失われてゆく、我々の内なる細菌

  • みすず書房
4.12
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感想 : 40
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  • Amazon.co.jp ・本 (304ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784622079101

作品紹介・あらすじ

ヒトの体内や皮膚に常在する100兆もの細菌。その営みは複雑だが見事に合理的で、ヒトの健康に深く関係している。数十万年にわたる細菌とヒトの平和的共存関係が、前世紀半ばの抗生剤開発以降、変化していることに、我々はようやく気づきつつある。その結果生じる深刻な健康問題とは何か。解決策は何か。この分野の先駆的研究者がつづった長年の研究の記録であるとともに、急速に高まる関心に応えるタイムリーな入門書。

感想・レビュー・書評

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  • あなたは1人で生きているのではない、といわれたら何を思うだろうか。
    人は誰しも支え合って生きている、とか、友達や家族は大切だ、とか、それはそれで言えることだろうが、本書の主題は、もう少し、いやかなり小さい生き物のことだ。小さいけれどもその数は膨大だ。その名は細菌。真菌やウイルスとともに、人の体を住処とする。

    我々の体は30兆個の細胞からなる。一方で、人体には、100兆個もの細菌や真菌が住むという。長い進化の過程で、ヒトとの暮らしを確立してきたものだ。皮膚、食道、胃、腸、口腔、膣。多種多様な菌を抱える私たちは、1人でいても「孤独」ではない。さながら大きな森のように、多くの生き物を抱え、彼らに恵みを与え、また彼らから利を得ている。こうした菌たちは「常在菌」と呼ばれる。

    本書の著者、マーティン・J・ブレイザーは細菌研究の権威である。
    常在菌とヒトの共生や、感染症との闘い、そして感染症に打ち勝つかに見えたヒトが現在、直面している大きな問題について説く。
    専門家の落ち着いた筆致であるが、その内容はスリリングで興味深く、驚きに満ちて飽きさせない。時に恐怖を呼びつつ、全体として生命の不思議と希望に溢れた1冊である。

    生態系はバランスである。誰か1人だけ、突出した勝者がいるわけではない。時に攻め、時に攻められ、食うもの・食われるものが押しつ押されつ、それぞれの場所を流動的に保つ。
    ヒトと細菌もそうして生きてきた。中にはヒトとの暮らしを選び、ヒトに利益を与えるか、少なくとも害を及ぼさないことで、ヒトの常在菌となったものもいる。
    歴史の流れの中で、人類は移動し、繁栄にしたがって、数を増やしていった。その途上で、未知の細菌やウイルスとの遭遇が起こり、あるいは過密状態の都市部で、爆発的な感染が起こることもあった。
    ヒトと細菌の関係の中で、1つの大きな事件がある。
    1940年代のペニシリンの発見である。「奇跡の薬」、抗生物質の最初の使用であった。
    抗生物質は、それまで、多くの人の命を奪ってきた感染症に、人類が打ち勝つ大きな武器と思われた。
    それはある意味、正しく、ある意味では間違っていた。この効き過ぎる武器には、落とし穴があった。

    ピロリ菌という菌をご存じだろうか。胃に住み、潰瘍や癌の原因になると言われるヘリコバクター属の細菌である。長年、胃は酸性が強すぎて、細菌が住むことはできないと言われていた。1980年代、ピロリ菌が胃から単離され、培養法も確立され、潰瘍の原因になっているとされたのは大きな出来事で、関与した研究者はノーベル賞を受賞した。ピロリ菌は後に、胃癌との関係も取りざたされるようになり、大きな驚きを持って迎えられた。
    とにもかくにも、ピロリ菌=悪玉と目され、「よいピロリ菌は死んだピロリ菌だけ」とまで言われるようになった。病気の元となったピロリ菌は抗生剤などで叩かれ、保菌者は減っていった。
    だが、近年になって、実はピロリ菌保菌者の方が発症しにくい病気があるのではないかと見られるようになってきた。胃酸の過剰な産生による胃酸逆流(胸焼け)などである。
    その意味するところは何か。

    抗生物質は強力な薬である。まるで火炎放射器のように、作用範囲にある菌を根こそぎやっつける。いわば焼け野原となった患部で、ときどき、この薬が効かずに生き残るやつが幅をきかせる。これが「耐性菌」である。耐性菌に効く抗生剤を探し、さらにその抗生剤にも負けない別の耐性菌が現れ、幾度となくいたちごっこが繰り返されてきた。
    これは大きな問題である。しかし、抗生物質の過剰な使用は、別の問題も生んでいるのではないか、というのが本書の著者の主眼である。

