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Amazon.co.jp ・本 (248ページ) / ISBN・EAN: 9784622077008
感想・レビュー・書評
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歴史上の事件を語るとき、どの国とどの国が戦争をした、どこそこの都市が侵攻された、何万人の人々が犠牲になった、等の記述がある。それはそれで、出来事として捉えるわけだが、そのとき、そこにいた市井の人々は、何を思い、どのように行動し、その結果、どうなったのかは、そうした記述からは当然のことながら、なかなか見えてこない。
本書は、第二次大戦時、ドイツ領であったボヘミア(現在はチェコ領)で十代を過ごした著者が、数十年の時を経て、当時の姿を描き出した20編からなる短編集である。著者が実際に経験したこともあるし、見聞したこともあるが、基本的には事実を元にして書かれたものだという。
1つ1つは歴史に残る大きな事件というわけではない。暮らしの一コマであり、当時としてはありふれた出来事であるだろう。
だが、それらは、戦争の中で暮らすとはどういうことか、残酷なほどに鮮やかに切り取ったものとなっている。
当時の少年少女が体験したことであったり、現在の少年少女が当時を調べる形であったり、いずれも若者の視線が生きた物語である。
冒頭の1編(「スープはまだ温かかった」)で描き出されるユダヤ人一家連行のシーンは、鮮烈で印象的である。恐怖のあまり抵抗する老人、転がり落ちる帽子、それをくわえあげて褒めてもらおうとする飼い犬、どっと笑う見物人。車が走り去った後には老人のメガネが落ちている。主人公の少女はそれを拾う。その後、少女の一家は母に導かれて、その家のまだ温かい昼食にありつくのだ。近所の人々もわっと押しかけ、目当ての家財を奪っていく。
少女はおばあさんになった現在も、老人のメガネを持っている。この出来事の思い出とともに。
石を投げられたものは傷を負う。だが、石を投げたものも、そして傍で見ていただけのものも、やはり傷を負うのだと思う。それは心に刻みつけられ、容易には癒えない。
子だくさんの母を讃えるための行事が皮肉な結果を招く「賢母十字勲章」、ずっと猟に憧れていた少年の思いが暗転する「追い込み猟」、洗脳の怖ろしさを感じさせる「おとぎ話の時間」は、いずれもつらい話だ。
一方で、祖父が孫に精一杯のことをする「ランマー」、ほんとうの友情とは何かを描く「それには勇気がいる」、無名の農婦の大きな温かさが心に残る「お手本」のような話もある。大変な状況下でも、人がすべての善を投げ捨てるわけではないことを著者は静かに描き出している。
本書中で1作を、と言われれば「守護天使」をあげたい。主人公の少女の祖父母は、チェコで生まれたドイツ人であり、戦後、生まれ故郷を追われている。数十年後、少女を伴い、懐かしの故郷を、期待半分、怖れ半分で再訪する。かつての自宅にはチェコ人の家族が住んでいる。祖母は、家の中で、自分が大切にしていた守護天使の絵を見つける。
やるせなく、けれど温かい。一種、希望の話だと思う。
著者は、これらの作品を執筆するまでに、半世紀以上の時間を必要としている。美しい姿ばかりではない、人の見たくない姿・むしろ忘れてしまいたい姿も多く目にしてきた。言うに言い難い葛藤を抱えて、しかしなお書こうと決心したのは、今自分が語らなければ、当時を知る者がいなくなる、という思いからだ。
最後の1編の主人公は、近付きがたかった祖父の遺品の中に軍国少年の作文を見つけ、それを遺しておこうと決める少年、パウル(「輝かしき栄誉」)。これをこの作品群の締めくくりに置いた著者の切なる思いに胸を打たれる。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
ドイツのナチス支配下に生きた普通の少年少女の物語。著者自身の体験や実際に見聞きしたものを、限りなくノンフィクションに近い形で描いている。
否応もなくナチスの「民族浄化」に居合わせることになった少年少女。
