砂の城

  • みすず書房 (2007年5月18日発売)
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本 ・本 (216ページ) / ISBN・EAN: 9784622073055

感想・レビュー・書評

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  • アイルランドの作家だそうで。
    中村妙子さんの翻訳なので、まあ。

    気に入ったのは、「ささやかな遺贈金」。
    仕返し?復讐?報復?
    ”おばさん”呼ばわりに正面切って抗議できない、
    その気持ち、よーくわかりますから ^^;;
    思わずニヤリ。

    母は強いそうですが、老嬢は怖い。

    O・ヘンリーかプーシキンかって雰囲気です。

  • 「幸福を快楽と混同してはいけない。悲しみを幸福の正反対と考えることも間違っている」−『幸福』

    この同じ文章を前に一度別の本の感想の中で引いたことがある。その時にはどこかしらこの文章の持つ哲学的な孤高の響きが胸にとまって書き写したのだが、「幸福」という題の短篇を読んでこの言葉が放たれた背景が見えてくると、まずは感傷的な思いがわき上がり、やがて再びより深い哲学的な響きに触れたような気になる。この言葉はある母親の言葉を娘が語り直しているものだが、その母親の幸福宣言に対してその娘はこうも語る。

    「母さんがどうやら、誤って幸福と呼んでいるらしいそれは? 勇気だろうか? 気力だろうか? それとも健康か、心意気か? 人が与えることも奪うこともできないもの−−いわば解き難い謎。」−『幸福』

    そんなすれ違っているような、あるいはいないようなやり取りの底に潜むものが「砂の城」に収められた多くの短篇から、伝わってくる。それは、うたかたのように淡いもの、ひょっとしたら幸福と呼んでよいのかも知れない存在、をメアリ・ラヴィンが丁寧に描いているということであろう。それは、そのかたわらを気付かずに通り過ぎてしまいそうな位に儚く、そして通り過ぎてしまえば二度と見ることは適わないほどに脆い。

    メアリ・ラヴィンの短篇では、一つの出来事が常に複数の視点から語られていく。その語られ方は中国の故事「塞翁が馬」のようであると言ってもよいかもしれない。決してどの視点から見たものがより真実に近い形の事実であるのかは告げられないけれども、一見非合理とも思える「かたくなさ」が、その儚いものの本質であるのだということは静かに伝わってくる。それは非常に強い意志の現れであるようにも思う。

    にも係わらず、メアリ・ラヴィンの語り口には、むしろその儚さを呪うような温度の低さがある。あたかも儚いからといってそれを幸福と勘違いしてはいけない、と戒めるかのように響いてくる。これがアイルランドという土地につきまとう湿気と不幸というものに根ざすものなのか(「アンジェラの灰」のような底なし不幸が背景にある、と言われればそんな気にもなる)、それともこの世での幸福などというものは一切認めようとしない硬い信仰心に由来するものなのか。それは定かではないけれど、いずれにせよ現代のうたかたならぬバブルを享受する風情からはなんともかけ離れた態度ではある。思わず倫理的な意味を読み解きそうにさえなる。

    ところで、幸福については禁欲的なまでに頑なである一方、本書の中で語られる不幸については妙に乾いた雰囲気がある。打って変って楽天的な態度なのである。不幸はとにかく忘れること、忘れることのできぬ不幸などはない、という態度である。そして気付くのだが、もしもこの不幸に対する全面的な楽観論がなかったならば、この短篇集を読むことは相当に苦しいことであったのかもしれない、と。そこにはかしこまった道徳はない。底なしの不幸に立ち向かうことのできる力強さだけがある。それが本書の描く、救い、なのだと思う。

    「『このわしが請け合いますだ。いずれ、何もかも過ぎたことになって、きれいに忘れられるだよ』さあ、どうでしょうというように彼女が頭を振ると、ネッドじいさんは力をこめてうなずいた。『木が倒れたっていうのに、どうして影だけが立っていられますだね?』」−『一軒家』

  • 私たちは白い砂浜にいた。聞くでもなく聞いていた。耳の奥で鳴り響いている潮騒を。
    ここに描かれているのは、世界の広さをまだ知らなかったころの私の記憶の合成であり、誰のものでもない記録の複製だろう。打ち寄せる波に合わせ、感情や感覚が一瞬一瞬あえかな像を結んでゆく。揺らめきたつ陽炎のような光景。それを郷愁のために、あるいは未分化のものに対する愛着から見つめている。
    なめらかな一片の貝の時刻に、夏の匂いを塗りこめた砂粒でつくられた私たちは、さわぐ海の音に浸され、壊されてしまうので、散りばめた足跡を探している。

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