黒人差別が普通だった時代の合衆国では,黒人のための専用映画館があり,そこでのみ上映される映画が撮影されていたという。その事実だけでも十分知的な刺激を得られる内容。
    まあ,そんな感じです。思わず,古書店になかなか出回らない加藤氏の本を2冊もAmazonで発見して注文してしまった。またまた読むのが楽しみである。

  • 【目次】
     序言 マイナー映画のために
    第1部 映画を見る
     第?章 サイコアナリシス(映画を見る(聴く)とはどういうことか)
     第?章 記号の視認(亡命映画作家フリッツ・ラング)
     第?章 表象問題としてのホロコースト映画(映画の観客とはいかなる主体か)
    第2部 映画史を書く
     第?章 列車の映画あるいは映画の列車(モーション・ピクチュアの文化史)
     第?章 アメリカ映画のトポグラフィ(D・W・グリフィスのアメリカン・インディアン初期映画)
     第?章 アメリカ映画史の二重化(オスカー・ミショーと黒人劇場専用映画)

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著者プロフィール

映画批評家・映画学者
2020年9月26日没

「2023年 『映画史の論点』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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