零度のエクリチュール[新版]

  • みすず書房 (2008年4月18日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (160ページ) / ISBN・EAN: 9784622073802

みんなの感想まとめ

言語と文体の関係を深く掘り下げ、エクリチュールの概念を探求する内容が魅力的です。新版では読みやすさが向上し、著者の思考がさらに明瞭に伝わるようになっていますが、旧版にあった一部の収録作品が欠けている点...

感想・レビュー・書評

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  • バルトのデビュー芸術論集。<エクリチュール>を、多様な分野におけるものとして論じた。
    大体において読みやすいが、ぽつぽつと疲れる表現があり、そこは再読、再再読しました。
    目次がけっこう垂涎ものなので示してみます。


    Ⅰ エクリチュールとはなにか
       政治的なエクリチュール←面白いです
       小説のエクリチュール
       詩的エクリチュールは存在するか
    Ⅱ  ブルジョア的エクリチュールの勝利と破綻
        文体の職人
        エクリチュールと革命 
        エクリチュールと沈黙←超面白いです
        エクリチュールと言葉
        言語のユートピア

    まあ、この<エクリチュール>ってなんだ、という話になるんですが、”Ⅰ”の初めの章で不親切に説明されています。すっとばして省略すると<言語>、<文体>がそれぞれ、「自然のもの」、「作家の身体と過去から生まれる所与のもの」であって絶対的であるのにたいして、<エクリチュール>とは<言語>と<文体>とのあいだに存在する「個性」である、とのこと。
    それは作家が選択するもの、あるいは選択せざるをえないものであり、その行為性が重要、面白いとかんじた。

    その後の諸章では、エクリチュールは行為性を持つので、種種の政治体制、諸時代、派閥など、共通性を持つものたちにおいてみられる、と。こう書くとかんたんなはなしのようですが、バルトは懇切丁寧に、段階的にエクリチュールの概念を説明しようとしていて、そして少し破裂的な説明なので、”Ⅰ”の部は読みにくい箇所があります。

    ”Ⅱ”部の「エクリチュールと沈黙」においては僕が好きなはなしである歴史からの疎外が扱われているので気に入りました。
    そこで示される<白いエクリチュール>が本のタイトルの<零度のエクリチュール>のことなんですが、ここでの「白い」とは極性を持たない中性的なものだということです。「個性」であるエクリチュールが無極性であることなど可能かという試論がなされていて、その箇所が超面白い。

    まあそんな感じに面白く、文章の表現もわりと楽しい本です。断章の集まりであり、それぞれが試論段階な気がしたけど、楽しく読める良い本でした。
       

  • 石川美子訳の新版。旧版と比べると読み易くはなっている。けれど、旧版に収録されてあった『記号学の原理』がこちらにないのが残念。

  • 読みやすい。

  • エクリチュール、と言うのは聞き慣れないし、少し人によって変わる概念だそうだけれど、書き方、ペンの持ち方と言う風に聞こえます。
    バルトが生きていた頃は、古典的でレトリックに溢れた文法が多くあった様で、そこからの解放(中性的な)、零度のエクリチュールを謳っています。
    常に歴史と対峙して、零度のエクリチュールを選び取る。ただ、批評家なので何が良いと強く言っている訳でもなく、また、作家自身も名を馳せると自身もが作った過去のエクリチュールと対峙する事になる。と言う様な事も言っています。
    古典うんぬんはもう過去の話かも知れないけれど、目でみた物を食べて、書いていく、と言うのは誰も、いつも変わらない訳で。そう言う問題に毅然として向かい合う様は、励みになります。
    後半は新聞に載せた際の、編集者の前書きなどもあって、その次に反響に対する反論。など、当時の熱も伝わって来て面白かった。

  • すごく楽しみ。

  • それなりに丁寧に読んだが、敗北。フランス人の書く物は殆ど意味がわからない。しかしバルト自身が言うように、それは「何かを示してはいる」。バルトの周辺(特に、サルトル)を巡った上で、もう一度読み直す必要があるだろう。

    辛うじて意味を掬い取ることができた言葉は、次の一節。

    「さて、いかなる「形式」もまた「価値」である。それゆえ言語と文体とのあいだには、もうひとつの形式的実体が存在する余地がある。エクリチュールである。どのような文学形式においても、ひとつの調子――エートスと言ってもよい――の全面的な選択がなされており、まさにその選択において作家ははっきりと自分の個性をあらわす。その選択においてこそ、作家は社会参加をするからである。言語と文体は、言語活動のいかなる問題提起にも先だつ所与であり、「時代」と生物学的な個人とから自然と生まれたものである。だが、作家の形式的な独自性がほんとうに確立されるのは、文法の規範や文体の基調が定着するところのその外部にほかならない。そこで書かれ、集められ、はじめはまったく無垢な言語的性質のなかに隠されていた連続体が、ついにはひとつの全体的な記号となり、人間としての行動の選択となって、ある種の「善」の主張となる。そうして幸福や不安の明証と伝達とに作家をかかわらせ、作家の言葉の規範的だが独特な形式を他者の壮大な「歴史」へと結びつけてゆく。言語と文体は絶対的な力であるが、エクリチュールは歴史との連帯行為である。言語と文体は対象であるが、エクリチュールは機能である。すなわち、創造と社会とのあいだの関係であり、社会的な目的によって変化した文学言語である。人間としての意図によってとらえられ、そうして「歴史」の大いなる危機結びつけられた形式である。」(p21〜22)

    この本においてはエクリチュールの概念は定まっていないので、多様な読み方が可能であろう。

    「社会参加としての言語活動」

    その意味が僕のなかで明らかになるまで、しばらくはこのことを心に留めておきたい。

  • じぶんの中の垂直と平行の見分けというか思考にようやくパーテーションがうまく嵌まった感覚。

    時間軸にそった言語や文体の捕らえられかた/存在の仕方が的確に考えられている。

  • む、難しい…
    入門書を座右に置いて読むべしですね、これは。

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著者プロフィール

(いしかわ・よしこ)
1980年、京都大学文学部卒業。東京大学人文科学研究科博士課程を経て、1992年、パリ第VII大学で博士号取得。フランス文学専攻。明治学院大学名誉教授。著書『自伝の時間——ひとはなぜ自伝を書くのか』(中央公論社)『旅のエクリチュール』(白水社)『青のパティニール 最初の風景画家』(みすず書房)『ロラン・バルト』(中公新書)ほか。訳書  モディアノ『サーカスが通る』(集英社)、フェーヴル『ミシュレとルネサンス』(藤原書店)、ロラン・バルト著作集7『記号の国』、ロラン・バルト著作集10『新たな生のほうへ』、バルト『零度のエクリチュール 新版』『ロラン・バルトによるロラン・バルト』、マルティ他『ロラン・バルトの遺産』(共訳)、フリゾン=ロッシュ『結ばれたロープ』(以上みすず書房)ほか。
*ここに掲載する略歴は本書刊行時のものです。

「2023年 『ロラン・バルト 喪の日記 新装版』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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