    焼け野原にいずれ雑草が生え始めるように、やがて患部や体内には菌が戻ってくる。だが、その菌は前と同じか? おそらくまったく同じではないだろう。そしておそらくは前よりも種類が減るだろう。中には、黙って日々我々を守る働きをしていた菌もいるかもしれない。100年に1度の変事に現れて、生存を補助したものもいるかもしれない。誰にもわからない。そして失われてしまった菌はもう絶滅してしまったかもしれない。多様性は永久に失われてしまったのかもしれない。

    もう1つ、「善玉」「悪玉」とは何か、という問題もある。生態系は大きなバランスの上に成り立つ。例えば、宿主の免疫系と小競り合いを繰り返していた細菌がいたとする。さほどの害はなさないが、いささか「うるさい」やつである。あるとき、抗生剤が投与され、この菌も死に絶える。それまでこの菌と戦っていた免疫系のメンバーはたたらを踏む。場合によっては、この細菌の面影とちょっと似ているところがある、自分自身の細胞を間違って攻撃してしまうものも出るかもしれない。ひょっとしたらこれが近年増している自己免疫疾患の一因なのかもしれない。

    そう、現代増えつつある自己免疫疾患やアレルギー、さらには肥満すら、もしかしたら我々の内なる宇宙に住む細菌生態系が乱されたせいなのかもしれないのだ。
    まだ確証と言えるほどのものはない。そしてこれが唯一の原因であるとも考えにくい。
    だが、傍証は積み上がりつつある。そして十分に仮説として検証する価値のあるものと思える。
    すなわち、私たちが思っていたよりも「常在菌」に影響を受けていたのではないかということを。そして「常在菌」すらすべてなぎ倒してしまうような、極端な抗生物質の使用は控えるべきではないかということを。

    私たちは近視眼的な対処を続けることで、急速に均質化し、多様性を失って行っているのかもしれない。
    短期間なら影響は見えないかもしれない。しかし、多様性を失った存在は、変事に「脆い」。
    微生物を含めた共生系、マイクロバイオームについての研究は端緒に着いたばかりといってもよい。今後、さまざま興味深いことがわかってくるだろうが、その前に、常在菌が大部分失われるようなことは避けるべきだろう。
    著者は「抗生剤を一切使うな」とか、また「母から子への常在菌の伝播を遮断する帝王切開をやめろ」とか、極端なことを言っているわけではない。ただ、「過剰な」「行き過ぎた」適用については考え直した方がよいと提唱している。
    豊富な事例と多くの参考文献を上げ、読みやすい冷静な文で綴られる本書には、説得力がある。

    そう、我々は、1人で生きてきたわけではないのだ。
    これからも、1人で生きていくような事態は、起こらないようにした方がよいのだ、おそらく。
    自身が「森」であり続けられるように。

    • lacuoさん
      わあ、このレヴューすごーい。
      なんだか、読みたくなりましたよ。
      わあ、このレヴューすごーい。
      なんだか、読みたくなりましたよ。
      2015/09/13
    • ぽんきちさん
      lacuoさん
      ありがとうございます(^^)。
      本当におもしろいです。ご縁がありましたら読んでみてください~。
      lacuoさん
      ありがとうございます(^^)。
      本当におもしろいです。ご縁がありましたら読んでみてください~。
      2015/09/13
  • マイクロバイオーム研究の第一人者が一般むけに書いた本。微生物に対する見方が変わり知的興奮が味わえる。翻訳がよい。

  • 抗生物質の乱用に警鐘を鳴らす書。
    これまでも何度も抗生物質の乱用をいさめる話は新聞などで見聞きしていただが、てっきり多剤薬剤耐性細菌が増えるからだと思っていた。もちろん薬剤耐性菌の件もあるのだろうが、まさか常在菌が失われることによる悪影響があるとは思いもよらなかった。
    また、家畜の餌には大量の抗生物質が混ぜられ(これも家畜の病気を防ぐのだと私は考えていた)、それが食卓にまで上がっていることも衝撃的だった。
    抗生物質の乱用とそれに伴う常在菌の消失、そして近年異常な増加を見せるI型糖尿病、セリアック病、潰瘍性大腸炎ら・・・、これらは本当に腸内細菌叢などの常在菌の多様性が失われていることに起因するのだろうか?少なくともピロリ菌の感染率とアレルギー・胃食道逆流症は負の相関があるという(ただネットで調べたところ、どうやら胃食道逆流症は相関がその後否定されているようだ)。
    これが理系の素養のないジャーナリストの書いた本であれば、耳目を引くための極端な内容に走っているのかと切り捨てるところだが、本書は米国の感染症学会の会長も務めた研究者による著書であり、日本語訳も日本の専門家によるもので、ただ注目を引くためだけに書いたものではないことは明らかであることは述べておきたい。
    内容自体は極めて平易なので、ぜひ一読を薦めたい。

