- Amazon.co.jp ・本 (319ページ)
- / ISBN・EAN: 9784622074236
作品紹介・あらすじ
小説を読むことは他者の生を自らの経験として生きることだ。絶望的な情況におかれた人々の尊厳を想い、非在の贖いとしての共同性を希求する新たな批評の到来。
感想・レビュー・書評
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なぜ私は小説を読むのか?結果的に知識が身に付くことがあるとしてもそれが目的ではない。娯楽を求めて、というのはある。けれど娯楽の為だけにこれほど身を窶しはしない。なにやら得体の知れぬ渇望によるとしか言いようがない。それは何なのか。答えの糸口を見出した思いでいま奮えている。アラブ文学を土台としているが、ネイションを超えた全ての文学に通ずる導きだ。例え文学が直截的に無力だろうとも、我々読者の意識を、世界の見え方を変えてくれる。それは祈りとなり、我々は世界と関わって生きている。この祈りが無意味であろうはずはない。
文学を嗜む全ての人に読んでほしい、と切に願う。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
大学入試の小論文で「文学は戦争の対義語たりえるか」という題で出てとても感銘を受けた。爾来、自分が将来やりたいことを考えるたびにそれって果たして世の中にとって意味あるものなのか、という視点を考えるようになったし、広い世界を見ようといろんな国をバックパックするようになった、1つのきっかけになった文章です。
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ナクバの悲劇。小説の背景にある悲劇。暴漢に殺される幼児には反応するが、冬を越せず命を落とす無数の路上者には無関心である。
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岡先生の授業を追体験するかのような本。ミクロの作家個人や、登場人物一人ひとりへの関心や理解が鮮やかだからこそ描ける全体像の切実さと危機感を思い出す。抑制的な装丁と裏腹に、アラブ地域の悲劇への無関心への警鐘を鳴らす本。
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文学
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嘘と創造の紙一重 140811
小説が嘘によるつくり話なのか
創造による美意識なのか
それは個人的な倫理観を背景にしているかいないかに
関わっている
もしそれが社会的な価値観である道徳や権利欲によるものならば
洗脳を手段とする暴力の嘘と秘密を持つつくり話である
その意味でも社会性の強いプロは嘘つきだし
個人的な倫理観に基づくアマチュアに嘘はないといえるだろう
趣味性の大きなモノほど
奥が深く幅広く追求できる可能性を秘めている
詩は元々ドキュメント性が強く
さほどの嘘を必要としないから
その多くが職業性に乏しい
それでもスマートで簡潔で洗脳力があるから
詐欺するために詩の形だけを使って貪欲な依存社会に利用される
「小説はその虚構ゆえに真実を描きうる」と作者は言う -
色々作品が紹介されていて、面白そうなんだけど、入手が難しいものが多くて残念。アラベスクスを読んでみたい。ナクバという単語は覚えておこうと思った。
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中東の地域では長く戦火が絶えず、悲劇は今も繰り返されている。著者は、そうしたアラブ圏の現代小説を研究する文学者だ。
本書で作品が紹介されるパレスチナ、ヨルダン、エジプトなどでは政治的・宗教的制約が多く、表現の自由は保障されていない。そのため、小説の真のテーマは何層にも折りたたまれ、活字の下に潜むことになる。その、目には見えない作家の意図をていねいに、そして論理的に著者はたぐり寄せていくのだが、その手つきが持つ崇高とも言える共感力が、本書を単なる文学案内から遠く隔てている。
著者は本書の冒頭で、罪のない人々が遠い地で虐殺されているときに、文学に何ができるのかと自らに問う。答えは出ないが、ジャーナリズムでは伝えられないことがこの世界にはあり、だからこそ文学が与えられたのだと、本書は著者を超えて発信しているように思える。
震災後、著者と同じ思いを抱いた人は多いだろう。本書はそうしたすべての思いへの応答だ。 -
文学論と、アラブ諸国。
どちらも普段そこまで掘り進めて読んだり考えたりすることではなかった。
そんな自分にとっても、この本で描かれるそれらは心にくるものがあった。
非常に情緒的に、詩的に、書かれているので、読み方としては一気に通読するよりも少しずつ噛み締めるように読んだほうが良かったのかもしれない。しかし一気に読んでしまっても、それはそれでこの本の良さが味わえると思う。
思うに、問題関心を先ず持つためにはある程度情緒的な文章が入り口として効果的なのだろう。この本で描かれているような社会情勢について、この知識だけをもって弾劾したりするつもりはさらさらない。僕はよく知らないことが多すぎるし、その場合は口をつぐむしか無い。
でも少なくとも、これらの領域に関心をもったことは確かだ。そしてそれは紛れもなく一つの文学的な力なのだと思う。