心は遺伝子の論理で決まるのか-二重過程モデルでみるヒトの合理性

  • みすず書房
3.73
  • (7)
  • (1)
  • (4)
  • (2)
  • (1)
本棚登録 : 103
感想 : 6
本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています
  • Amazon.co.jp ・本 (499ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784622074212

作品紹介・あらすじ

私たちはなぜ、ときに合理的な思考に背くのか。認知心理学、行動経済学、進化心理学といった分野は、ヒトならではの思考の仕組みを探り、驚きと示唆に満ちた成果を上げてきた。本書はその収穫をもとに、進化的に獲得した思考パターンと個人としての分析的思考の葛藤のモデルを論じ、現代人にとっての落とし穴を考える。認知心理学や行動経済学の研究は、ヒトの意思決定の非合理性を実証的に暴いてきた。「利己的な遺伝子」の概念はその解釈に新たなひねりを加え、進化心理学は、一見非合理な心理機能も進化の観点から適応的意義をもつ可能性を指摘した。さらに、それらの成果を「二重過程モデル」を用いて二元的に解釈する試みも蓄積している。本書はそれらの幅広い議論を見て回り、それぞれの視点の違いをも浮かび上がらせる。

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • 同種のテーマの本は硬軟多々ありもちろん全部読んだわけではないけれども、中でも誠実な良著だと思う。原発事故後にさまざまな論が噴出しているわけであるが、これらを検証しとるべき態度を決める時に求められる思考態度。仕事の仕方の面でも参考になる。

    [more]<blockquote>◆動作をそのときその時に指示するショートリーシュ(短い引き綱)型の直接制御方式
    ◆より柔軟な知能と一般的な目的を与えるロングリーシュ(長い引き綱)型の自由度の高い制御方式

    脳の働きの二つの認知タイプ
    システム1 TASS(the Autonomous set of systems)
    システム2 分析的システム

    1したい自己/2すべき自己
    1オンライン思考/2オフライン思考
    1要点処理/2分析的処理
    1ヒューリスティック(発見的)処理/2系統的処理
    1経験的システム/2合理的システム
    1暗黙的再認/2明示的学習
    1モジュール型プロセス/2中央プロセス
    1動物的制御システム/2規範的制御システム
    1直観システム/2推論システム
    1相互作用的知能/2分析的知能
    1本能的影響/2嗜好
    1ホットシステム/2クールシステム
    1競合スケジューリング/2監督的関心
    1迅速で非柔軟なモジュール/2思惟作用
    1自動的発動/2意識的処理
    1連想的システム/2規則に基づくシステム
    1連想的・全体論的・並列的・自動的・認知能力への負荷が比較的少ない・比較的迅速・高度に文脈依存
    2規則的・分析的・直列的・制御型・認知能力への負荷が大きい・比較的遅い・文脈から独立
    1遺伝子に利するショートリーシュ型目的で比較的安定
    2生命体への実効を最適化するロングリーシュ型目的で、環境変化に対処できるよう常時更新される

    P55 TASSのプロセスはある意味で極めて知能に欠ける。【中略】知能に欠けるが迅速なプロセスの利点を指摘する。【中略】「心を決める」必要のないプロセスには迅速性という利点がある。【中略】(ハンドルを右に切るか、左に切るか、それともよく考えていて死ぬか)この世界には、処理が不完全に終わる危険を冒してでも迅速な反応が要求される、という状況が存在する。

    P105 TASSと分析的システムが対立したとき、私たちは自動的に、TASSという脳内システムに自己を同化するべきではない。

    P107 アナバチの例のように、生物の(一見知的な)巧みで複雑な行動を観察したあげく、それが実は機械的に決定されていたのだと実験でわかるというのは、実に気の抜ける経験である。【中略】私たちがアナバチを超えたいと思うなら、TASSをモニターするためのマインドウェアを乗せた直列的シミュレータを実行し、乗り物レベルの目的を達成させるように、認知能力を誘導する、という困難な課題を常に達成していかなければならない。

    P136 試験に通っていれば休暇旅行に行くし、落第していても旅行に行くが、結果が分からなかったら旅行には行かないー「絶対」の公理に明らかに背いている【中略】結果が不確定の場合、私たちが意思決定ツリーのすべての枝を点検したがらないからである。

    P149 記述的不変性の公理が守れない理由「得をする文脈ではリスクを避け、損をする文脈ではリスクを冒そうとする」(全く同じ結果であっても)

    P151 被験者が課題のフレーミングをそのまま受容し、他の代替フレーミングについて不整合が生じないかどうか確かめることをしないように見えるー【中略】人間は、課題が提示するフレームを受容し、そのフレームに照らして結果を評価する傾向がある。