  • 会社の健康診断で、オプションでピロリ菌検査がありますと言われた。陽性だと除菌もしてくれるらしい。ただ何となく面倒くさかったのでことわったのだが、「ピロリ菌の除菌って、なにか反対するような説も出ていなかったか」というのはすこし気になっていた。そうしたら、まさか自分の本棚にそのものの本が眠っていたのを見つけた。

    著者はアメリカの微生物学者で、おそらく医師であると言ってもよいのだと思う。みすず書房の装丁でいかにも難しい本のように見えるのだが、中身はどうしてこなれた語り口のあまり肩のこらない読み物である。医師というのは臨床でさまざまな患者と接するからか、わかりやすく面白い文章を書く人が多いような気がする。

    本書は、まずヒトの体内で共生する微生物たち=マイクロバイオータについて解説し、その多様性が抗生物質などにより危機にさらされているらしいこと、一方で現代のあらたな「疫病」(逆流性食道炎、肥満、1型糖尿病などなど)が増えていく様子も描き、両者のつながりをさぐっていく。

    抗生物質が耐性菌を産み出していることはすでに大きな問題として周知のことで本書でも触れられているが、著者は耐性菌にとどまらない抗生物質過剰使用の影響があるのではないかと主張している。ことが多種多様な微生物で構成される人体のマイクロバイオームにかかわることなので、まだ仮説の段階を出ていないのだが、さまざまな疾患の増加を説明しうる魅力的な仮説だ。とは言え、これらの疾患には衛生環境やら栄養状態やらいろいろな原因が絡み合っているはずなので、そう簡単にクリアな結論が出なさそうである点は留意しておきたい。

    なお、ピロリ菌に対する著者の考えは、人生の前半は健康に利益をもたらす一方、後半は健康にとって障壁となる、というものである。念のため。



    疑問2点

    1.抗生物質の過剰使用はヒトのウイルスへの耐性に影響しうるか?(菌相手だと常在菌が弱ると病原菌がはびこる素地になるのだが、ウイルスと菌は生態学的ニッチを奪い合うものなのか?なんとなく違いそうな気がする)

    2.抗生物質を処方されると、途中で服薬を中断せずに最後まで飲みきれと言われる。たしか耐性菌の発生を防ぐため?それってどれくらいの根拠があるのだろうか?

  • 2024年3-4月期展示本です。
    最新の所在はOPACを確認してください。

    TEA-OPACへのリンクはこちら↓
    https://opac.tenri-u.ac.jp/opac/opac_details/?bibid=BB00519740

  • 20190819読了。

    webでおすすめしていた人がいて、興味をもって手にとった。
    ここ半年くらいに読んだ本ではダントツ良かった。


    人体を構成するヒトの細胞は約30兆個。
    しかし人体に存在する細菌は約90兆個。人によって保有する細菌叢は指紋のように異なっており、保有する細菌によって人体に及ぼす影響も免疫や栄養素の算出・吸収などで異なっている。

    人は細菌起因の感染症にかかると、抗生物質を飲み悪い細菌をやっつけようとする。それ自体は良い。
    ただ、それによって個人がもっている細菌叢も影響を受けるとしたら、、、?
    その影響について語られた本。

    著者はピロリ菌と胃がんの関係性を明らかにしたりしたマイクロバイオーム研究の第一人者。


    知らない話が多く勉強になった。
    抗生物質を家畜に与えることで食肉を増やす話や、それが転じて人間の肥満化にもつながっている話。
    抗生物質を取ることにより細菌バランスが崩れ、特定の病気になりやすくなったりする話など、人体における細菌叢について知ることができる。

    もともと図書館で借りた本だったが、おもしろかったので購入し直した。

  • 人間と微生物の関係。抗生物質の影響。ピロリ菌のメリットとデメリット。マイクロバイオータ消失の解決策。

  • 抗生物質投与の影響 我々を守る細菌が撹乱され続けてきた。
    帝王切開も母親から細菌を受け継ぐ機会を奪う。

  • 細菌学についてなので難しい所も多く苦労したし、日数かかった。でも初めて知ることも多くてなるほどと思いながら読んだ。抗生剤の過剰投与に警告している。
    家畜を太らす為にやってたなんて知らんかったなー。ちゃんと知ることは大事。

  • 細菌と抗生物質の関係性について示唆に富む内容になっている。
    体内にある種の微生物が存在しないことによる負の影響。

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