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Amazon.co.jp ・本 (576ページ) / ISBN・EAN: 9784622073130
感想・レビュー・書評
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『文献渉猟2007』より。
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こんな記事があった。
「悪い本」から集大成
毎日書評賞の鶴見俊輔さん
2008年2月5日、朝日新聞朝刊文化欄に載っている。
六十年間の書評をまとめた大著『鶴見俊輔書評集成』全三巻が、第六回毎日書評賞を受賞した。その授賞式の短いルポだ。
私が気になったのはこんな文章だ。ちょっと長いが、引用する。
「選考委員の丸谷才一さんが、吉田満『戦艦大和ノ最期』の書評は、著者の沈黙に同調していて「(鶴見さんに)ふさわしくない」と評した。それに対し「生き残った者の後ろめたさがあって、黙っている部分はある」と話した」
これだけ読むと、鶴見さんの方が格好いい。威厳というか、風格がある気がする。
丸谷才一の選評はイデオロギー的で視野が狭い、ともいわれかねない。
しかし私は気になった。丸谷さんはどういうつもりでこう書いたのだろう?
一部分だけではよく分からない。
そうこうしているうちに、フランスのヌーヴォー・ロマンの旗手、アラン・ロブ=グリエさんの訃報に接した。(外国の有名人を「さん」付けすると気恥かしいのは何故だろう)享年八十五。あ、この人、鶴見さんや丸谷さんと同世代の人だったんだな、と思っていると、同じ日の新聞に、丸谷才一の文章が載っていた。講談社文芸文庫創刊20周年フェアのための推薦文で、「小を愛す」(『男ごころ』所収)をうまく焼き直したものだった。改めて敬服した。それだけに、疑問はますますふくらんだ。
しかし答えは簡単に見つかった。その選評はインターネットで公開されていたのだ。
これがすばらしい選評だった。申し訳ないが、またまた引用する。
「吉田満の『戦艦大和ノ最期』を取上げたときは(二〇〇四年)疑問をいだいた。(略)鶴見さんは著者の沈黙に同調することをこの本の読後感の基調としている。分析の欠落は宗教的敬虔さかもしれないが、この批評家にはふさわしくない。どうもよくわからない。わからないが、何かが残って心を強く刺戟する」
丸谷さんはただ単に批判していたのではなかった。分からないことを分からないとはっきり言い、その上で「なにか残って心を強く刺戟する」、と述べていたのだ。
これは非常に丸谷才一らしい。丸谷才一は、よく分からないものを分からないままに崇め奉る日本の風土に、一貫して逆らってきた。余韻を残す鶴見俊輔の文体を、敬意をこめつつも「腹芸」と呼んでいるのもそのためだ。
たしかに鶴見さんの文章には、よく分からないところがある。しかし、思わず朗読したくなる名調子なので、なにか深遠なことを言っているような気になる。私はつい、深い分析もせずに、その文章をありがたがってしまいそうになる。そこに距離を置かせるのが丸谷才一の明晰な理性だ。そして、丸谷才一は批判しながらも鶴見俊輔を推したのである。
『集成』の二巻に、吉本隆明『丸山真男』の書評がある。
丸山真男にケンカを売った吉本隆明。その批判に納得しながら、違和感も記す鶴見俊輔。戦後思想の三大巨人がつばぜり合いをしている、たいへんスリリングな書評だ。
今回の毎日書評賞の選評と挨拶は、それを思い起こさせる。
沈黙した鶴見俊輔も、沈黙しなかった丸谷才一も、ともに見事だったと思う。
不幸なのは、こうした丸谷才一の現在をうまく批評する人がいないことだ。
つまらないゴシップで耳を汚して申し訳ないが、
丸谷さんは毎日新聞の書評欄の元締めであるらしい。
文壇政治のドンというわけだ。
だから、おおっぴらにけなせない人
(川本三郎さん、三浦雅士さん、鹿島茂さん等)と、
批判はするけど、おおっぴらにほめられない人
(斉藤美奈子さん、坪内祐三さん、福田和也さん等)に、分かれる、ようだ。
もちろんこの分類は粗雑なものにすぎないし、
彼らも、本心から批評を行っているのだろう。そう思いたい。
しかし、丸谷才一自身も言っているように「尊敬すればこそ不満を述べなければならず、批判を試みる相手だからこそ積極的に評価せざるを得ないといふ、作家論に必須の高度な批評性が薄れがち」な状況が、幸福であるはずがない。(引用は『ウナギと山芋』の「思へば遠くに来たもんだ」より)
美空ひばりが死んで賞賛の嵐に包まれたとき、中野翠は「みんな、ひばりのこと嫌いだったんじゃないの?」と言った。生前はヤクザのこともあって評価しにくかったが、死んだ後は安心してほめられる。そうした風潮に中野翠は怒りを表明した。
安全地帯からの賛美などいくらでもできる。
問題はいま、ここだ。
私は、丸谷才一さんと小林信彦さんの二人は、文明の師匠だと思っている。
二人とも老いてますます盛んで、なお新しいものを吸収しようとしている。
丸谷才一は『ミシュラン東京版』を文体から攻めているし、
小林信彦は長澤まさみと掘北真希に夢中だ。
もちろん人間だから、すべての面で賛成するわけではない。
その微妙な綾をうまく表現できたら、どんなにいいだろう。
2008年2月28日記
2008年3月15日追記:
二千字でまとめるためと、気分が乗っちゃったためもあって、図式的になったかな。補足しますね。
福田和也さんは『作家の値打ち』の酷評が有名だけど、実は私もあれには大筋で賛成で『たった一人の反乱』以後よりも以前の方が好き。でもここでは低く評価していた『横しぐれ』を、『晴れ時々戦争いつも読書とシネマ』では「すばらしい小説」とも言う。どっちだ。この「信用できないのに時々いいこと言う」感じは上野千鶴子さん似。
坪内祐三さんは『文学を探せ』で、丸谷さんの『新々百人一首』が内輪ぼめされている状況を批判した。それはいいんですよ。私もひいき作家が政治屋になってたのでがっくりきましたから。でもそれと『新々百人一首』のよさは別物です。丸谷さんの全著作の中でも五本の指に入る名著なのに。それと、小林信彦さんをほめすぎ!丸谷さんと比較して「天性の作家」と持ち上げるのは納得いかず。私は二人とも「批評家>小説家」と思うから。
斉藤美奈子さんは『ものは言いよう』で『輝く日の宮』の紫式部・藤原道長合作説をテクチュアル・ハラスメントとかなんとか言ってて、がっかりしました。そもそも丸谷さんは近代文学の個人偏重に反抗して王朝文学の本歌取りを賞賛したのに、その価値観を個人の権利(私たちの社会には必要です)で裁くのは正義の押しつけじゃないの、と言いたくなります。前近代を近代主義で斬るには、もっと配慮が必要では?別の世界なんだから。
三人とも……いや、福田さんには留保をつけるとしても、坪内さんと斉藤さんは大好きな評論家だからこそ、丸谷さんに対する態度には納得いかないんですよね。武藤康史さんだったらいい丸谷才一論が書けるかもしれない。話は飛ぶけど、武藤さんの新刊『文学鶴亀』はすてきな本です。中野翠さんの新刊『小津ごのみ』もある。至福のひととき……。
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