自ら進んで居合わせることを切望した少年少女。
全ては大人が差し出した教育によって植えつけられた。
巻末の訳者あとがきに、著者がこの作品を執筆した理由を書いている。
-パウゼヴァングは、「負の歴史」こそ敢えて語り伝える必要があり、それを次世代、次々世代に言いおいていかなければならないと考えている。人は過去から学び、過去を知ったうえでこそ新しい未来を構築できる。
ドイツだけではない。この作品に描かれていることを心にとめていれば、きっと皆が平和に暮らせる。 -
「これを語れる人がいなくなる」・・戦争・事件・災害で良く語られる言葉だ。
20Cの証言の筆頭の一つに来ると断定できるナチスドイツと同時期を生きたドイツの人々の歩み。
経験したもので無いと見えてこない様々な美醜感情や本能。
掲載されたショートストーリーはフィクションの形をとっているが間違いなく「戦争の中での日常』を描いている・・しかも子供の目を通して「逡巡・疑問・怒り・悲しみ・憐憫等々」が綴られている。
20のエピソードに登場する人々は髪や肌の色、語る言語、宗教はもとより先祖の歴史は様々。ヒトラーはそれをひっくるめアーリア人の優生を国家社会主義精神のもとに巧妙に組織立てして行った。教育はその完全なる道具として。
教育、洗脳、刷り込み・・種々の表現があるが若い頃にそうしてインプリントされた傷がいえるまでとてつもない時間が要ったと筆者は語る。。。客観し言葉化するに必要な時間が。
訳者高田さんが語っている~パウゼバング作品の底流をなすものは「自分でモノを考えることしなかった(できなかった時代への猛省だと言う。
渡しも残された時間が少なくなってきた。孫に継ぐ精神としてこの素晴らしい思惟を伝えて行きたい・・自分で空気を読み、流れを察知し、自らの歩む道を考えるという事を。 -
ナチス時代のドイツで子供時代をすごした人々の眼を通して、普通のドイツ人がその時代をどのように過ごしたかを描く短編集。これは日本でも同じだと感じた。語り継ぐ人たちはもう少なくなっている。
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一般市民に刻み込まれた、ナチスドイツ下の忌まわしい記憶。本書では、ナチス体制のもとで揺れ動く一般市民の様子が描かれています。その恐ろしさは、ナチスによるユダヤ人への迫害という行いのみによって語ることはできません。多くの一般市民が迫害を強いられ、ときに進んで加担していった。そこに、人びとの忌まわしい記憶があります。
迫害に加担する人は特別に悪い人だったわけではありません。本書の「会話」に登場する男性は、妻との議論を楽しみ、花や動物を愛し、村じゅうの子どもたちからしたわれる男性でした。しかしナチスの考えを信奉していました。「おとぎ話の時間」の教師は、楽しいお話をしてくれる優しい先生でしたが、そのおとぎ話によってユダヤ人への凶悪なイメージを子どもたちに植え付けました。
本書が伝えているのは、そうしたナチスドイツ下の出来事が、その当事者にいまなお深い傷跡を残しているということです。本書に登場するナチスドイツ下で生きた人びとのなかには、当時のことについて固く口を閉ざし、「ユダヤ人はいなかった、なにも起こらなかった」と嘘をつく人も少なくありません。それは今なお忌まわしい記憶として現前しています。
しかし、そうした記憶も当事者が減ってゆくなかで薄れつつあります。消えゆく記憶は愛国少女だった筆者にとっても忌まわしい記憶に他ならないわけですが、あの時代の恥ずべき行為を忘れ去ってはならないという強い思いから本書の執筆に至ったようです。本書には、まさにその恥ずべき記憶が、悪意や善意、共感や憎悪とともに記されているのです。 -
時通っていた女子ギムナジウムの生物の授業で「人間の共同体とその維持」について学んだ時、その課は「遺伝の本質について」「民族と種族」「危機に瀕した民族」などの章に分かれていた。教科書に書かれいた内容は特に驚くようなことではなかった。およそそのことは既に知っていたし、人種や民族に関しては国語のテキストや演説や政治がらみの学校行事などで、しょっちゅう聞かされていた。私たち生徒のまだやわらかい頭にも、白黒はっきりした先入観が植え付けられていたのだ。それは次のようなものだった。ドイツには様々な人種がいる。最も優秀な人種は北方人種で最上位に位置する。もっとも低級な人種はユダヤ人である。ドイツ国民はこのユダヤ人から自らを守る必要がある 。
