表題作のみ読んだ。エラスムスというよりツヴァイクの思想を知るのに役立ちそうな本である。
面白いし読ませる力があるが、ルターがあまりに悪魔的に描かれており、エラスムスとの対立構造がかなり強調されている。
かといってエラスムスが英雄的に描かれているというわけでもない。(もともとエラスムスに英雄的な気質はないのだが)
この本は、エラスムス=ツヴァイク、ルター=WW2下における狂信の全て(ナチ、反ナチ、ソ連etc)への重ね合わせの意味合いが強い。
彼が言いたかったのは、エラスムスないしはヒューマニズム、そしてツヴァイク自身の中立精神が現実の暴力や分断の前にはあまりに無力であるということ、しかしその宿命的な「敗北」こそを賛歌しようではないかということである。
発行当時はこの本がツヴァイク自身の非行動の弁護であるとして、かなり叩かれたようである。
本作には解説がついていないので、あわせて「シュテファン・ツヴァイク『ロッテルダムのエラスムスの勝利と悲劇』試論」(杉山有紀子)などを軽く見ておくと良さそうである。
エラスムスが『痴愚神礼讃』を書いた理由の解釈が独特で面白い。人間に備わる健康的な「痴愚」をエラスムスが礼賛したのは、このあまりに冷静すぎる文人が、心の奥底で自分の痴愚の欠如に悩み、人々の「痴愚」に憧れたことの表れだという。
そうだろうか....?という気持にならなくもない解釈だが、斬新で面白い。しかしこの解釈からわかるのはエラスムス本人よりツヴァイクという人の思考回路であろう。