GDP――〈小さくて大きな数字〉の歴史

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  • Amazon.co.jp ・本 (168ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784622079118

感想・レビュー・書評

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  • 正直に告白すれば、マクロ経済学に関する啓蒙書をいくら読んでも、このGDPという概念については「肚に落ちる」という感覚を持つことができないでいた。この本を読めばもう少し目が開くかも、と期待し購入したが、やはりそれは変わらず。しかし落胆したかといえば全くそうではなく、寧ろこのような概念が理解できないのはある意味で当然なのだとの思いを強くした。

    何しろこのGDP、計算方法にはっきりとした定めがあるわけでもないため、かなりの恣意的な操作が可能だ。またそもそもその定義すら怪しく、例えば物質的な生産でないいわゆる「サービス」を含めるべきかすら未だ議論の余地を残すほどだ(金融業のようなインパクトの大きい業種ですら付加価値を生んでいるかどうかは決定的でない)。また何よりもcontroversial だと思えるのは、政府支出が現在のように当然にGDPに含められて計算されるようになったのは多分に政策的な意図によるものであり、これを「含める」のではなく「控除する(「含めない」ではない)」とする考え方も十分に成り立つということ。プラマイの符号が逆ということは、それぞれの場合の数値が全く異なるものを追っている可能性を強く示唆している。著者の立場はもし「経済活動に携わる人々の幸福の度合い」を計測するのであれば、後者の方法によるのが合理的だとするもの。確かに政府支出と国民の幸福度が単純パラレルであれば政府はひたすら財政拡大路線を取ればいいわけで、それほど事態がシンプルでないのは少し考えてみればすぐ理解できる。

    「そもそもGDPというものが…政策のハンドル操作で、(少なくとも短期的には)増加するようにつくられている」(p60)…この言葉がGDPという概念の持つ怪しさを十分に表している。もし政府がGDPを数値目標として掲げるならば、それは少なくとも一部は単なるトートロジーの体現である可能性が高い。「GDPが100兆増える?ファンタスティック!」素朴な経済観を持つ人ならばそう思うだろう(それがまさに政府の思う壺なのだが)。「GDPは生活の尺度を測る尺度ではないし、そのように意図されてもいない…GDPは生産量を測る尺度なのだ」(p96)。首尾よく生産目標が達せられたとしよう。しかしその結果実質的にあなたの懐がどの程度暖まるかは、全く異なる次元に属する問題なのだ。

  • GDP(国内総生産)といえば、泣く子も黙る恐怖の数字である。いや、実際のところ泣く子は黙らないだろうけど、一国の首脳を泣かせたり、あるいはクビを飛ばすくらいのことはできる数字ではある。

    本書では、そのGDPという数字の誕生から今日に至るまでの歴史と問題点について学ぶことができる。一夜にして60%もGDPを増やした国やGDPの改ざんを拒否したために犯罪者になった人物など意外とスリリングな話も織り交ぜられている。

    かつてサイモン・クズネッツが述べたようにGDPは国の真の豊かさを示すものではない。真の豊かさを考えるのであれば、これからのGDPは環境の持続可能性や人的資本を加味したものになる必要があるだろう。そして経済の中心が製造業からサービス業に移行する中で本書は国の豊かさを表す指標のあり方を考えるよい機会になるだろう。

  • GDPが発明された過程や使われ方、その問題点を歴史をさかのぼって検討しつつ、どのように使いこなしていったらよいかということを考えさせられる。かつての日本はGDPは大きくなったものの豊かさを実感できないと言われていたが、現在ではGDPもやせ細ってきているらしい。社会の豊かさとは何なのか?

  • GDPは政府の景気判断や経済政策の決定に大きな影響を与える指標で、ニュースでもよく報道される。だからGDPという言葉は殆どの人が知っているだろうが、GDPってそもそも何なのか?と聞かれて正確に答えられる人は多くないだろう。(そういう意味で、僕が前にレビューを書いた「応仁の乱」と「GDP」はよく似ている。)

    本書は、GDPとは何か?という問いに対して真正面から向き合い、GDPという経済指標が生まれた歴史から紐解き、GDPという指標の限界を論じつつ、GDPの有用性も併せて説明するバランスの取れた本である。本書を読んで初めて知ったのだが、国連が作ったGDPの計算マニュアルは何と722ページもあるのだそうだ。しかし本書は単なるGDP計算マニュアルの解説本ではなく、経済指標を扱った本だけれども難しい数式は出てこない。GDPという指標の裏側にある人間臭いエピソードは思わずクスリとさせられる。
    だから、経済なんかよく分からないという人にもぜひ手にとっていただきたいと思うのである。

  • [たかが数字、されど数字]経済関連のニュースを見ればほぼ間違いなく目に入ってくる指標の一つであるGDP。意外と知らないその指標の意味するところと、一般に受け入れられるまでの歩みまでを概観した作品です。著者は、卓越した金融ジャーナリストに贈られるウィンコット賞を受賞した経験を持つダイアン・コイル。訳者は、『ウォール街の物理学者』などを翻訳した高橋璃子。原題は、『GDP: A Brief but Affectionate History』。


    これは「メッケもの」。GDPという概念の限界を指摘しながらも、その限界を指摘することの限界までをも射程に入れているところが見事。GDPという概念を通して眺めた経済史という側面もある一冊で大変満足できました。分厚い本ではありませんが、考える糧を多く与えてくれる一冊だと思います。

    〜私たちはGDPという実態がどこかに存在し、必要なのは測定の精度を上げることだというような錯覚に陥っている。だが測定の対象がただの概念にすぎない以上、正確な測定などというものは本来ありえない。もともと自然界に存在するものを発見して測定するのとはわけがちがうのだ。〜

    著者のバランス感覚がスゴい☆5つ

  • GDPの成り立ちから現在までをまとめた本。GDPの限界と有用性がよくわかる。

著者プロフィール

ダイアン・コイル(Diane Coyle):経済学者、ジャーナリスト。オックスフォード大学ブレーズノーズ・カレッジ で学び、ハーバード大学で経済学のPh.Dを取得。民間調査会社のシニア・エコノミストや『インディペンデント』紙の経済記者などを務め、2000年には卓越した金融ジャーナリストに贈られるウィンコット賞を受賞。以後、英国財務省のアドバイザー、競争委員会委員、マンチェスター大学教授、BBCトラスト理事長代理などを歴任。現在は、ケンブリッジ大学公共政策教授、同大学ベネット研究所共同所長。おもな邦訳書に『GDP――〈小さくて大きな数字〉の歴史』(みすず書房、2015年)、『ソウルフルな経済学――格闘する最新経済学が1冊でわかる』(インターシフト、2008年)がある。

「2024年 『経済学オンチのための現代経済学講義』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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