詩が生まれるとき

著者 :
  • みすず書房
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  • Amazon.co.jp ・本 (232ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784622074571

作品紹介・あらすじ

戦後日本を代表する女性詩人による自作詩への招待。詩が生まれるきっかけやモチーフ、創作に向かう態度、自伝的回想も交えて明かされる「詩作の秘密」55編。

感想・レビュー・書評

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  • 詩は詞華集(アンソロジー)で読め、と教えてくれたのは誰だったろうか。たしかに、どれほどすぐれた詩人の詩であっても、詩集一冊をまるごと楽しむというのは難しい。アンソロジーならば、名詩ばかりを選んで編んでいるのだから、めったにはずれることはない。

    著者は戦後を代表する女性詩人。その人が自分のそれまで書いてきた詩の中から幾編かを選び、しかも詩に響き合うかのようにエッセイを付した、これはとっておきの詩とエッセイの私家集である。

    選び抜かれた詩が佳いのは当然だが、詩につられてエッセイが書かれたというものばかりではない。このことを書いてみたいと思う気持ちが先にあって、それに呼応するように、詩人の筐底深くに眠っていた詩たちが、ゆらゆらと立ちのぼってきたかと思わせる詩もまじる。その詩とエッセイのからみ具合が絶妙である。

    数誌に掲載されたものを選んで編集したものであるから、想定される読者層を意識し、自ずからトーンが異なるのは仕方がない。中には、自作詩の分析、解説に近いものを含むが、これはこれで、めったに窺い知ることのできない詩人の創作過程を知ることができるというたのしみがある。

    個人的な好みからいえば、「みすず」に掲載したものを集めた最初の十篇がいい。「心が抱えた漠とした欠如。それを埋めてくれる何ものかの到来を、待ちつづけている」という、誰もが感じたことがあるだろう心の有り様を主題にした「ミンダの店」に始まる詩とエッセイのコラボレーションは、まことに完成度が高い。

    いろいろ果実はならべたが
    店いっぱいにならべたが
    ミンダはふっと思ってしまう
    <なにかが足りない>

    そうだ たしかになにかが足りない

    たちどころに
    レモンが腐る パイナップルが腐る バナナが腐る
    金銭登録機(レヂ)が腐る 風が腐る 広場の大時計が腐る(後略)

    詩人はミンダをアンソニー・パーキンスを思い浮かべて書いたつもりだが、読む人によって、若い女の子であったり、老婆だったりすることを話題にしながら、「百歳にはまだ間があるが私ももはや<老婆>である。先日のTVの映画でゆくりなくも観たパーキンスが、まぎれもなく<老人>になっていて、これには愕然とした。」とオチをつける。

    書名が『詩が生まれるとき』というのだから当然かもしれないが、選ばれた多くの詩と同じように、この詩も詩人とその売り物である詩を描いたものである。いうまでもなく、果実は詩の隠喩。いろいろ言葉をならべてみても、なにかが足りないと思うミンダは詩人その人である。欠如を感じさせるのは、それこそが詩をして詩たらしめる要石(キイ・ストーン)のようなものだ。仕入れ口に立って、それの訪れを待つミンダの姿は、詩人の業を感じさせるが、詩自体はどこか異国の下町を感じさせる洒落た雰囲気を纏っている。

    「詩はひかりのように、ひびきのように一瞬のうちに感受するものである」と詩人は言う。たしかにそうではあるけれど、平易な言葉をえらび、誰にも分かるように書いておられる詩人の詩でさえ、解説を読むと、なるほどそうであったかとあらためて思うことしきり。詩の読み巧者でない行きずりの読者には「一瞬のうちに感受」することは難しい。

    であればこそ、詩人がいかに心を砕いて一編の詩を構成しているのかが、われわれ一般読者にも分かる、このような本はありがたい。それも小難しい講釈でなく、そこはかとないユーモアをたたえ、詩人の身辺に起こるエピソードをまじえたエッセイ仕立てというのがうれしい。手許に置いて、気が向いたときふと開いた頁を読むといった気ままな愉しみに相応しい、瀟洒なそれでいてたしかな手ごたえのある一冊。

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著者プロフィール

1929年茨城県結城市生まれ。疎開で結城に滞在していた西条八十に師事。詩風は多様で詩集刊行・受賞歴は多く、現代日本の代表的な詩人である。『ローマの秋・その他』、『土へのオード13』、『火へのオード18』、『水へのオード16』、詩とエッセイ集『詩が生まれるとき』他。代表詩に「私を束ねないで」がある。1983年から1993年まで吉原幸子と共に女性用詩誌「ラ・メール」を刊行・主宰、女性詩人の育成に寄与。子供用の詩集としては、思潮社編現代詩文庫64『新川和江詩集』(1975年)巻末に「幼年・少年詩篇」として、現代詩文庫132『続・新川和江詩集』の巻末に幼年詩集『いっしょけんめい』、『星のお仕事』としてまとめられている。その中の一篇『名づけられた葉』は独立した詩集の題名として出版された。

「2018年 『日本女性2人詩集(1)おばさんから子どもたちへ贈る詩の花束』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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