五月の霜

  • みすず書房 (2007年10月10日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (264ページ) / ISBN・EAN: 9784622073307

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  • 「ジェーン・エア」風だけど新鮮。イギリスのカトリック。自伝とは。

  • 私は人生のうちの数年間を女子ばかりのプロテスタントの学校で学んだ。
    プロテスタントでは偶像崇拝をしないし、ミサという呼び方はしない。
    ただ、美しい礼拝堂での毎朝・毎夕の礼拝は欠かされたことがなく、食事の前に神に感謝を捧げる行為も必須である。
    今までゴミのような公立中学の野蛮人共と一緒に埃まみれのエサをかきこんでいた身には、あまりにもショックが大きい出来事であったのをよく覚えている。
    しかし、そのような生活を経験したとて、厳格なカトリシズムを理解したとは到底言えない。
    浅い知識と見解でこの本の感想を述べることをお許しいただきたい。

    「五月の霜」の主人公、ナンダ・グレイは改宗者であり、生真面目であまり面白味のないような生徒として物語のなかに登場する。
    聖劇のタブローや厳しい戒律を通しての授業を経て、ナンダは徐々にカトリック信者に「縫い直されて」いくかのように見える。
    しかし、実際に彼女を人間として変えたのは「友人との交流」「美や芸術への純粋な賛美」「小説という自己表現への希求」などであった。

    マザーのいう「あらゆる意志は神様の意志と一体となるために、完全に砕かれ作りかえられなければなりません(本文p.243)」という一文はこの小説を象徴したものだと感じる。

    「恩寵」を得るためにもともとの意志を粉砕し神の依代となる修行を積むことを私は全否定はできない。

    自分も含め人間には偏向があり指向がある。
    そのことはお互いに大変な煩わしさを生むものだ。

    自分の意志ではなく神の意志で動くこと。
    神に仕えるという決意をしたことさえも自分の意志ではないのだと教え込まされること。
    偏向のない(かのように見える)人間に作りかえられること。
    お導き。
    そこにはなんという甘やかな意志の怠惰とでも呼ぶべきものが横たわっていることだろう。いっそのこと狂気と呼んでもいいような。

    しかし、恩寵を得るためには狂気に耽溺するだけではいけないのではないか。
    狂気に耽溺し狂気に裏付けてもらった行動様式を守っているだけでは恩寵に近づけない。
    ナンダは、14歳にして美や芸術を個別の完成されたものとして賛美することを覚えてしまった子だ。神を通してものを見ることを否定してしまえる能力を持った子だ。

    その先には楽園追放に次ぐ俗世という煉獄が待っている。
    実際、彼女は知識をつけたがために父親から疎まれ否定される。根をおろしきったかのように思われたリッピントンからも追放される。
    それでも私はナンダが遠い未来に恩寵を得ることになるのだろうという確信をどうしても捨てられない。

    誘惑者はあちこちにおり、林檎を食べるか否かの選択や、その時期は人によってまちまちである。
    たまたまナンダという若木におりた冷たい霜だが、本当に彼女の細胞の中の水分をすべて氷に変えてしまったのだろうか。
    きっとナンダは細胞内に塩分や糖分を蓄えて凍結を防いでいると思うのだ。

    この小説には未翻訳の続編にあたる物語があるらしい。
    是非いつかそれも読んでみたいと思う。




     

  • 敬虔すぎて痛ましい。

  • 100年前のカトリックの寄宿女学校が舞台。

  • アントニア・ホワイトは、イギリスでは著名な作家で、シャーロット・ブロンテの後継と高く評価され、また『五月の霜』は、「少女のスクール・ストーリーのなかで、古典として残る唯一の作品」と賞賛されているらしい。
    しかし、この作家の存在は、日本ではほぼ無名で、長編の邦訳は今回が初。(短編の翻訳はあるようだ。読んだことないけど)
    『五月の霜』は、父の改宗に伴い、カトリックの寄宿女学校に入学した少女ナンダ・グレイの物語だ。シスターたちの監視と抑圧的な態度や、厳格な規則に則った生活、友人関係、身分差からおこる階級問題、信仰についてなど、さまざまに悩みながらも成長していくナンダ。
    しかし、最終的にナンダはある事件によって、この学校のシステムと決定的に決別することになる。他の少女たちと違って、改宗者であり、中産階級の娘であるナンダに注がれるシスターたちの目はとても厳しい。それに、ナンダは友人である少女たちからもカトリックであるための「何か」が欠けていることを常に指摘される。
    美術や音楽さえ、全て宗教と結びつけて考えなければならず、読む本や書く文章さえすべて検閲を受ける。厳しい生活の中でも、ちょっとしたことで楽しみを見つける少女たちの姿はほほえましいけれど、こんな生活、私は耐えられそうにない。それは私がカトリックじゃないからかもしれないけど。
    ところでこの物語は、著者自身の経験をもとに書かれたらしい。でもこの著者、3度の結婚と離婚を経験したと書かれてるんだけど、カトリックって離婚してはいけないんじゃなかったですかね?経歴を見ると、結構すごい生涯をおくったようですが・・・。
    面白いのに翻訳されてない本というのは、まだまだあるんだろうなあ。この作品は4部作の1作目なのだが、2作目以降も是非翻訳していただきたいです。

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