    P179 学者や知識人が持てる抽象的推論スキルを使いながら「市井の人々」には抽象的スキルの必要はないと主張するのは、金持ちが貧しい人に、金など実は少しも重要ではないと説教するようなものである。

    P204 「あらゆる理由」の下位セットである(つまりより確率の低い)テロ行為を対象とする保険に、それ以上の金額を支払ってもいいと思うのはなぜだろうか。テロ行為という言葉が(TASSプロセスを通じて)鮮やかな記憶例を発火させ、この結果の確率を人為的に増幅させるからである。テロ行為に対する不安感が増大した結果、保険の価値が過大評価される。保険業界はこの種の研究についての知識を利用して、利益を最大化することができる。

    P208 私たちが自分の持てる分析的システムにTASSを制御させるとき、文化は前進する。「第一印象では不安になっても、それを乗り越え」て「違いが変に思えない状態に到達する」ことができる。ただしそのためには、数世紀を欠けて生み出された文化的ツールを使い、分析的心でよく考えることが必要である。

    P234 証拠に見合う結論を導く能力、共変動を評価する能力、確率的情報を処理する能力、信念の度合いをキャリブレートする能力、論理的含意を認識する能力、不確実性の度合いについて一貫した尺度を持つこと、効用を最大にするような安定した選考を持つこと、代替解釈を考慮すること、首尾一貫した判断を下すこと

    ジョナサン・バロンの思考実験「知能を向上させる、副作用のない薬を国民全員に配布できるとしたら」ー演算能力の限界故につたない反応しか示せなかった事例のパフォーマンスが向上することはあるにしても、合理的思考戦略が最適でなかったために誤答につながった大多数の事例については、何の助けにもならない。

    P274 ウイルス的寄生ミーム複合体が多用する無力化戦略である(「私を疑うと悪いことが起きるぞ」)となれば、この種のミームから身を守るために覚えておくべき規則は単純である。即ち、何らかの恩恵が受けたければ疑ってはならない、というミームはまず疑え。
    対抗してくる評価メカニズムを組織的に無力化するミームが存在しうるという事実は、分析的システムにTASS反応を否定させることの重要性を強調する、さらなる理由である。

    P320 もし「きみが選べよ」という少年Aの申し出が共感に基づいていたとしたら、まさしく少年Bのいう通り(それじゃ何で怒っているのさ、きみの欲しかった方が手に入ったのに)だった。しかし腹を立てたことから見て少年Aは、自分の行動によって少年Bが得る快適な結果に共感したからではなく、礼儀を守るという原則へのコミットメントに基づいて選択権を相手に譲ったと考えられる。【中略】共感よりコミットメントの方が、経済学の伝統的前提にとって脅威になる

    P371 合理性を管理するのは合理性ーメタ合理性とでもいうべきもの
    P390 合理性をして、自分で自分を批判的に評価させなければならない。その時に重要なのは、道具的合理性を最適化する強力なシステムが働くに任せていていいときと、逆に、そのシステムが手っ取り早い反応を示すことで私たちの目的評価の試みの足を引っ張るのを見抜いて、システムが働くのを阻止すべき時を知ることである。

    P393 自分にとっての利益を、TASSに座を占める一次的欲望と安易に同一視してはならない。この種の欲望は、遥か昔の遺伝子にとっての利益に重心があるかもしれず、現代に生きる私たちの長期的目的に利するとは限らないからである。ただし、分析的システムが活用する長期的目的の多くはミームであるから、これらについても批判的に評価しなければならない。
    </blockquote>

  • 人の脳に組み込まれた演算システムには、
    より無数の事象を低負荷で短絡的に一瞬に処理する古いシステムと、
    一度に一つしか扱えないが、構築的で批判的に処理できる新しいシステムがあることを、ダーウィン→ドーキンスを経た進化理論をベースに解き明かしていく。

    本能、旧皮質、直観に対する
    理性、新皮質、思考という構図に、
    少し異なる角度から光が当てられ、気付かされることは多い。

    最終的に、理性の勝利によって商業主義や悪徳商法の罠を避けないと現代を生きていくのは難しいよ、みたいなオチになるのはちょっと浅すぎるが、その結論の出し方も含めてこの本は多くのことを語っていると思う。

  • 4410円購入2011-06-27

  • 原題:The Robot's Rebellion: Finding Meaning in the Age of Darwin (2004)
    著者:Keith E. Stanovich
    訳者:椋田直子
    解説者:鈴木宏昭 