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市井の人に、それぞれの物語がある。大きな声では語れないものもある。隠しておきたいこともある。でも、今聞きたいことがある、、、聞かなくてはいけないことがある。そう強く感じさせてくれた本。
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ハンナ・アーレントが書いたアイヒマンのように、ナチスを支持した人たちも、ごく普通の凡庸な人間。自分の生活を守ることが第一になれば、他人の不幸すら待ち望むのが恐ろしい。
20の短編からなるが、第一話の「スープはまだ温かかった」の優しい母の一言にはぞっとする。
そして戦前の日本とよく似ているとつくづく思った。自分の民族は優れている。周辺の民族は劣っているので支配してあげるのが彼らのためである。敵国の人間は残虐な野蛮人である。個人より国家が大事。兵士として死ぬのは名誉である。
少女期にそんな洗脳をされ敗戦を迎えた著者が語るからこそ一面的な善悪の話にはならず、ごく普通の人たちが、うすうすわかっていながら直視しなかった真実を(そしてそれは明らかに罪であることを)描く。
日本もこうであったろう。そして二度とこういうことがあってはならない。
たいへんわかりやすい文章で書かれているので、小学校高学年でも読める子はいると思う。
凡人が戦時中に行った殆ど無意識に近い(あるいは家族のための愛でもあった)悪をこれほど平易な文章で書き、深く胸に届く本を他に知らない。
これを読むだけでパウゼヴァングという作家の非凡な才能も理解できる。 -
「スープはまだ温かかった」、「おとぎ話の時間」と、「潔白証明書」が印象が強烈だったが、どれも、思想を統制された世の中で生きることと、思想の偏向を植えつけることの容易さを教えて、背すじが寒くなる。
「スープはまだ温かかった」
簡単なあらすじ。
とある婦人が、自分の娘時代の記憶を語る。
母親が配給を受けに行っている間、娘は留守番をしていた。
母親が息荒く帰宅して、買い物袋の中身をテーブルに空け、子供たちを連れて、階下に降りる。
一階に住んでいたユダヤ人の家族が、連行されていくところだった。
近所の人たちが、無言で見物している。
「あの人たちはユダヤ人なのに、まだ連れて行かれてないの、不思議ね」
と、以前に親たちが話していたが、一家は昨日今日荷造りしたのではない、毛布までをリュックサックに縛りつけた荷物を背負って、連行されていった。
娘は、一家の娘と仲がよかったが、親に禁じられて、このごろは遊ぶこともなかった。
娘同士だけではなく、一家ぐるみで仲がよかったのに。
一家が連行されると、見物人たちは、どっと戸口に押し寄せた。
略奪の開始だ。
一家の奥さんのセンスのよさを表した装飾品も、家具も、略奪された。
母親は驚いている娘たちを叱りつけて、勝手知ったる家を奥へ進んだ。
奥には、キッチンがあった。
一家はちょうど食事にかかろうとしていたところで踏み入られたらしく、食卓にはスープが並んでいた。
母親は、
「よかった、人数分あるわ」
と、子供たちをテーブルにつかせた。
そのとき、キッチンのドアが開いた。
途端に、母親が叫んだ。
「ここは私たちが先に入ったのだから、私たちのものよ!」
入ろうとした人は、納得した顔をしてドアを閉めた。
「さあ、いただきましょう」
当時、娘は母の言うことに何の疑問を持てる年齢でもなく、スープを口に運んだ。
スープは、まだ温かかった。
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家族ぐるみで仲よくしていたのに、娘が遊ぶことも禁じる。
その家の娘が不良だから、などという理由ではなく、ユダヤ人だから。
そして、その家族が連行されれば、備蓄の食料を奪うことにためらいもなくなるほどの、思想の統制。食料不足。
