不死身のバートフス (lettres)

  • みすず書房
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本棚登録 : 17
レビュー : 2
  • Amazon.co.jp ・本 (180ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784622046066

作品紹介・あらすじ

「ホロコーストをもろに呑み込んだ男」バートフス。いまだにしまい込んだままの恐怖の記憶。妻や娘との交流を拒絶する日常。しかし、彼は格闘している。人間としての尊厳や憐憫の情を失うまいと。彼に光は射すだろうか。削ぎ落とされた文章と、深く沈黙する行間。そこから、ヘブライ語の達人アッペルフェルドの確かなメッセージが伝わる。国際的な賞を数々受賞しながら、日本には初登場である。

感想・レビュー・書評

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  • 『だからふたりのあいだには、暗黙の競争がある。どちらがよけいに無視するかという』

    日本人の思う沈黙がどこまで行っても仏教的な行為に収束し、瞑想が無という状態を理想とするのとは決定的に異なり、アハロン・アッペルフェルドの文章に存在する沈黙は饒舌である。これに近いのは遠藤周作の「沈黙」における語りだと思うがそれは最早西洋的な世界観を描写するもの。根本的なところで一神教の世界観に踏み込まなくてはアッペルフェルドの作品は理解し得ぬものであるのかも知れない。

    饒舌と書いては見たけれど、この作家の文体は過剰さからは程遠いもの。物語の背景はもちろんのこと、登場人物の性格や心情についての第三者的視点からの描写もほぼ皆無。時折語られる主人公バートフスの言葉にしても、彼自身がその意味を掴みかねている様が深々と伝播する。自らの感情の揺らめきに驚き、フラッシュバックする記憶のように襲いかかる欲望と恐怖と凶暴を「芽のうちに摘み取る」ようにして生きつつ、誰とも秘密を共有しないように努めながら、今だに何が起きたのかを理解し得ないホロコーストの時代の思い出に知らず知らずのうちにしがみつく。当然、ホロコーストそのものの記憶には触れないまま。全てが定まった一日を、毎日同じように繰り返すことにより、何かをすり潰して塵芥に帰そうとする主人公の執念のような沈黙があるだけ。しかし、沈黙の裏側にある思いがけない感情の起伏が、読むものの感情を喚起する。こんな感情を呼び起こす文章を他では読んだことが無い。

    物語はちっとも進まぬようでいて、細々とした変化の中に主人公たるバートフスの根源的な変化がある。それを変化と呼ぶべきか、挫折と呼ぶべきか、はたまた妥協と呼ぶべきか、諦観と呼ぶべきか、それとも未来志向と呼ぶべきか、答えはもちろんない。逆説的だけれど、その答えのなさがホンモノであることを証明する。たとえその証明が現実世界の中で何の意味を持たなくても、歴史的文脈を失ってしまっていたとしても、問いは与えられた枠組みの中に常にあり、枠組みの範囲を定める杭は、その先へと続く平面が地続きであることの標識。定まった枠組みの中から一歩たりとも踏み出さず、他人が少しでも建設的であろうとすることを偽善的であると主張する狭量は、過去を清算しない為の強張り。そのことが幾分変わった感慨を生むことに繋がる。

    型に嵌まることを忌避しながら、問い掛ける根源的な問いには型に嵌まった響きがする。そうであったとしてもやはり問わずにはいられない、問そのものが持つ意味を問わずにはいられない人間性。それが善であるか悪であるか。そのことを読むものにも厳しく問い掛ける。

    ありそうで無かった物語。

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著者プロフィール

アハロン・アッペルフェルド(Aharon Appelfeld)
1932年1月16日 - 2018年1月4日
ホロコーストを生き延びたイスラエルの現代作家。ウクライナ西部のチェルノヴィッツ、ドイツ人に同化したユダヤ人家庭生まれ。1940年、ナチス・ドイツのホロコーストにより母が殺され、父とともにゲットーに移住させられトランスニスタリア強制収容所へ。その父からも引き離されたのち、1942年に収容所から逃亡。第二次世界大戦後はイタリアに難民として移住し、1946年イギリス委任統治領のパレスチナへ移住、1952年ヘブライ大学で学ぶ。1957年、生存していた父親をイスラエルで発見。1979年から退職するまでの間、イスラエル南部のベン・グリオン大学の教授を務めた。

1964年に最初の著作を発行して以来、小説・詩など40作以上の著作を記した。1983年にイスラエル最高の栄誉賞であるイスラエル賞、2004年にヘブライ語からフランス語に翻訳された"Histoire d'une vie"( סיפור חיים )にてメディシス賞外国小説部門受賞。1996年に来日している。

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