    【感想】
     ストレートな認知の本かと思っていたら、中身が予想以上に込み入って驚いた。
     著者はドーキンスの議論から出発して、くだんのミームの呪縛を解こうとしているらしい。着眼は独特だと思う(勿論私が先行を知らない可能性もあるが)。本書では、タイトルにあるように認知的機構(?)の二重性を詳しく解説してあるので、人々にとってはとても勉強になる。
     しかし進化心理学に関しては、俗説を撃つときに(狙い通り)ご本尊を撃っているのか微妙な感じだ。周りの意見を聞く限り著者の解釈はあまり主流とは思えない部分があるので、本書を読む際に考慮した方がいい(かも)。

    ・ なお、ブクログで当感想文の直前に投稿された某氏による低評価は言いがかりにしか思えない。
    ・ なんにせよ素人にも面白く読めるのでおすすめ。
    ・ あと、文庫化〔復刊〕希望。

    【書誌情報+内容紹介】
    四六判 タテ188mm×ヨコ128mm/504頁
    定価 4,536円(本体4,200円)
    ISBN 978-4-622-07421-2 C1045
    2008年12月18日発行

     私たちはなぜ、ときに合理的な思考に背くのか。認知心理学、行動経済学、進化心理学といった分野は、ヒトならではの思考の仕組みを探り、驚きと示唆に満ちた成果を上げてきた。本書はその収穫をもとに、進化的に獲得した思考パターンと個人としての分析的思考の葛藤のモデルを論じ、現代人にとっての落とし穴を考える。
     認知心理学や行動経済学の研究は、ヒトの意思決定の非合理性を実証的に暴いてきた。「利己的な遺伝子」の概念はその解釈に新たなひねりを加え、進化心理学は、一見非合理な心理機能も進化の観点から適応的意義をもつ可能性を指摘した。さらに、それらの成果を「二重過程モデル」を用いて二元的に解釈する試みも蓄積している。
     本書はそれら幅広い議論を見て回り、それぞれの視点の違いをも浮かび上がらせる。読者は巧妙な実験の数々で認知の厄介さを体感しつつ、合理性をめぐる研究の豊富な収穫と、いっそう豊富な課題を見出すだろう。一次文献の紹介も充実している。
     なぜいま改めて、原始的な合理性への批判力が問われるのだろうか? それは、今日の社会の至るところに、きわめて現代的な方法で私たちの素朴な反応を掘り起こし、刺激し、利用する罠が仕掛けられているからだと、著者は警告する。
    http://www.msz.co.jp/book/detail/07421.html

    【目次】
    献辞 [i]
    凡例 [iii]
    目次 [iv-ix]
    はじめに [xi-xvii]
    題辞 [001]

    第一章 ダーウィニズムの深淵を見つめる 002
    皮肉にも、キリスト教原理主義者こそが理解している?
    複製子と乗り物
    ヒトはどんな種類のロボットなのか
    私たちの行動は、誰の目的に適うのか
    寄生者の論理のわかりにくさ
    遺伝子は、私たちが遺伝子に配慮する以上に私たちに配慮している
    遺伝子のくびきを逃れる
    決定的に重要な洞察――ヒトを優先する

    第二章 みずからと戦う脳 042
    ひとつの脳にふたつの心
    自律的システムセット(TASS)――脳の、あなたを無視する部分
    分析的システムとはなにか
    言語を通じた情報処理の特性
    仮定的思考と、表象を扱うことのむずかしさ
    無意識の処理――脳のなかの火星人
    異種の心が対立するとき――分析的システムの拒否機能
    ロングリーシュの脳とショートリーシュの脳
    自己診断――有名な四枚カード問題と、同じく有名なリンダ問題で、あなたはTASSを拒否できるだろうか
    「わが内なるアナバチ」と分析的プロセス
    分析的処理を運転席に据えて、乗り物を優先させる

    第三章 ロボットの秘密の武器――合理性について 116
    道具的合理性と進化的適応の区別
    合理的であるとはどういうことか
    道具的合理性に肉づけをする
    合理性を評価する――私たちは自分が望むものを手に入れているか

    第四章 認知心理実験でみる、自律的脳のバイアス――ときに私たちを悩ませるショートリーシュ型の心の特徴 134
    願望的思考の落とし穴―― TASSは「逆を考える」ことができない
    さっきはこれを選び、今度はこれを選ばない――フレーミング効果
    進化心理学は合理的人間像を救えるか
    自律的脳の基本的演算バイアス
    基本的演算バイアスの進化的適応性
    ヒューリスティクスとバイアス課題への反応についての進化的再解釈
    現代社会の脱文脈化の要求
    現代社会におけるTASSの落とし穴

    第五章 進化心理学はどのように道を誤ったか 
    ナトリウム灯としての現代社会 186
    無用なものと一緒に乗り物まで捨ててしまう
    母なる自然は優しくない、という事実からわかること

