寝そべる建築

著者 :
  • みすず書房
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本棚登録 : 53
レビュー : 4
  • Amazon.co.jp ・本 (296ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784622077916

作品紹介・あらすじ

立原道造が切り開いた新たな地平を示す表題作、「ル・コルビュジエのメディア戦略」「〈建屋〉と瓦礫と」ほか「零年以後」待望の建築批評。

感想・レビュー・書評

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  • 鈴木了二著「寝そべる建築」を読む。表紙は仮想の福島第一原発の石棺化計画「フィガロ計画」のスケッチ。

    夭折の詩人・立原道造の建築家としての功績にスポットを当てた表題作「寝そべる建築」に続き、ル・コルビュジェのメディア戦略を皮切りに展開される近代建築批判。さらに自作への批評と、3.11が建築界へ与えたインパクトにまつわる考察を一冊にまとめたアンソロジー。

    東日本大震災からもうすぐ5年。どこか虚勢をはっていて浮足立っていた日本人の心性は、少しでも地に足を……いや、ゼロからすべても見直す覚悟で地面を這うような気概に戻れただろうか。

    次々と明らかになる手抜き工事に、大企業の粉飾。なし崩しに全国へ広がる原発の再稼働。どうもこの社会は、再び現実離れした未来へ背伸びをし始めているようにも思える。

    以下、いくつか引用しておきたい。

    「新しさとは、一瞬「目が眩んだ」ことを指すだけであり、それが指し示す方向は本来バラバラのはずである。「新しさ」を「ジャンル」と取り違えたのが「近代」ではなかっただろうか」p.180

    「それは津波の高さの想定や地震の予想規模をも含めた全面的な、そしてより根源的な安全基準の見直しを意味するだろう。しかもそれを実行するには、安全率を数値的にいじる程度の表面的な手なおしではなく、技術者の身体感覚を、もともとは技術の起源であったはずの手仕事の慎ましいブリコラージュのレベルへと差し戻し、もう一度鍛えなおすくらいの覚悟がいる。それを突き詰める前に、おいそれともとの日常に舞い戻るわけにはなかなかいかない」p.275

    「考えようによっては、あれほどの規模とコストが許されていたのだから、建築としてはきわめておもしろいものができる物件であったはずなのに、原発のどれもこれもがろくなデザインではないことはだれの目にも明らかだろう。原発ばかりではない。高速増殖炉「もんじゅ」など、文殊菩薩を騙るデザインとしてだれが図面を描いたのか顔を見たいような気もする。これらの原子力関係の「建屋」の設計にたずさわった建築家がだれであるかは知らないが、その完璧なデザインの手抜きぶりは見上げたものである」p.277

    「立原道造の「寝そべる建築」は、まさに日本の建築史がほとんど正反対の方向へと踏みだそうという時期に一瞬姿を見せた、建築のもう一方の方向性にほかならなかった。ふたつの方向のうちひとつはもちろん「丹下的」なるものであり、そしてもうひとつが「立原的」なるもの、すなわち「寝そべる建築」だったとはいえないか。そしていうまでもなく建築の歴史は、ほとんど例外なく前者の方向で突き進んでいったのだ」p.66

    ヴァルター・ベンヤミンが読みたくなった。

  • 【配置場所】工大選書フェア【請求記号】520.4||S【資料ID】11401283

  • 貸し出し状況等、詳細情報の確認は下記URLへ
    http://libsrv02.iamas.ac.jp/jhkweb_JPN/service/open_search_ex.asp?ISBN=9784622077916

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著者プロフィール

鈴木了二(すずき・りょうじ)
1944年、宮城県生まれ。建築家。早稲田大学栄誉フェロー・名誉教授。早稲田大学大学院池原義郎研究室修了。自身の作品を「物質試行」としてナンバリングし、建築、絵画、彫刻、インスタレーション、書籍、映像など多領域で創作活動を展開。主な著書に『ユートピアへのシークエンス』(LIXIL出版)、『寝そべる建築』(みすず書房)、『建築零年』(筑摩書房)。

「2018年 『白井晟一の原爆堂 四つの対話』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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