想像の範囲がまだ狭い……ユダヤ人が強制的に家から連行されたことは知っていても、その後の家がどうなるかと、考えたことがなかった。
けれども、これは想像というもので足りることではなく、現実にこういうことがあった、と知ることが私には重要だった。 -
「お手本」「ランマー」
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読み返したいと思ったら、図書館にはなくなっていた。版元に復刊希望メールを送ると、倉庫に1冊だけあると返事があって、購入して再読。
(2024年10月15日)
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古本屋で先日みかけて、図書館にあるかなと帰って調べたら、あったので借りてきた。
1928年うまれの著者自身の体験や、見聞きしたエピソードで綴られる「ナチス・ドイツ下の記憶」。1945年4月30日、ヒトラー死亡のニュースをラジオで聞いた著者は、絶望のあまり涙を流したという。当時17歳だった著者には、ヒトラーがいない生活や世の中など想像できなかったからだ。
「忘れないための物語」という巻末の文章のさいごに、著者はこう書く。
▼まもなく時代の証人はいなくなるでしょう。あの時代の恥ずべき行為が忘れ去られることがないよう、私はこの書を世に送り出します。人間を踏みにじる政治は、もう二度と行なわれてはなりません。それはドイツでも、他のどんな国でも同じです。(p.232)
収録されている20の物語は、ナチス・ドイツ下で、10代の子どもたちがどんなことを見聞きしてきたか、大人を見て思ったこと、自分自身の言動への悔い、あるいは孫世代から問われて引き出された証言を含む。そうした物語を読みながら、これはドイツだけの話ではないと思う。
20の物語は、どれもぐっと心に刻まれるが、なかでも私の心にのこったのは「お手本」という話。
ハンナは宿題の作文のために、「おばあちゃんがお手本にしてる人っている?」と祖母に問うた。昔は次から次へとお手本にしたい人がいた、その人みたいになれたこともあれば、お手本からはずした人もあった、という祖母に、ハンナは「そのこと話して!」と頼む。
祖母の最初のお手本は両親だった。そして10歳になって少女団に入ると、アドルフ・ヒトラーがお手本になった。「ヒトラーって大悪人でしょ? なぜヒトラーなの?」とハンナは驚く。
当時ドイツ一の権力者だったヒトラーが、一番えらい人だと子どもたちは教えられていた。両親も熱狂的にヒトラーを支持していた。ヒトラーが死んだと聞いたときは悲しくて泣いた。ヒトラーのいない世の中も、ヒトラーなしの人生も想像できなかったから。そして、終戦の翌日、一人のお手本もいなくなった。
父の親友だったエーリヒ・ファウスト、この地方の管区指導者(ナチスの利益を代表する人)だったおじさんは、父の戦死後、困ったことがあればいつでも力になると誓い、戦争が終わるまで祖母の一家はファウスト家とは親しくつきあっていた。あんな立派な大人になりたいと祖母は思っていた。
戦争末期、ロシア軍が近づいてきたときに、エーリヒおじさんは、「上」からの命令どおりこの場に留まれと地域住民に伝え、自分たち一家は公用車で村を脱出していた。村はロシア軍に占領され、たくさんの人が亡くなった。祖母はそのときわかったのだ。「…彼は、私たち家族や他の人たちには逃げるなと言っておきながら、自分と自分の家族の安全だけ守ったのよ。そのときわかったわ。おじさんを手本にしたのは間違いだったんだって。…」(p.214)
その苦い経験から、祖母はもうお手本なんて持つものかと思った。でもあるとき、母と一緒に故郷の村を訪ねて、とつぜんあるひとりの農婦のことを思い出す。エルナ・ベッカーという人。「…彼女は決して私を落胆させたりはしなかった。彼女をお手本にしてから時間がたてばたつほど、彼女のような人になりたいと心から思うの」(pp.216-217)と祖母は言った。