    第六章 合理性障害[ディスラショナリア]――これほど多くの賢い人たちが、これほど多くの愚かなことをするのは、なぜか 212#
    認知能力、思考態度と、分析の諸レベル
    TASS拒否の制御
    合理性をめぐる大論争――楽観論者、弁明論者、改善論者それぞれの意見
    合理性障害――「賢いのに愚かな行動をとる」というパラドクスを解消する
    自分の望みが徐々にかなえられるのと、望まないことがすぐかなえられるのでは、どちらがいいか
    ジャックが抱えるユダヤ人問題
    楽観論者の嘆き「人間の認知能力にそれほど欠陥があるなら、なぜわれわれは月にいけたのか」

    第七章 遺伝子のくびきからミームのくびきへ 246
    ミームの襲撃――第二の複製子
    ミーム評価と反証可能性
    ミーム評価はノイラート的試み
    私たちの目的とミームの目的、遺伝子の目的
    どんなミームが私たちのためになるのか
    なぜ、ミームはときとして(遺伝子以上に)危険な存在となりうるのか
    ミームの究極の策略――ミームが人々に、ミームという概念を嫌わせるのは、なぜか
    ミーム理論の諸概念は自己分析のツール
    平坦な場に「自己」というミーム複合体をうち立てる――認識的平衡装置としてのミーム理論
    進化心理学は自由浮遊ミームの概念を排斥する
    共適応的ミームのパラドクス

    第八章 謎のない魂――「ダーウィン」時代にヒトたる意義を見出す 296
    巨大分子と謎のジュース――意義を探す道の袋小路
    人間の合理性はチンパンジーの合理性の延長にすぎないのか――人間の判断における文脈と価値観
    経験マシンという思考実験──「人生は金だけではない……が、幸せだけでもない」
    ノージックの考える象徴的効用
    表現的合理性、倫理的選好、コミットメント――「これは意義の問題で、金の問題じゃない」
    欲望の評価
    二次的な欲望と選好
    欲望の合理的統合――上位の選好を形成し、内省する
    ラットやハトやチンパンジーがヒトより合理的であるのはなぜか
    「制約下の道具的合理性」から逃れる
    二重の合理性評価――ヒトの認知アーキテクチャの力
    個人が内包する二種の下位単位の薄気味悪さ
    「個人の欲望」と「財布につながる欲望」の違い
    メタ合理性はなぜ必要か
    下位単位の数々の脅威に打ち勝って、個人としての自律性を獲得するための方程式
    私たちにできるだろうか――心的生活のどんな特徴に価値を置くべきか

    謝辞 [403-405]
    解説 鈴木宏昭(二〇〇八年一一月二日) [406-413]
    参考文献 [39-65]
    原注 [9-38]
    索引 [1-8]


    【抜き書き】

    “また合理性はどちらかといえば,アルゴリズムレベルの基本的認知能力より訓練のしがいがある(たとえば,代替解釈を評価するうえで意味のある証拠を探す能力に比べると,短期的記憶能力は,短い期間の指導では変化させにくい)。しかも,個人の目標達成にとっては,合理性の方が重要である。テスト万能の欧米社会にはいまや,さまざまな種類の評価ツールが揃っていて,学校や企業で使われているが,合理的思考のスキルを評価することにはほとんど力点が置かれていない。〔中略〕こうしたスキルには,証拠に見合う結論を導く能力,共変動を評価する能力,確率的情報を処理する能力,信念の度合いをキャリブレートする能力,論理的含意を認識する能力,不確実性の度合いについて一貫した尺度を持つこと,効用を最大にするような安定した選好を持つこと,代替解釈を考慮すること,首尾一貫した判断を下すことなどが含まれる。合理的思考のこれらの構成要素の多くについての教育プログラムも存在する。” (pp. 233-234)

  • 盲目的な論理展開なので斜読みでも論旨は追える

全6件中 1 - 6件を表示

著者プロフィール

Keith E.Stanovich|トロント大学発達・応用心理学部門応用認知科学部長

「2016年 『心理学をまじめに考える方法』 で使われていた紹介文から引用しています。」

キース・E・スタノヴィッチの作品

この本を読んでいる人は、こんな本も本棚に登録しています。

有効な左矢印 無効な左矢印
野矢茂樹
アンソニー・B・...
スティーブン・ピ...
リチャード・ドー...
J・モーティマー...
ジャレド・ダイア...
ヴィクトール・E...
有効な右矢印 無効な右矢印
  • 話題の本に出会えて、蔵書管理を手軽にできる!ブクログのアプリ AppStoreからダウンロード GooglePlayで手に入れよう
ツイートする
×