戦争中、村の使われなくなった工場にフランス人捕虜の収容所が作られ、捕虜はドイツ人の農家で働くことになっていた。ベッカーさんの家にも、一人のフランス人捕虜が割りふられた。朝、監視役のドイツ兵に連れられてきて、夜はまたドイツ兵が迎えにくる。農家の人は、週末のほかは、捕虜に食事を出すことになっていた。
ある夕方、お使いにいったベッカーさんの家で、祖母はこんな場面に居合わせた。
エルナが食卓を用意している台所へ、フランス人捕虜が入ってきた。ちょうど迎えに来たドイツ兵も玄関に現れた。エルナは「待ってちょうだい。うちのピエールは夕飯がまだなの。一日中畑で働いていたのよ。まだ帰せないわ」(p.218)と言った。今日は畑仕事が多かったのでちょっと遅くなったのだとドイツ兵に謝り、フランス人に急いで食べるようにと言ったエルナは、待っているドイツ兵に「一緒にいかが?」と声をかけ、彼にも皿とフォークとナイフを用意した。
エルナは、二人にクヴァルク[牛乳から作るフレッシュチーズのようなもの]をよそってバターのかけらを乗せ、まだ湯気をたてているじゃがいもの皮を剥き始めた。先にドイツ兵の皿にジャガイモを置くとばかり思っていたら、そうではなかった。
▼まず一つめのジャガイモはフランス人、二つめはドイツ人、三つめはフランス人、そして四つめはドイツ人。そうやって二人は平等に食べることができたの。肩を並べて、実に平和にね。エルナは「おいしくおあがりなさい」と言うことも忘れなかった。やさしい気持ちは伝わるものなのね。二人も「いただきます」と言うと、顔を見合わせてにっこり笑ったのよ!
驚いたわ。でも、なぜ自分が驚いたのかその時は言葉にできなかった。ただ、この農家の台所では、ふだん学校や少女団で教わったのとは違うことが起こっていると感じたの。何年かたってやっと、それがなんだったのか理解した。エルナは彼らに、勝者のドイツ人や敗者のフランス人としてではなく、同じ人間として接したんだって。エルナにとっては二人とも、まず第一に人間だった。それ以外のことはさして重要じゃなかったの。…(p.219)
「同じ人間として接する」。そのことは、簡単なようで、すごくむずかしいことなのだと思う。つくづく思う。
タイトルの「そこに僕らは居合わせた」は、ナチス・ドイツ下で、早く自分も戦争に行きたいと焦がれた少年たちが、ほんの何日かでもいい、あとから「自分はそこに居合わせた」と言いたいのだと、当時はそう思っていたという話から。
(2013/6/26了) -
創作で、ノンフィクションではありません。
どこにでもあるようなドイツの村、家族が登場します。
少々プロパガンダ的なセリフも出てきますが、
普通の家族が、人間が、ナチス独裁下でどう行動したか、
振るまったのか、考えさせる内容でした。
図書館ではジュニア向けコーナーに置いてありましたが、
歴史的背景の知識が無いと、ユダヤ人迫害や
管区指導者(ガウライター)などのナチス時代の用語も
わからないのでは、と(本文にもあとがきにも説明はありません)。
自分が独裁下に生きることになったら、どうふるまうのか。
今から考えておこうかとも思います。 -
戦争経験のある親を持つ世代は少なくなっていく。体験としての戦争の話しを聞いたことのない30代は多いだろう。こういう本がたくさん書かれ、読まれることを願う。
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ナチス時代に関わる20の話。
著者自身の実体験に基づいた話もあり、歴史の事実として知らない話もあった。
少年少女の目を通して描いた話は、時に切なく、時代の真実をついているように思う。
民主主義のある種の恐ろしさ、全体主義の中での教育、いろいろ考えさせられた。あの時何を考えていたのか、反省や戦争は止めようというメッセージではなく、こうした戦争の振り返りで語り継がれるものがあるのではないか。 -
帯の言葉がとても目を引きました。「ナチスの支配下、全体主義の狂気に「普通の」人びとがのみこまれてゆくさまを少年少女の目を通して描く。人間の弱さと強さをみつめ、未来へつなげるために。」
グードルン・パウゼヴァングの作品
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